どうも。
今回は江古田のカフェでイベントを行います村田いづ実さんをお迎えしての話です。前半はちょっとかまえた感じですが、後半になると、その話の中で出てきたことや、畳半畳という企画での氏の上演内容がどういうところに依拠していたのかが、ずばりという言うよりも、ほんのりとその輪郭の一辺から透けてくる感じでうかがえるかと思います。また、単語の用法が不統一だったり、その意味が確定していないところもあるように思われますが、それよりも、今はこうして作業者本人が語る「ダンス」についてを優先してみたいと思っております。なお、後ろのほうに「安全地帯…」というのがありますが、それは本人は否定しておりますけれども、実際この6月頭に喫茶店で彼女自身の発した言葉でしたので、この一点は本人は非常に恥ずかしかったようですが、僕がどうしてもこれを残そう・・・という具合でこれを残したものです。その点一応お断り申しあげまして、では、村田さんとのお話です。
中西:村田さんとお呼びしたら良いのか、はたまたイザベル・モナムール氏とお呼びすべきか、といったところですが、ちょっと名前の使い分けからしてナイーブなところがあります、村田いづ実さんです。どうでしょう、この名前の由来ですが、嫌でしたらお話しくださらなくってけっこうですが。とはいえ聞かれますでしょ。僕も幾分使い分けておりますが、由来なんかを聞かれましてね。大した理由なんてないんですけれども。で、そのつど幾つか用意した理由でもって、まぁ嘘なんですが、そんなので煙にまいたりした時期もありました。それもなんだか面倒になっちゃったりしまして、今は素直です(笑)。そういう事ないですかねぇ?
村田:なるべくサクサクと答えたいけど長くなっちゃう予感だわ。イザベルの由来はパーパラ合唱団に参加する時に、せっかくだから源氏名でも、ってつけたのが表現活動では最初です。元々は、おフランスに嫁に行った友達の結婚式に行った時、友達達と「わたいらもフランス人になろう」みたいなノリで。
カオリ→キャオリーヌ。
ミユキ→ミッシェル。
イヅミ→イザベルね〜キャア・・・って感じ。イヅミ・ムラタなのでイザベル・ムールにしてたんだけど、ムールはフランス語だと女性器の隠語だって友人婿のシルバン・プチ氏に苦笑されて、「それヤバいでしょ、じゃあモナムールなんてどう?」、「良いじゃんそれ。」で決まった名前です。
中西:そう。僕ははじめ女の子にペンネームとしてあげる予定で思いついたのを、その子が使わないっていうんで。で、バンドに潜り込む時にまぁこの名前でも使うか…ってなもんですから、ちょっと似たところがある気がしますねぇ。ところで、これまで何度か拝見いたしましてね、村田さんの作業は「歌う」と「踊る」と言う、大まかに二つの要素からなっているのかなぁ、と思うんですが。後、絵も描かれる。名前の使い分けは、これを照らし合わせると、おそらくその出演時に歌を歌う事に比重がどれだけかかっているかによってなされるんじゃぁないかと思うんですが。
村田:村田いづ実との使い分けですが、特にはっきり決めてる訳ではなく、村田でも歌歌うしね。うーん、ノリとイメージかなあ。前にイザベルのプロフィールに、「日、仏のハーフ、村田いづ実という、国違いの双子の姉がいる。」とかいう訳わからないの書いたけど、露ハーフのイズーニャ・ムラタビッチとか伊ハーフのイザベラ・ムラセリーニとかまだまだいっぱい国違いの姉妹がいるざます。なんとなく虚構度が高い時使っているかもだけど、はっきりは決めてません。年齢もパフィや引田天功の様に永遠の25歳とかいいかもと思ったけど、14歳や40歳、70歳のイザベルでもいいなあ。
実際イザベルというキャラクターをどう定義するか、こと細かに広告代理店的にディテールを設定しても面白いのかもしれないけど、それに縛られるのは本意ではないので、やはり枠なしの装置として、何でもアリの物なのかな…モゴモゴ。心の師匠、ムッシュ不二夫赤塚的に「これでいいのだざます。なにか?」って感じ。イザベル問題は今のところプチ保留でヨロシクテ?
中西:いやぁ、まけそうです(笑)。
村田:女優ではないので、イザベルの踊りにいづ実の何かが透けて見える事も有るだろし、文章で書き表せない質感が踊りの面白さだとは思います。「歌」は踊っていて自然発生したもので願わくば「歌」と「舞」が行為として分離しない表現で有りたいです。私にとっては歌は声を使った踊りだととらえてます。敢えて、歌のパートとして分ける事もありますが。
中西:ほう、村田さんの「表現活動」にあっては、「歌」も「舞」や「踊り」と均質なものであると。そして不可分なものである、もしくはありたいというわけですね。「歌は声を使った踊りだ」と。なんだかかっこいいフレーズですね。ところで、このほかに作品を組み立てると言いますかねぇ、舞台でなにか上演する時に意識している事ってありますか?畳半畳に出てもらった限りだと、小道具を用意したりと設定をわりかし考えているでしょ、この状況設定というのは村田さんが作業をすすめる上では常に意識される事ですか?いや、つまりは作品作りと今一応言いますが、上演演目をどのように作って来られたのか聞いてみたいと思っているんです。
村田:そうですねぇ、畳半畳は特殊な舞台空間ではあるので、半畳の上にどれだけ私のイザベルウイルスを撒き散らせるか課題だけど、皆さんも同じだろ〜し・・・
中西:えぇ、どうぞこの対談でも存分に…
村田:以前上演した『ギャティ、ギャティ、ハラギャティ』は往路、復路とも2作品上演させて頂きましたが、これは『般若心経』と『ボレロ』と、出掛ける前と後の日常をマゼマゼしてみたら美味しくてよ?といったコンセプトが先にあった作品です。だから、枠組みから作っていく感じですかね。去年の作品(タイトル無し)は導入部分のイメージが浮かんで来て、それに合わせて曲や次を組み立てていく作業をしました。いわばお気に入りのカーテンを買っちゃたんで、それに合わせて部屋作りする感じ。割とこちらのやり方が多いですかね。なんかこれがやりた〜いといった熱を優先した方が外しても自分的には納得できるしね。
中西:ちょっと前後しますけれど、「歌」とか「舞」とか話に出てきているわけですが、これらは村田さんの表現活動そのものというよりも言わば手段とでもいうべき部分ですね。活動を総合するようなカテゴリーに当たるものではない。で、以前お聞きした時にはたしか、あえて言うならパフォーマンスになるんだろうか…というようなお話だったかと思います。その感覚というのは、自身の活動範囲を既存のカテゴリーにどこか当て嵌められずにいたり、また、そういうものに対して村田さんが何らかの問題意識をお持ちだと言う事の現れなんだろうと思ったりするわけなんですが、どうですかかね。
村田:既存のカテゴリーに対する反発からというより、やりたい事をやっていたら、既存のカテゴリーから外れていた、って感じです。良くも悪くも怠け者なので、お手本をしっかり勉強する事をしなかった(出来なかった?)のが幸いしてたのかしら。
確かに歌でも踊りでも形だけなぞった上手な表現に対して、「面白くないんでございます事よ」と思う事は多々ありますが。評価されてる物でも評価してる人のセンスってどうよ、みたいな。あっ毒舌はキケンだニャア。くわばらざんす。
中西:いや、素直にお話しいただけるこちらとしてはありがたくもあります。ところで、村田さんがこういう活動を始めたきっかけと言うんでしょうかね。それもお聞きすべきかと思いますね。どういった経緯がありますか?例えば、元々演劇をやっていてこの人の舞台を観てびっくりしただとか。
村田:いやあ、ちょっと今めまいが…。相当、年数だけは重ねているので、それを正確に順を追って語ると「私がイザベルになるまでに」って小説が書けそう・・・ふう〜っ。
一番のキッカケは女子美モダンダンス部に入部した事でしょう、やはり。
中西:女子美モダンダンス部。
村田:そう。絵を描くより、踊りを踊る方が、速度的に「速い」のが魅力でした。
その頃は(あー年がばれる)レオタードとか着たモダンダンスが主流だったのだけど、なんかダサイし違うよねって意気投合した友達と女の子ダンスユニット・キニーネカクテルを作ったのが第二章ですかね。
中西:女子美に入るまでが第一章で。
村田:キニーネカクテルは84年に結成したグループだったのだけど90年ごろ解散して、ソロになってもその都度のユニットでしばらくその名前を使ってました。いつから使わなくなったかはハッキリしてなくて自然消滅した感じです。で、色々あって今に至る・・・と、思い切りはしょりますが。
中西:モダンダンス部にあった体質と言いますかね、何かモダンダンスそのものというよりも、そこに出てきた形式のようなものに反発を覚えた…といったらちょっと硬くなりますか。しかし、ダンスが村田さんの表現といった物事に大きく影響してくるわけですね。
村田:影響を受けたものはダンスだけではなく、取り入れたものに自分の唾液をしっかり混ぜ込めて出せたのであればオリジナルになり得るとは思います。
中西:特にこの人ってうのはありますか?
村田:ダンサーで影響を受けたと自覚しているのは江原朋子さんです。江原さんは、確かな技術力とシャープさが有る上に、詩情あふれるというか、日常や現実感を超えたファンタジーを体現してるダンサーで、妖精や化け物(誉め言葉)を内包する時空間を舞台上に呼び寄せるという凄い力技を持ってました。江原さんの現したブルーの森は、今でも体験として記憶され私を魅了してます。2、3年くらい習っていたのですが師事と書いたら失礼なくらい怠け者の生徒でした。私の作品の中には先生から頂いた栄養は有るのですが、ダンスの技法は別人すぎるからわからないかも。他にも色々な方から頂いているナア。有り難い事だわ。
中西:大学時代にダンスは意識されていた。グループも作った。ちなみに、このグループでいまでも活動されている方はおいでですかねぇ?差し支えなければでけっこうですが。
村田:やはり絵を描く様な女子のグループなので個性が強いからグループ存続はむずかしかったかな。今見ても、センス的に遜色ないユニットだったと自負してますが。部員に不思議キャラの女の子がいて、「私達、おばあさんになったら一緒に笑いながらお山をオホホホって駆け巡りましょうよ」って言ってて、「げっ、なんちゅー事言いやがる」と思ったけど、それって今や実現可能かも。今、その子はヨガの先生やってますが。メンバーでまだ踊りを続けてるのは、余り発表はしてないけどノムラヒハルちゃんがいます。素敵なダンサーです。彼女のマイペースさにはいつも助けられてます。ヒハルちゃん。始めは苦手だったんだけど、長い付き合いになったコトヨ。なんだかこうして話していると、今まで出会った色んな人が浮かんできてシャンソンな気分ざます。
中西:しかしさっきの「絵をかくより踊りのほうが速い」。これは僕も分からなくないですねぇ。やはり舞踏とかパフォーマンス・アート何かを見始めた頃に、絵画材料や図像構成、立ち上げから仕上げまでと考えたら、特に図像に集成していくまでとか、脳から腕、支持体までの距離が遠いものに感じられましたね。でも今は隣の芝だったかなぁ、と思いますねぇ。もちろんそれぞれの特質はありますが。僕、特質って言いましたが、それはおそらく村田さんも感じておいでじゃないかと思うんですけれども。どうですか、イラストレーションも継続されていますが。
村田:レモンさんは絵も描くのでしたよね。
中西:えぇ。まぁ今はさぼってますが。
村田:そうですねぇ、ダンスでも構成、振り付け、選曲うんぬんと作品にするに当たって手順を踏む事は多いし、一概に速いとは言い切れないですよね。絵にも、その人の何かが如実に現れちゃうし。ただ、身体を人前に晒すというヒリヒリ感は怖いし、恥ずかしいけど、何ものにも代え難いです。絵だとコンセプト的に身体を偽装できるけど踊りはできないでしょ。いつまで踊りに耐えられるか課題でもあります。
・・・つづく

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