どうもー。
また出かけていましたよ。大阪です。
ちょっと美術館をのぞいたりしていましてね。いずれも地味な展示ですがなかなか滋味がありまして、それなりに安心して見ていられるものでした・・・というと、これらが既に過去のものとして評価が揺らがないもののようにも聞こえるかもしれませんね。顧みられることがなければなんであれ、なきものと等しく、価値と言うのは揺らぐのでしょうがね。まぁ、無常というねぇ。
大阪市立美術館では「光琳資料をひもとく」という、光琳作品と関係資料の展示で、尾形家(雁金屋)にまつわる史料に加え印籠をはじめとする蒔絵とその下絵、呉服意匠案、絵画などが並びます。蒔絵下絵は実際に使用したものでもあろうかと思います、輪郭線もベンガラ色。それと印籠として仕上がったものの意匠をみましても曲線を基調として簡略化された植物や景物。それに寒山拾得とか竹林七賢等の人物もなかなかおもしろいんですよね。とはいえ、こういうものも、以前はほとんど面白いとも思えずに、日本人の美意識の象徴的とか何とか云われる簡略でぼんやりした意匠群である、と、あまり積極的にみる気にはならなかった所はありますが、なんでもみておくものですね。みればそれなりに面白いんですから。
そんな中で特に僕が引かれたものは、白楽天を取り上げた画題として光琳が展開していった図像です。以前屏風でこれを見て、ほぅ、と思った一図で、紅白梅図だとか宗達を模した風神雷神図屏風、杜若図屏風などの名品ばかりが取り上げられる中でなかなか表だって語られずにいるような印象のあるもう一つの好作業であるとおもわれた図像です。
この部分的な粉本と、同画題の象嵌細工を施した料紙箱の展示があり、その姿形も含めてぷっくりとボリュームがある造りになっていましてね。銀ですかね、丸を基調として重なる岩を意匠したごつごつとした表面をなしている象嵌もちょっとおもしろく見える。酸化させてか黒々としてましてね。これが蓋の向かって右下と左上の対角に位置していまして、その間を金の波濤に揺りあげられつつ、唐土より白楽天が一隻の小舟で来日しようと言うところに住吉明神が変じて現れたところの老漁師が小舟を寄せんとしている。この白楽天の乗る船もいいんですよね。その形や奥行きなんかがすごくいい加減なんですよ。屏風ですと船尻に魚の装飾があり、また船べりは化学反応で青く変色させた銀箔・焼き箔が押してある。紅白梅図屏風の中央を流れる流水の部分は銀箔地にドーサで流水紋を描いてあとを硫化させているとか、蒔絵から絵画に至るまでの化学変化を積極的に利用した加工金属使用への積極性と言う点は、光琳を考える上でも大いに面白い点であるかと思います。弟乾山の鉄絵をこれにつなげるのは性急かもしれませんが。
さて、先の画題は謡曲「白楽天」が元になっているんだそうです。でね、白楽天は日本へと渡ろうと言う時に、海上で住吉明神と出合って唐歌と和歌との問答を行うという筋ということですが、そういう画題が紙を入れておく箱に施してあるということもまたこの蒔絵箱の面白みに一層重なるところがありますね。と同時に、武家の式楽を共有していた位相にある人物に主に了解し得た画題であろうという点も、生業の顧客を始め、彼自体がどういう教養及び文化圏に根差した人物であったのかなどとも合わせてもの思わしいところですね。画題という一つの精神が示す社会性などの広がりをも感じさせる所があるんじゃァないですかね。図様の面白さはもちろん、そういう点でも面白みのあるものであるように思われます。
展示には杜若の一幅もでておりましてね、その前に立ったら幼子を連れたお母さんがちょうど入室しまして、ケース前の僕のもとにこの子が走り寄ってくる。この子は絵を見る僕を「けひゃぁ」とかいいながら見上げる。人も余りいない展示室と言う、動くものがあまりない空間で動くものが、しかもよちよちとした、どこか常ならぬものが寄ってきますとね、どうもそっちに目が言ってしまう。意思の疎通なんてものは期待もかけませんが、つい見上げるこの子の目を見てしまって、何だかこの絵の印象が曖昧なままに、他の絵をざっと眺めて出てしまったわけですが、しかし、思えば印籠に施された人物の短軀は幼児的なのだな。そこから飛躍して鳥羽絵とは別の漫画的な簡略体の一祖形をみてみようと試みてもいいのかもしれませんね。
そのほか、柿衛文庫では芭蕉と芭蕉門下の女性俳人を取り上げた小展示があって、これをざっと見ました。芭蕉の「古池やかわず飛込水の音」の短冊が出品されていました。当館ではこの春に秋成を取り上げた展示が始まるんですがそれが楽しみです。
敬雨の「星あひのささがに掃む粕でつち」という句に、一蝶が拾得様の人物が蜘蛛の巣を箒で掃こうと伸びあがる所が描かれた一幅がありまして、はぁ、なかなかこう言う俳諧・俳画の平衡的な遊びというのは面白いとこだよなぁ・・・ということで、ここを出ると、この施設は伊丹の酒蔵のあったところに立った美術館でもありますから、すぐ脇で丹醸の香りもたかい買い物コーナーに目がとまる。何におけるかはわからねど、僕もやくたいのない粕でっちということで、老松の酒粕を。
その二日前には池田に呉春の展示をみにいっていましたので、まぁ、酒所つながりですかね。彼の名前のお酒もあります。で、呉春は代表作、白梅図屏風が出ておりまして、目の粗い浅葱の絹地という薄暗がりの中に白梅が花をつけた枝を伸ばしている。付け立てでグラデーションを持った幹が写実的な視覚的効果をあげ、伸びのある筆跡が写実と写意との間でこの樹木を形作っています。この写意というのは細密に対象物を再現的に描写するのではなく、その大まかな形状をとらえながらその内在する生命力とか雰囲気の方を写しだそうとするようなありようだ、と、云う概念だと思っていただいたらまず間違いないか、当たらずとも遠からずではないかと思います。で、この点をより積極的に草体で俳諧と組み合わせていった人物が蕪村で、彼に俳諧も含めて心酔した呉春は、この新しい動きに飛びつきましてね、蕪村よりももっと平面的に簡略化されて、すっきりした絵にと呉春は駒を進める。それでもあくまで蕪村に習っているもんですから、戯画風に走るより絵にそれ以上の伸びはみられないとこまで行ったんじゃないかと思います。蕪村は中国絵画へのアプローチがもとにあるもんですから、対象をとらえる視線にもややしつこく、客観的なところも残しているんだけれども、呉春にはそういう前提へのしがらみが薄いように見えます。それがあっさりとした写実的な絵画表現を志向して「写生」と言う概念をかかげて一派を立てた応挙へと傾斜していく必然性・必要性にもつながっていったんじゃないかと思われますね。応挙には弟子ではなく友人として迎えられたといいます。その彼が描く応挙風の写生画はあんがいつまんないんです。つまんないけれども、応挙よりもさらに平明といいますかね、当たり障りがないような絵の描き方だし、親しみやすいということがあったんだと思います。景文とあわせて非常にもてはやされ、住んだ地名にちなんで四條派と名付けられる一派をなすに成長する。そういう絵師です。俳諧ではそれほどふるった所がないんじゃないかなぁ。絵では蕪村にならって、さらに小気味のいいものを描いたけれども。食通だったといいますね。秋成が言ってたのだったかなぁ。いま手元に『胆大小心録』があれば確認したいけれども。まぁいいね。
で、何が言いたかったかと言うと、こういう写意と写生(写実)との淡いにたった彼の画業におけるその生涯をこの屏風と言うのはなんだか象徴的にあらわしているようにも見えるんだ、ということなんです。なんのことはないですね。
この展示では蕪村の影響下にある絵が半数をしめています。特に寒山拾得の双幅を見ていただき、これを蕪村の描いたそれと比べていただきたい。呉春の絵の方がすっきりしているということがお分かりだと思います。彼の方が絵はうまいです。うまいけれども、軽妙なところはあるけれども、それが蕪村と比べた時にはなんだか表面的に見えてしまう所がある様にも思う。ここのところがなかなか難しい所です。蕪村の影響を受けて俳画をものした人物には楳亭などもいますが、こう言った人々の作業を今一度じっくり見返し、また概観できるような機会がありますと、蕪村の影響のもと俳画がどのように熟そうとしたのかということも、僕にとってももう少し明確になるんじゃないかとも思いますね。そして、こう言うことがないと呉春の俳画自体の持つ意味合いも位相も見えてこないですよね。単純にかわいらしくはあるけれどもさ。
因みに展示されています屏風「龍山落帽図・桃李園図」屏風の右隻。山で酒飲んでる時に、一人風で帽子が飛ばされた人がある。この人は飛ばされてなお平然と酒を飲み続けた・・・風雅!いやちょっと待ちたまえ、それって唯の酩酊では?・・・みたいな情景がですねほのぼのと。画面左側で僕童が帽子を追いかけている後ろ姿で描かれています。で、蕪村風の蟹爪型の点線をまばらに散らした峻法の岩があり、淡彩が相まっている。そういう絵も出ていましたね。
そういう感じで近世前・中期の絵画を中心にした展示をざっと流してきたわけです。絵っていうものは何なんですかねぇ。僕にとってはいろいろとものを思わせられるものではあるんだけれども。帰った翌日、一日起きれないかなぁと思ったものの、案外早く起きることができたんで夕前に横浜美術館で松井冬子を見たりしたけれどもさ。ちょっと青田買いなんじゃないかとも思いつつネ。成山画廊で何年も前に見て以来で、あぁ、この人はなかなかうまいなぁ、と。でも、僕は写実よりもやっぱり写意に興味があるんだな、と、この案外無機質に人物を対象化して見詰める視線に、深入りできずに踏みとどまってしまうところがあったりねぇ。中で、蕭白の「柳下鬼女図」と奈良にある「美人図」ですね、手紙を裂いてる青い着物の。足の表現は主に前者によっているように思いましたが、とにかくその二つを本歌取りした「桜下狂女図」なんかが、案外上目遣いながら目が生き生きと描かれていたのが、出品中では気になったところでありましたね。それは狂女として描かれた女性の目が、方向性を志向しているような意思の窺われる眼差しである、と言う点で、これをこのように現した絵描きの思いをも汲みたくなる面白い所ではないかと思いました。
くたした菊であるとか、黒髪であるとか、絹本の墨が柔らかくのる所をうまく使いつつ、偏愛を誘う造形とモティーフが冷たい人体を盛りたてている、と言うのはまぁ絵画の中の話としても、さらに古びた額など表具がそれをみるべきモノとして演出しているわけで、そのあたりの用意周到さが示す所、つまり絵画と言う商品をとりまく商業戦略としての、業界内での価値物の再生産をうながす側面をこの展示が持っているというのがありありと見えてくるという点では、こう言った展示・美術館のありように白々しい思いもしたわけです。地方公共団体の公共施設も、経営があるわけですが、ねぇ。。。
大阪では音頭のライブも、チンドンが入って音が厚くなり面白かったんですが、まぁ、その話は日を改めまして。
大阪市立美術館
http://www.osaka-art-museum.jp/
柿衛文庫
http://www.kakimori.jp/
逸翁美術館・呉春展
http://www.itsuo-museum.com/top.html
横浜美術館
http://www.yaf.or.jp/yma/index.php

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