前回の日記から半年近く何も更新できていなかったのね〜。
携帯から、ひとことコメント並みの日記をつけていくほうがいいかな。
PCの前には何度も座る機会があったのだけど、もう、PTAの委員長としての文書つくりにひたすら睡眠時間をむしりとられる日々でネットにつなぐ時間さえなかったよ。
4月
ユウ高校1年生 ナミ6年生 セイ1年生スタート

同時に、PTAの委員長としての怒涛の作業がエンドレスで始まる・・・
4月は本当に週末は徹夜してやってました。
自分の職種柄、呼び出しがあることも多いから、副委員長さんたちに私の勤務スタイルに合わせて会ってもらったりするのは、かなりの無理難題を行っているような物なので、もう自分でやるしかないと、決心したのです。
いろんな会合にも出るけれど、そのほかに、夏までに横断旗の試作品を5本作り、20本分の布の裁断やステンシルでの文字入れ、棒の作成など、仕事終わって夜、子供寝てからこつこつとやってきました。
6月末
便に血が混じるということで検査入院していた義父が、まさかの急変で、あっけなく急逝。
S先生を亡くした時と同じ衝撃と精神的な打撃と悲しみで少々鬱病みたいになりそうだった。
長野県と我が家を行ったりきたりを続ける疲労感も相当なものでした。8月の初盆まで続きました。
8月に近所のPTAで間接的に交流のあった、ナミと同級生の男の子のお母さんも、本当にまさかの急逝。36歳だったそうです。本当にショックだった。
二人の突然のお別れに、心底いろんなこと考えたなあ・・・・
8月22日〜27日
ナミが、ネパール訪問団へ参加。
ネパールの貧しい子供たちへ、鉛筆やノートを届けた。
そこで目にした、日本とはまるで違う、「現実」。
現地で友達になった10歳の女の子、プロサンサちゃんと一緒に撮った写真を見つめながら、帰国後しばらく無言のままでした。
報告書の作文に
「私たちができることは何か。そのためにたくさんの勉強をしたいと強く思う。すべては同じ人間として・・・。」
と書いていました。
「学校に普通に行けるって、すごいことなんだね、おかあさん」
それがわかっただけでも、ものすごく得るものがあったね。
いい大学にいくためとか、いい会社に入るためとか、そんな勉強じゃなくて、人の役に立てるために自分から学ぶ勉強を、お母さんもしてほしいと思ってます。
そして9月
・・・・。
今だから言えますが、8月30日ごろより、私は体調を崩し、関節や筋肉痛、頭痛に38.2度の熱発。
はい、これまた、まさかのインフルエンザA型陽性反応が出てしまいました。
97%新型インフルですね。
子供たちの始業式は、二階の隔離部屋にて見送る状態でした。
一週間、一歩も外に出ず、隔離部屋からも極力出ずの5日間の出勤停止で旦那まで一週間の出勤停止で・・・
とにかく子供たちや旦那に移さないことだけを祈り・・・。私のいる部屋に入ってくるときはみんなマスクにアルコール常備で。
確かに普通の風邪よりは2日ほど体はつらかった。でも、インフルエンザとは思えないほどの症状の軽さだと、私自身は感じていました。もっともっとすざましいのかと思っていたから。
現在、治癒診断を受け、今日から外出オッケー。完治しました。
旦那も子供たちも元気に感染することなく過ごせました。よかった=

「シャバの空気はうまいぜ」
と思ったけど・・・こんな思いするのはもうカンベン。
職場や家族にすんごい迷惑かけてしまったと思います。
ほんとうにごめんなさい。
気をつけていたんだけどなあ。どこでもらっちゃったかなあ。
でも、この冬が怖いね。
皆さんも気をつけてくださいね。

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