2009/2/2
日本の今の不況は8割がたは霞が関の人災だ。
一般には、ケインズ的な財政出動は、結局のところは問題を先送りして、不況時の痛みを一時的に緩和するけれども、いつかは将来の増税か将来のインフレにつながります。
こちらあたりを詳しく説明しているのは、池田信夫Blogですので、お手すきの読者の方々は、ぜひとも実際に飛んで行って、経済学の基礎を勉強してください。↓
『池田信夫Blog』
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/
貞子ブログは、もうちょっと他の応用というか、資産形成に応用してゆこうとする立場です。
けれども、
そもそも、豊かさとは何かを考えたとき、心の豊かさは個々人が努力して造り出すもので、本来は国家が介入するものでは一切ない。
心の豊かさを国家が介入することは、ファシズム(全体主義)や社会主義に通じるものだから、そういった個個人の価値観には国家が介入することを私たちは絶対ゆるしてはいけない。
国家が、あるいは経済学者やエコノミストやFPが介入すべきは、ひとえに、経済的な豊かさについてだけである。
そして経済的な豊かさとは、どれだけ単位時間当たりに、らくして付加価値を生み出せるかといった生産性の話になるわけです。(正確には、経済用語では「全要素生産性」と呼びます。)
たとえば、製造業でロボットが導入されれば、生産性が急速に上がりますから、賃金も上がります。労働条件も改善されます。今まで危険な作業を強いられていた工場労働者が、過酷な労働から解放されます。(いわゆる労働の強度が下がるのです。)
1980年当時の日本でも、ロボットが従来型の工場労働者の仕事を奪うのではないかと恐れられて、一瞬社会問題化しました。いまこういった話題(ロボットが工場労働者の仕事を奪うなとという話題)をしたら、みな、ちょっろ笑ってしまうのでてはないでしょうか・・・。今は、日本国内の工場労働者の職場を中国やインドなどの新興国の労働者が奪っています。
が、21世紀では、もはや日本国内でも、誰も、「国内のロボットと国内の工場労働者とがパイの奪い合いをしている」とは、言わなくなっています。このように「世間一般で受け入れられる常識」というのは、わずか四半世紀だけでも急速に変化しているのです。
21世紀の日本国内では、中国を脅威と感じて、アンチ中国の人々が存在するのも、とくべつ不思議ではありません。
1980年代では、アメリカでは日本が脅威だったのです。アメリカ国内では、日本製の自動車にガソリンが掛けられて焼かれたりしました。アメリカ国内の労働者の職場を、日本製の半導体や家電や自動車が奪っていたのです。
さらに1990年代半ばから、インターネットなどのIT産業が普及して、サービス産業の分野でも、急速に無人化が進みます。
銀行の簡単な窓口業務はATMに取って代わられて、在庫管理は高度なPosシステムに取って代わられ、簡単な証券業務はネット証券がとって代わり、企業の簡単なバックオフィス業務もITが取って代わっています。
インターネットで世界中の労働者が結ばれたので、たとえば日本国内のプログラマーがインドやロシアの安価なプログラマーと競争せざるを得なくなっています。
地球規模での大競争時代が好むと好まざるとを得ず、1990年代半ばから既に始まっているのです。
このように、21世紀の世界経済は、特に、先進各国では常時、賃金はデフレ圧力にさらされているのです。
だからこそ、21世紀では、ますます生産性の向上こそが大切になって、実学中心の教育が必須の課題となり、なるべく一人でも多くの人が「楽して稼げる」仕組みが是非とも必要になってきているのです。
とくに、日本国内では、諸外国に比べても、経営者が特段に強欲なわけでも全くなく、さりとて若者が特段に怠けものであるわけでも全くなく、
なぜ、日本だけが15年以上も長きにわたって不況に苦しまなければならないかというと、
ひとえに必要以上に法令や法律や条例などで規制が増えすぎて、官製不況を起こしてしまったからなのだ。
いわゆる、霞が関による「行き過ぎた規制強化」だ。
私は決して規制撤廃論者ではない。
私はすべての規制を撤廃したほうがよいとする立場ではけっしてない。
工場排水への規制や自動車の排ガス規制は必要だし、サービス残業1か月200時間というのも、わたしの身近では普通に行われていたが、やはり異常だとは思う。よほど仕事が好きな人でなかったら、サービス残業1か月200時間は人は死んでしまうかもしれないから取り締まらなければならないとはと思う。むごい、あまりにもむごいと思う。
けれども、個人的には 、もちろん上限金利は緩和すべきだし(上限金利規制強化で儲かったのは、客のいない弁護士だった!)、新建設基準法も元の姿に戻すべきだし、新金融商品取引法も元に戻すべきだ。
新しい金融商品取引法で一番割を食うのは、じつは、今まで全く投資経験のない人々ではないだろうか・・・?
新金融商品取引法のもとでは、新参者の投資家は窓口でリスクの説明ばかり受けることになってしまい、次のビッグチャンスがおとずれた時、新参者ほど次のビッグチャンスの波にうまく乗れないれまま終わるかもしれない。
食品業界でも、もう賞味期限(この時期まではおいしく食べられます、といった意味)も消費期限(この時期までは腐りませんといった意味)も、完全撤廃して、10数年前の元の基準に戻してはどうだろうか?
もとの「製造年月日」だけの基準に戻して、消費者には「味見しながら食べてもらう」ことにしてはどうか・・・・???
こうすれば、日本国内の食品製造業・加工業で働く人々の労働の強度も下げられるし、そこの工場の生産性も上がって、一石二鳥ではないのか???食品関係では業者も消費者も。厚生労働省と異常潔癖症の人々以外では、良いことづくめではないのか???
正社員を守り過ぎる雇用規制が強いために、経営者だって気軽に人を正社員として採用できないでいる。気軽に採用した正社員を気軽に「ただ仕事がのろい、仕事ができない」といった理由だけで首を切ったら、経営者だって裁判所に訴えられるのだ。大不況化で合理化やリストラを断行している経営者だって、正社員切りには戦々恐々だ。「大幅な心身刷新・若返り」なんてことは、いまや日本国内では、民間企業とて「夢のまた夢」だ。
坂本竜馬も墓の影で泣いていることだろう。
日本では心臓外科医は訴訟が怖くて、心臓外科の稼働率は20%を切っているとも聞いている。
すべての規制が必要ないとは言わないけれど、法令・条例・規制強化が行き過ぎたせいで、日本国内の産業の生産性は、いまやガタ落ちしている。
これが、今の日本の大不況は、八割がたは霞が関による人災だといわれるゆえんだ。
そして、法令・条例・規制が増えるたびに、霞が関の天下りさきも、わけのわからない円卓会議「●×▽を考える会」も、着実に増えてゆき、税金だけが無駄に湯みずのように使われてゆくのである。
かように生産性が伸び悩むと、どうなるか?
国家のみが富み栄えて、国民の生活が困窮してゆくのだ。
そして、実質潜在成長力が伸び悩むのだ。
実質潜在成長力というのは、その国の経済が適材適所でフルに効率よく稼働した場合、どれだけ成長できるかを意味している。
日本経済の実質潜在成長力は、21世紀になっても、未だにおよそわずか1.0%だ。かたや、アメリカの実質潜在成長力は3%である。
この日本とアメリカの実質潜在成長力のさは、人災以外のなにものでもない。
構造改革は、生産性向上改革であり、だからこそ、一部の行き過ぎた規制を撤廃・緩和させることも必要なのだ。
外需依存でも生産性を向上させていたら、経済は繁栄する。
年金改革をはじめとするSafetyNet議論を伴わない内需・外需議論は、いまとなっては、優先順位としては、たいして上ではない。
今は、外需だろうと内需だろうと、コンスタントに稼げる需要はりっぱな需要なのだ。
ちなみに、日本の外需依存度(GDP成長率に寄与している外需の寄与度)は、2006年でも、わずか14.9%。
この日本の外需依存の数値は、中国の46.9%、韓国の36.7%、ドイツ38.8%よりはるかに低く、フランス21.7%、イギリス17.9%より低い。(野口悠紀夫「世界経済危機ー日本の罪と罰ー」より)
そもそも、日本は輸入依存度もたいして高くないという「特殊な鎖国国家」なのだ。
もともと、日本経済は、霞ヶ関による人災によって大不況が起きて始めていたのだ。その日本の大不況の始まりに「最後のとどめ」を刺して「追い打ち」したのが、アメリカ発の世界同時不況だ。これが今の日本経済の「正しい診断書」だ。
直近2009年のIMF予測によれば、今回の世界同時不況で、2009年の各国の経済成長予測は、世界全体では前年比プラス0.5%、米国は同マイナス1.6%、日本はマイナス2.6%となった。日本の経済成長は、G7の中では、金融以外ではこれといった稼ぎ頭の産業がない英国のマイナス2.8%に次いで、マイナス幅が二番目に大きくなっているの。
これが現実だ。
日本の今回の大不況は8割がたは霞が関の人災であることは、火を見るよりも明らかではないか・・・。
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こちらあたりを詳しく説明しているのは、池田信夫Blogですので、お手すきの読者の方々は、ぜひとも実際に飛んで行って、経済学の基礎を勉強してください。↓
『池田信夫Blog』
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/
貞子ブログは、もうちょっと他の応用というか、資産形成に応用してゆこうとする立場です。
けれども、
そもそも、豊かさとは何かを考えたとき、心の豊かさは個々人が努力して造り出すもので、本来は国家が介入するものでは一切ない。
心の豊かさを国家が介入することは、ファシズム(全体主義)や社会主義に通じるものだから、そういった個個人の価値観には国家が介入することを私たちは絶対ゆるしてはいけない。
国家が、あるいは経済学者やエコノミストやFPが介入すべきは、ひとえに、経済的な豊かさについてだけである。
そして経済的な豊かさとは、どれだけ単位時間当たりに、らくして付加価値を生み出せるかといった生産性の話になるわけです。(正確には、経済用語では「全要素生産性」と呼びます。)
たとえば、製造業でロボットが導入されれば、生産性が急速に上がりますから、賃金も上がります。労働条件も改善されます。今まで危険な作業を強いられていた工場労働者が、過酷な労働から解放されます。(いわゆる労働の強度が下がるのです。)
1980年当時の日本でも、ロボットが従来型の工場労働者の仕事を奪うのではないかと恐れられて、一瞬社会問題化しました。いまこういった話題(ロボットが工場労働者の仕事を奪うなとという話題)をしたら、みな、ちょっろ笑ってしまうのでてはないでしょうか・・・。今は、日本国内の工場労働者の職場を中国やインドなどの新興国の労働者が奪っています。
が、21世紀では、もはや日本国内でも、誰も、「国内のロボットと国内の工場労働者とがパイの奪い合いをしている」とは、言わなくなっています。このように「世間一般で受け入れられる常識」というのは、わずか四半世紀だけでも急速に変化しているのです。
21世紀の日本国内では、中国を脅威と感じて、アンチ中国の人々が存在するのも、とくべつ不思議ではありません。
1980年代では、アメリカでは日本が脅威だったのです。アメリカ国内では、日本製の自動車にガソリンが掛けられて焼かれたりしました。アメリカ国内の労働者の職場を、日本製の半導体や家電や自動車が奪っていたのです。
さらに1990年代半ばから、インターネットなどのIT産業が普及して、サービス産業の分野でも、急速に無人化が進みます。
銀行の簡単な窓口業務はATMに取って代わられて、在庫管理は高度なPosシステムに取って代わられ、簡単な証券業務はネット証券がとって代わり、企業の簡単なバックオフィス業務もITが取って代わっています。
インターネットで世界中の労働者が結ばれたので、たとえば日本国内のプログラマーがインドやロシアの安価なプログラマーと競争せざるを得なくなっています。
地球規模での大競争時代が好むと好まざるとを得ず、1990年代半ばから既に始まっているのです。
このように、21世紀の世界経済は、特に、先進各国では常時、賃金はデフレ圧力にさらされているのです。
だからこそ、21世紀では、ますます生産性の向上こそが大切になって、実学中心の教育が必須の課題となり、なるべく一人でも多くの人が「楽して稼げる」仕組みが是非とも必要になってきているのです。
とくに、日本国内では、諸外国に比べても、経営者が特段に強欲なわけでも全くなく、さりとて若者が特段に怠けものであるわけでも全くなく、
なぜ、日本だけが15年以上も長きにわたって不況に苦しまなければならないかというと、
ひとえに必要以上に法令や法律や条例などで規制が増えすぎて、官製不況を起こしてしまったからなのだ。
いわゆる、霞が関による「行き過ぎた規制強化」だ。
私は決して規制撤廃論者ではない。
私はすべての規制を撤廃したほうがよいとする立場ではけっしてない。
工場排水への規制や自動車の排ガス規制は必要だし、サービス残業1か月200時間というのも、わたしの身近では普通に行われていたが、やはり異常だとは思う。よほど仕事が好きな人でなかったら、サービス残業1か月200時間は人は死んでしまうかもしれないから取り締まらなければならないとはと思う。むごい、あまりにもむごいと思う。
けれども、個人的には 、もちろん上限金利は緩和すべきだし(上限金利規制強化で儲かったのは、客のいない弁護士だった!)、新建設基準法も元の姿に戻すべきだし、新金融商品取引法も元に戻すべきだ。
新しい金融商品取引法で一番割を食うのは、じつは、今まで全く投資経験のない人々ではないだろうか・・・?
新金融商品取引法のもとでは、新参者の投資家は窓口でリスクの説明ばかり受けることになってしまい、次のビッグチャンスがおとずれた時、新参者ほど次のビッグチャンスの波にうまく乗れないれまま終わるかもしれない。
食品業界でも、もう賞味期限(この時期まではおいしく食べられます、といった意味)も消費期限(この時期までは腐りませんといった意味)も、完全撤廃して、10数年前の元の基準に戻してはどうだろうか?
もとの「製造年月日」だけの基準に戻して、消費者には「味見しながら食べてもらう」ことにしてはどうか・・・・???
こうすれば、日本国内の食品製造業・加工業で働く人々の労働の強度も下げられるし、そこの工場の生産性も上がって、一石二鳥ではないのか???食品関係では業者も消費者も。厚生労働省と異常潔癖症の人々以外では、良いことづくめではないのか???
正社員を守り過ぎる雇用規制が強いために、経営者だって気軽に人を正社員として採用できないでいる。気軽に採用した正社員を気軽に「ただ仕事がのろい、仕事ができない」といった理由だけで首を切ったら、経営者だって裁判所に訴えられるのだ。大不況化で合理化やリストラを断行している経営者だって、正社員切りには戦々恐々だ。「大幅な心身刷新・若返り」なんてことは、いまや日本国内では、民間企業とて「夢のまた夢」だ。
坂本竜馬も墓の影で泣いていることだろう。
日本では心臓外科医は訴訟が怖くて、心臓外科の稼働率は20%を切っているとも聞いている。
すべての規制が必要ないとは言わないけれど、法令・条例・規制強化が行き過ぎたせいで、日本国内の産業の生産性は、いまやガタ落ちしている。
これが、今の日本の大不況は、八割がたは霞が関による人災だといわれるゆえんだ。
そして、法令・条例・規制が増えるたびに、霞が関の天下りさきも、わけのわからない円卓会議「●×▽を考える会」も、着実に増えてゆき、税金だけが無駄に湯みずのように使われてゆくのである。
かように生産性が伸び悩むと、どうなるか?
国家のみが富み栄えて、国民の生活が困窮してゆくのだ。
そして、実質潜在成長力が伸び悩むのだ。
実質潜在成長力というのは、その国の経済が適材適所でフルに効率よく稼働した場合、どれだけ成長できるかを意味している。
日本経済の実質潜在成長力は、21世紀になっても、未だにおよそわずか1.0%だ。かたや、アメリカの実質潜在成長力は3%である。
この日本とアメリカの実質潜在成長力のさは、人災以外のなにものでもない。
構造改革は、生産性向上改革であり、だからこそ、一部の行き過ぎた規制を撤廃・緩和させることも必要なのだ。
外需依存でも生産性を向上させていたら、経済は繁栄する。
年金改革をはじめとするSafetyNet議論を伴わない内需・外需議論は、いまとなっては、優先順位としては、たいして上ではない。
今は、外需だろうと内需だろうと、コンスタントに稼げる需要はりっぱな需要なのだ。
ちなみに、日本の外需依存度(GDP成長率に寄与している外需の寄与度)は、2006年でも、わずか14.9%。
この日本の外需依存の数値は、中国の46.9%、韓国の36.7%、ドイツ38.8%よりはるかに低く、フランス21.7%、イギリス17.9%より低い。(野口悠紀夫「世界経済危機ー日本の罪と罰ー」より)
そもそも、日本は輸入依存度もたいして高くないという「特殊な鎖国国家」なのだ。
もともと、日本経済は、霞ヶ関による人災によって大不況が起きて始めていたのだ。その日本の大不況の始まりに「最後のとどめ」を刺して「追い打ち」したのが、アメリカ発の世界同時不況だ。これが今の日本経済の「正しい診断書」だ。
直近2009年のIMF予測によれば、今回の世界同時不況で、2009年の各国の経済成長予測は、世界全体では前年比プラス0.5%、米国は同マイナス1.6%、日本はマイナス2.6%となった。日本の経済成長は、G7の中では、金融以外ではこれといった稼ぎ頭の産業がない英国のマイナス2.8%に次いで、マイナス幅が二番目に大きくなっているの。
これが現実だ。
日本の今回の大不況は8割がたは霞が関の人災であることは、火を見るよりも明らかではないか・・・。
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2009/2/3 8:13
投稿者:やすひろ


















>上限金利規制強化で儲かったのは、客のいない弁護士だった!
あと、反社会的勢力も、この上限金利規制強化で大儲けしました。
>坂本竜馬も墓の影で泣いていることだろう。
後藤田の大叔父さんも泣いてることだろう。
http://blog.livedoor.jp/nihonhoukai/archives/76798.html
http://blog.livedoor.jp/nihonhoukai/archives/76798.html