北川景子。
きれいだなぁと思った。ブザービートで。
ブログを見つけた。
何か涙がにじむ。
誰も私を必要としてなくて、
でもそれは私が誰も必要としていないからなんだけど、
わかっていても慣れてきてもたまにどうにも寂しくなって、
最近は押しつぶされそうにさえなる。
皆、わかれば感情は整理されるらしいことに最近気づいた。
思考と感情は同時進行なのが普通みたいだ。
私は思考が相当先走る。
すぐわかってしまうけど、感情がついてこない。
感情に支配されているのは、わかっていないからだといった趣旨のことを、
相談したら往々にして言われてきた。
わかってる、自分のことなんかうんざりするくらい。
わかってないなら、わかってないことはわかるくらい、
自分を理解しているつもりだ。
それとも、理解してると思うのが奢りなのか?
そんな繰り返しで、また自分を理解する。
そうしたら、理解していることがわからない相手が、
わかるようになってしまった。
その人の内省力や理解力を、越えてしまっている。
私は普通だ。人より優れていることなんかない。
そう思ってきた。認めたくなかったし見ようとしなかった。
だけど、努力と内省力は、多分優れているのだと思う。
自分のことだけに限定すれば、理解もしている。
自分にないものに共感はしにくい。
そんな普通の現象が起こっていただけ。
己を理解するということがわからない人に、わかる感覚はわからない、
それはスケートを滑れるだけでは、トリプルアクセルを飛ぶ感覚が
わからないのと同じ。
この現象、寂しい。
自分の内面ばかりに原因を求め続けた罰だ。
ステレオタイプの人生を歩めばよかったのかな。そしたら、こんな寂しさの代わりに、喜びや楽しみを知れたのかな。
なんて考えても涙なんか出なくなってしまっていた。
発散の糸口を見つけたんだろう。

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