2012/4/27

4月も終わりかけ  ぼちぼちな日々

ほぼ半年も放置してしまいました(汗)
まあ、よくあることですが(;_;)


あったかくなって来ました。
今年は桜の散るのが早過ぎ。
あっという間に新緑の季節になってしまいました。


育児ブログとしてここを開設して……。
もう7年になりますか。

早いものでボーズは3年生になりました。
本当に早い。そしてヤツはやたらにでかい少年になってます(汗)

私の身長が小学4年生の平均くらい(1970年代で)ですので、まあ、追い付かれっぷりは半端じゃありません。

もう、私の肩よりボーズの頭は出てますからね…。
手の平の大きさは、今、ほぼ同サイズ。

バイク用も自転車用も、グローブを彼に譲りました。まあ、私が乗らなくなったのが一番の理由ですが。

私と同じメーカーのキッズマウンテンバイクに乗り、
私のグローブを着け、
私は持っていなかった自転車用ヘルメットをかぶって、

颯爽と児童公園やら、お友達の家なんかに行ってます。
私がマウンテンバイクにチャイルドシートを付けてスーパーに買い物に行っていたのと同じく、かなり目立つようで、たまに他の保護者の方から目撃情報(という大袈裟なものではないですが)をいただきます。見守っていただいている目があるのは、とてもありがたいことです。


しかし、毎日の宿題は未だにバトルです。

オカンとボーズの意地の張り合いです。

そろそろやる気だそうや? と思うのですが、楽しくないのか、かなり面倒くさいらしく、取り掛からせるだけでグッタリする今日この頃。言わなきゃやらないまま登校しますのでねぇ。どうなんでしょ。言うの、止めないとずっとこのままなような気もします。


だけど、そんなことも今のうちだけかな、とも思うし。

彼にも彼なりの世界が出来つつあるので、親が口を出すのもほんの一面でしかなくなってきましたので。



何か取り留めはないですが、そんな感じで3年生がスタートしています。

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2011/11/28


生きてました!

何かあちこちに書き散らしてて、ここを忘れそうで怖い。


猫、拾いました。
コイツに、携帯電話の充電器のコードを食いちぎられること2回(ToT)
くそ。捨ててやる。
山の中へ拉致&放置してやる…
と思いつつも、猫ってやっぱり可愛いんだよなあ…
何か騙し騙し、飼いそうな気がする。


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2011/9/9

彼の地へ  思いつきモブログ

行ったことがある都道府県バトンってのをやってみます。


*ただ「通っただけ」の所はダメです。

*実際に降り立ったことがある所にだけ、チェックをしてください(□を■に)。

*スラッシュの左側に■の数を記入してください。

*ふるさと【】
*現在の居住地【】
(これらも後程チェックしてください)


*北海道、東北地方
■北海道→道東各所
□青森県
□岩手県
■宮城県→松島
□秋田県
■山形県→山寺
□福島県
(3/7)

*関東地方
□茨城県
■栃木県→日光、茂手木
□群馬県
■埼玉県→某人墓参り
■千葉県→ネズミランド
■東京都→いろいろ
■神奈川県→中華街
(5/7)

*中部地方
■新潟県→フォッサマグナ
■富山県→五箇谷
■石川県→いろいろ
■福井県→いろいろ
■山梨県→忍野八海
■長野県→いっぱい
■岐阜県→高山
■静岡県→浜名湖・中田島砂丘
■愛知県→いろいろ
(9/9)

*近畿地方
■三重県
■滋賀県
■京都府
■大阪府
■【兵庫県】
■【奈良県】
■和歌山県
(7/7)

*中国地方
■鳥取県→砂丘
■島根県→出雲
■岡山県→いろいろ
■広島県→尾道
■山口県→秋吉台
(5/5)

*四国地方
■徳島県→室戸岬
■香川県→いろいろ
■愛媛県→道後・大洲
■高知県→桂浜・足摺
(4/4)

*九州地方
■福岡県→海の中道
■佐賀県→吉野ヶ里
■長崎県→修学旅行
■熊本県→阿蘇
■大分県→親戚がいる
□宮崎県
□鹿児島県
■沖縄県→本島・西表島
(6/8)

*合計(39/47)


*感想などご自由にどうぞ。

未だ見果てぬ彼の地へ思いを馳せてみる


〇青森…津軽海峡の階段国道に行きたい。
〇秋田…生なまはげに会いたい。きりたんぽのくりみ味噌味が食べたい。乳頭温泉も行きたい。
〇岩手…盛岡冷麺を食べたい。わんこは辛そうなんで。
〇福島…予てより行きたいと思ってた場所もなく。単なる勉強不足ですがね。福島のゆべしは美味しかった。もう一度食べたいな。
〇茨城…筑波や水戸は通ったことがある。とにかく遠かったことだけ覚えてる。
〇群馬…ここも通過だけなら何度かあるけど、ちゃんと行ってみたい。伊香保温泉とか鬼押し出しハイウェイとかが見たい。


〇宮崎…行きたいとこばっかり!宮崎だけで3日くらい留まりたい。
〇鹿児島…シラスに触りたいのと、西郷公園での白熊対決。



もう一度行きたい彼の地
●沖縄…西表島への旅に失敗したことがあるので、リベンジしたい。
●北海道…どうでしょう聖地巡りをしたくてどうしようもない。
●埼玉…高架下のゴリラ公園に行きたいんだよー!
●千葉…ボーズを連れてネズミランドってやつを、一生に1回はしとかなきゃいけない気がする。●福岡…もっと見なきゃいけないとこ、あるだろうよ?



お疲れ様でした。

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上記の中で一番に計画しそうなのはネズミランド。そして宮崎。これだけは旦那さんと意見が合致してる。


東海・近畿・中国・四国は全クリしてたんだ、と気付く。
仕事で、っていうのもあるけど、福岡以外はプライベートで行ってたんだ。
ただし福岡だけは、何でそこだ?と、自分で突っ込まずにいられない…。
馴染みはあったのに福岡は意外に通過してばかりだったんだな…。ちゃんと見たい。
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2011/8/31

辛夏でした  思いつきモブログ

まだ頭の中が整理出来ていないので、事実関係だけを書きます。


日曜日にばあちゃんが亡くなりました。
夕べが通夜で、今日は葬儀でした。


ばあちゃんは私が11才の時から結婚するまでの20年弱を同じ屋根の下で住みました。


今日はちゃんとお別れしたくて、腹を括って臨みました。



葬儀の最後の献花の時に、ありがとうと伝えました。


そして、火葬場に向かい火葬中に事件が起きました。


母と8年ほど一緒に住んでいる人に呼び出され、話を聞くと、母との入籍を考えているということで、了解が貰えるかどうかの返事を迫られました。


もちろん。初耳でした。
私は母と話してから決めたいと言いました。


その後すぐに私はパニック状態に陥りました。
涙が止まらなくなりました。


場所が場所だけに、何かに憑依されたかのように、泣き狂いました。



母の妹である叔母を捕まえて話を聞いて貰っても治まりません。

耐え切れなくなり、まだ祖母の骨も拾わないうちでしたが、帰りたくてたまりませんでした。


そう母に告げると心配はしてくれましたが、そして私が嫌なら入籍はしないと言いましたが、母は思ったことは必ず実行する人なので、まだ分かりません。


そして、火葬が終わりました。
最後までちゃんと見届けたいと思って臨んだ葬儀でしたが、私は涙が止まらずに、別の叔母に支えられながら、どこの骨を拾ったのかすら分かりませんでした。


そのことが尚辛く。
きちんと見送れなかったことで、益々辛くなり、やはり涙は止まりませんでした。


すると母は「いつまでもしつこい」と言いました。

「じゃあ好きにしろ」
と私は言いました。


すると兄がキレて、
「おまえは何様や。勝手に拗ねとけ。人に迷惑かけるな」
と言いました。

私は「今日はちゃんと祖母とお別れしたかっただけだ。何でいつも私だけが悪者なのか」
と言いました。


悔しさとか怒りとか、もうどうでもいい、とかいう思いで、母と兄とアレを睨み付けていました。

もちろん、親戚一同の目の前でです。



私は葬儀や結婚などの大切な 節目の時に揉めたり文句を言う人を軽蔑していました。私は今日、その張本人になりました。



PK戦でゴールを見据えているところへ、全くの死角から野球ボールを当てられたようなものだと思います。ばあちゃんにだけ向けていた心に、全く思いがけない方向から無神経で無作法、実にいい加減で失礼な別の心をぶつけられたのです。


そのあと兄が、話を聞いてくれました。こんなことは初めてです。
一度たりとも私の主張など聞いてくれなかった母と兄です。
だけど納得出来たところはあまりありません。
涙は止まりませんでした。


帰り際に少し持ち直しましたが、帰り道も家が近付くにつれてボロボロと涙が零れました。


私は何度か、あの人から心に深い傷を負わされています。
そして何より母の愛情や信頼を裏切り続けて来た人です。


出産も、祖母との別れも、あの人によって深い傷を残すものになりました。そうさせられました。それは一重に、あの人の自分の都合だけを考えた、勝手で利己主義、ただの我が儘から来る、私への軽視としてしか捉えることは出来ません。


母は母ですが、戸籍上は他人です。
父が亡くなる前に母は離婚手続きをとっていたからです。

だから、戸籍上は他人です。
母が結婚しようとするまいと、戸籍上は私とは何の繋がりもないのです。
だけど、私はあの人を家族に迎え入れる気持ちはありません。
母は入籍するでしょう。
だけど私は家族にはなりたくない。
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2011/8/23

久々UPだけど重いよ〜  ぼちぼちな日々

 うちのばあちゃんがそろそろ危ないです。
 今日、見舞いに行きましたが、眠ってる顔にはもう生気がなく。
 ただ、年相応に迎えるものを迎えるのだと自分に言い聞かせたりはしますが、いざ、の時に自分がどうなるのかは予想不能ですなあ。


 11才で突然父を亡くした時、正直言うとあまり悲しくなかったんです。
 突然過ぎたのと現実離れし過ぎていた現実を見て、人間のエゴと汚さをまざまざと見て。
 そういうのから自分を守るのに忙しいのと、ただの日常に戻りたい思いが強くて、悲しいとか思わなくて。
 薄情ですみません。いろいろありすぎたんですよ。当時はね(^-^;



 父が亡くなり、母が働き出し、祖母が家事をしてくれるようになりました。11才の私は反抗期に入りました。いままでなら許されていたことを否定され、甘えるのも否定され、ただ、祖母が語る親戚の悪口と母の愚痴を聞く日々でした。
 話しても分かって貰えない虚しさも知りました。大人とはいえ、祖母にも母にも、私に振り返る余裕はありませんでした。


 それでも。
 毎日ちゃんと掃除をし、ご飯を用意し、必要なものは揃えてくれていた。最低限よりはもっと、贅沢な子ども時代を過ごして来ました。


 感謝してもしきれない想いを、今日のうちに祖母に伝えようと思いましたが、言うと涙が出そうで、言えませんでした。
 実際、何も言わなかったんですが、祖母の方から
「みんなよく大きくなった」
などと言って来て、撃沈したのが現実です。祖母の前で泣くべきではありませんが涙が出るものは仕方がないのです。


 振り返れば一緒に過ごした日々が蘇り、もうすぐ旅立つかもしれないことに不安を覚えるのが正直なところです。


 ただ、祖母の周りには、昔の、そして大好きな人達が集まって来ているようです。
 私や母には見えない人達です。とにかく大勢らしいです。私には見えませんよ? 祖母にだけしか見えません。
 だけどね。
 旅立ちの準備は調えてからの方が不安もなくて本人は幸せですよ。
 会いたかった人に会えた。気になってたあの人の顔が見れた。
 祖母がそれで納得しているなら、私達には何かを否定する理由もありません。



 今週いっぱいが山になるそうです。
 もし、秋まで居てくれるのなら、紅葉を集めて届けてあげたい。
 


 夏というのは、思っていたよりも人に厳しいものですね。
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