2006/7/22

史料収集3  

カサレブサ

近代ギリシャ研究をする場合、多くの人が避けて通れないのがカサレブサです。カサレブサは古代ギリシャ語と19世紀の口語ギリシャ語からなる合成語です。19世紀から20世紀半ばまでの書物は、だいたいカサレブサで書かれています。
現在使われているギリシャ語を学んだとしても、カサレブサで書かれた著作を簡単に読むことは出来ません。文法を学び、辞書を手に入れる必要があります。

文法書
 カサレブサを読むための文法書というのはまだ見たことがありません。古いギリシャ語文法の本を探し、地道に学ぶしかありません。私はブリティッシュ・スクールで1881年にイギリス人が書いたギリシャ語文法書を見つけ、そこからカサレブサを学びました。英語で書かれた文法書では細かい説明が不十分ですが、文法の説明が英語なので学びやすいという利点があります。写真はこの文法書にある動詞の活用表です。
近代ギリシャ文学科をもつ大学には、カサレブサを学ぶコースがあると思います。少なくともイスタンブール大学にはあると聞きました。私はこういうコースについては詳しく知らないので、興味のある方は各ギリシャの大学に問い合わせてみてください。私の知る限りでは、カサレブサを学ぶための個人経営の語学学校はありません。

辞書
私はカサレブサを読むときは希−希辞典を使っています。もしかしたらカサレブサ用の希−英辞典もあるかもしれません。もちろん古い希−英辞典を手に入れれば、カサレブサを読めると思います。探してみてください。希−希辞典についてはカサレブサを読むための辞典か出版されています。例えば、

ΣΑΚΕΛΛΑΡΙΟΥ ΧΑΡΗΣ, ΓΕΝΙΚΟ ΛΕΞΙΚΟ ΚΑΘΑΡΕΥΟΥΣΑΣ ΚΑΙ ΔΗΜΟΤΙΚΗΣ,
12/3/2003, ΝΟΗΣΗ

ΣΠΥΡΟΥ ΤΣΙΟΥΝΗ, ΕΠΙΤΟΜΟ ΝΕΟ ΛΕΞΙΚΟ ΤΗΣ ΕΛΛΗΝΙΚΗΣ ΓΛΩΣΣΑΣ, ΔΗΜΟΤΙΚΗΣ-ΚΑΘΑΡΕΥΟΥΣΑΣ, ΑΛΦΕΙΟΣ

私はΣΠΥΡΟΥ ΤΣΙΟΥΝΗの方を使っています。これらの辞書はコンパクトなので、もっと大きな辞書が必要になるときもあります。私は3巻からなる巨大な辞書、ΙΩΑΝ ΣΤΑΜΑΤΑΚΟΥ, ΛΕΞΙΚΟΝ ΤΗΣ ΝΕΑΣ ΕΛΛΗΝΙΚΗΣ ΓΛΩΣΣΗΣ. ΚΑΘΑΡΕΥΟΥΣΗΣ ΚΑΙ ΔΗΜΟΤΙΚΗΣ ΚΑΙ ΕΚ ΤΗΣ ΝΕΑΣ ΕΛΛΗΝΙΚΗΣ ΕΙΣ ΤΗΝ ΑΡΧΑΙΑΝ, ΒΙΒΛΙΟΠΡΟΜΗΘΕΥΤΙΚΗ.を持っていますが、さらに大きな辞書も存在します。
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2006/7/19

史料収集2  

OPAC

史料を集めるにあたり、様々な研究機関を利用しました。どこに何があるのかを知るために、まずはARGOが使えます。これは代表的なギリシャの研究機関の所蔵を一括して検索できるOPACのようなものです。まだ出来て間もないようで、あてにならない部分も多々あります。これと合わせて大学図書館、国立国会図書館のOPACやゲナディオン、ブレーゲン、ブリティッシュ・スクールの所蔵を一括して検索できるAMBROSIAを使うことをお勧めします。

ARGO
http://argo.ekt.gr/Argo/ArgoENU.html

ARGO内にあるHellenic Ph.D. Dissertations Thesisでは、ギリシャの大学が所蔵する博士論文を一括検索することが出来ます。さらにその論文の目次と参考文献まで見ることが出来ます。
Neohellenic Prosopographyでは、18世紀、19世紀のギリシャの代表的な政治家、知識人に関する著作を一括検索できます。人物名をいれ、ヒットすればどこの研究所が所蔵している本の何ページに、その人物の記述がある、というところまで出てきます。
しかし、繰り返しになりますが、ARGOSはまだ完璧ではないので、他の研究機関のOPACと合わせて検索することをお勧めします。

AMBROSIA
http://193.92.187.46:8990/F

国立国会図書館OPAC
http://195.134.102.45/ipac20/ipac.jsp?profile=ebe0--2&reloadxsl=true#focus

その他の図書館リンク集
http://www.hri.org/nodes/grlib.html

研究機関

ここでは私が使った研究機関を挙げておきます。夏はだいたい開館時間が短縮されるか、8月いっぱい休みになるところが多いです。例えば国立図書館の場合、7月は9時‐2時まで開館、8月はまるまる休館です。大学図書館もだいたいそのような感じなので、夏の史料収集は困難を極めます。休館期間は毎年変わるので、直接問い合わせすることをお勧めします。

The Gennadius Library(パスポート要)
月火水金 9時−17時
木 9時―20時
土 9時−14時
http://www.ascsa.edu.gr/gennadius/g_index.htm
コピー可。しかし、古い本は不可。Web−OPAC(AMBROSIA)あり。
夏は開館時間が短縮されるので注意。

The British School at Athens(登録が必要)
月−金 9時−18時
メンバーの場合24時間使用可
http://www.bsa.gla.ac.uk/library/index.htm
コピー可。Web−OPAC(AMBROSIA)あり。
毎年夏の終わりに2週間閉館する。2006年は9月まるまる閉館。

INSTITUTE OF NEOHELLENIC RESEARCH(アポが必要)
月−金 9時−13時
http://www.eie.gr/nhrf/institutes/inr/links-en.html
一般の閲覧は受け付けていない。どこを探しても、欲しい史料がまったく見当たらない場合、最後に来る場所だとか。
Web−OPAC(ARGO内)あり。

CENTRE FOR ASIA MINOR STUDIES
月−金 10時‐14時
http://users.otenet.gr/~kms/kmseng.htm
コピー可。しかし、古い本は不可。
小アジア関係の史料が充実している。

NATIONAL LIBRARY OF GREECE(パスポート要)
http://www.nlg.gr/
コピーは場合によっては可。しかし20%までしかコピーできない。Web−OPACあり。
7月開館時間短縮、8月は閉館。

THE HELLENIC LITERARY AND HISTORICAL ARCHIVE
http://www.elia.org.gr/

その他の研究機関については、INSTITUTE OF NEOHELLENIC RESEARCHのリンク集をご参照ください。
http://www.eie.gr/nhrf/institutes/inr/links-en.html

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2006/7/19

史料収集1  

MIXIをやり始めて以来、すっかりBLOGが放置になってしまいました。。。まあ、このBLOGもこれから近代ギリシャ研究を志す方々に情報を提供するためにつくったので、せめてその役割は果たそうかと。

近年ギリシャでもインターネットの普及とともに、情報のデーターベース化が進んでいます。それとともに、史料収集の仕方も変化してきていると思います。ギリシャの図書館、研究機関は数年前に比べて格段に使いやすくなりました。それでも、未だに昨日許可されていたことが、今日はダメになるなんてことは頻繁にあります。大きな問題はコピーを簡単にとらせてもらえないことです。デジカメによる史料の撮影は、だいたいの図書館で許されているので(一部では断られることもありますが)デジカメを常に持ち歩くことをお勧めします。


Web-Library

史料を収集するにあたって、まずはインターネットを最大限活用することをお勧めします。有名な史料や博士論文などはネット上で閲覧できる場合があります。

まず有名な史料の内容だけ見たい場合、単純にギリシャ・グーグルで検索してみて下さい。マクリヤニスなど、有名な歴史的人物の回顧録は簡単に見つかります。最近では国立国会図書館が独立戦争の基本史料となるΤΑ ΑΡΧΕΙΑ ΤΗΣ ΕΛΛΗΝΗΚΗΣ ΠΑΛΙΓΓΕΝΕΣΙΑΣをweb上で公開しています。

マクリヤニス回顧録
http://durabond.ca/gdouridas/makrygiannis.html

ΤΑ ΑΡΧΕΙΑ ΤΗΣ ΕΛΛΗΝΗΚΗΣ ΠΑΛΙΓΓΕΝΕΣΙΑΣ
http://www.parliament.gr/paligenesia/mainframeset.htm


また、各ギリシャの大学でも貴重な史料をWeb-Libraryで公開しているので、こちらもご参照ください。例えば、アテネ大学のWeb-Libraryではリガスのギリシャ地図、コライスの著作の一部を閲覧できます。ヨアニナ大学のWeb-Libraryでは19世紀後半から20世紀始めの雑誌などを公開しています。

アテネ大学のWeb-Library
http://www.lib.uoa.gr/hellinomnimon/main.htm

ヨアニナ大学のWeb-Library
http://www.lib.uoi.gr/collection/

国立図書館のWeb-Libraryでは、新聞史料などが閲覧できます。
http://www.nlg.gr/dlib.htm

その他のWeb-Libraryはこちらのリンクをご参照ください。
http://www.pi-schools.gr/library/pi-lib/hb_s_logotexnia.htm
http://www.lib.byu.edu/~rdh/eurodocs/greece.html
http://www.library.tuc.gr/docs/links/digcoll.html

本屋

研究テーマにもよりますが、ギリシャでは19世紀の回顧録や史料集が頻繁に再版されます。苦労して各図書館・文書館をまわる前に、本屋に寄ってみて、今何が再版されているのかをチェッするのもいいと思います。アテネにはアカデミア通り、ソロノス通りを中心として多くの本屋があります。最近ではΒΕΡΓΙΝΑという出版社が19世紀の回顧録を再版しています。私は欲しい本がある場合、いつもΠολιτεία(http://www.politeianet.gr)を使っています。

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2006/1/10

旅行記1  

1月7日の朝、ようやくアテネに戻ってきた。ずいぶん長く旅行していたような、、、。
去年の12月24日からアルゴスでクリスマスを過ごし、12月28日にアテネに戻って、次の日すぐにクレタへ行った。クレタはあったかくて、昼間はコートを脱いでしまうほど。新年をハニアで過ごし、その後5日間レチムノンで過ごして、イラクリオンから船でアテネに帰ってきた。


クリスマスは、、、。

12月24日、アルゴスに実家を持つ友人Dが、クリスマスに実家に帰るということで、私も一緒に連れて行ってくれた。二人でアテネのバスステーションからバスでアルゴスまで出発。アルゴスまでは2時間くらいかかる。途中、お腹が空いたので何か食べようとDに提案したところ、彼女は断食中で肉、脂、乳製品、アルコールの混じっているものは食べられないとのこと。キリスト教で、イースター前に断食する習慣があることは知っていたが、クリスマス前にも断食をする人がいるらしい。Dの話だと、これは義務ではなく、自分で断食を決心した人だけが決行するのだといっていた。実際にDの決行した断食はクリスマス前の1日だけ。しかし、今日はクリスマスイヴ。Dのお母さんがヤギのオーブン焼きやワインを用意して私たちを待っている。Dは「自分は料理を食べられないけど、M.Mはお母さんの料理を食べて」と言ってくれた。しかし、質素なものしか食べられないDを前にして、おいしそうに肉を食べれない。「私も今日だけ断食するよ。」と私も断食を決意。

ようやくDの家に着く。Dのお母さんとお父さんが私を歓迎してくれた。バスの旅で少々疲れていた私たちは、仮眠をとることに。夜11時くらいに、Dの家族ぐるみの友人が家に訪ねてきた。そこで皆で食事を取ることに。Dのお母さんが「M.Mは断食の必要ないからね。」といって、ヤギをもってきてくれた。さらに地ワインもコップになみなみと。他方、Dの食事はおかゆだけ。お母さんの気持ちを無駄にしてはいけないと思い、ヤギのオーブン焼きを食べ始めた。
D「M.M、、、食べるの?」
M.M「うん、おなかすいたから」
D「…。」
気を使うというのは、本当に難しい。
ヤギは骨の部分が多いが、とにかく脂がのってておいしい。
食事の後、皆で暖炉の前に座っておしゃべりをして、1時くらいにベットに入った。

次の日、つまりクリスマスの朝に、Dは教会に行ってパンとワインを与えられ、断食を終えなければならない。なんとなく興味があったので、私も教会の儀式についていくことに。
儀式は朝5時くらいからやっていた。私たちが教会に着いたのは9時頃。教会の中は人でいっぱいだ。皆立ったまま、時々十字架を切りながら祈っている。私も見よう見まねで、必死に十字架を切ってみる。私たちが教会についてから、一時間くらいして儀式が終わった。パンが配られ、一人一人の敬虔な信者が、聖職者がスプーンで与えるワインを口にしていく。

やっとDの断食が終わり、Dのおじいさんとおばあさんの家に寄ってクリスマスの挨拶「フロニア・ポラー!」を告げてから、家に帰って再び寝た。おきたのは12時くらい。Dのお父さん、お母さんは友人のパーティーに出かけていた。Dと食事を取ってから、再びおじいさん、おばあさんのお家へおじゃました。そこで、皆で夜までおしゃべり。旅行の話しになり、おじいさんから「どこの国が一番好き?」と質問された。「難しい質問だ。どこの国もすばらしい。しかし、コンスタンティノープル(イスタンブール)が今のところ一番好きだ。」と答えた。そうしたら「ギリシャとトルコどっちが好きか?」とか「結婚するならキリスト教徒とムスリムのどっちを選ぶんだ?」などなど質問責め。Dも「M.Mはトルコが好きなのよー。」と意地悪に話をややこしくする。ギリシャとトルコの関係が難しいのは良く分かっている。しかし、ギリシャ(というかアテネ)には一年住んだので、良いところも悪いところもなんとなく知っている。他方、トルコについてはあまり詳しくない。まず、比較するための材料があまりにも偏っているので、簡単にどっちが好きなんていえないのだ。適当に「ギリシャです。」といえれば良いのだけど、、、。

こんな風にしてクリスマスは過ぎていった。アルゴスは小さな町で、アテネのように大きなクリスマスツリーもない。しかし町は静かで、家族でおだやかにクリスマスを過ごすには良い環境なのではないだろうか。

ちなみに写真に写っているのは、クリスマスから新年にかけてギリシャでよく食べられているお祝い用のお菓子。あまり綺麗に写っていないが、白い方が「グラビエデス」で、茶色い方が「メロマカロナ」。どっちもかなり甘い。
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2005/12/23

ブリティッシュスクールのメンバー  図書館,研究所

以前紹介したが、ブリティッシュスクールは主に考古学者のための研究所。しかしこの研究所の図書館では、考古学だけでなく、古代ギリシャ、ビザンツ、近現代ギリシャに関する様々な研究分野の史料も豊富に揃えている。去年、私はアウトサイド・リーダーとしてこの図書館を利用していた。アウトサイド・リーダーの場合、図書館を利用できるのは月−金の9時から19時まで。しかし研究所のメンバーとして登録すれば、図書館を24時間、一年中(ただし、年末や特別な祝日、夏季休業期間を除く)利用できる。

先月から私もメンバー登録を済ませ、真夜中でも自由に図書館を利用出来るようになった。メンバー登録は事務に申請書と自分が所属する研究機関からの推薦状2枚を提出し、メンバー登録料金を払う。私は学生で、1年間のメンバーを希望したので220ユーロを払った。

メンバーになれば研究所のキッチンも使えるし、24時間インターネットが自由に出来る。おかげで現在わたしは昼夜が逆転している。夜中に研究所に来て朝家に帰るという感じ。ほぼ研究所に住んでいる状態だ。

しかし年末は研究所自体が閉まってしまうので、メンバーでも図書館を利用できない。ということで、来週からアルゴスにある友人の家と、クレタにある大家さんの家に行ってきます。

(訂正:年末年始、祝日でも事務は閉まるけど、メンバーのために図書館は開いているらしい。サマーセッションが終わる9月ごろ、研究所の整理をするため、メンバーでも2週間ほど図書館が完全に使えない。つまり、夏の終わりの2週間を除いて、メンバーは一年中図書館への出入りが可能。)
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2005/12/19

今日はクリスマス直前の日曜  

ギリシャでは日曜日はレストラン、バー、キオスクなどを除いて、すべての店が閉まってしまう。しかし今日はクリスマス直前の日曜。今日だけは店が平日のように開いていていた。街は大変にぎやか。たまたまコロナキを通ったとき、カロミラヨルゴス=フリストゥが広場でフリーコンサートをしていた。二人とも「Fame Story」出身のポップスター。広場は人でいっぱい。私もそこでしばらく足をとめて、ギリシャのポップスターのコンサートに見入っていた。やっぱりカロミラはかわいい。

しばらくしてコンサートに飽きてきたので、本日の目的地であるELIAのバザーに出発。ELIAは近現代の文学・歴史の文書館。ELIAの建物の前には小さな博物館とミュージアムショップがあり、先週の土日(12月11日、12日)と今週の土日(12月17日、18日)にここでクリスマスバザーがあった。このバザーではELIAオリジナルの小物やELIA出版の本が安く買える。本自体の数は多くないが、ELIAの所有する史料のカタログなどが売られていて私には価値があった。

今や街はクリスマス一色。道を歩けば、何かしらのイヴェントやクリスマスバザーを見つける。シンタグマやオモニアには大きなクリスマスツリーが飾られ、夜まで人でいっぱい。冬は旅行シーズンではないが、この時期にアテネでクリスマスの気分を味わうのもなかなか良いものだ。
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2005/12/13

クリスマス前のカオス  

kiyotakaさんへの返信もかねて。

12月12日の朝6時頃、中心街のシンタグマ広場で爆発があった。現場はだいたい中央郵便局とネオン(『地球の歩き方』でお馴染みのセルフサービスレストラン)の間あたり。朝早かったこともあって、怪我人も飛散ったガラスの破片で軽症を負った人が3人と言うところ。しかし、近くにあったキヨスクは破壊され、ネオンや近くにあった店のガラスも粉々になっていた(クリスマスツリーやクリスマスショップはまったく無事です)。

ニュースによると、ある新聞社に2回予告電話があったらしいが、詳しいことはよく分からない。昨日からテレビはこの話題でもちきり。爆発は大きい物ではなかったが、近くにガスボンベらしきものが数本あって、それに引火したら大変だったと言っていた。今のところ、頻繁にギリシャのテロ組織「11月17日革命」(ポリテフニオンの日にちなんだ名前)の名前が上がっている。

今日12月13日にIKYに滞在許可取得の報告に行って来たが、その途中でシンタグマを通った。現場にはガラスの破片がまだ残っていて、爆発のあった場所はテープが張り巡らされていた。ネオンやその他の店はもちろん休業中。現場にはたくさんの警察官がいる。しかし街全体の雰囲気は変わらない。いつものようにマクドナルドは混んでいて、目抜き通りで多くの人がショッピングを楽しんでいた。現場近くを行きかう人も、何も気にしないで通り過ぎていく。あれだけニュースで騒いでいたんだから、ショックを受けていないはずは無い。しかし、テロがあった次の日とは思えないくらい普通だった。

テロよりも(?)私が恐れているのはストライキ。今週はストライキのラッシュで、昨日はバスなどが朝11時から夕方4時までストライキ。明日、明後日も一部の交通機関を除いて、ほぼ全面的に24時間交通がストップする。アテネではこのようなストライキがものすごく多くて、ここの住人はどうやって生活できるのか不思議に思う。クリスマス間近の華やいだ街の風景と裏腹に、生活はこんな感じで混沌としている。
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2005/12/13

滞在許可(証明書)取得!!!  滞在許可

先週の金曜日、朝5時半から市役所の滞在許可申し込み事務の前に並んで、12月12日4番目に申し込みをする権利をゲットした。と言うことで、12日の朝8時半頃再び事務の鍵のかかったドアにへばり付いていた。事務が開くのは9時。気づくと、明らかに番号を持っていない人たちもドアの外で待機している。事務は9時20分頃に開いた。20分の遅れに苛立った人々が入り口に押し寄せる。事務員が「番号を持っている人は?一番の人は?」と叫ぶけど、番号をもっていない人たちが「俺が一番だ!今日申し込みをしなくてはならないんだ!」と叫びながらドアに押し寄せる。その間に2人の女の子がするっと事務に入って行った。なんだかいやな予感。どうやら1番、2番の人は来ていないらしい。そこで3番の女の子が呼ばれた。混沌とした中「3番の人は来ている。通してあげてよ。その次は私だ!」と必死で叫びながら、彼女を通してあげる。彼女が入った後、私も中に入ろうとしたら「あなたはまだ外!」と言われ、またしばらく待たされる。その間、番号を持っていない人たちに「私は先週5時半から待って4番をもらったんだ!私には権利があるんだ!」とぶちきれる。しばらくすると2番の人が遅れて到着。彼を先に通してあげて、約1時間外で待たされた。

やっと私の順番が来た。中に通してもらうと、そこでは女性3人がせっせと仕事をこなしている。私が書類を提出したとき、突然事務員同士で喧嘩が始まった。

「なんで先に番号を持っていない女の子2人を通したの!しかもあんなに手間取って!」

「外を見てよ!みんな朝早くから並んでいるのよ。それなのに手続きできなくて、苛立って。ずっと叫んでるじゃない! 中に入っても必ず書類が通るとは限らない。このシステムの悪さは私たちの恥よ!!!」

(そんなこと分かっているから、早く手続きしてくれー。)

喧嘩がおさまって、やっと手続き開始。ベテランらしき事務員がパラパラと私の書類を見て「言葉を習っているの?奨学生なのね?」と軽く質問をしてきた。ある程度書類に目を通すと「書類に問題は無いから、会計係に行って印紙を買ってらっしゃい。そしてレシートを三枚コピーして持ってきて。」と言われ、速やかに印紙を買いに行った。印紙はだいたい150ユーロ。言われたとおりのものを用意して、再び事務に提出。そしてしばらく待たされる。その間「ドアを開けて、次の番号の人を入れてあげて」と事務員から言われた。ドアを開けると、番号の無い人たちが「通してくれ!少し質問したいだけだ!中に入れてくれ!」と押し寄せてくる。「さがって!番号ないならダメ!ムリムリ!番号のある人は前に出て!」と叫びながら、次の番号の人を通してあげる。これが結構こわい。ここに来る人たちの多くは外国人労働者で、みんないかつい。そんな人たちが叫びながらドアに押し寄せる。ギリシャの公務員は感じが悪いと思っていたけど、こんな想いを毎日しているとなると少々同情する(でもシステムは改善して欲しい)。

どうやら最近は滞在許可の申請も電子化しているようで、若い事務員がせっせと私のプロフィールをパソコンに打ち込んでいる。しかし、そこで問題発生。去年ギリシャにいつからいつまで滞在したかを証明するものが必要と言われた。しかし、そんなものは無い。なぜならパスポートを最近盗まれ、新しいパスポートしか持っていないので、去年取得した学生ビザも無ければ入国のハンコも無い。ヒヤッとして「無いものは無いんだ。私も困ってるんだ。」とグチグチ言っていると、ベテランの事務員が「彼女は学生だからいいのよ。そういうものは必要ないから大丈夫。」と弁護してくれた。若い事務員は「でも提出する義務があるでしょ。これじゃ証明書を出せないわ。」と言い返し、再び喧嘩が始まる。最 終的にはベテランの勝ち。こうして滞在許可(証明書)を取得した。

手続きが終わったのは11時頃。証明書を受け取って外に出ると、外にならんでいる人たちから「どうだった?」と聞かれる。「取れたよ。」と喜びの報告をすると「良かったね。これが今年の証明書かぁ。」と、みんな喜んでくれた。さすがに長い戦いの中、ギリシャ市役所のシステムの悪さに対して申請希望者の中に一体感ができる。でも手続きが進まないからって、大きな声を出すのは良くないと思う。これは外国人、ギリシャ人を問わず、アテネに住む多くの人々に言えることだが。

本物の滞在許可は2,3ヶ月後に出るらしい。今までは7ヶ月後だったが、少しは仕事が速くなったのか、はたまた実際は7ヶ月待たされるのか??とにかく証明書さえ取れれば何も言う事は無い。


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2005/12/10

滞在許可取得にむけて(2005)3  滞在許可

滞在許可取得に必要な書類はそろった(と思う)。あとは市役所で印紙(だいたい150ユーロ)を買い、書類を提出するのみ。しかしこの市役所が曲者だった。私の住むゾーグラーフの市役所は月、火、木、金の9時から12時まで滞在許可についての質問、申請、受け取りを受け付けている。とりあえずは書類をもって木曜の9時半に行ってみた。市役所の中に入り、「滞在許可の受付はどこですか」と尋ねる。一番奥の部屋を案内され入ってみると、すでに人でいっぱい。列も無く、番号待ちも無い。とにかく人ごみの中で一時間半近く待ってみた。やっと受付の窓口にたどり着いたかと思ったら「ここは質問受付または滞在許可受け取り窓口で、滞在許可申請と印紙購入はもっと外側にある建物だ。もし申請したいなら、明日の朝早く来て、そこで受付番号をもらえ」と言われた。

市役所を出て外側に回ってみる。すると滞在許可申請事務室の入り口付近は人でいっぱい。そこに並んでいる人たちにどうなっているのか聞いてみると「受付番号を持っていないと、事務所の中に入れてくれないんだ。ドアには鍵がかかっている。今日受け付け番号2番を取った人は、真夜中2時に外で待っていたんだって。」と言われた。事務の外は公道に面していて、屋根も無くベンチも無い。完全に吹きさらし。アホか!と思って、他の人にも聞いてみたけど、みんな同じ答え。仕方がないので、私と同じように無駄足を食らった人と必要書類の確認をして、次の日の朝早く番号をもらいに来ることにした。

次の日、私が滞在許可受付入り口に着いたのは朝5時半。まだ真っ暗だった。なのにすでに5人くらい並んでいた。「おはよう、元気?」と挨拶すると「後ろに公務員がいるから、リストに名前を書きな。」と言われた。振り返ると車の中から人が出てきて、私の名前を尋ねてリストに記入した。私の番号は10番目だった。正式な番号札が配られるのは朝8時頃。それまで何があるか分からないので、家に帰らずにここで待つことにした。予め用意していた新聞紙を地面にひき、毛布にくるまって本を読んで過ごす。その間、野良ウサギが通ったり、去年ギリシャ語クラスで一緒だったルーマニア人の子と再会したり。彼女の話だと、この事務所では一日10人しか受付しないそうだ。私の番号は10番目。14番目にリストに記入した彼女は「あなたラッキーね。私は来週になっちゃうわ。」と言っていた。彼女はすでに持っていた滞在許可の更新をしに来ていた。彼女は留学4年目。同じくIKYの奨学生。彼女の話だと、毎年滞在許可の申請はこんな感じだと言っていた。しかも毎年システムが変わっていく。「それでもゾーグラーフはまだ楽に申請できる方なんだよ」という彼女の言葉に恐ろしさを感じる。

いよいよ8時。受付のドアが少し開いて、係員がリストに書かれた名前を一番から読み始める。すると、入り口に押し寄せた何人かが受付へ強行突破。全部で5人くらい中に入ったところで、係員はドアを閉めてしまった。そして「残りの人は市役所で正式な番号札をもらって、来週来てください。」と告げる。真夜中から待っていた人たちはこれに激怒。「3時から待っていたのよ!一日10人受け付けてくれるんじゃなかったの!まずリストを見てよ!順番を守って!」と鍵のかかったドアに押し寄せる。私はこの状況を見て、今までの経験から抗議しても無駄だと思い、市役所に番号札をもらいに走って行った。建物の中をぐるぐる回り、やっと番号札配布所にたどり着く。すると、先ほどのリストを持った何人かも配布所にやってきて「番号札を配るならリストの順番を守ってくれ。」と抗議する。係員はリストを受け取り、リストの順番にそって、そこにたどり着いた人々に番号札を配った。私は来週月曜日の4番目の札を渡された。とにかくみんな興奮していて、番号をもらっても抗議し続けている。

こんな感じで、今週は滞在許可申請成らず。来週に回された。来週申請してもすんなり通るとは思えないが、ともかく早く終わらせたいものだ。
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2005/12/8

滞在許可取得に向けて(2005)2  滞在許可

IKYからの証明書やビザの証明書がそろったので、病院で滞在許可を取るための検査を受けようと、パスポートを持ってアギア=エレニ病院へむかった。去年はこの病院でその日のうちに検査をして、一時間もしないうちに証明書を発行してもらえた。しかし、今年はすんなりシャットアウトされた。と言うのも、滞在許可のための健康診断を受ける患者が現在殺到していて、来年まで予約でいっぱいだという。

予想外のトラブルに戸惑い、エヴァンゲリスモ、アレクサンドラなど有名な病院を転々としながら検査を頼んだ。しかし、どこも予約でいっぱい。エヴァンゲリスモでは、滞在許可の検査のために1600人予約が入っていると言われた。

こればまずいと思い、IKYの事務所に行って相談した。しかし、IKYからは特に何もできないらしい。事務の人の話だと、中心部にある病院はみんなが行くから、出来るだけ郊外の病院を当たれといわれた。そしてヨルゴス=ゴニマトス病院を紹介された。

ヨルゴス=ゴニマトス病院は、地下鉄で中心から20分ほど離れたエスニキ=アミナという駅の近くにある。IKYの事務のアドヴァイスに従って、朝7時に病院に到着。さっそく病院の事務に掛け合った。しかし、今回も予約がいっぱいとのことであっさり検査を断られる。そこでIKYの証明書を見せて「私はギリシャ政府の奨学生だ。ここで証明書をとらなければ奨学金を逃す!」と訴えた。しかし、病院事務の上官は「そんなの関係ない」と突っぱねる。ここを逃すと後が無いので、断られても事務をうろうろしていた。そうしたら、その様子を哀れに思った一人の事務のおばさんが「スピロプロスという外国人専門の医者の診察室に行って、直接お願いしなさい」と、診療室の場所をおしえてくれた。

おばさんに言われたとおり、スピロプロス医師の部屋の前で待つこと1時間半。オフィスアワーが始まっても、医師は来ない。それでも部屋のドアにへばりついていると、親切なおじさんが「先生は風邪で扁桃腺がはれて、今日はこれないそうだよ」と教えてくれた。それは困ると思い、そこにいた看護婦さんに「他に先生はいないのか?」と尋ねたが「滞在許可の検査については、スピロプロス医師でないとどうにもできない。スピロプロス医師は病気で一週間はこれないから、来週の月曜に来なさい」と言われた(ちなみにその日は火曜日)。

来週になっても検査は受けられないのではないかと不安になり、先ほどスピロプロス医師の部屋を教えてくれた事務のおばさんに泣きついた。するとおばさんは、看護婦さんに「この子は遠い国から来て何も分からないのよ!せっかく奨学金をもらえるのに、それがダメになったらかわいそうじゃないの!」と怒鳴りつける。看護婦さんは「そんなこと言われても私には何もできないわよ!一日60人待ってるのよ!」と怒鳴り返し、けんかを始める(ハラハラ、、、)。

結局看護婦さんは何も出来ないことがわかった後、おばさんは「心配しないで。私が何とかしてあげるから。」と、こっそりパソコンで来週の月曜に予約を入れてくれた。そして、「今のうちレントゲンを撮ってらっしゃい。来週スピロプロス医師が来たら、すぐに証明書を出してくれるから。」と診察カードを書いて渡してくれた。言われた通りにレントゲンを撮って、次の月曜に再び病院へ。今回はスピロプロス医師に会うことができ、すんなり検査を受け入れてくれた。こうしてその3日後に証明書をもらえた。

まだビザが切れるまで1ヶ月以上あるが、このように予定が延びていくとひやひやする。
去年上手くいくことが、今年上手くいかないのがギリシャ。
まだ最後の難関、印紙の購入と市役所への滞在許可の申請が残っているが(いま手続き進行中だが、かなり難関)何とか今年中に済ませたいものだ。
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