「思う」という語は、この曖昧さが重要なカギなのだと私は思います。
もともと文語の「思ふ」は「面(おも)ふ」で「顔に表す」「表情に浮かぶ」といった『表情に対応した精神活動』を意味する語だと言われています。
つまり感情的なものも含む「心の動き」(動かないことも動きのひとつですが)の全てが「思う」ということだと言ってよいでしょう。
つまり「考える」とは能動的で目的や意思に応じて答えや結論のような到達点に向かって進んでいく連続性をもった精神活動であり、「思う」とは、受動的で目的や意思を持っていたとしてもそれに応じないために、意思に沿った連続性を持たない精神活動である、とでもしておきましょうか―。
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