2005年2月から2006年7月までのアーカイブ。
"Life is beautiful"もよろしくね♪
2006/7/3
Sweden 滞在中にもうひとつ見ておきたいものがあった。
Kristin の家から北へ少し行ったFalunという町のSundbornというところにある、画家のCarl Larsson(カール・ラーション:1853-1919)の家だ。今は博物館になっている。
今から10年ほど前に、彼の作品の展覧会を見た。日本でだったか、英国だったかよく覚えていない。
19世紀末の画家。
この当時の英国ではWilliam MorrisによるArts and Crafts Movementという民藝を見直す運動が起こった。その流れを汲んだ、北欧の作家がこのCarl Larssonと妻のKarin の二人だ。多くのヨーロッパの作家が、それまでのアカデミックな絵画の路線に走らず、自らの思想やスタイルでアプローチするやりかたで、世に認められ始めてきた。Carl Larssonもそんな異端児で、自分のライフスタイルを追求した家作りをしていた。


だから、彼の描く作品には日常生活を写すものが非常に多い。現在でいうスナップ・ショット的な作風がこの時代から生まれた。それまでは、宗教や、政治的なテーマが中心のアカデミーの画風にはなかったスタイルだ。Carl Larsson の視線から見た風景。日常生活には題材が沢山転がっていたわけだ。たびたび、彼の子供たちがモデルになっている。中には、モデルになるのが窮屈で嫌がった子もいたそうだが、こどもらしい表情をよくとらえている。
彼の家の内装はほとんどが、自分たちで完成させられた。ドアには、子供たちや、Karinの似顔が彼によって描かれ、ファブリックのデザインは妻のKarinが。彼女もアーティストで、服飾のデザインを主にしており、子供たちの服なども実用的で、かつエレガントなデザインをしていた。独創的で、スタイルが統一されていて、実用も兼ねていて、なんとも住み心地の良さそうな家だ。現在も、館内は、彼の作品の様子と変わらない姿で残されている。
子供たちの似顔絵が描かれた入り口。
Karin のデザインしたテーブルかけ、とランプシェード。
博物館では時間決めで、ガイドによるツアーがあって、このガイドさんたちの着ているユニフォームも、Karin のデザインからとったものらしい。ちょっと、寝巻きみたいだけれど、説明によると、8人もの子供をもうけたKarin は、妊娠中も体を締め付けず、家事がやりやすいような服をデザインして、そんなドレスにしたそうだ。補足として、19世紀末の当時の女性の服はコルセットできりきりにウエストを締めているスタイルだ。今まで妊婦のドレスの例を見たことがなかったので、Karin のデザインしたドレスが画期的であったのだったら、いったいどんな格好をしていたのか興味がある。
家全体は、まるで、おとぎばなしを本当にしたように、本当にかわいらしかった。窓の形や、色。部屋の中の色合い。北欧の古い家では馴染みのあるタイルのストーブ。
北欧のインテリア・デザインの見本みたいな、この家そのものが芸術的だ。洗練されているのに、素朴で、なにげなくて、普段使いのものが気取らずに、息をしている。
読書室。沢山の本のほかに、日本の浮世絵などの外国の美術品が並べられている。
また、当時は、Japonisme(日本趣味)が流行った時代であって、Carl Larsson も日本の浮世絵を集めたらしい。ひいき目で見ると、当時のデザインは、どことなく、日本の縦線的な構図、モチーフが好まれて使われている。色使いもどことなくそう感じさせる。Carl Larsson の場合、絵の空間処理にそれが現れているようにも思える。
Carl の寝室。ベッドが部屋の真ん中にでんとある。体の割りに小さなベッドだが、昔のベッドでは、人は座って眠ったのだそうだ。
写真にはないが、Karin の仕事部屋には、壁に窓がある。家の中なのに窓がある。これは、増築するときに、外向きにあった窓を取り壊すのが面倒で、「これも、趣があるではないか」といって、そのままにしてあるのだ。そんな、遊び心がそこここに表れている。


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2006/6/27
夏至祭。
夏のSweden に来たら、夏至祭をみなくてはいけない。
長い冬が終わり、一年で一番日の長い日。太陽の光を喜ぶ祭。
Kristin のSummer Houseから車で10分ほどのところに、村の公民館がある。夏至祭はそこで行われた。
広場には、夏の花々で飾られた、 Mid Summer Poleが、横たえてある。あとで、村の男衆によって立てられる。
夏の花は、7種類ある。名前はわからないけれど、マーガレットみたいな白い菊のような花と、レースフラワーと、レンゲみたいなの、青い小さい花。バターカップの黄色い花に、とんがった藤色の花、それから、紫がかった小さい花。
いいつたえによると、この七つの花を摘んで、垣根を七回飛び越えて、その夜、花を枕の下に置いて寝ると、夢に将来の旦那さんが出てくる、のだそうだ。
しばらく湖を眺めていると、人がだんだん集まってきた。馬に引かれた荷台に乗ってやってくる人もいる。やがて荷馬車に乗った音楽師たちがアコーディオンをひいて歌いながら、子供を交えておおぜい乗ってやってきた。
民族衣装を着ている人々もいる。このドレスは地方によって、柄やデザインが異なる。
祭の始まりだ。
「Mid Summer Poleを立てるのに何人か手を貸してくださる人はいませんか?」と大声で誰かが皆に告げると、一人二人と、男の人が前に出てきた。
アコーディオンを奏でて、さあ、花飾りのついたポールが、運ばれる。
長さ、7,8mほどの長いポールだ。音楽が励ましながら、だんだんとポールは立ち上がってくる。しっかり広場に立てられると、拍手喝采!
そして、アコーディオンを抱えた女の人がポールの前にすわり、それをかこむようにして、子供たちや大人たちが輪を作って踊りだす。
子供たちの頭には、夏の花で作ったリースがのせられている。
素朴な風景だ。
踊りで歌われる歌は古くから、歌われている歌で、楽しいものがある。動物の声をまねたり、牧師さんが、スナップス(強いお酒)を飲んで酔っ払って、右へ左へとよたよたする、という内容の歌。それにあわせて皆も右へ左へとゆれている。
踊りの合間に、子供たちに人気のゲームがあった。公民館の窓のところで、お金を払うと、釣竿を持たせられ、窓にひょいと釣り糸をたれる。すると、しばらくして、中から、お菓子やおもちゃの入った袋がつり糸にかけられて、「何かかかったよ!」と戻ってくる。みんな、これがやりたくて、うずうずしている。
「わたしも、やりたいなあ...」
「何か、かかるかな?」
「やった!」
お祭の日は、家族の集いの日でもある。この広場に、親戚友人一同が集まってくる。Kristinの親友のお母さんが民族衣装で現れた。
Kristinと彼女の友達のお母さん
Kristin のいとこたちや、お母さんの友達など、ほとんどまわりが知り合いだらけだ。
日本のお盆のお祭もきっとこんな感じではないだろうか?
しばらく、そこで時間を過ごしたら、今度は彼女のいとこたちのSummer Houseへお茶におよばれされた。
家の中には、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、皆がテーブルについて、コーヒーと、コニャックと、苺ケーキを食べる。この苺は夏至祭には欠かせない果物だ。とても美しい。メレンゲで飾られたケーキ。
おじいさん、おばあさんは、嬉しそうに、孫たちや、見慣れない外国人のお客の私を眺めていた。
それから、Kristin のSummer Houseにもどり、くつろぐ。湖に突き出た小さな桟橋に腰掛けて、静かな水面をながめる。空は青。時折、対岸のSummer Houseから、ゲームをしている声が聞こえてくる。
東京からきた私には、これ以上のご馳走はない。
夕方になって、夏至祭の夕食を始める。
前の日、スーパーマーケットで、買っておいた、Herring(にしん)の酢漬けと、パン、お酒、ゆでた新じゃが芋、ミートボール。燻製にした鮭。スモークサーモン。
「にしんは、大丈夫?」ときかれ、「私は、日本人だから、魚は大好きよ!」といって、笑いあう。現に、しめ鯖とか、青物の魚は、好物のひとつだ。
お皿に、じゃが芋と、ソースとChiveをかけたニシン。これには、ガーリック味と、辛目のソースに和えられたものがある。それから、鮭。
Snapsというウォッカのような、とても強いお酒を小さな小さなグラスでいただく。これを飲む前に、歌を歌い、「Stor!」といって、一気飲みするのがしきたりらしいのだが、「飲めないから、ちびちびやりましょう」
日がかたむいてきているが、沈みそうにない。のろのろと、北西の空で、夕日を投げかけている。
たのしく話をしながら、食事。
Kristin は、職場のもう2人のSweden人に携帯でメールをおくる。「今、ニシンと新じゃがのご馳走を食べました。今日は、夏至祭をみにいったの」返事がくる。「私たちの分もたのしんできてね。サフロン(猫の名前)の分も花輪を作ってあげてください」
それから、近所の友達のSummer Houseに出かけて、近況報告をする。彼女の友達は最近結婚したらしく、そのお祝いのプレゼントを渡しにいくのだった。
そのかえり、羊をみかける。木の下でいねむりをしている。草を食べているのもいる。
牧場のそばに、何個もの郵便受けをみつける。一軒一軒まわるのが大変だから、ここに一まとめで設置してるのだそうだ。
途中で、猫を見かける。太っちょの猫。人なつこくて、私の膝の上にのってきた。
それから、「お母さんが、ケーキをつくって、待っているから」夏の家にもどる。
苺のケーキ。
たっぷりのメレンゲと、ホイップクリームの上に、苺が沢山のっている。
それから、家の前の椅子に座り、湖に沈みかける夕日を、Kristinとお母さん、私の三人はいつまでもいつまでも眺めていた。
スウェーデンのSummer houseの中を紹介した記事、「夏の家」と、今回の旅でみつかった「北欧土産」の記事が、こちら でみることができます。「異国より日々思うことなど」オリジナルの記事。
どうぞご覧ください。

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2006/1/28
夜中にパソコンに向かっていると、ちいさな爪の音がして、半開きのドアが大きく開く。猫だ。
敷居の外で、こっちをみる。そしておもむろに、私の部屋の中に入り、点検を行う。部屋の隅のほうでくんくん匂いをかぐ。私の座るいすの下に座ったかと思うと、また、おもてにでる。
夜中に私が起きていると、きまって、部屋にやってきて、「なにしてるの?」と確認しに来る。昔からそうなのだ。
部屋を出たら、ドアを閉めてほしいけど。

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2006/1/21
東京で5年ぶりに大雪になった。豪雪地帯の2m、3mというレベルとはかなりかけ離れているが、普段雪の無いところで、10cm積もると言うのは、おおごとなのである。朝から、静かに、しんしんと雪は降っていた。やむ気配も無く、どんどん積もっていく。猫は、外の寒さと、久しぶりに見る雪が理解できず、表に出ようとしない。コタツの中にこもりっきりだった。
子供のころを思い出した。私が小学生の頃、やはり、関東地方で、大雪になった。それも、単発的な雪ではなく、毎週月曜になると、大雪が降ったのだった。私の通っていた学校は体育会系の小学校で、冬は、校庭でマラソンをしなくてはいけなかった。それが、毎週月曜日だった。マラソンが大嫌いだった私は、雪のために中止になるのが、天の助けとしか、いいようがないほど、嬉しかった。
子供だったことと、雪国でもないのに、沢山雪がふったので、皆いつもより、気分が高揚していた冬だった。雪の後は、関東らしい、真っ青な冬空の晴天だった。そして、何日かたち、少し溶けた頃に、うまい具合に、関東の南側に低気圧がやってきて、雪を降らせたのだ。
私は、学校から帰ると、そのまま庭に出て、雪の結晶を観察した。肉眼でも良く見える。図鑑でみたように、様々なかたちがある。自分の息で溶かしてしまわないように、手袋の中で息をしながら、きらきらと表面が反射して光る結晶を日が暮れるまで眺めていた。
学校では、雪だるまや、憧れのかまくらを校庭で作ったりした。雪をかぶって、周りの景色が幻想的に見えるのも新鮮だった。雪の中をさくさくと長靴で、いつもより長くかかって下校するのも楽しかった。
東京でも年に数回は雪が降る。でも、あれだけ降ったのは、小学校のそのとき以来だ。
都会は、雪が降ると、少々パニックになる。高校のときにも、雪が大降りになったので、6時間目を切り上げて、遠くに住む人のために、早く学校が終わったことがあった。私は、都心の女子高に通っていたので、友達と、きゃあきゃあ、奇声をあげながら、うるさく、(ほんとうに、うるさかったかも)普段なら地下鉄の駅まで5分でいけるところを、友達が、途中、学校の中庭の平らな太鼓橋で、思い切りしりもちをついて転んだりしたから、20分くらいかけて、歩いた。まあ、裏がつるつるの革靴でいたんだから、スケートリンクを歩いている感じだった。寒いより、雪の上を歩くことの難しさに意識が集中していた。やっとこさ、家に帰り、冒険談を母に話しながら、「3時のあなた」(覚えてる人いねえだろうなあ)を見ていると、なんと、私の学校の坂が映っているではないか。あれは、まぎれもなくうちの制服ではないか!私の通っていた学校のそばには、当時、ふじテレビの本社があったのだ。お台場に移転する前の時代の話。私と同じように、きゃーきゃーいいながら、学校の脇の坂の上から、よちよちと、ペンギンみたいに滑って行く。「あっ、隣のクラスの子がうつってる!」
どうも、私より後から学校を出た人たちは、カメラ班の標的にされていたらしい。
雪に慣れていない都会に住む私たちは、ちょっとでも雪が積もるものなら、それだけで、生活に支障がでてしまう。えっちらおっちら道を歩く東京人を可笑しく映し出す映像だったかもしれない。


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2006/1/16
小学校のときの友達に会った。
2年ぶりだった。
今、彼女は結婚し、東京に住んではいないが、今月は、実家に戻っていて、再会を果たすことができた。住所も、6丁目と7丁目という違いで家もとても近い。地元の話も、説明抜きでできる。
「あすこのあれって、ああなったでしょう?」「そうそう」こんな会話が成立する。
彼女とは、興味の観点がとても似ており、長いブランクがあっても、話題に事欠くことが無い。趣味がにているといえば、いつだったか、4年位前に、一緒に下北沢にでかけた。ごちゃごちゃとしたお店が沢山狭い道に並ぶ町なのだが、二人の趣味がこれほどまで似ていると、一緒に買い物に出かけるのは、ある意味危険である。「あ、かわいい」といって、手にする服は、同じもので、しかも、タイミングが同時。雑貨屋さん(買い物コースでは、必須)も、私たちは、文字どおり、夢中になって眺めていたものだった。なんとなく、双子みたいな感覚だ。危険が伴うが、趣味がまったく同じだと、我慢して付き合うことがないので、たいそう楽しい買い物になる。
まったく、いい年をして、雑貨屋さんめぐり、と思われてしまうが、古い友達に会うと、童心に返りやすくなるのではないだろうか?いつまでも乙女心は捨てられないさ。
今回、彼女のお姉さんにもお会いした。多分、小学校の頃、彼女のおうちに遊びに行ったときに、一度お目にかかったきりだったかもしれない。大人になってお会いするのは初めてだ。
(彼女とは違い、さばけたかんじで、男っぽい感じがして、そのギャップがおもしろかった。「これ、いつつのお姉さん?」)
友達の兄弟に会うのは、実は、これが初めての体験だった。友達がとても少ないので、兄弟ぐるみでお付き合いということは、ない。
地元にあるスパゲティ屋さんでの会食。
時間がたつのも忘れて、楽しく食事と会話を楽しむことができた。
また、いつか、同じ町で、楽しい時間が過ごせたらいいな。

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2006/1/7
日本に帰る。
当たり前なのだが、飛行時間が長い。慣れてきたとはいえ、12時間ほど空の上にいると言うのは、楽とはいえない。そのほとんどはロシア上空を飛ぶことになる。St. Petersburg (サンクト・ペテルブルク)にさしかかったところで、窓の外は日暮れになってくる。夜の飛行なのだ。日本に帰るときは、夜のフライトになる。東へ東へと飛ぶので、太陽からどんどん離れていってしまう。
7日のロンドンの朝は、雪だった。はらはらと舞う雪。空港に着いたときにはみぞれになった。この分厚い雲の上は、いつも間違いなく晴れだ。晴れというのも可笑しいが、雲の下に生活する我々にとって、不思議な感覚である。だから、飛行機が飛び立って、ある一定の高度に達すると、眼下に雲海が広がる。そのときに取ったのが、この写真だ。もう、進路がすすむにつれて、太陽の光も弱く暮れていき、夜が訪れる。ちゃくちゃくと夜がやってくる。
ときどき、下を見ると、ロシアのどこかの町の光がオレンジ色に筋をひいて見える。かと思えば、雪のかぶった山地を飛んでいる。とにかく、ロシアだ。それには、違いない。
長いフライトの間何をするかと言うと、このごろじゃあ、機内エンターテインメントが充実しており、自分でみたい映画をピックアップし、飽きたら、止め、途中でみたくなれば、みるし、音楽も、何枚ものアルバムから、自分の好きな音楽順に聴くことが出来たりする。飽きることは無いだろう。8時間は余裕で楽しめる。私は、このごろ、機内で眠ることがない。英国で見過ごしているテレビのコメディを1シリーズ全部見ることができるのだ。「The Catherine Tate Show」という、女性コメディエンヌのCatherine Tate と言ういう人の、番組で、放送当時、私はすっかりはずしていたので、飛行機の中で全部見ることができて、とても満足している。日本ではほとんど知られていないが、いろいろなキャラクターを演じるのが特徴だ。“Whaaaat a Fu*****ing Liberty!!!”と口汚くののしるおばあちゃんの巻きとか、超ウケた。あと、「Little Britain」というコメディ番組も。それぞれ、6シリーズあったので、これをみ終わったときには、イルクーツクのあたりだった。それでもまだ、ロシア。しかし、ようやく、極東地域に近づいてきたと言うわけ。
それから、窓の外が、白んできて、東の空が、紫がかったピンク色になってくる。朝だ。
日本は夜明けの国なのだ。
朝食が配られる。
朝食が終わると、1時間ちょっとで、成田空港だ。下には、多分北陸地方の山並みが見えてくる。雪に覆われているから。そして、俯瞰で北を後にしてみるので見慣れないが、大洗海岸が見えてくる。白い風力発電の風車が並んでいる。太平洋だ。犬吠崎のとんがった岬もみえてくる。
午前10時の到着。昼には家だ。
家に帰ったら、うちの猫が庭から、かけってきた。「家の中にいれてよ」ということだ。
成田空港から、リムジンバスに乗り、新宿に向かう。見えてきた高層ビル街。おのぼりさんみたいだけど、思わずスナップ。
これだよ。この青空。冬の空。冬の東京に帰ってきました。

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2006/1/6
Rose quarts
Mette gave me a small gift for me today.
Mette is a Danish girl who I have mentioned on my trip to Copenhagen.
It was a crystal stone. A Rose quarts.
I did not expect a gift from her at all.
I was not really close to her either, do not get me wrong , she is a good person and really quirky one who i like very much but i did not really have a chance to talk to her.
In the afternoon, she popped out the shop. I thought she have gone for Holland and Barret's shop where she nomally get organic food.
Then, she returned with folding her hands in front of her. She gave me an eye sign to go down stairs where the stock room is.
"I have something for you"
She opened her hands and let me have a beauiful purple bag. There was a stone inside it.
"Mette!?"
"It's a rose quarts. I found it has good feeling if you hold the crystal like this way" she showed me the way she found a good vibe came from the stone.
"Because, you are going to fly back to Japan soon, so you need something to hold in your hand"
I was almost burst into tears.
I was really happy for what she has done for me.
I gave her a big hug.
It is incredible!
You know what? I used to have a rosequarts and it has broken misteriously last year. I was a bit disappointed. But now, I have rose quarts again.
Rose quarts is a kind of crystal. It has a great healing power in it. Not necessarily works on every one else. You have to feel it and sense it if it is talking to you or not.
So, this is my kind of stone. I know there is something about the stone. But I am now very sure about it.
I was really relieved for some reason. It is not only the gift I got,but also, I have received something good deed from Mette.
And I would like to say Thank you Mette. I .will take good care of it

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2006/1/3
もうじき、日本に里帰りするが、そのたびに新しい日本語を覚える。
以前、帰ったときに衝撃的だったのは、「あけおめ」である。
えええええ〜、そこまで省略する?!
何いってんだか、わかんないよ、日本語しゃべって!
いちいち驚いていても、言葉は生き物だから、日々変化しているのは当たり前である。私には空白の期間が長いから、そのせいで知らないだけだ。
きっと、次に帰ったときにも新しい言葉を聞いて、覚えて使いたがるのだろう。
「きもっ」
「ありえない」
なども、私の中では、まだ新語の域にある。
でもねえ、使うこと無いのよ。日本からこっちに帰ってきちゃうと。自慢じゃないですよ。同じ日本人の友達でも、在英期間の長い友達は、言ってもわからないの。「なに、そんな風に言うの?」
日本で携帯電話の登録などをしたときなどは、焦りまくった。新しい言葉がいっぱい。「パケット」。料金設定や、なにかの契約形態のことをパケットって言うのね。Packet ってことでしょう?Packetは、日本語でいう、パックってことね。トマト1パックなんて。入れ物、とか、箱って意味よね。ふうん。日本では、携帯電話の契約のことをいうのね。
「メルアド」も、新鮮だったわ。私があまりにしらなくて、へどもどしてるから、お店の人がいぶかしげなまなざしを投げてたっけ。
知らないさ、私が日本を離れるときは、「写メ」なんか存在してなかったんだから。わかってる?そこんとこ。
そういえば、その担当の人、領収証のサインをみたら、名前が「新妻」さんだった。まじ、笑いそうになったけど。笑いをこらえたよ。しかも男の人だった。「独身ですが、新妻です」とか、新婚さんで、「新妻の新妻です」とか、「母の新妻です」とか、いろいろなギャグが思い浮かんで言いたくて言いたくて、うずうずした。自己紹介とかいやだろうな。いや、笑うのは失礼か。全国の新妻さんがんばれ!あ、苗字が新妻さんという意味です!いや、笑ってないよ。笑ってないって。
これを私は、浦島花子シンドロームと呼びたい。
今日、保険のことで日本の事務所に電話をした。ごく、普通の問い合わせ内容なのに、病状の説明とか、書類のことなど、とっさにうまく話ができなかった。あらたまった、ものの言い方がすらすらできなくなってきた。でも、担当の人がいい人で、辛抱強くきいてくれ、話はまとまった。はあ。
自分でもショックだった。
考えたら、ここのブログに日本語で記入したり、独り言をいったり、親と電話で話をするほかは、日本語を使うことがないのだ。独り言も、日本語、英語半々。寝言もそうらしい。
いいことなんだろうけれど、母国語がとっさに出てこないと言うのは、かなり驚く。
ま、しばらく住めば、また慣れてくるのですが。
つうか、なんで、今日は、女言葉丸出しの語り口調なの?

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2006/1/1
HAPPY NEW YEAR TO YOU ALL FOR 2006 !!
明けまして、おめでとうございます!
本年も、宜しくお願いいたします。
ミルミル・ミシェル

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