昨日のNHK スペシャルにはやられてしまった(笑)。感動で涙が止まらなかった。
彼女は、普通の大阪に暮らすごく平凡な家庭の主婦、当時子供は4歳と6才だったか?テレビで見た、僻地の診療所の医者が、各家庭を回診するのを見て、感動し、医者を志したのが30代だった。40才で大学生から、医師免許取得、女医となる。
数年間、大阪の大学病院で実地経験を積んで、末娘が高校卒業を待って、北海道のまりも町という大阪市と同じ面積で人口6000人の過疎の町、まりも町診療所に着任。
人口6000人の町なのに医師は一人という、孤立無援の状況で、24時間体勢で医療にあたる。一日に150人以上を診断するという過酷な仕事を11年間。最初はノイローゼ気味だったとか・・。
ある老婆は、昆布漁の貧しい生活ながら13人の子供を育て上げるが、80代で、失明。70代の時の彼女の映像が、映る。
無邪気で明るく、診療費を払えずに、代わりに即興の民謡を歌って帰るシーンが・・
11年間の任期を終えて、若い後継の医師も着任し、まりも町を離れる彼女がまたその老婆を最後に見舞う。
失明してから、生きる元気を失った老婆への彼女からのプレゼントは、ラジカセと阿波踊りのカセットテープだった。
老婆の顔をなでて、「また、女ぷりが上がったね?」と優しい言葉。
大好きな阿波踊りのカセットを聞いて、また彼女と別れなくてはいけない泣き出す老婆に、手を取って踊らせる。そして彼女は一喝する。
「泣くな、笑え!踊れ!笑って楽しく生きろ!」と。
歩いて病院に行くことの出来ない老人たちが、彼女の回診に、涙を流して感謝する様は、優しく呼びかけて、大丈夫よと見て回る彼女は、マザーテレサか、光明皇后(らい病患者の膿を吸ったとされる)か、観音様に見えて、感動の涙が止まらなかったのだった。
彼女・鈴木医師は、現在淡路島で診療所を経営、ご主人は、通信講座で医療事務の資格を取り、手伝っているとか。100才までは、現役で診療するそうです。
やさしく老人や患者に向かう彼女の微笑みは、神の微笑みだった。