ごく最近の事である。続けざまに二人の方にお会いして、廿日市市役人
どもによる宮島の鹿の飢餓虐待・密猟・密殺問題に限らず、日本全国で
増殖し過ぎて問題となっている鹿について議論する機会を持てたのであ
る。お二人とも某大学畜産学部を卒業後、いづれも畜産に関わりの深い
世界で生きてきた方である。一人は牧場経営から食肉処理加工、流通に
まで全国的な事情通となる経歴を持ち、牧場経営にも経験の深い方であ
り、事実その業界で指導的役割を果たしてこられた方である。他の一人
はドイツ留学から始まり、馬をはじめ、酪農や肉牛肥育、更には牧場と
牧草に関して、とても学識の深い方である。お二人とも宮島の鹿のみな
らず、増殖する日本中の鹿の問題解決について、基本的に全く私と意見
を同じくしたのみならず、私には思いも付かなかった問題解決の素晴ら
しいアイデアを提示して下さったのである。
既に延々と主張してきた如く、私の主張は、増殖し過ぎた鹿問題の解決
の為に鹿を大規模飢餓虐待し、密猟・密殺する事には、動物愛護の立場
からも、人道的立場からも、人間の品性を人間自ら貶めない為にも断固
反対である事は今更繰り返し述べる必要もない事である。廿日市市職員
によって実行されてきた鹿の大規模飢餓虐待に始まり、300頭にも及
ぶと思われる密捕獲(密猟)、延いては密殺処分は決して許されるべき
事ではないと告発するのである。
「鹿に餌を与える事を禁止すれば、鹿は山に帰って呉れる筈。山にはド
ングリ他、鹿の餌となるものは沢山ある」などと言う彼ら役人どもの主
張は、長年宮島の山、彌山(ミセン)の植生を研究してきた植物学者の
研究成果と警鐘を理由も無く否定する無知暴論と言うも愚かなり!全く
の論外である。鹿を解剖して、その胃の中にドングリを認めたと言って
は鹿がドングリを食べていると決め付け、一方ではビニールを認めて鹿
はビニールを食べて害されると決め付ける愚かさは何ともお粗末に過ぎ
るのである。鹿は食べるものが無いからドングリを食べるが、そのドン
グリは殆ど全く消化されないまま排出されているのである。ビニールを
食べるが、それは彼らが飢餓状態に追い込まれているからであり充分に
給餌されればビニールは食べないのである。このドングリとビニールに
関する見解は、上記お二人のご意見も私と全く同じであった。
私は一時期、鹿の去勢や避妊処置を主張したが、これは明らかに間違い
であった。その理由説明は既に何度も説明した事であるから、今更ここ
で繰り返す積りはないが、鹿の頭数管理の為の頭数削減策は間引きに拠
るしかないのである。ただ私は間引きした鹿を直接殺処分して食肉利用
するか、ペットや動物園などの肉食動物の餌として利用するべきと考え
ていたのであるが、彼らお二人のご意見では、間引きした鹿は予め肥育
する為の牧場を用意して、そこで一定期間肥育して後、ペットや動物園
の肉食獣や、或いは人間が食肉として利用すべきと言うのである。間引
きして即、解体処理しても、鹿は痩せており肉の歩留まりは非常に低い
上、食肉として利用するには肉質も著しく落ちるとの事であり、誠にご
尤もと理解した次第である。
今日、奈良の鹿は既に、その近隣はもとより大阪にも拡がって現れ、中
国地方では鳥取県、岡山県、島根県、山口県などでも鹿の害に悩まされ
ているのが実情である。奈良県でも北海道でも、鹿の密猟は相当大規模
に行われている筈なのである。密猟を放置しない為にも、例えば中国地
方について言えば、宮島に近い地元廿日市市の何処かに鹿の大規模放牧
の為の鹿牧場を造成して、宮島の鹿のみならず近県の余剰鹿を受け入れ
て、これを一定期間肥育すれば、間引きされた鹿の第二の人生、いや鹿
生を実現して鹿を更に長生きさせてやれる事にもなるのである。経済的
にも、肥育鹿の食肉や餌としての販売利益を以って鹿の保護管理・頭数
管理の為の経費捻出も可能となるのである。
一方で、「鹿への給餌を禁止すれば鹿は山に帰り、山には充分な餌があ
る」と言うのも、他方で、「このままでは宮島の鹿は絶滅する」と喚き
散らすのも、いづれも正論ではないのである。宮島の山、彌山(ミセン)
には、今現在以上の頭数の鹿を受け入れて養える餌と成る物は既に無い
事は、サルの番人をしていたに過ぎない俄か似非学者などでは無く、熱
心で権威のある植物学者が研究し尽し、久しく警鐘を鳴らしてきた事で
ある。
宮島の山、彌山(ミセン)が養えるだけの鹿は、必ず生息できるのであ
る。決して「このままでは宮島の鹿が絶滅する」などという事態は在り
得ないのである。たとえ絶滅したとしても、その事が、取り返しの付か
ない程の大問題ではないのだ。宮島の鹿は特別に希少価値のある鹿なの
ではなく奈良から再び補充出来るありふれた鹿であるに過ぎないのだ。
「問題なのは唯一つ、鹿を大規模飢餓虐待する現状を終わらせる事」な
のである。
宮島の鹿が野生であろうと無かろうと、そんな事も問題ではないのだ。
既に数百年前から人が餌を与え続けて、人にすっかり慣れている鹿を、
何を今更野生だなどと力んで主張するのか?野生だの自然だのと喚き散
らすのは全く意味の無い事である。自然は動物にとって必ずしもパラダ
イスではないのだ。自然の惨くも残酷で厳しい事実を敢て無視すべきで
はない。かっては鹿などは狼に襲われ、食べられる事によって頭数の異
常増殖を抑えられていたのである。狼を絶滅させた人間が、彼ら狼の果
たしてきた役割を引き受けて鹿の間引き殺処理に手を下さなければなら
ないのは当然なのである。
鹿を飽くまで最後まで殺処分して有効利用する事に反対するとすれば、
牛や羊や鶏などの家畜を殺処分する現実も許せない筈ではないか?食肉
店に肉が展示されている事にまで非難する動物愛護論者もいるが、彼ら
の主張にまで正当性を認める事がどうして出来るのか?鹿を最終的に殺
処分して利用する事に反対する主張は畜産農家を貶める主張であるばか
りか人類の生存をも否定する主張であるとは思わないのであろうか?
兎も角、建前と本音の間が余りにも離れ過ぎる現状が齎すのが鹿の密猟
・密殺の現実なのである。上記お二人のお勧めで、近く某大学の野生動
物を研究する、鹿の問題にも見識をお持ちでいらっしゃる教授に、ご一
緒してお会い出来る事となりそうである。サルの番人に過ぎない成りあ
がり似非学者が如き人物の笑止千万な屁理屈学説から離れて、少しばか
りマトモなお話を聞ける日を今から愉しみにしているのである。
宮島鹿太郎
* 抗議の観光宮島ご当地ソング
ー 春日神社神鹿「宮島のシカちゃん ヒーヒーソング」 ー
ご試聴下さい⇒
http://karasumamusic.web.fc2.com/shika.html
* 抗議のブログ(宮島鹿太郎)バックナンバー 参照!!
⇒
http://angel.ap.teacup.com/kissinng/151.html

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