7月4日(水)
細江町中川の都田川縁から見える遠州の三岳山(標高467m)。
静岡百山の一つ。
赤石山脈の支脈、引佐山地の末端に位置する三岳山は、南側には何も遮る
ものがなく、晴れていれば遠州灘までの眺望は抜群です。
アップがすっかり遅れてしまいましたが、この山に行ったのは、6月6日です。
其の上に、笑ってください。
山に行ったのは、病院の受診帰りの午後3時半。
中途半端な時間になり、さてどこに・・・と、思いついたのが三岳山。
前から気になっていたけど、登ったことが無い気になる身近な山。
まあ、この山ならそのくらいでも時間的に充分だろう・・・と。
浜松方面から国道257号線を走り、引佐町井伊谷のセブンイレブンの
ある交差点を
曲がって三岳山神社を目指して走る。
暫く走ると、三岳城趾左折の看板が見えて来ます。
道幅の狭い山道を回り込むように登り坂を走っていくと、三岳山神社入口の
鳥居のある階段下に到着。
ここには、数台の駐車スペースがあります。
こんな石段を上っていくと草茫々の空き地に出ます。
ここには、三岳神社前の広い駐車スペースがありました。
何のことは無い、ここまで車で来れば良かった!
三岳神社 & 境内にある浄水場。こちらで手を浄めて山に向かう。
三岳神社の左側30mほどの所に登り口がある。
このような樹林帯の道をしばらく登ると急な登りになる。
一気に標高を稼ぐ登りである。
あせらないでこつこつと登れば少しなだらかな所へ出る。
三岳城址の本丸と二の丸の分岐点です。
二の丸跡は木々に囲まれて景色は良くない。
山城に興味のある方は是非行って見てください。
往復5分も掛からないでしょう。
分岐に戻ってもう一度最後の急な登りをがんばれば頂上はすぐそこです。
やがて視界がパーッと開ける頂上に到着。
頂上の目印は、木に取り付けられた「三岳山467m」の札。
(正式には、466.3m)
昔、ここに三岳山城があったのだとしみじみ思う。
三岳山城は、標高466.3m三岳山頂上に井伊氏が築いた諸城の内の本城で
ある。
南北朝時代、延元三年(1338)秋、後醍醐天皇の皇子宗良親王が再び伊勢
より井伊谷に入られ、この城を南朝勢力の遠江における軍事上の拠点とされた。
この城は、山頂から尾根に沿って細長く築かれ、一の城、二の城、三の城と
分かれ、深い谷や急な斜面など峻険な自然の地形を巧みに利用し、中世城郭の
典型的な形態を有していると記されている。
この日は、生憎、ボンヤリと霞んでいましたが、眼下には、井伊谷の町、
遠く東名浜名湖大橋が見渡せます。
天気が良ければ、南は天竜川から浜名湖や太平洋までも素晴らしい景色を
楽しめます。
又、冬場、空気の澄んだ日ならば、東には、富士山、東北には、南アルプスも
望める展望地のようです。
帰りは落ち葉などに埋め尽くされた急な下りとなるので足を滑らせないように
気をつけて下山しました。
往復50分ほどの山歩きでしたが、展望が良かったらもっと楽しめたことで
しょう。
丁度、小さな花の時季が終わった所で、頂上の樹木の花が少し咲いている
だけでした。
小さい頃から見慣れた山ですが、初めて踏み入りました。
小さな山ですが、遠い歴史に思いも馳せることが出来た一刻でした。
宗良親王が籠城中に後醍醐天皇の崩御にあわれ、親王は、三岳山城の紅葉を
祈って吉野に届けられた一首を詠みながらこの山とお別れです。
おもふにも なほ色浅き 紅葉かな
そなたの山は いかが時雨るる

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