★☆「あたかも愛のごとく」は2009年6月10日をもって完結しました。 5年間の連載にお付き合い下さいましてありがとうございます。\(=^O^=)/'`*:;。・★'`*:。・☆

2005/9/2

第二部 1 楽園  第二部 第一章「楽園」
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 真直ぐな黒髪に象牙色の肌。
 机の上の写真立ての少女は、唇を微かに開いて何かを語りかけようとでも言うかのようだ。  
 薔薇色のミニドレスをまとった少女は何処にいるのか、行方がわからなくなってから半年が過ぎた。

 兄が大韓民国に拠点を置いたのは、ここが彼女の祖国と近いから、釜山は東京と経度が同じだ。我々にとってこれは重要だ。
 机の上の電話が鳴った。
 受話を押す。
『申し訳ありません。崔社長から連絡が入りまして、三十分ほど、戻り時間が遅れるそうです』
 女性秘書だ。
「わかったわ、有難う」
 
 ミギウは、壁にかかった写真に微笑んだ。  
 自在にメラニン色素をコントロールするカメレオンスキンで、整った面立ちのビジネスマンに変身した兄が、写真の中から笑いかけている。
 
 いかにも仕事の出来る紳士的な人物といった仕上がりだ。  
 虚ろで投げやりな優しさを漂わせる姿しか知らないが、本当にそんな男であるならば、ここまで一人の日本人にこだわるはずが無い。
 この女は危険だ。   
 断片しか知らないが、ゼン側の情報によれば、ヌビルはこの女のせいでそれまで一歩も二歩も進んでいた東軍の極東支部撤退を余儀なくされた。西に大幅な遅れをとった元凶であるらしい。  
 ミギウはシンプルな銀製の写真立てを眺めた。  
 母の鳴り物入りで西側の所轄に乗り込み、こっぴどくやられて恥の上塗りをした。失態を彼のせいにして軍法会議を呼びかけたボスルーゴは、口汚く、ロリコンの淫売に尻の毛まで抜かれかねないニンフォマニアと罵った。
 ヌビルの警告を受け入れず、米軍の対テロリスト捜査官に両足を吹っ飛ばされた中南米司令官は、車椅子に固定された姿で母の同情を買い、本拠地勤務に異動となった。

 擂鉢の底の被告席で、全司令官の冷笑を買ったヌビルは、正確な対応と冷ややかさを崩さなかった。
 でも、全てが終って退出を許された瞬間、ホールに背を向けた顔に浮かんだ表情は忘れられない。
 多分、私だけが見ていた。
 どきりとする激しさで、その目が燃えていた。  
 それを見るまでは自分がこんなにヌビルを愛していると気付かなかった。
 もし女が見つかったら、この手で地獄へ送ってやる。  

 ミギウは、高い頬骨に釣り上がった細い目の繊細で整った顔立ち、手足の長い理想的な肉体をガラスに映して眺めた。
 どう考えても自分の方が優れている。
 母の美意識による東洋的な美貌と、世界最高水準の完璧な肉体。
 こんな乳臭い女に負けてなるものか。
 もし彼がこの女のように長い髪が好きなら伸ばしてもいい。  
 ミギウは耳の下で切り揃えた黒髪を引っ張った。

 末っ子の自分を今まで兄は特別に可愛がってくれたが、まさかこんな幼顔のおばさんに奪われるとは思わなかった。  
 神凪麗華はもう、十八だ。
 今年の9月で十九歳になる。
 来月四月でやっと十五歳の自分と比べて、四つも年増のおばさんだ。

 ミギウは時計を見て、持参したブリーフケースの資料とサンプルを確認した。

 間もなく彼に会える。
 きっと褒めて貰えるだろう。
 前回至らなかった点は改善したし、指摘を受けなかったけれど、気付くべき課題についての解決の糸口も求めておいた。
 …何もかも完璧では、次に会いに来る口実がなくなる。
 サンプルは新型の細菌だ。
 ここは表向きはエネルギー会社だが、裏に回れば死の商人だ。
 兄は仕事中毒というか、やりすぎなくらい仕事熱心な男だ。何もしない時間を持つのが苦痛なのかもしれない。

 ピンドットのように細かな千鳥格子が、絹の混じった艶を放っている。

 広い肩幅でスーツを釣って皺一つ無い端正な姿が廊下を通ると、待ち受けていた社員がせわしげに寄って来て、様々な報告を先を争って伝えた。
 背の高いグレーのスーツは聞いているのかいないのか、黙ってすたすた速度を落さずに歩いていく。しかし誰もが通じていると疑わない。  
 彼は執務室の前まで来ると、扉の前に控えていた四人の秘書に、報告の無かったプロジェクトの追求と、満足な結果を得られなかった研究チームへの会議の通達と、経営幹部の召集と、いい結果を出した者への次なる示唆を申し下した。  
 頭を下げて、それぞれの仕事を抱えて去って行く秘書に背を向けると、ヌビルは執務室の扉を開いて司令官の顔になった。

「待たせたなミギウ、報告書には目を通した。早速見せてくれ」
「陛下は中国の件での貴方に、大変満足されたわ」  

 ヌビルと付き合うにはちょっとしたコツがいる。
冴えた頭の回転に合わせて一目置かれようと頑張ると、かえって間柄に冷たい氷が張る。
 だから動物的に体当たりでいくのだ。
 それとこれは兄弟全員に共通だが、陛下の好感触を伝えると場が解れる。
 
 ミギウは入って来た男に抱きついて、爪先立ちで口付けすると、微笑んだ。



 ヌビルは抱き上げた彼女を机に座らせて親密なキスをサービスしてくれた。
 割といつも素っ気無いので、これは歓迎を受けた証だ。  
 ミギウは胸をときめかせた。
「会いたかったわ」
「うん」  
 彼はチラリとブリーフケースを見た。
 ミギウはそのしかめっ面を両手で挟んで、もう一度口付けした。
 ヌビルは特に抵抗せず応えてくれた。  
 餌が効いている内は何でも言う事を聞いてくれるのが、ビジネスライクなこの兄の特徴だ。

「ねえ、私この四月で、十五歳になるのよ」
「おめでとう」
 
 ヌビルは社長の顔に戻って、机の上のノートパソコンの電源を入れ、メールがないかをチェックした。  
 ダークグレイのスーツの袖から、紫のマニキュアをつけた白い手が伸びて、千鳥格子のスーツの黄色いネクタイを弛める。   
 ヌビルはインターネットに接続して、「マイ・メリルリンチ」にログインした。

「個人資産運用? ゼンのテリトリーにちょっかいでも出す気?」
「俺は例の失敗で降格だ。今はゼンの下請けさ」
「卑下したもんね」
「インターネットはアメリカ製だ。兄貴は電気信号で、俺はインフラ。奴が最高司令官で頭脳、俺は奴の手足さ」

 ヌビルのような男に言われたら不気味だ。
 うっかりすると手足をもぎ取られそうな響きがある。

 ミギウは落ち着かなくなって、慌てて言った。
「陛下はそんな風にお考えではないわ。拡大解釈ね。その女がアメリカにいるから?」
 ミギウは銀の写真立てに顎をしゃくった。
 
 それには答えず、ヌビルはブリーフケースを開けて中からCD‐Rを取り出した。
 彼女は彼のネクタイを外して背広を脱がせた。
 背中に抱きついて、シャツのボタンを外す。
 ヌビルは知らん顔だ。

「まあまあかな、繁殖率をコントロール出来るようにするという宿題はどうした」
「ある条件を整えると繁殖が加速し、ある環境において急速に死滅するわ。人体内部で毒性を発揮した場合のレポートがこれ…」  
 ICチップ並みの小さな情報ツールを紫の爪が摘み、ヌビルの目を見詰めながら紺色のシルクのブラジャーに押し込んだ。

「子供っぽい真似はよせ」
「私の価値を知るいい機会じゃないかしら?」
「…他の女共は他人に思えるが、お前だけは本当の妹だと思ってる。つまりお前を愛している。だから、やめとけ」
「私を振ったら、今すぐここを飛び出して、新兵器をネタに誰彼構わず寝てやるから!」  
 衝動的に走り出そうとする彼女のウエストを片手で捕まえて、ヌビルはもう片方で腿をすくい上げた。
 デスクの前にある来客用のソファに放り出す。
 ヌビルは溜息をついて見下ろし、ソファに転がったミギウは、期待に目を輝かせた。

「俺は愛するものを失った。お前もこれで、俺達の仲間だ…」

「対等になりたい。そして愛し合いたいの」
「お前は特別だと告白しているのに、自分からそれを棄てるんだぜ」
「後悔しないわ」
 ヌビルは黙って彼女をうつ伏せに転がすと、ダークグレイのタイトスカートを捲り上げた。
「おっと、忘れてた」  
 大きくはだけたブラウスから覗いたブラジャーを、無造作にひっくり返して、ポロンとこぼれて揺れる乳房に張り付いた電子チップを剥がす。

 机の上にそれを乗せる時に、目についた写真立てが、憂鬱そうだった目に剣呑な光を宿すのを、ミギウは見逃さなかった。
「その娘が好きなの?」
「馬鹿言え、この世で、二番目に憎んでる」
「一番目は私?」
「まさか」

 大好きだった兄が、やっと振り向いてくれる。
 他の女とは寝るくせに、ぜんぜん相手にしてくれない。
 子供時代にお別れ。  
 後悔なんかしない。

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「ダイビングですか?」
 隣に座った若い男女が話しかけてきた。
 さっきからチラチラとこちらを見ては、窓際に陣取った辛気臭い独り者の身元を割り出そうとしている。見るからにハネムーンといったカップルだ。

「妻が住んでいるんです」
「ボラボラ島に? 奥さんが? そうですか、へぇ、住みついちゃうくらいだから、きっといいところなんでしょうね」
「さぁ、妻とは半年会ってないもんで、ここへくるのも初めてなんです」
 声を弾ませて身を乗り出した、新妻の方が押し黙る。

 ジュニアはカーテンの隙間から青い翼を見た。
 
 まさか彼女が俺の妻を名乗り、情報員の身元を明かさないという、秘匿のルールに守られていたとは…。
 灯台下暗しとはこの事だ。
 …ラスベガスの気まぐれを博士に利用された。

 国際便でフランス領タヒチのファアア空港に到着し、国内便に乗り換えて、ボラボラ空港まで、そこから先はボートで約20分。

 電磁テロリスト共は、俺をマークしている。俺が作戦に参加するのを待っている。
 仲間が俺に接触し、仕事の内容を漏らすのを待ち構えている。
 ヤツラのやり方は、ただ見ているだけで、決して手を出さない。
 こっちはがんじがらめでありながら、全くの自由。
 どこの国にも所属できないくらい開放されている。
 そこで、半年無職で暇な俺は、暇つぶしに妻に会いに行こうと思い立った。

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 外界の荒波を遮る珊瑚礁のラグーン。
 陽光に海底の白い砂が反射してコバルトブルーに輝く内海に、リゾートホテルのバンガローが真珠の首飾りみたいに並んでいる。
 
 輝く海を走り抜けて行くボートが、海上に突き出したバンガローの一つに近付いて行く。
 建物に近付くとボートは減速し、うまく回り込んでちゃぷちゃぷと波に揺れながら、バンガローの扉に続く階段の下に停まった。
 建物の窓から住人が、何事かと顔を覗かせる。

「麗華!」  
 サングラスの男に白い歯で笑いかけられて、ギョッと窓辺の顔が引っ込んだ。  
 扉が開いて、半ズボンにTシャツ姿の麗華が階段の上に現れ、両手を広げた。
「楼瞑さん! よくここがわかったわね」
「そうだな、蛇のごとくシツコク探したさ。元気そうだね」
「とっても元気よ。楽園に住んでるんですもの」

 腕の中の華奢な体が、弾けるように笑っている。
 海から反射する青白い光の網目模様が彼女の上で揺れている。  
 ジュニアは海に向かって大きく胸を開いた。
 深呼吸する。
 「なるほど」と笑顔になった。

 ジュニアは開いたドアから中に入り、室内を見回した。
 入ってすぐがキッチンで、向かい合った洗面所とバス、トイレがその奥に続き、ユーティリティーを通り抜けると居間に入る。
 居間の隣にドアを開け放したベッドルームがあって、赤い花柄のベッドスプレッドの上に、白い枕と、開いたままのファッション雑誌が乗っている。

 居間には日本製のパソコンが1台あって、黒光りした伝統の様式のテーブルの上に本とフロッピーディスクの山、それと15センチくらいのクリスタルのイルカが置いてある。  
 英語で書かれた海洋学の専門書を、ぱらぱら捲って置物を摘み上げると、麗華が飲み物を持って入ってきた。
 天井にゆっくりと木製の扇風機が回っている。

「心配したのよ。アメリカを出る時、貴方の事を尋ねても、誰も何も知らないんだもん」
「常に単独行動なんだ。それに知ってたって、知らないと答えるのが決まりだ」
「フーン、スパイみたい」
「まあね」  
 彼は受け取った飲み物に入った氷を、からりんと回して片目を瞑った。  

 ゆったりと時間が流れ、波の音が眠気を誘う。  
 飲み物を片手に、バルコニーに面した揺り椅子に座る麗華を横目に、ジュニアはパソコンの電源を入れた。
「インターネットは駄目よ。外部にアクセスするなら、基地のイントラで接続を変えて」
「携帯電話の電波妨害をしているだろう」
「ここは山の陰なのよ」
「筋金入りの箱入りだ。かえって無防備だとは考えないのかな」

 麗華はわかったような、わからないような曖昧な顔で彼を見た。

「たいした物は出来ないけど、晩御飯食べてく?」
「君って呑気だね。そこが魅力だ」
「…、何しに来たのか聞いていい?」

 デスクトップパソコン本体のコールサインが点滅して、ディスプレーに神凪猛が映った。

『麗華、イルカと友達になりたくはないか? 迎えをやったからこっちに来なさい』
「パパ、なあんだそういう事? 楼瞑さんならもう迎えに来てるわよ」

 ジュニアはキザに飲み物のグラスを目線に掲げて、画面上についたモニターに言った。
「ちょっとお借りします」
『ジュニア、君はまた娘を危険な目に遭わせる気か!』
「失業中なもんですから」
「どういう事?」
 ジュニアはパソコンの電源を落して、ジュースを一口飲んだ。
「君に失踪の手助けをしてもらいたい」
「誰の?」
「俺の」

 ジュニアはグラスをテーブルに置いて、麗華の手を掴んだ。
 螺旋階段を駆け下り、揺れるボートに彼女を助け下ろすと、階段にかけたロープを外してエンジンをかける。
 ラグーンを走る白いボートが環礁に着くと、麗華の手を掴んでボラボラ飛行場に上陸した。
「もしかして、このまま飛行機に乗るつもりじゃあ…」
「そんな事をしたら、君のパパが怒って、管制塔が機能障害を起こすよ」

 ジュニアは例の人工的に人のよさげな笑顔で、「山陰から出ただけだ」と言った。

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 蝶は紫外線でものを見る。

 蝶の視細胞は150ヘルツの処理能力を持ち、非常に短い光の点滅の間隔を「見る」事が出来る。
 例えば、人間が瞬きを感じない電灯もフラッシュして見える。

 太陽光線の波長は、293〜1349ナノメートルの幅があって、紫外線、赤外線、可視光線の三タイプに分けられる。
 光は波長が短いほどエネルギーの値が高く、紫外線は最も波長が短く、高エネルギーの光だ。

 我々の「パピヨン」は、380〜320ナノメートルの波長と、3.9〜3.1evのエネルギーを持つ紫外線センサーだ。
 ナノメーターは、1メートルの10億分の1という長さの単位だ。

 虹は一番外側が赤く、内側が紫の、七色のアーチを描く。
 つまり人間が見ている可視光線の外にあるのが赤外線で、内側にあるのが紫外線。
 虹は、大気中に浮かぶ細かい水滴に分散した太陽光線波長の、長さと屈折の度合いであのような姿に見えるわけだ。

 蝶は明るい光の中での飛行を好む。
 我々の「パピヨン」も、昼間の光に照らされた対象を飛行中に捉える。
 紫外線は目に見えない。
 「パピヨン」も目に見えない。
 高エネルギー、極短波の電磁波を使用したセンサーである。

 ボラボラ空港で神凪麗華が見た虹は、大気中を飛び交う「パピヨン」が水蒸気に満ちた太平洋の空につけた、光の傷跡だ。

 ボラボラ空港に設置したセンサーが無線基地に連絡し、無線基地のコンピュータが信号を送信可能な形に加工して、電話回線経由で釜山の電話局から車内電話に送る。
 「パピヨン」の情報はそのままでは何の事だかわからない。
 車内電話に接続したパソコンが、画像とは別に届いた情報をあらかじめ定められた法則に従ってセンサーのデータに当てはめて画像処理をする。

 蝶が見たものを人が見ても理解できない。

 ナノメートル単位の繊細な高エネルギーフラッシュが捕らえた獲物は、可視光線によって彩られた光と水のショーに見とれて微笑んでいた。

 10500キロ離れて一日未来に位置したハンターは、通勤ラッシュの交差点で信号待ちをしながら、不可視光線の捕らえた空気と波(振動)のアートを眺めてニヤリとした。
 どうせこの女は虹を見てたわいもなく、「わぁ、綺麗」とか言ってるんだろう。

 次は必ず仕留める。

 問題は、こんなに近くに見えているのに二人の距離は物理的に遠く、「フランクリン」の調査は許可が下りても、あの女には近付くのも許されない。
 俺は前科者というわけだ。
 
 黒革のブリーフケースの中で携帯電話が鳴っている。
 会社名義の携帯だ。
 ヌビルはハンドルを右手で押さえ、左手で電話を取り出して受話を押した。
「崔だ」
「金です。航空券の用意が出来ました」
「わかった」

 ヌビルは素っ気なく女性秘書に答えると、通話を切って、黄色いTシャツに白い短パンを穿いた解像データを片隅に寄せた。
 黒い画面に電話番号を呼び出して、「マレーの虎」に国際電話をかける。

 「マレーの虎」は、電磁レベルセンサーだ。
 そして銀のアタッシュケースから取り出した携帯電話で、北京の固定電話に電話をかけて、留守番電話に伝言を入れた。

「チャン、俺だ。予定通り出張する」
 電話の向こうにはコンピュータが設置されていて、声紋認証で動き出したプログラムが自動で無線基地に次々と電話をかける仕様になっている。
 無線基地から携帯電話に連絡を受けた兵士は、その一本の電話で日常から離脱して司令官の下に集結する。今回呼び出したのは、山岳地帯のチャンのグループだ。
 ヌビルは車を脇に寄せて、街路樹の下に車を停めた。

 同じように停車している車が3台ある。
 赤いマティスと、白いキアのミニバンと、深緑色をしたサンヨンの4ドアセダンだ。
 ヌビルは銀のアタッシュケースを持ってヒュンダイの黒いミニバンから降りると、一番手前の緑のサンヨンまで歩いていって、後部座席のドアを開けて乗り込んだ。
 運転手は新聞を折りたたむと、愛想の一つもなく無言で車のエンジンキーを回した。

 白いキアから二十代後半の無表情な3人の男が降りてくる。
 彼等はエンジンがかかったままの黒いヒュンダイに乗り込んだ。
 他の車をちらりとも見ない。
 四台の車の男達は互いに無関心だ。
 ヒュンダイに乗り込んだ三人の男は、もと来た道を戻っていった。
 次にサンヨンが201号線を西に走り出し、2台の車を間に挟んで赤いマティスが走り出す。
 サングラスをかけたマティスのドライバーは、軽快な車の容姿に似合わない体格のいい青年だ。髪を伸ばしていなかったらまるで兵隊だが、韓国の若者は19歳から29歳までの間に二年間の兵役義務があるので不自然に見えない。
 日本では培養兵士のダイエットに気を使った。

 滑り出した車の中でヌビルは、銀のアタッシュケースを開くと、パソコンをモバイルでインターネットに接続し、韓国のプロバイダーを使ってユーゴスラビアのアドレスにメールを送った。

 内容は、「インターネットオークションでデジタルカメラを落札いただきまして有難うございます」で、出品者は「パラグアイ」、落札者は「P‐bot」だ。


第二部 2 ドロップアウト へつづくhttp://angel.ap.teacup.com/applet/judgement/msgcate5/archive
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