今朝、大好きなホイットニーヒューストンが死去したニュースを知り、悲しい気分です。
彼女は私がゴスペルを始めるきっかけになった人だったんです。
彼女の伸びやかな声が好きでね、
どこからこんな声が出るようになったんだろう、、とジャケットを読んでみたんですわ。
幼いころから教会でゴスペルを歌いクワイヤで歌っていたと。
そして女性デュエットしている曲もあり、この女性誰だろう?と不思議に思ったら、それが彼女ホイットニーの母親であり、ゴスペルシンガーでもある獅子―ヒューストンでした。
そのとき、初めてかな。
「ゴスペルってどんな音楽なんだろ?聴いてみたいな」と興味を持つきっかけを与えてもらったと思っている。
で、ゴスペルCDを探しにいって、最初に買ったのがドニーマクラ―キンとカークのGOD's property。試聴は出来なかったから ジャケットの写真と雰囲気だけで選んだのがその2枚でした。
シシ―ヒューストンのCDは その頃置いてなかったんですわ。
その2枚のCDを聴いてみて、ゴスペルって他の音楽ジャンルとなにかが違う。こんな風に強さや温かさをもって歌う理由はなにか、、と気になりだして歌っている歌詞や背景を知りたいと思ったのが私のゴスペルの始まりでした。
まぁ、カークやドニーのCDじゃないもの、たとえば好みではないCDをもしも選んでいたら私はゴスペルを勘違いしたままだったかもしれないね。
話をホイットニーに戻すけど、そんなわけで彼女のルーツにあるゴスペルにとても興味を持ったことから私のゴスペルが始まったわけです。
だから、彼女にはとっても感謝しているんです。
映画に出演してからというもの、もしかしたら悪魔に囁かれたのかもしれないけど、ドラッグやアルコールに走って神さまからもらった世界でひとつの宝物である声をダメにしてしまった。
でも、私の中ではゴスペルから生まれたホイットニーなら いつかゴスペルに戻る日がきたらいいなーーとずーーーーーっと願っていたのでした。
だから、ゴスペルに戻ることなく天に召されたのは悲しい出来事なのでした。
だけどね、、ちょうど学びをしていることもあって、今までと少し考え方が違う自分に気づいたのでした。
前だったら「へーー亡くなっちゃったの?ショック。まだ声を聞きたかったのに、神さま、どうして天にあげてしまうのよーー」と思ったかもしれない。
変わったと思ったのはこう考えた自分がいたから。
あくまでも私個人の想いだから真実はわからないけれど。。。、
前回の学びでちょうどこんなお話を習った。
数千年も昔 エデンの園があった。そこは食べ物にも困らなし「愛と希望」と「良い物」で満たされていた。「嘘」ってなに?「妬むってどういうこと?」というように悪いことを何も知らないで良い世界とでもいいましょうか。
そこには「善悪の木」と「命の木」があってどちらを食べることもできる「自由」が与えられていた。神さまは人間にどんなことでも選択できる自由は与えているのだそうです。
究極でいうと、「死ぬ」自由もあるように。
でも、人は神との約束を破り、悪を知ってしまった。
愛と希望がない世界を生きることになるのだそうです。
それまでは、「嘘ってなに?」「妬むってどうすること?」と知らなかったのに 毎日が愛と希望がなくなり、嘘や妬み、残虐とかだましとかでいっぱいになる。
そこで神さまはエデンの園から追放し、「命の木」=永遠に生きることも取り上げたのだそうだ。
どうしてかっていうと、「命の木」を取り上げないと人間は、ずーーーーっと永遠に「嘘」「疑惑」「騙し」などの悪の毎日を永遠に繰り返し死ぬこともなく生き続けなければいけなくなるでしょ。
それをかわいそうに思ったから エデンの園から追放し、命の木を取り上げたのだそうです。。
ホイットニーが亡くなったニュースときいて、
ふと その話を思い出したのでした。
勝手な解釈だけど、ホイットニーは神様に立ち返ろうとしたのかもしれない。だけど、ドラッグやお酒、お金の力に負けてしまった。
何度か更生施設に入り自分を変えようともした。
ホイットニーが、ずーーとこのまま「つらいこと」に翻弄されて生き続けるより、「よく頑張った、もう、私の傍にきなさい」と天にあげられたのかな――などと勝手に思ってしまいました。
だから、今までだったら
「ひどーーーい!天国にあげちゃうなんて。歌わせてあげたらいいのに」とか思うんじゃなく ホイットニーのことを一番わかる神様だからこそ、彼女を自分の近くに呼び寄せたんだなーーと思ってしまった私の考え方。
これは、 先週の学びをしてなかったら気づかなかった点かもしれないな。
私はホイットニーからゴスペルを知らせてもらったのは事実なので、、
悲しいのは違いないけど、、、
でも、彼女にとてもとても感謝している。

3