下手の横好きである小説のお時間がやってまいりました。
今回も皆さんのお気に召すことが出来るのか?
不安はありますががんばっていきます。
しかし、どうにも恥をさらしてるような感じがします。
もう少し文章力が上がればなあ・・・・・・・・。
なお、今回も移民問題・国籍法改悪によって引き起こされるかもしれない、とても嫌な日本を前提に書いてます。
どうにも気に入らない、という方は、この時点でご勘弁を。
よし読んでやろうじゃないか、という寛大な方は、「続きを読む」をクリックして本文を展開して下さい。
ただ今回は長くなってしまったので二つに分けようと思います。
オートページのブログは一回のエントリーにつき5000文字という限定があります。
「続きを読む」を使うとこれが更にきつくなります。
表示する部分が1000文字。
格納する部分が4000文字です。
そのため、ちょっと長いのを書くと二分割せざるをえなくなってしまいます。
二つに分けるほどの分量というわけでもないんですけど。
そして。
書いてあるものが面白いと思ったり気に入った場合で結構ですので、文末に設置するランキング上昇用のバナーのクリックをお願いします。
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ハードボイルドなのかという疑問についてはご容赦を。
そうそう。
一応書いておきます。
ここに書いてあるものはフィクションです。創作です。実在のものとはなんの関係もございません。
それではどうぞ・・・・・・。
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空港に降り立った宮崎学を車が迎える。
十年ほど古い国産車だが、この国ではまだまだ現役だ。東南アジアのこの国でも一応は国産車は存在するが、そのレベルは低い。中古の日本車の方が性能が良い、というのが現状だ。年々改善はされているが、まだ幅が縮まってるとは言い難い。
後部座席に乗り込むと、現地でのスタッフが待っていた。車が発進するのを待たずに話が始まる。
日本の中古車・工作機械などの輸出を手がけて二十年。莫大な儲け、とうほどではないが宮崎の会社は毎年黒字を出し続けている。
なんだかんだ言いつつも性能の良い機械を作り出す日本というのは、売るものに困らない。自動車はもとより、工作機械だとてこれらの国々の水準からすれば高度なものが多い。
中古であっても欲しい、という会社は多いものだ。
そういった会社相手に、日本国内で古くなったものを買い取って転売する、というこの商売は今のところうまくいっている。
高級品・最高級品は作れないが、廉価商品は生産できる。そして廉価製品であっても欲しいというものは世界各国にいる。また、日本では売れないような物でも、他の国では売れる。世界は先進国だけではないのだから。
そんなわけで日本製品を持ってくる宮崎はこの国ではそれなりの名士であり、影響力もある。また、仕事柄この国の政府・地方の高官とも面識がある。なければやっていけない事情もある。
それに対処するためにも現場のスタッフからの情報が必要になる。ネットの普及で通信の時間差はかなり無くなりはしたが、それでも万全とはいえるわけではない。
飛行機で移動してる間というのがその一つである。数時間・十数時間の間外部との連絡が一切取れなくなる。また、現地にてすぐさま情報を入手するためにも、こうして空港の外にてスタッフと待機させる必要がある。宮崎が乗車してくるまでの間、スタッフには現地におけるありとあらゆる情報がもたらされる。それを整理して宮崎に伝える者がどうしても必要であった。
この日もその甲斐あって現地での情報を素早く手に入れる事が出来た。
「なるほどね」
予想はしてたが、現地の業界筋の者達がこちらとの取引を拒否するという旨を出しているという。それも一つや二つではない。
理由は予想がつく。
連中が華人だからだ。
シナ周辺各国に共通する問題だが、これらの国々の中枢や経済を握ってるのは、華人である。このシナ系民族は各国のあちこちに入り込み、主要なところを握っている。
正直衝突する事の方が多い。同じ華人同士では足の引っ張り合いや策謀を張り巡らすわりに、それ以外の民族相手だとどういうわけか協調するという連中だ。異民族の宮崎など「利用できる敵」としか思ってないだろう。
こういう連中を見てると「アジアは一つ」という言葉がどれだけ馬鹿げているかがよく分かる。
なるほど、肌の色で分けたらアジアは同じに見えるかもしれない。しかし同じなのは肌の色くらいだろう。実際には全く違った歴史を歩み、全く違った文化を持つに至った者達だ。考え方は全然違う。
アジアは一つなんて言ってるのは、漢文や中国古典を読んで連帯感を感じてる一部の人間の妄想でしかない。
少なくとも宮崎にとって華人は敵である。味方と思ったら必ず寝首をかかれる。
警戒し、用心し、絶対に隙を見せない。むしろこちらから相手に切り込んでいくくらいのしたたかさが無いとやっていけない。
中国本土に入っていった企業を見ればよく分かる。そういった実例を見たからこそ、宮崎は東南アジアに目を付けたのだ。こちらも油断ならないところは同じだが、華人ほどひどくはない。むしろ華人を敵視しているという点では共通しているし、それがあるから手を取りやすい部分もある。
だが、そうはいっても華人が中枢を握ってるのに変わりはない。
こんな連中とも上手くやっていかねばならないのがつらいところだ。
目下の問題は、日本国内における民族問題だろう。
日頃は「あれはもう華人ではない」とか言っておきながら、こういう問題が起こる度に「同胞を助けろ」とか行ってくるのが常である。テメエでどうにかしろ、と言いたいがそれを言ったらおしまいになる。
(どうすっかなあ・・・・・・・・)
シートに背を預けながら今後の事について考えはじめる。
厄介なことになった、と思いながら。
華人との会合の前に社内にて指示を出し、政府や取引先の者達との会談を済ませる。商品の受け渡しに納金の確認、今後の取引など。
やらねばならない事は数多くあり、それだけで到着初日から次の日の昼過ぎまでが過ぎていった。
どこもだいたい同じような事を口にする。
『華人からの圧力があるが、どうするのか』と。
どうするも何も、である。
今更どうしようもない。
そもそも華人が問題視している日本国内の事は宮崎が扇動したわけでもなんでもない。積もり積もった鬱憤が爆発しただけである。
そんな説明を連中が聞くとは思えないが。
だとすればどうするか?
宮崎のほうが聞きたいくらいである。
(しょうがない、か)
そろそろ頃合いなのかもしれない。
そう思った宮崎は秘書を呼び出す。
呼び出された現地人の秘書は、宮崎の言葉を聞いて驚き、血の気を失い、そして紅潮した。
どこか嬉しそうに、そして楽しそうに部屋を出て行く秘書を見送った宮崎は、次いで社内の幹部を集めた。
それから2時間後。
宮崎は社内でおこったストライキのために会合をキャンセルせざるをえなくなった。
22時間後。
ストライキを起こした者との会談を済ませた宮崎は、政府からの会談を求められた。今回のストライキに関してである。
これを受理した政府との交渉のため、会合の更なる延期が必要となった。
23時間後。
ストライキのみならず取引相手が商談の再検討をも仕入れてきた。これのために宮崎は更なる時間を必要とした。
46時間後。
各取引相手との調整を図るための交渉のために宮崎はますます身動きがとれなくなった。
24時間後。
政府との交渉にてストライキや労働条件の確認、不当な労働はなかったかなどを問いただされている宮崎は、その調査と労働者との交渉、さらには取引先との契約確認などのために奔走していた。
18時間後。
地元の業界新聞が宮崎の会社についての報道を始めた。
規模としてはごく小さなものではあるが、日経の会社におけるストライキは注目を集めた。時期が時期だからであろう。
大手新聞社も、紙面の片隅に小さな扱いではあるが掲載した。
21時間後。
会社に寝泊まり続けている宮崎のもとに各所からの情報がもたらされた。
それらに目を通しつつ電話を取る。
報告に対して一つ一つ対応を支持していく。待機していたスタッフがそれを関係各所に伝えていった。
78時間後。
ストライキに始まる一連のごたごたをこなし、今回の件で被るであろう損害などについての報告に目を通す。
間違ってもプラスになるとは思えはしなかったので期待は何もしてない。当然ながら報告書も残念な事実を伝えてきた。
それでも当初の予想よりは被害が少なかったのが奇跡というところだろうか。
何にせよこれで一区切りはついた。
27時間後
その後のごたごたを全て片付けた宮崎は、ようやく地元の華人達との会談に臨むことができた。
今回の一連の流れで憔悴しきっていた宮崎は、華人からの更なる追求や日本でのことなどを諮問された、更に衰弱した。
その様子は傍目には哀れに、華人達にとっては非常に楽しいものだったようである。
会談が終わることには華人達は喜色満面たる様子になり、同席していた宮崎の従者は気の毒そうな顔をしていた。
そしてこの機に乗じて華人達は、日本にいる同胞達の救出などを口に出してきた。
宮崎としてはこれ以上の面倒は勘弁してもらいたいところなので、それらの条件をおおむね承諾した。
その内容は実に面倒なものばかりであったが、状況が状況なので受け入れるしかなかった。
そして。
日本における宮崎の会社に華人資本の警備会社が入ることとなる。
とは言っても本当に宮崎の会社を警備するわけではない。それを口実に上陸し、シナ人街に駆けつけるためである。
また、警備員と言ってもそのほとんどがヤクザのようなゴロツキどもである。人員を削減された人民解放軍崩れも多い。すさんだ生活を続けたせいか目つきは一様に悪く、素行はそれ以上に悪かった。
それらを日本に送るために、宮崎の手引きが必要になった、とういわけである。会談で難癖を付けまくった理由はこれである。
とりあえず先遣隊を飛行機で。
残りを船で送る事になり、その費用のほとんども宮崎が受け持つことになった。馬鹿馬鹿しいが「求めたのは宮崎の方」という事でこれを押し切られてしまった。
さすがに銃器をはじめとする火器や武器は持ち込めないが、当面必要な人数だけは確保出来る。
華人達にとっては日本に介入する良い機会であった事だろう。
最初に送り込まれる連中を乗せた飛行機が離陸するのを、宮崎は冷めた目で見つめていた。
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楽しんでいただけましたでしょうか?
最初にも書いたとおり、これは前編後編の前編です。
後半戦もあります。
とはいえ、分かりやすい話なので今後の展開も予想がついてしまうでしょうが。
そこは作者の力量不足ということでご容赦を。
続きは明日にでもまた掲載しますので、それまでお待ち下さい。
それでは。
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本日もありがとうございました。
では、また明日。

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