2008/7/7
「神が殺せと命じる時」
啓示は所詮はただ人間を介してのみ彼に到達し、また人間によって解釈されるので、たとえ啓示が神自身から彼に到達するように思われたとしても(汝自身の子を羊の如くに屠れという、アブラハムに発せられた命令のように)、そこになおある誤謬が支配しているかもしれないということは少なくとも可能である。そうだとすれば、彼はきわめて不正であるかもしれない事柄をなす危険をあえて冒すことになるであろうし、その点で彼の行為はまさしく無良心的なのである<カント・純粋理性批判より>
下の「神が殺人を命じるとき」は佐倉哲氏によるものです。氏がどの団体に属しているかなどは知る由もないがそんなことはどうでもいい。私自身統一原理の原理講も読みはじめた。さほど間違ったことは言っていない。私のそれに対する考えはまだまとまっていないのでいつか解説をしたい。
角笛とモーゼについてはここ
モーゼは石刻版を粉々に砕いて人々に心を清めるために殺し合えと命令した。
まず第一にアブラハムが神から受けた啓示については記事にしたが神が殺せと命じる意味,それとからめ前の記事で書いたベルゼブブ(ベルゼブル)とフリーメーソンとの関係などを書いてみよう。
ここで,グランド・マスターは龍(ひどら)の真前に走りより,出現をふたたび祈った。長く不気味な呪文が始まって一時間以上が経過した。突然.........。(後は次の記事で)シスター・マリー・エメリー著「悪魔に愛された女」より
神が殺人を命じるとき、わたしはどうしたらよいのだろうか。殺人は明らかに悪であり善なる神がそんなことを命じるわけがない、これは何かの間違いに違いない、そう考えて、わたしはこの命令を無視するだろうか。それとも、神の意思こそが何が善で何が悪かを決定する絶対基準であるから、不完全な人間の眼には不合理な命令と見えるかもしれないけれど、自分の勝手な意見にではなく、神に従うことこそが正しいのだ、そう考えて、わたしはこの命令を実行するだろうか。
イスラエルのラビン首相暗殺事件も、オウム真理教の一連の殺人事件も、イスラム教原理主義のテロ活動も、すべてこの困難な問題を抱えている。例えば、ラビン首相を殺害した敬虔なユダヤ教徒の青年イガル・アミル氏は、判事の前で、「神の律法によれば、ユダヤ人の土地を敵に渡してしまう者は殺すべきことになっている」と証言した。また、オウムの殺人事件に関与した信者は、「生かしておくと悪行を積み、地獄へ落ちてしまう人はポアした方がいい」という麻原彰晃教祖の救済思想に従っていたと言われている。また麻原はかれの殺人命令をシヴァ神の命令として弟子達に伝えていたという。
聖書における神の殺人命令
一般に彼らは「過激主義」とか「偽宗教」あるいは「邪教」の名を与えられているが、問題の重大さは、実はこのように殺人が神の命令となる教えが、「ある奇妙な新興宗教」だけのものではないところにあります。ユダヤ教とキリスト教の聖典である聖書をひもとくと、聖典の教えもまた例外ではないことが明らかにされるからです。
例えば、神がイスラエルの民に与えたとされるカナン人の土地への侵略に関するモーセの教えと彼の後継者ヨシュアの実践を示す部分は、聖書において神が殺人と略奪を命令するもっとも典型的な例と言えます。
あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、多くの国々の民、ヘテびと、ギルガびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、およびエブスびと、すなわちあなたよりも数多く、また力のある七つの民を、あなたの前から追い払われる時、すなわちあなたの神、主が彼らをあなたに渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。彼らと何の契約もしてはならない。彼らに何のあわれみも示してはならない。
(申命記7章1〜2節)
ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を勧告しなさい。もしその町がそれを受諾し、城門を開くならば、その全住民を強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。しかし、もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。あなたの神、主はその町をあなたの手に渡されるから、あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。だだし、女、子供、家畜、および町にあるものすべてあなたのぶんどり品として奪い取ることができる。あなたは、あなたの神、主が与えられた敵のぶんどり品を自由に用いることができる。このようになしうるのは、遠くはなれた町々に対してであって、次に挙げる国々に属する町々に対してではない。あなたの神、主が嗣業として与えられる諸国民の民に属する町々で息のある者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない。
(申命記20章10〜17節)
七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。「ときの声をあげよ。主はあなたたちにこの町をあたえられた。町とそのなかにあるものはことごとく滅ぼしつくして主にささげよ。(中略)金、銀、銅器、鉄器はすべて主に捧げる聖なるものであるから、主の宝物蔵に収めよ。角笛が鳴り渡ると、民はときの声をあげた。民が角笛を聞いて、一斉にときの声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼしつくした。
(ヨシュア記6章16〜21節)
主はヨシュアに言われた。「おそれてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も周辺の土地もあなたの手に渡す。(中略)その日の敵の死者は男女合わせて一万二千人、アイの全住民であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。
(ヨシュア記8章1〜26節)
ヨシュアは命じた。「洞穴の入り口を開け、あの五人の王たちを洞穴からわたしたちの前に引き出せ。」彼らはそのとおりにし、エルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの五人の王を洞穴から引き出した。五人の王がヨシュアの前に引き出されると、ヨシュアはイスラエルのすべての人々を呼び寄せ、彼らと共に戦った兵士の指揮官たちに、「ここに来て彼らの首を踏みつけよ」と命じた。彼らは来て、王たちの首を踏みつけた。ヨシュアは言った。「恐れてはならない。おののいてはならない。強く雄々しくあれ。あなたたちが戦う敵に対しては主はこのようになさるのである。」ヨシュアはその後、彼らを打ち殺し、五本の木にかけ、夕方までさらしておいた。
(ヨシュア記10章22〜26節)
ヨシュアは全イスラエルを率いてマケダからリブナへ向かい、これを攻撃した。主がこの町も王もイスラエルの手に渡されたので、剣を持って町を撃ち、その住民を一人も残さなかった。(中略)主がラキシュをイスラエルの手に渡されたので、二日目には占領し、剣を持って町の住民を全て撃ち、リブナと全く同じようにした。(中略)ヨシュアは全イスラエルを率いてラキシュから更にエグロンへ向かい、陣を敷いてこれと戦い、その日のうちに占領し、剣を持って町を撃ち、全住民をその日のうちに滅ぼし尽くし、ラキシュと同じようにした。(中略)ヨシュアはさらに、全イスラエルを率いてエグロンからヘブロンへ上り、これと戦って、占領し、剣をもって王と町全体を撃ち、全住民を一人も残さず、エグロンと同じようにした。かれはその町とその全住民を滅ぼし尽くした。(中略)ヨシュアは、山地、ネゲブ、シェフェラ、傾斜地を含む全域を征服し、その王たちを一人も残さず、息のある者をことごとく滅ぼし尽くした。イスラエルの神、主の命じられたとおりであった。(中略)ヨシュアがただの一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕えることが出来たのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである。(中略)これらの町々のぶんどり品と家畜はことごとく、イスラエルの人々が自分たちのために奪い取った。彼らはしかし、人間をことごとく剣にかけて撃って滅ぼし去り、息のある者は一人も残さなかった。主がそのしもべモーセに命じられたとおり、モーセはヨシュアに命じ、ヨシュアはそのとおりにした。主がモーセに命じられたことで行わなかったことは何一つなかった。
(ヨシュア記10章29節〜11章15節)
神はモーセとヨシュアに殺人と略奪を命令し、モーセとヨシュアがその命令に従順にしたがって、殺人と略奪をおこなったことが、ここには誇らしげに記録されています。これらの例は、キリスト教とユダヤ教の聖典であり、また「神の言葉」として現在も多くの信者に崇められている、「永遠のベストセラー」聖書の神の殺人命令のほんの一部にすぎません。
現代のクリスチャン
このような聖書における神の殺人命令は、現代のクリスチャンに少なからぬ困惑をもたらします。そこで、あるクリスチャンはつぎのような正当化を試みます。
モーゼの時代には、戦争をして相手を殺さねばイスラエル人が殺される状況だったのである。
このクリスチャンは聖書を自分の目で読まれたことがないのかもしれません。出エジプト記や申命記やヨシュア記や民数記を読めば明らかなように、そもそも、先住民カナンの人々の土地を、「神がわれわれの先祖にに与えると約束してくださった土地」などという手前勝手な理由で侵略したのは聖書の神の命令にしたがった「神の民、イスラエル」だったのであり、自己防衛を強いられたのはイスラエル人に侵略されたカナンの地の人々だったというのが、繰り返し繰り返し語られている聖書の記述だからです。
それに加えて、たとえば、つぎのような記述をみれば、聖書の神の殺人命令が自己防衛などではなかったことは、あまりにもあきらかと言わねばなりません。
モーセは、戦いを終えて帰還した軍の指揮官たち、千人隊長、百人隊長に向かって怒り、かれらにこう言った。「女たちを皆、生かしておいたのか。ペオルの事件は、この女たちがバラムにそそのかされ、イスラエルの人々をヤーヴェに背かせて引き起こしたもので、そのためにヤーヴェの共同体に災いが下ったではないか。直ちに、子供たちのうち、男の子は皆、殺せ。男と寝て男を知っている女も皆、殺せ。女のうち、まだ男と寝ず、男を知らない娘は、あなたたちのために生かしておくがよい。」
(民数記 31章14〜18節)
このペオルの事件というのは、モーセに率いられたイスラエル人たちがシティムという所に滞在していたとき、その土地のミディアン人の女性たちが、イスラエルの民たちを食事に招いて、その地方の宗教であったバアル神を拝む儀式に参加させたことに端を発しています。イスラエル人がこのようにして他宗教の神を拝んだので、聖書の神ヤーウェは怒り、モーセに対して、イスラエルの「民の長たちをことごとく捕らえ、主の御前で彼らを処刑にし、白日の下にさらしなさい」と命じ、モーセは裁判人に対して、「おのおの、自分の配下で、ペオルのバアルを慕ったものを殺しなさい」という厳しい粛正を命じのです。この粛正事件で、2万4千人のイスラエル人が処刑されたと記録されていますが、それが、ペオルの事件でした。(民数記25章)
このため、イスラエルの神ヤーヴェは、モーセに次のように命令します。「ミディアン人を襲い、彼らを撃ちなさい。彼らは、おまえたちを巧みに惑わして襲い、ペオルの事件を引き起こした」からだ。この神の命令に従って、モーセが、「あなたたちの中から、戦いのために人を出して武装させなさい。ミディアン人を襲い、ミディアン人に対してヤーヴェのために報復するのだ」(民数記31章1〜3節)、と命令して起きたのが、この戦争だったのです。
昔も今と同じように、軍隊というものは女や子供を殺すことには躊躇したのでしょうか、モーセの軍隊は女や子供は殺さないで帰ってきたのです。ところが、そのために、「女たちを皆、生かしておいたのか」とモーセは大変怒ったのです。それで、「男と寝ず、男を知らない女」は自分たちのために捕虜にし、他はすべて、女も子供も殺せ、と再命令したのでした。
そして、最後に分捕り品が山分けされます。
モーセと祭司エルアザルは主がモーセに命じられたとおりにした。分捕ったもの、すなわち兵士が略奪したものの残りは、羊六十七万五千匹、牛七万二千頭、ろば六万一千頭、人は、男と寝ず、男を知らない女が全部で三万二千人であった。戦いに出た者の分け前は、その半数であって、羊の数は三十三万七千五百匹、その羊のうち、主にささげる分は六百七十五匹、・・・人は一万六千人、そのうち主にささげる分は三十二人であった。・・・部隊の指揮官である千人隊長、百人隊長がモーセの前に進み出て、言った。「・・・わたしたちは、めいめいで手に入れた腕飾り、腕輪、指輪、耳輪、首飾りなど金の飾り物を捧げ物として主にささげ、主の御前に、わたしたち自身のあがないの儀式をしたいのです。」モーセと祭司エルアザルは、彼らから金の飾り物をすべて受け取った。それらはよく細工されたものであった。・・・モーセと祭司エルアザルは、千人隊長と百人隊長から金を受け取り、臨在の幕屋に携えて行って、主の御前に、イスラエルの人々のための記念とした。
(民数記31章31〜54節)
このような戦争は、生存のための自衛の戦争ではなく、宗教的情熱によって正当化された宗教戦争であり、強欲な略奪戦争としか考えられません。
キリスト教史
このように、キリスト教の聖典である聖書の神自身が殺人や戦争や略奪を命令するのですから、キリスト教史において、いかに殺人や戦争や侵略が宗教的に容易に正当化されてきたかを知っても、驚くには値しません。十字軍戦争はもとより、ローマ法皇が、当時の強国ポルトガルとスペインに対して世界を二分することを許したことはよく知られている事実です。南米大陸で、東側(ブラジル)がポルトガル言語圏となり、西側(ブラジル以外の国)がスペイン言語圏としておさまっているのは、そのためです。
また、北米大陸へ移住してきたピューリタンたちは、先住民たるアメリカン・インディアンたちを虐殺して、合衆国を建設してゆく過程のなかで、しばしば自分たちをモーセやヨシュアに率いられてカナンに侵入していったイスラエル人になぞらえて、自分たちをあたらしい神の選民「新イスラエル人」と自称して、新国家建設(先住民文明壊滅)にいそしんだのでした。
管理人注:今のアメリカ合衆国でインディアンに関連した州は以下の通りである。
ALABAMA 現地のアメリカインディアンの部族の名から
ARIZONA 現地のアメリカインディアン語で小さな泉の意
ARKANSAS 現地のアメリカインディアンの部族の名から
CONNECTICUT 現地のアメリカインディアン語で長い川の意
IDAHO 現地のアメリカインディアンの部族の名から
ILLINOIS 現地のアメリカインディアン語で人の意
IOWA 現地のアメリカインディアン部族の名から
INDIANA インディアンの土地の名
KANSAS 現地のアメリカインディアン部族の名から
KENTUCKY 現地のアメリカンインディアン語で平原の意
MASSACHUSETTS 現地のアメリカインディアン語で大きな丘の意
MICHIGAN 現地のアメリカインディアン語で大きな湖の意
MINNESOTA 現地のアメリカインディアン語で空色の川の意
MISSISSIPPI 現地のアメリカインディアン語で大きな川の意
MISSOURI 現地のアメリカインディアン語で大きなカヌーをもった人たちの意
NEBRASKA 現地のアメリカインディアン語で浅い川の意
OHIO 現地のアメリカインディアン語で素晴らしい川の意
OKLAHOMA 現地のアメリカインディアン語で赤い人々の意の部族の名から
OREGON 現地のアメリカインディアンの部族の名から
TENNESSEE 現地のアメリカインディアンの村の名から
TEXAS 現地のアメリカインディアン語でアパッチ族に対抗する名・同盟者
UTAH 現地のアメリカインディアン語で山の住民の意
主はわたしたちの神であり、主の民であるわたしたちのなかに臨在されることを喜ばれ、わたしたちの行く手に祝福を与えられるのだから、今まで以上にわたしたちは主の知恵と力と善と真理を見るであろう。わたしたちのうちの十人が、千人もの敵を相手にすることが出来るのを見るとき、また、わたしたちの植民地の成功を見て人々が「主よ、ニューイングランドのようにして下さい」と賛美と栄光を表白するようになるとき、わたしたちはイスラエルの神がわたしたちのなかに臨在されることを見いだすであろう。なぜなら、わたしたちは「丘の上の町」だからだ。全世界の人々の目がわたしたちに注がれていて、もし始められたこの仕事に関してわたしたちの神に不忠実であれば、神はわたしたちから去ってしまわれるのであり、わたしたちの物語は世界中に言葉によって知られるようになるからなのだ。
(ジョン・ウインスロップ、マサチューセッツ・ベイ植民地の初代総督)
わずか十人で千人の敵(先住民)をやっつけることができるとき、神が自分たちの中に臨済していることがわかるであろう、そこに、「主の知恵と力と善と真理」を見るであろう、というわけです。アメリカ合衆国の国造り(先住民文明壊滅)の始まりです。
キリスト教史における頻繁な宗教殺人や宗教戦争は、しばしば、「本来のキリスト教の教えに背いて行われた」などと、言い訳がなされますが、キリスト教の聖典である聖書の神自身が殺人や戦争を命令するのですから、それはおかしいと言うべきでしょう。キリスト教史における頻繁な宗教殺人や宗教戦争は、聖書の教えに背くどころか、むしろ聖書の教えに忠実であったがゆえになされたと考えられるからです。
[世界の悪は]、 我々が、それに全力で反対するよう、聖書と主イエスに命じられている。
(ロナルド・レーガン、米国大統領)
ベルゼブル
次の記事から大東社のフリーメーソンについて記事にしますが実はこのベルゼブブというのは七頭龍のことで33位階のグランドマスターがこの七頭龍と対峙し指示を仰ぐ構図がある。
原文・ルシファー研究室より
前200年頃『列王紀下』第23章(日本聖書協会訳『聖書』より)
さてアハジヤはサマリヤにある高殿のらんかんから落ちて病気になったので、使者をつかわし、「行ってエクロンの神バアル・ゼブブに、この病気がなおるかどうかを尋ねよと命じた。
アハジヤはイスラエルの王だったが、バアル信仰者だった。そのため、病気になった時にはバアル神に祈祷していたのである。しかし、エリヤはイスラエルの神をないがしろにしたため、寝台で必ず死ぬだろうと言われ、その通りに死んだ。「バアル・ゼブブ」は「館の主」という意味らしい。
70年『マルコによる福音書』第3章22(スカル&ボーンズに書かれた322と一致する)(日本聖書協会訳『新約聖書』より)
また、エルサレムから下ってきた律法学者たちも、「彼はベルゼブルにとりつかれている」と言い、「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ」とも言った。
これは『マタイによる福音書』及び『ルカによる福音書』、また『ニコデモ福音書』にも、同様の記事がある。この後、もちろんキリストはそんなわけないじゃんと反論している。興味深いのは「悪霊どものかしら」とされていることで、これを典拠にベルゼルブのヒエラルキーが地獄で1位、2位のクラスになったのかもしれない。
3世紀頃『The Testament of Solomon』(JD訳)
私が悪魔の王子に会った時、私は主なる神、天と地の創造者を讃美し、こう言った。「汝を祝福する、全能の主なる神よ、汝の僕たるソロモンに叡智を与えよ、智恵の査定官よ、かの悪魔のすべての力を服従させよ」そして、私は彼に質問した。「汝の名は?」 悪魔は答えた。「吾はベルゼバブ、悪魔の大守なり。 すべての悪魔の長官であり、彼らと親密にある。吾は各々の悪魔の出現を証明するものなり」そして彼は、契約によって、私にすべての悪霊を呼んでくると約束した。私は再び天と地の神を讃美し、感謝した。
ここではベルベバブは、ソロモンに悪魔たちを紹介する、悪魔紹介者みたいな存在となっている。この後、いろんな悪魔が次々と現れる。
425年『ニコデモ福音書』23章(ポ−ル・ケ−ラス『悪魔の歴史』より引用)
ベルゼブルめ、火とこらしめの世継ぎ、聖者達の敵であるお前が、そもそもどうして栄光の王を十字架につけ、ここに来させ、我々を降伏させるようなことを計画する必要があったのか。ふりむいてみろ。もうオレのところには死人は一人も残ってやしない。
これは栄光の王キリストが十字架で死んで冥府に下りて来た時に、ハデスがサタンに向けて言ったセリフなのだが、ここだけ「ベルゼブル」という呼びかけになっており、「ベルゼブル=サタン」とされていたことがわかる。ちなみにこのキリストの冥府下りは、講談社文芸文庫の『新約聖書外典』ではカットされていて、その部分はポ−ル・ケ−ラス『悪魔の歴史』で読める。教文館の『聖書外典偽典6』に全訳があり、確認したら、ほぼ同じ訳だった。
1307年ダンテ『神曲』地獄編第34歌(集英社文庫)
さて、かの地点、ベルゼブから遠ざかること、その墓の長さと同じほどの距離に、眼には見えねど、ささやかな流れの音でそれと知られる一箇所がある。
もしかすると『ニコデモ福音書』を典拠にしたのかもしれないが、それまでルチフェルと呼ばれていた魔王が、ここだけベルゼブになっている。
1486年シュプレンゲル&クラメル『Malleus Maleficarum』Question IV(JD訳)
彼はまたベルゼバブと呼ばれ、それは、蝿の王を意味する。すなわち、キリストの真の信仰を離れた罪人の魂のことだ。
これは日本では『魔女への鉄槌』と呼ばれる、魔女狩りテキスト。その中に悪魔に関する簡単な解説がある。蝿=罪人の魂と考えられていたらしい。
1612年セバスチャン・ミカエリス『驚嘆すべき物語』(ロッセル・ホープ・ロビンズ『悪魔学大全』より引用)
ベルゼブブは熾天使の君主で、ルシファーに次ぐ位にある。君主、すなわち天使の九つの軍団の長と言っても堕天したものである。
ミカエリスは17世紀のエクソシストで、マドレーヌ修道女に憑依した悪魔バルベリトから教わったとして、悪魔の階級を書き記した。この階級は、今日でもいたるところで引用されている。
1667年ミルトン『失楽園』第1巻(岩波文庫)
彼がなおも見わたすと、なんとすぐ横に浮き沈みつ漂っている者がいる。これこそ力においても罪においても彼の次の位する者、やがて後にパレスチナで名を馳せ、ベルゼバブと呼ばれた者であった。
注釈には、「作者はベルゼバブをサタンの分身のように見なしているらしい」とある。
1772年ジャック・カゾット『悪魔の恋』(国書刊行会)
あなたのお声は恋心を呼び起こすにふさわしいのに、あたしの臆病な心を脅かすためにしかお使いにならないのね。ねえ、あなた、もしできたら、こういってくださいな、でも、あたしがあなたのことを染々と思えるように、やさしく言ってくださるのよ、『僕の可愛いベエルゼビュート、僕は君を愛する』って。
カゾットのこの小説は、主人公が召喚した悪魔ベエルゼビュート(ラクダのような姿をしている)が、美少女ビヨンデッタに変身し、主人公はこの変身した悪魔と恋におちるという、アニメのネタになりそうな話である。引用した部分はベエルゼビュートたるビヨンデッタが主人公に言う、クライマックスのセリフで、この後オチへと続く。
1791年C.H.シュピース『侏儒ペーター』(幻想出版局『幻想文学36』より引用)
そして「ベルゼブル」と七回唱えた。すると実に見事な金糸の織物で仕立てた服を着て、宝石や真珠の飾りをつけた一人の男が彼の前に立った。脇に丸めた羊皮紙をかかえ、手にはペンを持っていた。部屋中に芳香がひろがった。
シュピースの小説でも同じく、主人公が召喚した悪魔として登場。こちらは高貴で紳士的な姿で現れている。
1812年コラン・ド・プランシー『地獄の事典』ベルゼビュートの項(講談社)
その名は「蝿の王」を意味するが、ボダンによれば、ベルゼビュートの宮殿には蝿など一匹もいないという。カナンの民が最も崇敬した神で、かれらはときに蝿の姿でこれを書くが、志高権力を示す属性を描き加えるのがふつうである。
『地獄の事典』にはベルゼビュートの挿絵があり、見事に巨大な蝿として描かれている。この強烈なイメージが一般的かもしれない。
エルサレムの神殿には、何百年にもわたって、神Elとこの女神アナテが祀られていた。アナテは「天界の女王」、アナト、 アシュラ、 マリ、ミリアムMiriamと、その名はいろいろであった 。アナテの至聖所ベテアナテについては、『ヨシュア記』第19章(38節)(管理人注:....以上がナフタリの人々の部族が氏族ごとに受け継いだ嗣業の土地であり,町村である)に言及されている。ヤコブの子孫の族長たちの中には、自分のことをアナテの息子だと称した者もいた。例えば、「牛のむちをもってペリシテびと六百人を殺した」(『士師記』第3章 31節)シャムガルがそうであった。シケリア島では、フェニキア人の居住地はアナテの名にちなんでマック・アナテと呼ばれた。ギリシア人はフェニキア人の居住地をパノルモスPanormos〔現在のパレルモ〕と呼んだ。全世界的な山の母親の意味である 。
アナテあるいはアナトAnatの太古の時代の供犠についての記述が、 ラム・シャムラの粘土板文書にある。アナテは、男性の精液ではなく、男性の血によって受胎した。それは、アナテ崇拝は遠く新石器時代にまでさかのぼるからである。当時は、生命を親から子に伝えることができるのは、血のみであると考えられていた。アナテへの生贄として多数の男性が殺されたと思われる。その祭儀のとき、アナテの神像はまるで顔料や紅で塗られたように真っ赤であった 。
「アナテは男性たちを強く打ち据えてはほくそ笑み、殺してはじっと見つめ、喜びのあまりにその肝臓も歓喜にうち震える……彼女はその兵士たちの血の中に腰をおろした。アナテはその聖所の中で男性を大量に殺しに殺し、卓の間で思う存分に切り裂いた」
エジプトでも同じような祭儀があり、巫女たちはその裾を高々とたくし上げて 雄牛神アピスApisの手足を切り裂いた。そこで巫女たちは アーピースから噴き出る血にその腰を浸し、そして受胎した 。
キリストの脇を突いた聖槍は二本あるという?トリノの聖骸布の記述もあるがこれは11世紀に作られた偽物であることがすでに実証されている。
〔エリヤまでの歴史とバアル信仰〕
原文:なぜヤハウエ神はバアル神信仰に怒ったのか。(つまりユダヤ教でもあるキリスト教は徹頭徹尾ヤハウエとカイサル信仰の呪縛から一歩も進歩していないという世界最大の悪書なわけです。そしてそこを神学者たちにつけ込まれ利用された。)
エリヤが登場するずーっと前、遊牧を中心に生活するアブラハム(Nr.14 アリアに「アブラハムの神、主よ」と出てきますね。)と親族一同がメソポタミアからやって来ました。神に示された定住の地がカナン(おおよそ今のイスラエルのあたり)です。彼の子孫はたくさんに増え、アブラハムはイスラエルの民の父と呼ばれるようになります。
アブラハムの曾孫の時代に広範囲な大飢饉があり、人々はエジプトへ移住しました。曾孫の一人ヨセフがある事情でエジプトの王ファラオに仕える大臣になっており、有能なので重用されていたのです。当初は何とか平和に暮らしていましたが、後にエジプトはイスラエル人を脅威と思うようになり、強制労働を課して虐待します。そこでエジプト生まれのイスラエル人モーセは、民を率いて神の約束の地カナンに向かいます。(古い映画「十戒」等で描かれる、海が分かれてモーセと民が渡っていく場面が有名ですね。紀元前13世紀頃?)
エジプトでの奴隷のような生活から逃れてカナンへ…… これをヤハウェの神が導いたと信じ、この出来事「出エジプト」を記憶することがその後のユダヤ教信仰の基礎ですが、死海とそこに流れ込むヨルダン川の西側を「神の約束の地」とすることが、20世紀のイスラエル建国また現在のパレスチナ紛争へとつながってもいるのです。
話が何千年も飛びました。昔に戻りましょう。
イスラエルの民がエジプトにいた数百年の間に、カナンには農耕を生活の中心とする別の民族「カナン人」が住みついていました。彼等は日本が昔そうだったように、領主と農耕民の社会、土地に根を下ろした階級社会です。遊牧生活から出発した、血縁関係を大事にするイスラエルの民の氏族的な平等社会とは全く違っています。従って信仰の対象もおのずと異なっていました。
バアルはそのカナン人の神です。シリア・パレスチナ地域で古くから崇拝され、嵐(雨)を司るとされました。(管理人注:キリスト教は,シリア社会に属していた人々を先祖とする民俗からきたものですから聖書ではそれを否定するのです)これらの乾燥地域では嵐は豊饒の兆しですから、バアルは乾期・雨期の自然のサイクルに従い恵みの雨をもたらす豊饒の神だったのです。(『エリヤ』で雨をもたらすのはどの神でしょう?)
カナンにやって来た遊牧民たちは僅かばかりの羊や山羊を連れて、カナン人が農耕生活をする町(集落)の周辺、いわば畑と砂漠の境界地域で暮らし始めます。紀元前12〜11世紀頃、生活がその地に定着すると、彼等も畑を耕すようになります。
年月が経つ間には平和的交流も武力衝突もあったことでしょう。ともかくカナンに定着した人々は徐々に増えてカナン人を押しのけまた融合していきましたが、遊牧から農耕に移っていくにつれ、ヤハウェ信仰から地元に根付いていた農耕に関わりの深いバアル神への信仰へ傾いていきます。
この頃の類型がこれです。
民衆がバアルを信仰する。
→ヤハウェの怒りが軍事的敗北という形で降りかかる。
→人々はヤハウェに助けを求める。
→ヤハウェ信仰にしっかり立つよう説く指導者(預言者)が現れる。
→敵を制圧しイスラエルに平和が訪れる。
→平和が続くとまたバアル信仰が起こる。
→……… これが延々と繰り返されます。
その後イスラエルの民は王を立ててひとつの王国となりますが、有名なソロモン王亡き後次の王の悪政によって対立する王が立ち、国は南のユダ王国と北のイスラエル王国に分裂してしまいます。この対立してイスラエル王国の王になったのがヤロブアムです。金の子牛の像を造って「これが神だ」と人々に拝ませ、異教の神殿を建て、人々がバアルやアシェラ(バアルの妻)の像を造ることを認めました。(Nr.23の歌詞に出てきます。)(モーセと共に働いた兄アロンも金の牛を造って神の怒りをかいました。シュナイト先生のお話に出てきましたね。)
『エリヤ』に登場するアハブはヤロブアムの6代後の王ですが、この間ずっと王たちはヤハウェ信仰に立つことはありませんでした。アハブ王と結婚したのがイゼベル、当時力があったフェニキヤ人の国の王女でバアルを信仰していました。外国人の妻なら宗教が異なるのも当然ですが、これが頑迷で悪辣な女で、多くのヤハウェの預言者を斬り殺したり、ナボトという人を無実の罪で殺させそのぶどう畑を奪ったりします。夫のアハブ王は軍事的には優秀でしたが妻に頭が上がりません。子供にはヤハウェ信仰に由来する名前を付けているのですが、一方で「エリヤがこんなことをしたぞ。(Nr.10〜16、19〜20の内容)」と全部イゼベルに話します。彼女は自分が信じるバアル信仰の預言者たちを何百人も殺されたと聞き、怒り狂ってエリヤを殺そうとします。(Nr.23)
どうも血なまぐさい話題が多くて困惑しますが、人間個々の尊厳より集団を優先させるのは古代社会の考え方とも言えます。しかし、現在でも国や集団の間の殺し合いは絶えません。それを止められないのが世界の現状です。
ヤハウェ信仰の人々にとって、自分が生きていること、イスラエル民族が様々な危機にもかかわらず民族として存続していることは、すべて神の恵みによるものであったのです。エリヤは人々にそれを思い出させようとしていたのだと思います。
現在のキリスト教の理解では、聖書の歴史は神の恵みと赦しの歴史です。アダムとエバ(イブ)の誕生の時から神は人を愛し続け人のために良かれと様々なことをしましたが、人は自分勝手に判断し、与えられた教えに背を向けることが多くありました。(これが聖書で言われ、宗教曲等にも出てくる「罪」です。警察のお世話になることばかりではありません!)そんな人間たちに怒ることがあっても決して見離さず常に共にいる、神をそんな存在と考えます。
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