2008/7/4
「イシュタルの名の女神」
キリスト教は,シリア社会に属していた人々を先祖とする民俗からきたものである。シリア世界の一半を形づくっていたイランは,ミトラ教を提供した。イシス崇拝は,エジプト世界の征服された北半分から来たものである。アナトリアの大母神キュペレの崇拝は,多分,当時,宗教を除く他のすべての社会的活動の面において,死滅してからすでに久しい時を経ていた,ヒッタイト(Hittite)社会からもたらされたものとみなされる〜〜〜もっとも,この大母神の究極の起源を探ってゆくと,アナトリアのペシヌス(ガラテア地方の都市)でキュペレとなり,ヒエラポリス(シリアの北部の町)でシリア女神De Dea Syraとなり,あるいはまた,遠く離れた北海やバルト海の聖なる島の森の中で,ゲルマン語を話す人々に崇拝される地母神となる以前に,元来シュメール世界においてイシュタルの名で知られていた女神であることが判明する。(Study of Historyサマヴェル縮小版より)キリスト教の開祖者はヘーゲルの祖ヘラクレイトス(Herakleitos)と断定していいだろう。そうだとすると神の意味は弁証法の複素数を理解しないと無理であろう。
イシュタルの門に見られる「16菊家紋」。この絵は修復されたものです。大英博物物館では片隅にレプリカが置いてあり17菊家紋となっている。アングロサクソンとしては日本の天皇家の紋章である16菊家紋が気に入らないようである。
イシュタルは次のように語った(原文)。「私は、豊かなる前兆を授けるべく、光に満ちた天界に出現する。私は、我が身の至高さに歓喜の念をいだきつつ、最高の女神として誇らかに歩を進める。私は夕べの女神イシュタル、私は暁の女神イシュタル、最高の統治者として天界の門を開くイシュタルである。至高の存在として、私は、天界を破壊し地上を荒廃させる力を持つ。天と地の祈りに応え、私は天界の蒼穹に光輝あふれる最高者として、私は山をもなぎ倒す。最高の統治者として私は、山岳の大岩壁であり、山岳の大いなる土台である」。
「女王の中の女王、女神の中の女神、あらゆる年の女王にしてすべての人間の支配者であるイシュタルよ、私は御身に祈りを捧げ奉る。御身は世界の光であり、天界の光である。……女神イシュタルよ、御身の力は最高であり、御身はすべての神々よりも優れている。御身は判定をくだし、その判定は公正である。地上の法律、天界の掟、神殿や礼拝堂の規則、私室や秘密の小部屋の決まりにいたるまで、すべてが御身の支配下にある。御身の名が知られていない地域や、御身の戒律が知られていない場所がどこにあろうか。御身の名を聞くとき、天地は震え、神々を恐れをなす。天界の精霊たちは御身の名を聞いて恐れおののき、人間たちは御身の名に畏敬の念をいだいている。偉大にして、高貴なる御方よ。すべてのシュメールの民、すべての生き物、すべての人間が、こぞって御身の名をたたえる。御身こそが、人間の行為を公正に裁いてくださる御方である。御身は抑圧されている者たちにも目を向けられ、虐げられている者たちに日々正義をもたらしたもう。『天と地の女王』よ、青白き顔をした人間たちの『女守護者』よ、いつまで、一体いつまで、御身の到着は遅れたもうや。疲れを知らぬ足と、急ぐことのできる膝を持つ女王よ、いかほど遅れたもうや。『万軍の女王』よ、『戦いの女神』よ、いつ現れたもうや。天界の精霊たちがことごとく恐れをなし、すべての怒れる神々を服従させ、栄光に満ちあふれる御方よ。御身は支配者よりも力強く、すべての王たちを統率したもう。すべての女たちの子宮を開きたもう御方よ、御身の光は偉大である。天界の輝く光、地上の光、人の住むあらゆる場所に光をもたらしたもう御方よ、御身は数多くの国民をひとつにまとめたもう。男たちの女神にして、女たちの神であられる御方よ、御身の意図は人間には計り知れない。御身は一瞥を与えられるとき、死者は甦り、病める者も起きあがって歩き出す。心に悩みを持つ者も、御身の尊顔を排するとき、悩みが癒える。女主人よ、我が敵はいつまで我らに勝利し続けるや。命令を発したまえ。御身の命により、怒れる神は退き行かん。偉大なるかなイシュタル! イシュタルは女王なり! 我が女主人は位高く、我が女主人は女王なり!」
アッカドの資料によると、イシュタルは、中東の各地においてデア・シリア(Dea Syra)、 アスタルテ、 キュベレ、 アプロディテ、 コレ、 マリなどの名で崇拝されていた例の太女神であったことがわかる。
GODDESS ISHTAR,女王の中の女王イシュタル神
「女神たちの中で最も畏怖すべき神であるイシュタルをたたえよ。女たちの女王であり、最も偉大なる神であるイシュタルを敬え。イシュタルは喜びと愛を賦与されており、活力・魅力・官能美をそなえている。彼女の唇は甘く、彼女の口は生き生きとしている。彼女の出現により歓喜が満ちる。彼女は栄光に包まれている。……あらゆるものの運命を彼女はその手に握っている。……イシュタル、この女神の偉大さに匹敵しうる者がいるだろうか。彼女の神意は、力強く高貴で雄大である。イシュタル、神々の中でその地位はずば抜けて高く、彼女の言葉は尊ばれている。彼女は至高の神であり、神々の女王である。神々に彼女の命令を常に実現させ、すべての神々が彼女に頭を垂れる」
ロックフェラーセンター前にプロメテウス(Prometheus=先に知る者)像がある。その56階にはロスチャイルドの隠し玉クーン・ロエブ商会がロックフェラーの全ての財産管理をしていることは意外に知られていない。プロメテウスが「先に知る者」ならエピメテウスは「後で知る者」である。我々凡人はいつもエピメテウスであっても,ホメロス(Homer)のILIAD(イリアス)は長文でうっとうしいが,ヘシオドスの神統記は簡潔で分かりやすい。

ロックフェラーセンタービルの前の「プロメテウス像」
人間の誕生
(1)ゼウスは,プロメテウスに地上の生物を作る仕事を命じた。プロメテウスはティタン族のイアぺトスの子供だが,ゼウスの味方をして,ヘカトンケイルを助け出してきて,ティタン族と戦い,勝利に導いたのだった。
(2)プロメテウスは弟エピメテウスと協力して大地の土を水で練って,鳥と魚と獣を作った。最後に人間を神々の姿に似せて作られた。(注:これが創世記神話アダムとイブの原点である)
贈り物(火と技術と女)
(1)形が決まるとエピメテウスが必要な能力を与えた。鳥には羽を,魚にはウロコやヒレを,獣には鋭い爪や素早い足,厚い毛皮などを与えた。気がつくと,人間には与えるものが何もなくなっていた。そこでプロメテウスは,枝を持って天に昇り,こっそり太陽から火を盗んできて,人間達に与えた。
(2)ゼウスは,人間達には男性しかいなかったので,パンドラという美しい女性を与えた。実はこれは火を盗んだ罪と戒めのためだった。鍛冶仕事の神へパイストスに命じて粘土と水から人形を作らせ,それに声と力を吹き込み,女神の美しい顔と乙女の姿に似せ,ヴェールと金の冠をかぶせ,艶やかさと,狡猾さと弱い心を吹き込み,ヘルメスに命じてエピメテウスのところに届けさせた。これが人類最初の女性だった。兄の忠告に従わずに,エピメテウスはパンドラ(あらゆる贈り物)を妻とした。パンドラは神々からの贈り物を詰めた箱(壷)を渡されていたが,決して開けてはならないと戒められていた。しかしパンドラは,好奇心に負けて開けてしまった。すると中から黒い煙が沸きあがり,悲しみ,病気,喧嘩,苦悩など,無数の不幸や哀しみがあふれ出して,人間界に散らばってしまった。慌てて蓋を閉めたのだが,すでに遅かった。しかし最後に,箱(壷)の底には希望だけが残っていた。(しかしそれは盲目の希望であった)
ヘシオドス「神統記」による,人間達の5つの世代
1.黄金の時代ー真実と正義が尊ばれた,罪悪のない幸福な時代。法も審判官もなかったが,不正を働く者はいなかった。常春の世で,穀物に満ちていた。
2.銀の時代ー少し劣った人間達の時代。四季ができて,住居が必要となる。生活がすこししにくくなる。
3.銅の時代ー気性の荒い時代。人間が武器を持って戦いを始める。
4.英雄の時代ー人間が私有財産を持ち始めた時代。お互いを信じ,愛し合うことができなくなる。
5.大洪水ー劣悪になっていく人間の姿を見ていたゼウスは,人間を滅ぼすことを決心した。(注:これがノアの箱舟の原点であり,ギルガメシュ叙事詩に引き継がれていく)
6.鉄の時代ー大洪水で生き延びた一組の男女が,人類の再生を果たす。現在の私達はこの時代の人間に始まると言われている。(注:それがノアの息子セム,ハム,ヤペテである。
大洪水と新しい世界
(1)罪悪もなく人間が幸せに過ごしていた黄金時代から,徐々に人間達が劣悪になって行く様子を天からみていたゼウスは,大雨を降らせて大地を覆ってしまおうと決心した。空は黒雲に覆われ,滝のような雨が降り始め,9日9夜,大雨が降り続き,パルナッソス山の山頂をわずか残して世界は水没した。
(2)10日目の朝,一組の男女の入った箱がパルナッソスの山頂に流れ着いた。プロメテウスの息子のデウカリオンと,エピメテウスとパンドラの娘のピュラだった。プロメテウスは洪水の前に,息子に箱を作らせておいたのだった。
(3)全く生命がいなくなってしまったので,デウカリオンがゼウスに祈ると,「母の骨を後ろに投げろ」と言われたので,大地ガイアの石を肩越しに後ろへ投げると,デウカリオンの投げた石は男の姿になり,ピュラの投げた石は女の姿に変わった。こうして再び人間がこの世界に誕生した。
(4)デウカリオンとピュラは息子をもうけ,その名前はヘレンといった。このヘレンがギリシャ人の伝説的祖先で,ギリシャ人たちは,彼の名を取って,自分達を「ヘレネス」と呼んだ。
(5)ヘレンは3人の息子(ドロス・クストス・アイオロス)をもうけ,のちに彼らに土地を分け与えた。これが,ドーリア人,イオニア人,アイオリス人の祖先と呼ばれる。
プロメテウスの苦難
(1)プロメテウスは,人類に,火を与え,家を建てる技術や,気象を観測する術,数を数える術,文字を書く術,野獣を飼いならす術,船を造り海を渡る術などを授けた。
(2)ゼウスは,プロメテウスが予言を教えなかったので,懲らしめのために,コーカサスの山に鎖で縛りつけさせ,一羽のオオワシを遣わして,彼の肝臓をついばませた。何百年も苦行が続いたあと,ゼウスの息子ヘラクレスが,オオワシを射落とし,プロメテウスの鎖を解いた。
4万9千年前,エンキは,アヌンナキと人類との雑婚によって生まれた「半神半人」をシュルパックの総督に任命した。アヌンナキと人類の雑婚を「堕落」と考えていたエンリルは「半神半人」の増加を懸念し,密かに人類の絶滅計画を画策した。想像力豊かに知的空間を彷徨えば,エンキをゼウス,エンリルをプロメテウスと考えればロックフェラーセンター前のプロメテウス像の意味がわかる。それは「わたしは人を創造したが,これを地上から拭い去ろう。人だけでなく,家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する」<創世記第6章7節>からも伺い知ることができる。

最近ギリシャ悲劇詩「アイキュロス」を読んだ。その中にプロメテウスの独り言がある。「私にとってゼウスなんかは,ふん,眼中にない。勝手にさせておけばよいし,威張らせておけば,棺おけに片足を突っ込んだ身ゆえ,そう長くはないであろうし,好きなようにさせておけ」と。
誤解されることを承知で言えば,ゼウスはヤハウエでプロメテウスはダヴィデといえなくもない。あるいはその逆でもあろうか。そう言えば,「パンドラの箱」はゼウスの仕業でもあり,希望というものを底に仕掛けたのはプロメテウスである。その希望が「盲目の希望であった」ところにミソがあって面白いといえば面白いし,下らないといえば下らない。。困ってしまうくらい面白いのだ。これらの物語に黄金の林檎も登場するが,西の楽園ヘスペリデスの園にも通じてくる。
プロメテウスが人間と神々(アヌンナキ)との間で獣の生贄儀式を行った際,一方は骨,もう一方は肝臓などを獣の皮で包み,ゼウスに選ばせたところ骨を選んでしまった。ゼウスの思惑に反して,人間の骨格が完成してしまった。半神半人を造ろうとしていたゼウスの怒りを買ってしまった。ゼウスはある時,ポセイドンと共に海の女神テティスにプロポーズをしていたが,プロメテウスの預言により彼女を諦めた。その預言とは,ゼウスとテティスの間にもし子が生まれるならば,その子はゼウスをしのぐ存在になるであろう,と。ゼウスはポセイドン経由で預言を伝えたプロメテウスに腹を立てたんでしょうね。

絵はゼウス
ゼウスはもともと父クロノスを殺害し王位についていたが,一方ポセイドンはカルカスという預言者の姿になり,ギリシャ軍勢を励まし応援した結果,トロイ軍を追い払うことができた。この辺のいきさつは辻邦夫(故人)の「ポセイドン仮面祭り」に間接的に書かれている。結局海の女神テティスから生まれる子は父よりも強くなるというプロメテウスの預言により,ゼウスは求婚を諦めた。ギリシャ悲劇詩には縛られたプロメテウスの姿が登場する。大鷲が肝臓を食べるシーンもある。このオオワシは須弥山(チベット語でカンリンボチェ=SUMERU=シュメール)の頂上に聳え立つ長さ数百キロの怪鳥でもある。鳥葬シャーマニズムとギリシャ神話がどちらが古いかは議論の分かれるところであるが,肝臓を食べさせたところは,ゼウスがプロメテウスの預言に腹を立てていたことに由来する。
しかし,ゼウスとアルクメネとの間に出来た子は,ヘラクレスであった。そのヘラクレスがなぜプロメテウスの鎖を解いたのかは,助言を求めてのことであった。それはヘスペリデスの黄金の林檎も絡んでくる。
ヘラクレスは半神半人でオリュンポスの神となったが,オリンピアンズ(300人委員会)の原型でもある。
ゼウスが造りたかった人頭牛身のエンキドウのような半神半人は,ギルガメシュ叙事詩イシュタルの冥界下りによると,<叙事詩>の本筋は半神半人の英雄ギルガメシュの物語で,半神半人と言われながら実に人間的でもあったわけでヘラクレスは人間的でもあったのであろう。
アナトリア半島
アナトリア半島アナトリア(ギリシア語 Ανατολή, トルコ語 Anadol)半島は、小アジア(半島)(Μικρά Ασία)とも言い、西アジアの一部で、現在トルコ共和国領土のアジア部分を構成している。
[編集] 文明の発祥地
アジアとヨーロッパを繋ぐ戦略的に重要な地点に位置するため、アナトリア半島は先史時代からいくつかの文明の発祥地となり、人類最古の定住遺跡と言われるチャタル・ヒュユクなどの数多くの遺跡が発見されている。
古くは単に「アジア」と呼ばれていたが、アジアはさらに東方に広大であることがわかり、「小アジア」と区別されるようになった。アナトリアの名称はビザンティン皇帝コンスタンティノス7世の時代、エーゲ海に面した西岸地方に軍管区(テマ)を置き、「アナトリコン」(ギリシャ語で日出る処の意)と名付けたことに由来する。

Hittite Soldiers
[編集] 主要な諸文明
アナトリア半島に存在した主要な諸文明には以下が挙げられる。
ヒッタイト
ウラルトゥ
フリュギア
リディア
古代ギリシア
マケドニア王国
セレウコス朝シリア
アッタロス朝ペルガモン王国
ポントス王国
大アルメニア王国
ローマ帝国
東ローマ帝国
ニカイア帝国
トレビゾンド帝国
小アルメニア王国(キリキア・アルメニア王国) en:Lesser Armenia
セルジューク朝
ルーム・セルジューク朝
オスマン帝国
[編集] 関連項目
アナトリアの歴史
トルコの歴史
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マンビジ
マンビジ(ローマ字表記:Manbij、アラビア語: منبج )は、シリア(シリア・アラブ共和国)北西部の都市で、ハラブ県(県都アレッポ)に属する。古代の名はヒエラポリス・バンビュケ(Hierapolis Bambyce)。
現在のマンビジの町の建設は19世紀に遡る。露土戦争の直後の1879年、現在のブルガリアのヴィディンからオスマン帝国に逃げてきた人々がこの地に街を建設した。多くの遺物が発掘されたため住民は近隣のアレッポやアインタブ(現在のガズィアンテプ)の町のバザールで売っていた。
古代のマンビジはギリシャ語ではバンビュケ(Bambyce)の名で登場するが、大プリニウス(v. 23)はそのシリア語名をマボグ(Mabog, または Mabbog, Mabbogh)と述べている。もとは古代アルメニア王国のコンマゲネ地方の聖地だと考えられるが、歴史記録への最初の登場はセレウコス朝時代であり、首都アンティオキアとチグリス河畔のセレウキアを結ぶ国道上にある拠点であった。またシリア地方の女神アタルガティス(Atargatis、ギリシャ人は縮めてデルケトー Derketoと呼んだ)の祭祀の中心であり、ギリシャ人はこの都市を「聖地の都市」(レロポリス、Ιεροπολις、Ieropolis)または「聖なる都市」(レラポリス、Ιεραπολις、Ierapolis)と呼んだ。アタルガティスの神殿は、紀元前53年、パルティアとの戦いに赴くローマのマルクス・リキニウス・クラッススにより略奪された。
アタルガティス神への信仰は、コンマゲネの住民であるルキアノスによるものとされる有名な小冊子『シリア女神について』(De Dea Syria) に登場する。この文章では神殿での崇拝や飲めや歌えの大騒ぎぶり、アタルガティス神の聖なる魚が泳ぐ水槽について詳述されている。『シリア女神について』によれば神殿では男根崇拝がされており、信者達は木や青銅でできた小さな男性像を捧げている。大きな男根が神殿の前にオベリスクのようにそそり立ち(管理人注:カトリック教会では男女の性器をシンボル化したヘラシー思想がある)、年に一度はよじ登る儀式が行われる。神殿には神官しか立ち入れない聖なる部屋があり、その前には青銅の大きな祭壇が立ち奥に神像群がある。その前庭には犠牲に捧げられる動物や鳥達がいる。神殿には300人ほどの神官が仕え、その他大勢の人が奉仕している。聖域の中央には大きな池があり、信者達は中へ泳いで水の中に立つ祭壇を飾り付けるのが習慣となっている。境内では自傷行為やその他の乱痴気騒ぎが行われる。また街に入ったり神殿を最初に訪れる際には複雑な儀式があるとされる。
3世紀、バンビュケはユーフラテス川地方の中心都市でシリアの大都市のひとつだった。プロコピオスは、この街を世界のこの部分では最大であると述べている。しかし4世紀に皇帝ユリアヌスがサーサーン朝との戦いのために兵を集め、陣中で没した頃には零落した都市となっている。東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス1世はこの都市をサーサーン朝のホスロー1世から守ることができず、ホスロー1世はバンビュケを人質にして要求をした。8世紀後半、アッバース朝のハールーン・アッ=ラシードは街を修復し、以後東ローマ・アラブ・テュルクがこの街を巡ってあい争った。12世紀、十字軍がセルジューク朝からマンビジを奪ったが、サラーフ・アッディーンが1175年に奪回した。後に中東へ侵入したモンゴル帝国のフレグがマンビジに司令部を置いたが、この際に廃墟となり以後長らく再建されなかった。
マンビジの遺跡は広範囲にわたるが、ムスリムの時代まで残っていた街であるため、市壁などの廃墟の多くはアラブ人が作ったものであり、往年の大神殿などは残っていない。古代の遺跡のうち最も有名なものは聖なる湖の跡で、階段状の岸壁や水中にあった段などが残っている。バンビュケでの貨幣鋳造は紀元前4世紀に始まり、アラム語が書かれ、王冠をかぶった女神の胸像や獅子に乗る女神像があしらわれている。ローマ帝国時代も女神が貨幣に彫られていた。またバンビュケ周辺ではローマ時代から多くの絹が作られていた。
この記述には、パブリックドメインの百科事典『ブリタニカ百科事典第11版』本文を含む。
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ヘラクレイトス
ラファエロ作『アテナイの学堂』に見るヘラクレイトス・中央の階段左付近で考え事をしている。ただ人物のモデルは、ミケランジェロといわれている。ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。
目次 [非表示]
1 生涯
2 著作
3 思想
4 言葉
5 参考文献
6 外部リンク
[編集] 生涯
エペソスで生まれた。王族の家系に生まれたという説があるが詳細は不明である。父はプロソンまたはヘラコンという。ヘラクレイトスがエペソスの貴族階級に属したことはおそらく間違いがない。政治に関しては民主制を軽蔑し、貴族制の立場を取った。誇り高い性格の持ち主で、友人のヘルモドロスがエペソスの民衆により追放されたことに怒り、政治から手を引いた。ディオゲネス・ラエルティオスによれば、のちにエペソスの人は国法の制定をヘラクレイトスに委託したが、ヘラクレイトスは友人を追放したエペソスの国制を悪しきものとみて、かかわることを拒否した。そしてアルテミス神殿に退いて子どもたちとサイコロ遊びに興じたため、人々が不審に思い理由を尋ねると「おまえたちと政治に携わるより、このほうがましだ」と答えたという。水腫に係り、医者に見せることを拒んで、自分で治療を試みたが死んだと伝えられる。
[編集] 著作
著書といわれる『自然について』は現存せず、引用によってのみ断片が伝わる。この書は『万有について』『政治について』『神学について』の三書を総合したものであるともいわれる。
[編集] 思想
アナクシマンドロスから対立と変化、ピュタゴラスからは調和の考えを受け継いだ(ピュタゴラスに対しては、しかし、いかさま師であると述べている)。
万物は流転していると考え、自然界は絶えず変化していると考えた。しかし一方で、その背後に変化しないもの、ロゴスを見ている。ヘラクレイトスはまたロゴスは火であるといった。変化と闘争を万物の根源とし、火をその象徴としたのである。燃焼は絶えざる変化であるが、常に一定量の油が消費され、一定の明るさを保ち、一定量の煤がたまるなど、変化と保存が同時進行する姿を示している。そしてこの火が万物のアルケーであり、水や他の物質は火から生ずると述べられる。ただし、これらの考え方におけるアルケーの概念は、「万物のアルケーは水である」としたタレスなどのそれとは異なっている。この「生成」の思想は、パルメニデスの「存在」の思想としばしば対立するものとして見られてきた。もっとも、井筒俊彦によれば、実際には同じ事柄(形而上学における根源的な部分)を異なる面から述べているにすぎないという(『井筒俊彦全集1 神秘哲学』参照)。ヘラクレイトスの言葉としては、プラトンが引用している「万物は流転する」(Παντα ρει., Panta rhei.)がもっともよく知られているが、実際のヘラクレイトスの著作断片にこの言葉はなく(あるいは失われ)、後世の人が作った言葉であるともいわれる。「同じ河に二度入ることはできない」などの表現にその意味合いが含まれていると思われる(疑義もある)。また、「万物は一である」とも「一から万物が生まれる」とも述べ、哲学史上初めて、「根源的な一者」と「多くの表面的なもの」との関連を打ち出した人物としても注目されている。
その著作の難解さと厭世観から「暗い哲学者」、あるいは、「泣く哲学者」と呼ばれる。また、ヘーゲルなどの思想の源流として、弁証法の始まりを担う人としても考えられている。
[編集] 言葉
ロゴスはこのようなものとしてあるが、人間はそれを理解しない。(断片1)
互いに異なるものからもっとも美しいものが生じる。万物は争いより生じる。(断片8)
博識は分別を教えない。(断片40)
火は土の死により、空気は火の死により、水は空気の死により、土は水の死による。(断片76)
大多数は悪党であり、すぐれたものは少数。(断片104)
自然は隠れることをこのむ。(断片123)
万事に渡り、運命による定めがある。(断片136) 上記はディールス=クランツ『ソクラテス以前の哲学者断片集』「ヘラクレイトス B」1951年による。
[編集] 参考文献
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝(下)』岩波文庫(岩波書店) ISBN 4003366336
[編集] 外部リンク
(百科事典)「Heraclitus」 - インターネット哲学百科事典にある「ヘラクレイトス」についての項目。(英語)
(百科事典)「Heraclitus」 - スタンフォード哲学百科事典にある「ヘラクレイトス」についての項目。(英語)
[隠す]表・話・編・歴ソクラテス以前の哲学者
ミレトス学派 タレス - アナクシマンドロス - アナクシメネス
ピュタゴラス教団 ピュタゴラス - アルクマイオン - フィロラオス - アルキタス - ティメオ - ヘラクレイトス
エレア派 クセノパネス - パルメニデス - ゼノン - アナクサゴラス - エンペドクレス
原子論 レウキッポス - デモクリトス
ソフィスト プロタゴラス - ゴルギアス - プロディコス - ヒッピアス
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9" より作成
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