2008/7/1
「まだ一周リードしている その2」
フランスの高等教育におけるエリートの養成
名門グラン・ゼコールの社会的役割
原文
リセ(アンリ四世校)で講義するアラン。リセとはグランゼコールへ入るための予備校である。「私がそこで見いだすことを,プラトンがすでに充分考えていたとしても、それが何だろう,私がそこで見いだすことが,何事かを理解するための助けとなるのであれば」
目 次
序論…1
第一章 フランスの高等教育を支える二つの教育機関
――大学とグラン・ゼコール…3
1.1.フランス高等教育の仕組み…3
1.2.グラン・ゼコールの定義....3
1.3.グラン・ゼコールと大学の比較…3
1.3.1.創設…………3
1.3.2.学校数と学生数…………4
1.3.3.入学選抜…………5
1.3.4.教育内容、方法の違い…6
1.3.5.設置形態…………6
1.3.6.学位、免状………7
1.3.7.学生納付金……8
第二章 理工科学校、高等師範学校と国立行政学院………9
2.1.理工科学校....9
2.2.高等師範学校…………10
2.3.国立行政学院…………12
第三章 名門グラン・ゼコールへの道……15
3.1.中等教育………15
3.2.準備級…………17
3.2.1.細分化されたクラス…17
3.2.2.入学選抜……19
3.2.3.教育内容……19
第四章 フランス学歴社会の階層性と選別性…21
4.1.準備級の階層性………21
4.2.名門グラン・ゼコールの階層性………22
4.3.隠された選別過程…25
4.4.移動と社会的地位の上昇…26
第五章 名門グラン・ゼコールにおける国家エリートの養成…28
5.1.グラン・ゼコールの創設する目的………28
5.2.名門グラン・ゼコールにおける国家エリートの養成…28
5.2.1.エリートの定義…………28
5.2.2.国家エリート養成の特徴……29
5.2.3.人材評価の尺度…………31
第六章 フランス高等教育におけるエリート主義と平等....33
6.1.資本主義社会を再生産のため………………33
6.2.エリート高等教育の必要性と合理性……35
6.3.フランスのエリート高等教育形態の安定性と見直す必要....37
結論…………39
参考文献…………………………41
序論
フランスの高等教育制度は大きく分けると、大学とグラン・ゼコールとの二重構造となっている。現代フランス社会リードしているのは有名な大学の出身者ではなく、名門なグラン・ゼコールの出身者であることは事実である。フランスのエリート養成の特徴は、教育資格とエリートの地位が緊密に結びついており、特定の教育を受けた者が、排他的に特定の地位を独占するところである。国家官僚の頂点に位置するのは、技術コールにあっては、1794年に設立されたグラント・エコールの理工科学校(ポリテクニック)卒業者によって、行政コールにあっては、1945年に設立されたグラント・エコールの国立行政学院(エナ)卒業者によって、制度的かつ事実的に独占されている。国家の利益と結びつきの大企業では、グラン・コールからの「天下り」によって経営幹部が補充されることが多く、他の大企業幹部も、パリ高等商業専門学校に代表される経営・商業系グラン・ゼコールの卒業者や理工科学校、中央工学校(サントラル・パリ)などの技術グラン・ゼコールの卒業者から、多く補充されている。研究や教育の領域において、理工科学校と同じ時期で設立されたグラン・ゼコールの高等師範学校はエリート的な地位を占めている。
これらの名門グラン・ゼコールは、医学や法学といった領域を除いて、超エリート的な地位に直接結びつかない大学とはっきり区別される。国家エリートが輩出する名門グラン・ゼコールに対して、「無償」文化の伝達や創造を理念としたフランス近代大学は、神学を中心として発展してきた起源で、理論面に重さをおき,実用的,実際的側面を軽視していて,実際,理工学あるいは経営学・商学などは実学として長い間退けられ,その必要性を認識しても,大学の外に設けられた技術短期大学部(IUT)や職業教育センター(IUP)で傍系的に教授されるにすぎなかった。フランスの近代大学は社会的需要に対応したグラン・ゼコールを外部に持つことによって、社会的エリート養成に関して、常にその後塵を拝さなければならなかった。現実に、フランスでは大学の卒業生には高級官僚への道がほぼ閉ざされている。
このフランス高等教育の二重構造は、教育システム全体に深い影響を与えている。中等教育から、名門グラン・ゼコールが導く希少な地位を巡る競争は、教育システムのさまざまな段階で細分化され、作り出されている。グラン・ゼコールへの入学は、大学と異なり、それぞれの学校で学力試験(コンクール)を行うだけでなく、バカロレアをトップクラスな成績を収めた上で、2、3年間のリセ準備級で受験に向けた教育を前提とする。これだけではなく、中等教育でどの課程やクラス、あるいは、どのリセをどの程度の成績で通過したかが問題とされる。これらの細分化された選抜によって、多くの生徒がグラン・ゼコールの入り口までにあらかじめ排除された。準備級に勝ち残った一部の生徒であっても、名門グラン・ゼコールのコンクールに向けた激しい競争が、そしてグラン・ゼコールにおいてさえ、その後の進路を巡る競争が待ちうけている。というのも、名門グラン・ゼコールでの卒業成績が、生徒たちの人生を大きく左右する。このようなエリートになるための競争は長期にわたって継続することも、フランスのエリート養成の特徴である。
こうした厳しい競争システムから、抜き出した生徒たちの社会的選抜性は非常に高いことも注目したい。近代の教育階層体系はどのように機能しているのか、フランスの社会学者ピエール・プールデユーは、階層構造はいまや経済資本より文化資本に依存しており、この文化資本は親から子どもに継承される、という考えを提起している。したがって、より多くの人間を入学させるために高等教育制度をどれほど拡大したところで、これまでの階級関係はそのまま継続し、階層構造は再生産されるだけである。名門グラン・ゼコールは階級社会のフランスの上流階層に、階級維持する手段として利用されていることも明確的である。
このようなエリート養成のシステムは、一面ではフランス社会に優れた知的能力を身につけたリーダー層を作り出した、そして、これらの選抜されたエリートたちはフランス社会の発展に果たしてきた貢献が大きかったことも事実であろう。
今日、高等教育の大衆化が進む中で、エリート養成としての高等教育をいかに再構築するか、欧米各国はそれぞれ固有な政治的・社会的・文化的な風土にふさわしい教育システムの改革が模索されている。フランスの憲法など理念上の“平等”をうたっている社会において、名門グラン・ゼコールのような超エリート教育が存在し、ある程度国民に容認され,認められている。しかし、大学の大衆化そしてユニバーサル化が必至の状況下にあって、国家エリート養成を担ってきた名門グラン・ゼコールの存在価値について、あらためて問う必要があろう。そのための基本的な視点として、この論文はエリート主義のグラン・ゼコールと平等主義の大学との異なる角度からの比較、中等教育から用意された重層選抜の教育システムに対する考査、名門グラン・ゼコールの階層性、選抜性に対する分析、フランスのエリート教育の相位についての思考などに通じて、名門グラン・ゼコールによるエリート養成がなにゆえ生まれてきて、現代フランス社会にどんな役割を果たしているのか、現代フランスの高等教育制度におけるエリート主義と平等主義はどう理解すればよいのかを検討したい。そして最後に、新自由主義の21世紀に、フランスの特殊なエリート教育機関――名門グラン・ゼコールの行方を探りたい。
第一章 フランスの高等教育を支える二つの教育機関――大学とグラン・ゼコール
1.1.フランス高等教育の仕組み
フランスの高等教育は多種多様な機関において行われている。大学をはじめ、官界、企業の幹部や高級技術者などを養成するグラン・ゼコール、その入学準備教育を行うグラン・ゼコール準備級、中等技術者を養成する技術短期大学部、及び上級テクニシャン養成課程である。フランスの教育制度は平等主義理論に基づく大学とエリート主義を体現するグラン・ゼコール、この相互対照的な二つの柱によって支えられている。
1.2.グラン・ゼコールの定義
グラン・ゼコールという言葉は法律上厳密な定義を持っていない。日本語で直訳すれば、“専門学校”ということができるが、日本の専門学校とは違って、グラン・ゼコールは“一般大学”より“優れた大学”、あるいは“優れた専門大学”という価値判断を明確に持っている高等教育機関である。
だが、グラン・ゼコールが使われていた範囲の違いによって、“広義のグラン・ゼコール”と“狭義のグラン・ゼコール”を二つに分別できる[1]。バカロレア取得者が入学試験に合格して入学を許可される高等教育機関は“広義のグラン・ゼコール”という、現在,フランスでは、その数は約698[2]にもある。産業・技術的要請に応える専門教育という点では共通でも、その内容と社会的威信は大きく異なり、大学をはさんで分極化しているのがグラン・ゼコール全体の動向である。入試方法も多様である。グラン・ゼコール自体がエリート主義と高等教育の大衆化という二つの極にゆれていることも見られる。
その中に社会的エリートを輩出する名門グラン・ゼコールはごく少数で、これらの学校は“狭義のグラン・ゼコール”といわれる。本文の研究対象はこの“狭義のグラン・ゼコール”で、“名門グラン・ゼコール”と呼ばれるフランス特有な高等教育機関である。
狭義のグラン・ゼコールとしては、理科では、理工科学校(École polytechnique)、国立道路・橋梁学校(École national des ponts et chaussées)、国立パリ鉱山学校(École national supérieure de mines de Paris)、などがある。文科系では、高等師範学校(École normale supérieure)、高等商業学校(École des hautes études commerciales)、国立行政学院(École national d’administration)などがある。
これらの名門グラン・ゼコールは、いずれも高い社会的評価を受けている。この高い評価にふさわしく、入学するにはいかに過酷な選抜をされるのが後に述べる。
1.3.グラン・ゼコールと大学の比較
1.3.1.創設
18世紀までのフランスの高等教育は、13世紀初頭のパリ大学設立に始まる大学において、教会の付属学校を母胎として、聖職者養成と神学教授、研究の場として、授業の内容も神学、医学、文学,法学、理学を主流であった。しかし、新しい学問、技芸が花咲いた16世紀のルネサンス時代および産業革命の18世紀末以降の時代に、教育と研究を通じて、時代の流れを先取るべき知的中心としての大学は与えられた特権と専門職養成という旧来の使命に満足し、国家と社会の要求に積極に応じなかった。このような大学不振のため、1715年に国立道路・橋梁学校の創設を初めとして、鉱山学校(1783)、理工科学校(1794)などグラン・ゼコールの原型となる各種技術系高等専門教育機関が続々と設置された。
18世紀末フランス革命期以降の高等教育制度は1795年の「ドヌー法」により確立されたが、そこでは、それまでの神学部中心の大学は廃止され、高等教育機関は、既に設立されていた理工科学校等の他、天文学・幾何学及び力学、医学、政治学、建築、音楽等の各種専門学校から構成されることになった。数学・自然科学の実際への応用を重視するこれらの専門学校は、専門的職業人養成所としての性格を強く持っていた。
19世紀に入るとナポレオンが「帝国大学」と呼ばれる、国の管理の下で従来の専門学絞を再編する中央集権的な高等教育制度を形成した。1808年の勅令で、全国を27の大学区に分けた。しかし、これらの「学部」は、それまでの専門学校をもとに相互に関係を持たない個別の機関として創設されたものであって、各大学区に総合大学を設置するものではなかった。また、学部は、国の定める試験の結果に基づいて学位を授与するよう委任され、資格取得試験の準備教育機関としての機能を強めていった。
19世紀後半には、このような国家の強い管理を見直す動きが起こった。一方、「帝国大学」についても、1896年の「高等教育構成法」で、大学区ごとの学部の集合体に「大学」の名称が与えられ、「大学評議会」による自治が保証されるようになった。これにより、1大学区に1校ずつ自治権を持った大学を置き、大学区総長が学長を務めるという、1960年代まで続く大学制度が確立した。このとき、それまで学部の一種だった高等師範学校や古文書学院(1821年創立)、理工科学校等一部の専門学校は大学には組み込まれず、今日まで続くグラン・ゼコールとなった(ただし高等師範学校は1903年からの一時期、パリ大学に組み込まれる)これ以後入学者選抜を行わない大学と厳しい入学者選抜を行うエリート校のグラン・ゼコールからなる二元的構造が確立した。
1.3.2.学校数と学生数
大学には高等教育在学者の約6割が在学する。法学・政治学、経済学・経営学、文学・言語学・芸術学・外国語、人文・社会科学、理学、工学、自然科学、スポーツ、医・歯・薬学といった学術専門教育を行っている。2000年の大学数は89校、学生数は約129万人である。博士号取得までの大学教育は第1期課程(2年)、第2期課程(2年)、第3期課程(4年)に分かれて行われる(医・歯・薬学は年限が異なる)。2000年の学生数は、第1期課程約59万人、第2期課程約48万人、第3期課程約22万人となっている[1]。(表1)
これに対し、グラン・ゼコールは理工系、商系、経営系、行政系など約700校に、約19万の学生が在籍している[1]。学生数は高等教育在学者の1/10及ばないが、フランス最高のエリート養成校といわれる理工科学校をはじめ、政界、財界をひいている高級官僚を輩出する国立行政学院などの名門グラン・ゼコールはフランス社会における影響力と威信は大学を圧倒している。
1.3.3.入学選抜
バカロレア取得者は、原則として、希望する大学に無選抜で入学できることになっているが、近年、入学希望者が大学の学生収容能力を大きく超えるようになっているため、住所、家庭状況(家族との同居の必要性)、本人の希望順位に基づく入学制限が行われ、大学区総長が当該大学の学長と意見を交換した上で入学者を決定する。成績による入学者選抜は法律で禁じられている。現在はほとんどの学生が希望どおりの課程に登録できる。しかし実際には医歯薬学系では第1学年終了時に厳しい進級選抜が行われ、それ以外の課程でも第1期課程2年間の課程修了の際厳しい試験が行われるので、進路指導により適切な専攻への入学が学生に提案されるようになっている。なお、入学希望者が集中する首都圏については、入学希望者が受入定員を超えた場合の入学制限の方法が政令で定められている。大学区が共同で行う進路希望調査に基づいて、大学区総長が関係大学の学長に諮った上で入学者を決定する。各大学区内の居住者が優先的に入学許可される。
グラン・ゼコールには、一般に、バカロレア取得後、グラン・ゼコール準備級における教育(一般に2年間)を終えた者が、入学試験を経て入学する。グラン・ゼコールを目指す者の競争は激しく、準備級への進学段階ですでに非常に高水準の学業成績が要求されている。さらに、準備級進学後も、2年の標準年限で所定の課程を修了するために大変なハードワークが求められる。しかも第1学年では病気など特別な理由以外に留年は認められず、第2学年も留年が認められるのは1年のみとされている。準備級における選抜と教育は後で詳しく述べる。
グラン・ゼコールの卒業生は、政官財界の幹部候補として社会に迎えられており、中でも歴代の大統領、首相など政界のトップを輩出している国立行政学院(エナ)、理科系の最高峰とされる理工科学校などの一部の名門グラン・ゼコールへの入学は、大変な難関とされている。
また、グラン・ゼコール進学を目指して準備級に進学する者は、準備級卒業後に全員が希望するグラン・ゼコールに進級できるとは限らないので、ほとんどの学生が、大学にも学籍登録している。彼らは、平素、準備級で教育を受け、大学に学年末の試験だけ出席し、十分な成績を収めて大学での進級を果たしている。なお、グラン・ゼコールの入試日程は、特定の日に集中するようなことはあまりなく、複数受験が可能となっている。
1.3.4.教育内容、方法の違い
教育内容と方法にも大学とグラン・ゼコールには基本的な差異がある。フランスの大学が神学を中心として発展してきたことはすでに述べたが、大学のこのような起源は理論面に重さをおき、実用的、実際的側面を軽視していて、実際、理工学あるいは経営学・商学などは実学として長い間退けられ、その必要性を認識しても、大学の外に設けられたENSIやIUTで傍系的に教授されるにすぎなかった。
これに対し、グラン・ゼコールは常に国家・社会の具体的な人材需要に応じる形で設置された出自を反映して、即戦力となる実用人材の養成を目指した教育を行ってきた。グラン・ゼコールの大半が「道路・橋梁学校」、「鉱山学校」、「国立宇宙・航空学校」のごとくターゲットとする産業が何であるがを一目で示す名称を冠していることは、その実際的、実用的な性格をよく表している。
教育内容のかかわる相違は、教育方法の違いにも反映されている。文、法経の2学部で全学生の6割[1]を占めるという事情もあるが、大学では伝統的に何百人もの学生を一堂に集めての大講義方式という教授形態による知識伝達が中心であるのに対し、グラン・ゼコールでは大講義よりは少人数によるゼミナーや官庁、企業、研究所での実習が頻繁に行われる、内容も実際の問題解決に役立つような事例研究が多い。また、グラン・ゼコールでは専任教授陣は比較的少なく、産官学それぞれの最前線で責任を担っている幹部職員を講師として招いているケースが多いが、これも教育内容が実際であることと深く関わっている。
1.3.5.設置形態
高等教育機関の設置形態には国立と私立(一部は商工会議所立)があり、国民教育省以外の官庁が所管する機関もある。大学はすべて政令によって設置される国立機関であり、国民教育省が所管している。大学付設機関の技術短期大学部、大学付設高級技術者学校、大学付設職業教育センターもすべて国立である。これらは政令によって大学の構成体として設置される。
グラン・ゼコール学生数の約3割[1]を占める高級技術者学校は国公立又は私立である。同じく約3割[2]を占める商科学校は商工会議所立又は私立である。その他、国立・私立の学校が多種存在し、所轄官庁も様々である。
高級技術者学校では、2000年の学生数5万9000人のうち、@国民教育省所管の国立機関が37%(33校)、A他省等所管(農業漁業省、国防省、産業省、通信省、設備運輸観光省、雇用連帯省、パリ市)の国公立機関が25%(45校)、B私立機関が38%(64校)となっている。国防省の理工科学校、設備運輸観光省の国立土木学校、産業省の国立鉱山学校などの有名校も含まれる[3]。
商科学校では、各県に置かれる商工会議所が、公法上の法人格を持っており、国の認可により学校等の施設を設立できる。教育行政上、商工会議所立商科学校は私立商科学校と同様に扱われる。
その他、国民教育省所管の高等師範学校や首相府所管の国立行政学院などの有名校も含め、多様な設置者がある。
1.3.6.学位、免状
フランスの高等教育機関では伝統的に全国共通の高等教育終了資格として各種の国家免状が授与されている。学士、修士、博士の三種からなる学位は国家免状に属する。学士は、大学第2期課程第1学年の課程修了により授与される。修士は、大学又は認可を受けたグラン・ゼコールで通算5年の課程を修了した者に授与される。博士号取得に向けた指導は主に大学第3期課程の第2〜4学年で行われる。
大学では、学位以外、たとえば、大学一般教育免状、大学技術教育免状、専門技術国家免状、技術研究免状などの資格も多く用意されている。
グラン・ゼコールの免状は高級技術者免状と商科学校卒業証書がある。高級技術者免状は国民教育省の「高級技術者資格認定委員会」が審査を経て認可した高級技術者学校は、3年(準備級を含めて通算5年)の課程を修了した者に「高級技術者免状」を授与する。高級技術者免状を取得した者には、同時に、大学区総長より「修士」の学位が授与される。
商科学校は教育行政上すべて私立学校として扱われるが、公教育への貢献が国によって認められた場合には、「国の認可」を受け、学生への奨学金支給、公立学校教員の出向、公財政からの運営費交付金といった援助を受けることができる。さらにその後の審査により、通算5年の課程修了を国が認める「国の査証を受けた卒業証書」の交付許可が与えられる。商科学校卒業証書が各校から交付される際には大学区総長の署名が付される。この卒業証書を取得した者には、同時に、大学区総長より「修士」の学位が授与される。
1.3.7.学生納付金
大学、大学付設機関、国立高級技術者学校、教員教育大学センターは、授業料は徴収しないが、省令で定められた学籍登録料を毎年徴収する。主な課程の学籍登録料は2002年度137[1]ユーロとなっている。各大学独自の卒業証書取得課程については学籍登録料は各大学が定める。
専攻が異なる国家免状や卒業証書を同時に二つ以上取得するために、同一又は他の大学に学籍登録することができる。この場合、一つの学籍登録ごとに登録料を納付する(同一大学内で二重登録する場合は、二つ目の登録料は減額される)。
学籍登録料の他、学生は健康保険料などを納付する。健康保険料は毎年雇用連帯省令で定められ、2002年度は174[2]ユーロとなっている。
国民教育省所管以外の国立グラン・ゼコールでは、一般に授業料を徴収している。ただし一部の学校(国立行政学院、高等師範学校、理工科学校等)では授業料を徴収せず、学生は公務員として給与を受ける。
私立グラン・ゼコールの授業料は各校が自由に定める。例えば、代表的な商科学校である高等商業学校(HEC)が2003年度年間7,200[3]ユーロ(ただし、第2、3学年では企業研修が行われ授業料は徴収されない)となっている。
これまでフランスの高等教育制度の二重構造を示すために、大学とグラン・ゼコールとを各項目で比較して説明してきた。しかし、現実には2つの部門は相互に影響を与え合っており、相互間の交流もかなり行われている。たとえば、大学でリサンスやメトリーズを取得した後、理工系、経営学・商学系グラン・ゼコールに編入する学生はかなりいる。逆に、グラン・ゼコールでディプロムを得てから研究者の道を歩むために大学のDEAや博士課程に編入学する者も多い。だが、大学と名門グラン・ゼコールの卒業生の進路には大きな違いがあって、そこにはフランスの高等教育におけるエリート主義を明らかに現している。これについては後で検討する。
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