2008/6/24
「ある遺書」
植村眞久大尉 昭和19年10月26日第一神風特別
攻撃隊大和隊 スリガオ海峡付近にて戦死 25歳
我が子への遺書
素子,素子は私の顔をよく見て笑ひましたよね。私の腕の中で眠りもしたし,またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって私のことが知りたい時は,お前のお母さん,佳代伯母様に私のことをよくお聴きなさい。
私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子という名は私がつけたのです。素直な,心の優しい,思ひやりの深い人になるようにと思って,お父様が考えたのです。
私は,お前が大きくなって,立派な花嫁さんになって,仕合せになったのを見届けたいのですが,若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても,決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって,父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれば,必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前は幸福ものと思います。生まれながらにして父に生き写しだし,他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っているような気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様,伯母様は,お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし,お母さんも亦,御自身の全生涯をかけて只只素子の幸福のみ念じて生き抜いてくださるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護って居ります。優しくて人に可愛がられる人になってください。
お前が大きくなって私の事を考え始めた時に,この便りを読んでもらいなさい。 昭和19年月吉日
植村素子へ
追伸
素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は,お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ます。
だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教えてあげます。
父に抱かれる素子さん
父の母校立教大学で日舞を披露する素子さん
恋人智恵子への遺書(引用:群青)
穴沢利夫少尉 中央大學卒 陸軍特別操縦見習士官一期 陸軍特別攻撃隊 第二十期振武隊 昭和20年4月12日 沖縄周辺洋上で戦死 23歳
二人で力を合わせて努めて来たが終に実を結ばずに終わった。希望を持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていた”時期を失する”ということが実現して了ったのである。
去月10日,楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが,帰隊直後,わが隊を直接取り巻く情況は急転した。発信は当分禁止された。転々処を変えつつ多忙の毎日を送った。そして今,晴れの出撃の日を迎えたのである。便りを書きたい,書くことはうんとある。
然しそのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。あなたのご両親様,兄様,姉様,妹様,弟様,みんないい人でした。至らぬ自分にかけて下さった御親切,全く月並の御礼の言葉では済み切れぬけれど「ありがとうございました」と最後の純一なる心底から言っておきます。
今は徒に過去における長い交際のあとをたどりたくない。問題は今後にあるのだから。常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれること,信ずる。ただしそれとは別個に,婚約をしてあった男性として,散ってゆく男性として,女性であるあなたに少し言って征きたい。
あなたの幸を希う以外に何物もない。徒に過去の小義に拘る勿れ。あなたは過去に生きるのではない。勇気をもって過去を忘れ,将来に新活面を見出す事。あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。穴沢は現実の世界にはもう存在しない。
極めて抽象的に流れたかも知れぬが,将来生起する具体的な場面場面に活かしてくれる様,自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。純客観的な立場に立って言うのである。当地は既に桜も散り果てた。今更何を言うかと自分でも考えるが,ちょっぴり慾を言ってみたい。
1.読みたい本 「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」
2.観たい画 ラファエル「聖母子像」,芳崖「非母観音」
3.智恵子 会いたい,話したい,無性に。今後は明るく
朗らかに。自分も負けず朗らかに笑って征く。
昭和20年4月12日
智恵子様
利夫
松尾勲 一等飛行兵曹 丙種飛行予科練6期 第二神風特別攻撃隊義烈隊 昭和19年10月29日 ルソン島東方にて戦死 23歳
父母上様,喜んでください。勲はいい立派な死に場所をえました。今日は最後の日です。皇国の興廃この一戦にあり,大東亜決戦に南海の空の花と散ります。
大君の見御楯となって,分隊長をはじめ共にいさぎよく死につき,七度生まれかわり宿敵を撃滅せん。ああ男子の本懐,これに過ぐるものがまたとありましょうか。
これもみな長い歳月強くなれよと育ててくださった父母上と,またわが子のように育ててご指導してくださった分隊長先輩方の賜と深く深く感謝いたしております。
23年の幾星霜良く育ててくださいました。厚く御礼申し上げます。今度がその恩返しです。勲は良くも立派に皇国のために死んでくれたとほめてやってください。
ほんとうに兄弟のなかで私は幸せ者でした。喜んでおります。弟も立派な軍人として御奉公できますようにしてください。お願いいたします。もうなにも思い残すことはありません。
父母上様,こんど白木の箱でかえります。靖国神社で会いましょう。長い間ありがとうございました。くれぐれも御身御大切になさいますよう。ああ雄々しき名も彗星艦爆隊,われら第五義烈隊特別自爆隊,むかう所は敵空母へ急降下。最後の影をカメラにおさめていただきましたので,いずれゆっくりニュース映画で見てください。
笑って艦爆隊16勇士の姿を見てやって下さい。ああ玉と砕けん特別攻撃。
最後の夜 十月28日 0100
於 マニラ
父上様
母上様
咲くもよし散るも又よし桜花

第一桜花特別攻撃隊神雷隊の出撃風景。これは映画のシーンではありません。片道燃料だけで若くして散って往った若者たちがいたことを忘れないでください。
広田幸宣少尉 海軍甲種飛行予科練習生第十期
第一神風特別攻撃隊葉桜隊
昭和19年10月30日 比島方面にて戦死 21歳
8名で出撃した特攻機は米空母フランクリン,同空母
ベロー・ウッドに大損害を与えた。
拝啓 たびたびのおたよりうれしく拝見いたしました。この前の便箋七枚の手紙を見ては涙がとめどなくほほを伝わりました。
何回も何回もくりかえして読みました。金送りましたが,こんなによろこんで頂けるとは思ひませんでした。神様などへそなえなくてもよろしいですから,すぐ用立ててください。少し金持ちらしくやってください。財布が底抜けにならぬ様一ヶ月に一回は必ず補給します。
私は貯金はこちらでたくさんやっていますから,送った金はじゃんじゃん使ってください。みかん着いたそうで何よりです。出来たらもっとおくりませう。
玉ちゃんにも子遣ひ出来るだけ送りますからお嫁に行く日の貯金に。
お母さんの書いてよこされたことも近い中にあるかも知れません。今度金が自由になったらゆっくりと面会にこられないですか。やがては泊まりもありますし,二十四時間の休みもありますから,ゆっくり話も出来ますし,共に寝る事も出来るわけです。汽車は酔わなければよいのだがなあ。トランク要るなら送ってもよいです。ではお体大切に,ベッドの中で
なつかしい母上様, かあちゃんよ!!

フィリッピンのバンパン飛行場を出撃する特攻機
「酒鬼薔薇」世代 教育のひずみ? 秋葉原通り魔事件
06/22 00:34更新(YAHOO)
記事本文 秋葉原の無差別殺傷事件で殺人容疑で再逮捕された派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は、神戸連続児童殺傷事件の容疑者の元少年と同年齢の「酒鬼薔薇(さかきばら)世代」。10年前、教育現場では神戸事件を受け、「心の教育」が問われながら、ナイフを使った少年の事件が相次ぎ、突然「キレる」子供の問題が深刻化した。家庭や学校のしつけ・指導力低下が顕著になり、識者からは「挫折に弱い」「過保護」など、この世代が受けた教育の弊害を指摘する声もある。(鵜野光博)
■「実体験」希薄
「ヤンキー先生」の通称がある参院議員の義家弘介氏は、平成11年から務めた北星学園余市高校で、加藤容疑者と同世代の生徒を受け持った。
「幼少期から『個人の自主性が大切』『校則はいけない』『詰め込みは悪』という教育にどっぷりとつかった世代」と振り返る。
昭和50年代に吹き荒れた校内暴力で管理教育や体罰が問題となり、反動から校則をなくそうという動きも出た時代。埼玉県立所沢高校で平成9〜10年、入学式ボイコットの騒ぎを起こした生徒も同じ世代だ。
学習内容を大幅削減した「ゆとり教育」の学習指導要領改定が行われたのもこの時期。義家氏は「勉強ができる、できないは子供にとって切実な実体験。それが『できなくてもいい』という教師によってぼやかされ、努力の大切さという当たり前のことも教えられていなかった」という。
生まれた年に「ファミコン」が登場したこの世代。欠けている実体験を補うため、義家氏はイベントなどを生徒にやらせ、失敗を経験させるという教育を繰り返した。「みんな『何とかなる』と思っているが、現実は何ともならない。悔しがらせることで現実を教える教育を、高校でやらなければならなかった」
■「いい子」の虚像
「子供たちはなぜ暴力に走るのか」などの著書がある評論家の芹沢俊介氏は、加藤容疑者が携帯電話サイトの掲示板に「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り」「俺(おれ)が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ」などと書き込んでいたことに注目する。
「小中学校で周りから高く評価されても、『それは自分じゃない』というギャップに苦しんだのだろう。教育熱心な家族の中で架空の『いい子』にされ、加藤容疑者は存在論的に“殺された”のではないか」
芹沢氏は「それが仕事や人間関係でうまくいかないことに対する強い被害者感情の基になっている」と指摘。「被害者感情は、何かのきっかけがあれば即座に攻撃性に転化する。家庭と社会で2度殺された思いだったのではないか」
また、「プロ教師の会」を主宰する日本教育大学院大教授の河上亮一氏は「家族でも友人関係の中でもいいが、ありのままの自分を受け入れてくれるホームグラウンドがあるかどうかが重要だ」と話す。
「ホームグラウンドがあることを前提に、社会に出れば思うままにならないこともあることを、言い聞かせて育てる。加藤容疑者にはホームグラウンドがなかったのでは」
■「自立」履き違え
平成10年1月、栃木県黒磯市(現那須塩原市)の中学校で、当時13歳の男子生徒が女性教師をナイフで刺殺し、翌月には東京・亀戸で、パトロール中の警官が15歳の少年にナイフで襲われた。「キレる少年」は社会問題に。これも加藤容疑者らと同世代だ。
明星大教授の高橋史朗氏は、事件を起こした少年らに共通する点として「知能指数は低くないが、対人関係能力と自己制御能力という『心の知能指数』が低い」とし、「教科の基礎基本は考えても、人間として社会人としての基礎基本という観点が教育界から抜け落ちていた」と話す。
「自尊感情や他人の痛みが分かる心が育っていない。他と切り離された『個』の自立を重視し、他者とのつながりの中で生かされている自分を発見し、社会に参画する力を育てることをやってこなかった」
「勝ち組はみんな死んでしまえ」という加藤容疑者の書き込みについて、河上氏は「いい大学を出て、一流企業に就職するのが幸せで『勝ち組』だという価値観が、若い人を追い詰めている」とみる。
「少子化で大学進学も容易になり、みんなが夢をみられる半面、成功できるのは相変わらず少数だけ。この現実がより厳しくのしかかるのが、加藤容疑者の世代ではないか」と河上氏は話している。
三島由紀夫,学生とのティーチ・インより。
一体なにが正義なのかという問題になりますと,核兵器から遠いものほど正義になっているんですな。力が弱ければ正義量が増すんですから,男よりも女の方が正義なんだ,女は男より弱いですからね。子供は女より弱いですから,子供は女より正義量が高いんですね。そうすると世論を支配するものは,いつも正義量の高いものだから,女子供の理論で支配される。女子供の理論は,「これはいやだ」,「もっとほしい」,「ドレスがもっとほしい」,おもちゃ一つやったら「もっとほしい」。現状はみんな不満なんです。女であることはいやだ,こどもであることはいやだ,現状を全部変えたいとなる。
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