2008/6/21
「黄色いこまうぐいす」
《 一度、大洪水が起った。やがて大地の崩壊の後、黄色い鳥、(こまうぐいすの雄)シブ=ユユムが飛んできてとまり、その後バカブの四柱の神が立ち上るとき、天は落ちてくるであろう。天は地に落ちなければならないであろう....》チラム・バラムの預言から。

これが、フナブ・クの強力な意志なのであります。即ち、天を支えていた四柱の神が立ち上がるとき、天が落ちてくる。
天は地に落ちなければならないとは、世界は一旦終らなければならないと言っているのです。
バカブの四神が立ち上がり、天が落ち、大地が崩壊、そして、大洪水。
世界の四大原動力
原文
・古代マヤの四鬼―南:カン・バカブ(黄色い鬼)、東:チャク・バカブ(赤い鬼)、北:サク・バカブ(白い鬼)、西:エク・バカブ(黒い鬼)。

FUNABU.KU
・エジプト(アメンティの四鬼)―東:アムセット、西:ハプ、北:テソートムフ、南:カブセヌフ。
・古代カルデア人―人面の雄牛:キド・アラップ、人頭のライオン:ラマス、天国によく似た:ウスター、鷲の頭を持つ:ナチツグを四方向に配した。
・インド―東:天の王インドラ、西:水の神バルーナ、北:富の神ルーベラ、南:死の審判官ヤーマ。
・中国―東の山:タイ・ツオン、西の山:サイン・ホウ、北の山:チエン・シ、南の山:ホウ・コワン。
・中国と日本の四神、四獣―東を青竜(青龍)、南を朱鳥(朱雀:すざく)、西は白虎(びゃっこ)、北を玄武(げんぶ、亀と蛇の合体)に当て、おのおの春夏秋冬に配する。
・旧約聖書『エゼキエル書』―ひとりは人面、ひとりはライオン、ひとりは牛、ひとりは鷲。これはカルデア人のパクリである。このユダヤの預言者はカルデア人の虜囚となっているときに、この書を記したため。
『ラフン』
創造神または天帝を信仰する一神教だったムー帝国だが、天帝の持ついろいろな力、恩恵一つ一つを象徴によって表そうとした結果、多神教のような印象を与えるのを恐れて行われた儀式のひとつ。
“ひとつにしてすべて”“万物は神より来たる”という意味。
『リグ・ヴェーダ』(ヒンドゥー教)との関係
「すべての神と人との善き母たるマヤの女神と結ばれ給い、天帝なる知恵は仏陀の姿にて生まれ変わり給う」 『リグ・ヴェーダ』第三節第二章
参考:七大天使と神々の系譜
銀河暦・世界暦・自分暦
原文
中学2年の春、自分の誕生日を元旦とした自分暦を作ってみようと考えた。誕生日前のゴールデンウィークだったと記憶している。当時はまだグレゴリオ暦と言う名すらも知らず、「西暦」が知っている唯一の暦だった。グレゴリオ暦の5月18日を元旦とし、1年を12ヶ月に割り振ろうとして初めて、365日という数とまともに対峙した。1ヶ月を30日にすると5日余ってしまう。30日・31日と交互にしようとすると、最後の12月が1日不足から30日になりパターンが崩れてる。かなり試行錯誤したがベストな打開策が見つからず、電卓もパソコンもなかった当時、計算でカレンダーを変換していったので、不本意ながら各月の日数は西暦に準ずることにした。当時のメモなどはなくなってしまったが、以下のようなものだったと記憶している。
グレゴリオ暦 *** 自 分 暦
1月(1日〜31日) 5月18日〜6月17日
2月(1日〜28日) 6月18日〜7月15日
3月(1日〜31日) 7月16日〜8月15日
4月(1日〜30日) 8月16日〜9月14日
5月(1日〜31日) 9月15日〜10月14日
6月(1日〜30日) 10月15日〜11月13日
7月(1日〜31日) 11月14日〜12月13日
8月(1日〜31日) 12月14日〜1月13日
9月(1日〜30日) 1月14日〜2月12日
10月(1日〜31日) 2月13日〜3月15日
11月(1日〜30日) 3月16日〜4月17日
12月(1日〜31日) 4月18日〜5月17日
これを記入するために再計算していて、当時18日と13日の和が31日になるということに気づいていたことを思い出した。この13と18の比はマヤの神聖暦ツォルキンの260日と農耕暦ハアブの360(+5)日、もしくは銀河定数の260と計時単位の1トゥン360の比率である。また13の反転数はすでに見たように31だったが、18の反転数81は9×9である。そして19×19は361で360+1だ。連想はさらに広がるが、ここは元の話に戻ろう(※)。
この時日数計算は普通の計算と違って足し引きする時1日ずれるということを再確認した。もっとも「そう言えば1月0日とか西暦0年とかはないな、自分もその時間の中に入ってしまっているからそうなのだろうか」と、軽く流してしまっていたのだが。自分暦の年号は簡単だった。当時は「昭和」の元号がずっと続くものだと感じていたので、同じ発想で自分の年齢に1を足した数が自分暦の年号だった。しかしこの自分暦はそれ以上発展しないまま、いつしか立ち消えになってしまった。天文学や時間計測問題にまで首を突っ込んでいくよりも、他にもっと興味を引くことややるべきことがたくさんあったのだ。
歳を経ること久しくして、私はマヤ暦に出会った。そして13の月の暦にも。それまでは陰暦の何月何日というのは六曜や十二支というよく分からないものの記載と共に年配者たちの迷信的なものというイメージがあった。また西暦何年という年号に対しても、日本の元号はすでに平成になってはいたが、こちらの元号の方が西暦に対して補足的であるという感覚だった。 暦というものが魚にとっての水、人間にとっての空気のようにそこにあるのが当然であり、それ自体について再見再考してみるという発想に気づくには、もう1つの精緻な暦が必要だったのだ。
マヤの農耕暦ハアブは1ヶ月20日で18ヶ月、そして5日の19ヶ月目がついて365日である。また13の月の暦は1ヶ月が28日の13ヶ月に余日の1日を足しての365日となっている。1ヶ月が20日や28日であってもよいということ、また1年が18ヶ月や13ヶ月でもよいということ、さらには元旦が西暦の1月1日に当たる日でなくてもよいということなどなど。これらが「自分暦」制作において問題にしかけていながら、未熟さと多忙のために無意識層に沈み込んでしまっていた感覚を呼び覚ましてくれた。グレゴリオ暦の7月26日がマヤ暦の元旦であるが、西暦から別の起点の暦に変換する作業を、私は自分の誕生日を元旦にする自分暦で、子供の頃すでに経験していた。
そして暦の問題を少し詳しく突っ込んでみるだけで、これまでにたくさんの暦の存在があることや、現在まで幾度も暦の改革運動や、新しい暦の政策があったことを知った。英語が現実として1つの共通言語になっているように、グレゴリオ暦もまた1つの世界共通の暦になっている。これはキリスト教圏を主体という背景もあるが、その完成度の高さにもよっている。ただしグレゴリオ暦が最善のものかどうかということは定かではない。そしてマヤのツォルキンに及んでは地球の共通暦という概念を超えて、銀河の共通変換暦というコンセプトを有している。そしてそれだから今こそ自分だけの新しい「自分暦」というものも、マヤ暦の発想と概念を用いて新たに見ていくことができるのだ。私はそのコンテクストの中では〈KIN140:黄色い惑星の太陽〉という銀河の紋章を持って、その誕生日を自ら選択して地球に生まれてきたのである。
(※)13と18とくれば最初に念頭に浮かぶのは、ヨハネ黙示録の13章18節に出てくる有名な獣の数666だが、また13,18とくれば次は23,28,33…と続く、初項3、項差5の数列である。バイオリズムにおいて、23日・28日・そして33日はそれぞれ肉体・感情・知性のサイクルとなっている。
マヤの暦が2012年12月22日で終わるという話を、高橋徹氏から最初に聞いたのは1991年の秋だったと記憶している。その時は5200年弱の13バクトゥンに重なる文明周期仮説や、その大周期が5つで地球の惑星歳差運動周期とも重なる26000年(25920年)の大周期があることなどがとても新鮮であり、そして妙なことなのだが懐かしくも感じられた。ちょうどその頃、私は身辺に「数のシンクロニシティ」とでも呼ぶべき数字のきらめく符合が多発していることに気づき始めてた。当時の私はプラトン立体やアルキメデス立体などにも魅せられていて、毎日実際にこの手で多面体を作り続けていた。そしてその日も帰宅してから、5つのプラトン立体を引っ張り出しては転がたり回転させたりしながら、マヤ暦とマヤ文明の話を頭の中で反すうしていた。
そして私は突然プラトン立体とマヤ暦の数的符合に気がついたのだった。正20面体と正12面体の回転対称軸は全部で31本あり、また正8面体と正6面体のそれは13本である。そして現行のマヤの暦が刻み始めたとされる年は、この31と13の組み合わせと見えるBC3113年。双対立体である5重対称性立体の正20面体と正12面体の面の数と点の数はリバーシブルである。現行のマヤの暦の終焉がAD2012年。この時の驚きは個人的なものだったのだろう。その時そこには何ら論理的関係性が見出せなかったが、それでもその数的符合は強烈に私を予想のつかない方向に引っ張っていった。
私は「ドリームスペル」キットのギフトを受け取った。「ドリームスペル」とは集団で忘却している時間の本質と真の生命サイクルを想起するためのワクチンでもある、多次元のロールプレイングゲームだ。創出者であるホゼ・アグエイアスはその時点で40年以上独自のマヤ暦の研究を続けており、そのマヤ的な叡智と世界観を日々の生活の中に活用できる時間のゲームとして提示したのだ。彼はまた1987年の世界的イベントであったハーモニック・コンバージェンスの提唱者でもある。私がこのキットを先ず最初に気に入ったのは、真の知識は金銭で売買されるのではなく対等な信頼関係の中での贈り物として無償で配布されるというコンセプトだった。そして2012年のマヤ暦の終焉は決して世界の終わりではなく、時間船地球号の真の時空への出帆の時と捉えている、ポジティブで斬新で力強い世界観に魅せられた。
この全ての子供と子供の心を持つ大人達へのギフトは静かに広がって行き、そして1992年7月26日のタイムシフトが過ぎだ。私はこの「ドリームスペル」のコードブレーカー(暗号解読者)としてゲームを進めていく内に、時間の本質つまりは生命の本質に目を向けるか否か、いかなる未来を選択するかはたまたこの惑星そのもののを失うかを問われることになった。 対等の中でこそ真の信頼と尊敬が生まれる。教祖と信徒、教師と生徒、社長と社員などの権威と従属のパターン関係を超えて、全ての人が中心であることを踏まえた上で思い出すということ。選択するか、失うか。どちらも外からの強制ではない。「自主的になれ!」と言われて自主的になったためしはない。言われたことで自主的になったとしたら、それは自主的ではないというパラドクスだ。共に遊ぶ中で何か新しいものを体感的に知るということ、思い出すということ。いまや全ての教育がこの現実世界に適応するための洗脳であるとも言える。しかし与えられた知識を全て取り払った時に、それでもそこに残るものが教育の本質なのだ。
タイムシフトの翌年、メソアメリカの元旦である7月26日前後、私は東京から南に約1000kmの小笠原にいた。そしてそこで私は不思議な光景を見た。満月の深夜に無人の海岸で月を見ていた私は、波打ち際近くがザワザワとうごめいているのに気づいた。近づいてよく見ると、ジャングルから這い出て来た陸ヤドカリの大群と、海から上がってきたカニの大群が、波打ち際から1〜2メートルのところでずらりと並んで向き合っている。そして満月の光の中で互いにはさみを上げてゆらゆらと動かしているのだ。「一体何をしているんですかね」という私の問いに、案内してくれた人は「ああ異種間コミュニケーション、チャネリングですよ」とこともなげに答えた。確かに満月の夜にだけ生殖をするある種の魚の話や、様々な生物の月との相関性のことは知ってはいた。しかし知っているだけと目の当たりにすることとは全くの別事だ。小1時間ほど後にふと気がつくとあの浜を帯のように埋めていた甲殻類たちは、いつのまにかそれぞれ山側と海側に消えていた。どんな動物も人間ほど時間を刻むことに精通していない。どんな生物種も暦に時間を刻み込みはしない。しかし時間を刻むことと時間を知ることとは2つの異なったことである。
マヤ人は時間のエキスパートであったと言われる。しかし時間と言っても、時計で刻まれる機械的な時間のことではない。機械を作ってその余暇を楽しもうとしたはずなのに、さらに忙しく立ち働かねばならなくなっている現代社会。時間の経過にも価値を与えて利息を取るという現在の経済システム。「時は金なり」。大多数の人達が何かがおかしい、このままではよくないと感じつつ、それでも何をどうすれば良いのか分からないままでいる。真の時間を回復しなくてはならない。内なる生命時間と、機械的に見える外の時間との統合。時間の本質は生命である。私たち一人一人の生きていることこそが本当の時間である。マヤの文字や絵を見ると、不思議な懐かしさと同時にただならぬ違和感を感じる。世界の見方が異なればその見え方も異なる。マヤの空間認識と時間感覚も、我々が現在共有しているものとは異なっていたのであろう。数の数え方一つとっても20進法を用いていた彼らは、10進法的発想の私たちとは異なった精神構造で世界を認識していたのではないだろうか。それならばマヤの時間を知り、マヤの時間を生きてみよう。そしてその上で、それすらも超えて未来へ向けて生きていこう。
しかしその世界観は恐ろしいほど精緻な数字と周期から成り立っていた。ドリームスペルをプレイしていくうちに私は必然的に数の世界にはまり込んでいき、やがてその数の研究の泥沼状態から足が抜けなくなりそうな自覚と状況に気がついた。そして完全にそうなる前に興味を「音」や「色」の方へと広げていこうと強く決心した頃、ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が日本にやってきた。さらなる暦のツールキット「テレクトノン」のプロトタイプを携えて。数の世界からはもう足を洗おうと決心した私だったが、そのパカル・ボタンの「テレクトノン」の9節にからめとられてしまった。「真実の子供たちよ、忘れるな。全ては数字。神は数字だ。神は全てに存在する。」(高橋徹訳)日本ではあまり知られていないが、パカル・ボタンとはマヤの王で仏陀やキリストやマホメットなどと同格に扱われるスーパーゴッド的存在である。また新約聖書のヨハネ福音書の中の「初めに言葉ありき。言葉は神と共にありき。言葉は神なりき。」というフレーズとの対比も面白い。しかし当時はそのようなことを考える余裕もなく、私の強い決心も軽く吹き飛んでしまったのだ。
機械は産業革命により人間の労働力を削減する装置として生まれた。しかし吝嗇な効率第一主義により、やがて機械は時間を削減する装置へとスライドしてしまった。そして人間は時間を質から量で考えるようになった。そして産業と経済も物質主義的世界観の中で、金銭が潤滑油となる巨大な機械システムへと変質していった。時間は金銭量で表されるようになり、私たち人間は決定的な時間不足=金銭不足感のループに入ってしまっている。2012年に限定しなくても、現在の世界は環境ホルモンも含んだ環境問題、食糧問題を含んだ人口問題、枚挙にいとまのない国家間紛争と人間性の抑圧、異常気象、経済不況…等など破滅の要因は出そろっている。ではどうすればいいのだろう。
「時は金なり」から「時は芸術なり」へ。これはドリームスペルの背景概念の1つだ。量と金銭としての時間から、質と芸術としての時間へのシフト。残されたマヤの暦と数の体系の中に、現在の行き詰まりを未来に向けて打開する英知を垣間見ることができるだろうか。そしてさらに生命時間を機械時間に汚染していくウィルスに対するワクチンとして、この時間感覚をみずからの内によみがえらすことということ…。さてそれでは様々な視座からこのマヤの知的密林を、既成のマヤ学や考古学的見解に捕らわれない視座と発想を持って、他の様々なジャンルとの照応にも気をつけながら、一緒に通り抜けてみることにしよう。
何をもってマヤと呼ぶか
マヤとは何かという定義によって、その言葉の指す古代文明の時代的・空間的範囲が変わってくる。したがってマヤとは何か、マヤ暦とは何かを論ずる前に、まずどこまでをマヤと呼び称するかを明確にしなければならないだろう。中米の北緯10度から25度の間に収まる古代高文化領域はメソアメリカと呼ばれている。この領域は時代によりまた地域によりオルメカ、テオティワカン、トルテカ、チチメカ、サポテカなど様々な文化・文明が盛衰した。このメソアメリカ各地の文化は共通して、ピラミッドを含む巨大な都市を造り、トウモロコシやトウガラシやカボチャや豆類を栽培していたが、特筆されるべきはやはり260日周期の神聖暦と365日周期の農耕暦を中心とした独特な暦法を用いていたという事だろう。
日本ではかつてこの中米独特の文化圏を大ざっぱに「マヤ・アステカ」という呼び方で紹介されてきたりもした。しかし正確にはマヤ文明はこのメソアメリカという古代高文化領域の東の端で栄えた文明であり、その地域はメキシコのユカタン半島諸州及びタバスコ州とチアパス州東部、グアテマラ、ベリーズ、及びホンジョラスとエルサルバドルの西部である。南北約850キロ、東西約550キロで、面積にして約32万平方キロメートルとも35万平方キロメートルとも言われているが、これはほぼ日本の面積に相当する。
ところで「マヤ」という名称はどのような意味を持っており、どこから来たものなのだろうか。そして「マヤ人」と言う時、どのような人たちの事を指すのだろう。実は「マヤ地方」もしくは「マヤ文化」という時、それが指すものは研究者によってまちまちであり、それらについてきちんと統一された概念があるわけではない。またさらに研究者が「マヤ人」と呼んでいる人々のほとんどが、自分達の事をマヤ人とは称していないのである。グァテマラの原住民はキチェー族、カクチケル族等と称し、またメキシコのチアパス州ではトホラバル族、ツォツィル族等と自称している。
わずかにマヤの名前が見いだされるのは、ユカタン地方の「チュマイエルのチラム・バラムの書」の中にであり、それによるとマヤという名は、ユカタン地方最後の統一勢力の拠点であるマヤパン市の支配集団と関係があるとも解釈できるという。言語学者アルフレド・バスケスによればマヤがマヤ語の「鹿」、パンがナワ語の「旗」を意味するという。また同じくナワ語ではマヤトルがコガネ虫を意味し、マヤケンが狼を意味するともいうが、実際のところよく分かっていないというのが実状である。
現在の研究者の中にはマヤ人は次元の狭間を行き来していたという表現をする者もいる。このような言明を取り上げる場合、現在もメソアメリカ地域に生活している原住民の人達を「マヤ族」と呼び、あのマヤ文明を築いた次元航行者達の事をマヤ人と表現して、明確に区別する必要があるだろう。文明の絶頂期に全てを残して忽然と消えていったマヤ人と、現地に残ってその智慧と子孫を残してきたマヤ族の人達。「ユカタン事物記」の中には貴族層は色が白い種族であったという表現が見られるが、実際に当時からあの文化文明を築きあげた一部のマヤ人と、統治されていた者達もしくはその末裔とは異なっていたという可能性もあるだろう。少なくともマヤ人の世界を認識把握する精神構造は、明確に異なっていたものと考えられる。
現在もその文字の解読や数理体系の解明が進められているが、マヤ文字は一つ一つが意味を持つと共に音も付いていて、しかもそれら同士を漢字の会意文字のように組み合わせる事も可能である。そこで漢字的な言語認識能力があり、かつ数理のセンスも有する日本人が、その解読に一番適しているという話もある。世界観同様マヤ人の技術もまた飛びぬけていて、今でもメキシコの博物館や研究施設に行けば私たちはさまざまなオーパーツを見る事ができる。もっとも一部のピラミッドや建築物、暦のまだ解明されていないエッセンスもまたオーパーツであるが、実は一番のオーパーツとは私たち人間そのものなのだ。過去からのつながりや存在理由を喪失してしまいつつも、それでもその記憶をどこかに保ちつつ現在の時空を生きている私たち自身が、謎と魅力に満ちた最大のオーパーツであるという事。
この私たち自身の中にこそ、忘却してしまっている叡智や神秘や美しさが眠っているとすれば、この外的環境も内面世界も絶体絶命的な危機状況下にある現在こそ、私たちはそれを想起し、活用し、そしてそれすらも超えて新たなる道を創出していかねばならないだろう。実はマヤとは他所と他の時間にあるのではなく、未だ眠っているとはいえ私たちの中にこそ存在しているのだ。「足は地に触れる時、足に触れる」という仏陀のパラドキシカルな言明があるが、私たちは私たちの中にマヤを想起する時、マヤの本質に触れるのである。…まあしかし急いては事を仕損じる。何はともあれ、まずは1つ1つ目の前のマヤを見ていく事にしよう。
マ ヤ 族 の 宇 宙 観
もしかつてマヤ人が世界の次元界面接続期を迎えて、上位の次元に移行するかこの地に残るかの選択をする事になったとしたら、晴れてあちらに行く人もいれば、次の次元反転期までの長い時の土台を作るためにこの地に残る人もいただろう。残った人は全てを忘れて、長きサイクルをまた進んでいく。私たちはその敢えて残る者のかすかな記憶もまた無視すべきではない。したがって私たちは現在のマヤ族に残る世界観も見ていく必要があるだろう。もっとも多くの部族民族に別れており、それぞれがローカルな神話や世界観を持っているので、ここではメキシコ南部チアパス州のツォツィル族の世界観をベースに見る事にしよう。
宇宙は天界・大地・地下界の三層からなっている。一番上の天界は三層の立体ないしドームで、各層に天体が位置している。天体の中で最も大切な太陽と月はそれぞれ「われらが父」「われらが母」と呼ばれ、われらが「われらが主」と総称される。天界の神の数は13である。大地は宇宙の中間層である。大地は平面が正方形ないし長方形の立体であり、周囲を海に取り巻かれ、その四隅を「大地の柱」が支えている。四隅にはヴァシャクメンという神がいる。地上の人間もしくは神の数は7、そして地下世界の神の数は9である。ところで天界の神の数13、地下の神の数9、そして地上の人間もしくは神の数7が出会う819日周期の暦というものがある。この数学的・幾何学的・天文学的にもユニークな特徴を有する819日周期については後で詳しく見る事になっている。
さて高い山々には、人間の一人一人と運命を共にする動物分身霊ヴァイヘリルが生息し、保護神がそれを守っている。これは人間が母親の胎内に宿ると同時に、山の中で何らかの動物が身ごもり、両者は同時に生まれ落ち、死ぬまで運命を共にするという霊魂観だ。両者は運命を共有しているので動物が傷つけばもう人間も傷つくし、人間が死ねば動物も死ぬ。分身だからその人の行動を見れば、自ずとその人のヴァイヘリルも分かるという。呪術師に頼んである人のヴァイヘリルを知り、その動物に危害を加えれば相手に間接的にダメージを与える事もできると信じられている。だから夢見で知った自分のヴァイヘリルは他人に知られないように隠しておくのだ。
このような考え方はネイティブアメリカンの中にも見られる。その人その人にそれぞれの守護動物の霊が存在し、その動物霊のキャラクターがその人の気質や行動パターンを特徴づけるという、メディスン(呪術)的世界観である。また最近のニューエイジ的世代においても、一時のイルカブームで言われていた事だが、「人間の一人一人に自分と対になるイルカが必ずいて、地球の海のどこにいてもいつでもテレパシー的につながっている」という考え方があった。だから「自分一人で絶対的な孤独には陥る必要もないし、いつもその自分と対になるイルカのことを愛し、信頼して生きていけば必ずサポートがあるから、肯定的かつ力強く生きていける」というような表現であった。
一見全く新しいニューエイジ的発想のようだが、基本的にはこの動物分身霊ヴァイヘリルの世界観と同じである。しかしその事がどちらをも貶めるものではない。このメディスン・アニマル的発想の現代版である「自分と対になるイルカの存在、及びそれとの時空を超えたリンク」というような世界観を、私は個人的に素直に受け入れる事ができた。「次元の分身」とか「夢見の体」とか「守護天使」などという表現も、多重多次元に連続する「私」の分身として認識できるならば、インディオほどの真剣さを持ってではないが、現代人でも科学的根拠の有無云々という発想とは別のところで、1つの世界観として受け入れる事ができるのではないだろうか。その考え方のみに固執して他の世界観を拒絶するような愚を犯さなければ、このイルカという馴染みやすく愛苦しい存在の味付けも手伝って、この「光の体」とのリンクは結構明るく生きる元気を出させてくれる。
話を戻そう。泉・川・洞窟のようなくぼみや穴は、地中深くの「大地の主」の住処への入り口だ。この大地の主は雨・水・薪・意志・農作物など生活必需品を提供してくれると言う意味では善意的なのだが、人間の魂チュレルを抜き出して地中に連れ込み、死ぬまで奴隷として働かせるという恐怖の対象でもある。この人間の能力を超え、コントロールのきかないパワーを持つ大地の主の好意を何とか伺い、怒らせないように慰撫して人間の希望を聞き入れてもらう能力を持っているのが、呪術師たちなのだ。
動物分身霊ヴァイヘリルとは別に、上記のチュレルという魂の存在も信じられている。これは13の部分からなる魂で、人間の心臓か舌の先端に宿っていると言われ、死後も永久に失なわれる事がない。母親の胎内に子供が宿った瞬間、その子供にはチュレルが神によって埋め込まれる。子供は誕生してしばらくの間は、チュレルがまだ体内にしっかり固定していない。だから大人たちは子供をできるだけ丁寧に扱う。チュレルは子供が大人になってもずっと体内にとどまる。死後もこの魂は、人間が生きていた時間と同じだけ期間だけ土中に埋葬された遺体に残っている。そしてその後また神によって別の胎児の肉体に入れられ、生まれ変わるのである。
マヤの数記法と20進法
マヤでは1を表す点と5を表す棒を組み合わせる表記法を用いて数を表している。7を表すには棒を1本と点を2個、13を表すには棒を2本と点を3個、という具合にである。これは5進法的(ペンターブシステム的)表記法であるとも言えるだろう。(その他にも頭字体というマヤ文字で表す方法、幾何体というマヤ文字で表す方法、そして全体像というマヤ文字で表す方法の3種類があったが、ここでは煩雑なので触れないことにする。)
なおマヤの数字体系は20進法である。したがって10進法を用いている私たちなら9の次に来る数は一桁繰り上がって10となるのだが、マヤの場合は我々の19まで来て初めてその次の20で一桁繰り上がるのである。電卓はオン−オフの2進法で計算している。しかし計算結果をディスプレイに表示する時にはすでに10進法に変換してあるので、私たちはその過程の2進法計算については知らないままである。同様にマヤの20進法についても10進法的発想のままで見てしまうため、その位取りが1−20−400−8000…というように上がっていく事に違和感を覚えてしまう。10から19までも一桁の数(もしくは文字)で表せるという事が直感的に理解しにくいのだ。
しかし慣れてくればマヤの20進法は2進法と10進法を共に内包し、しかも5進法をも含む豊かなものである事がだんだん理解できてくる事だろう。デジタルな2進法だけではバーチャルリアリティから抜け出せないままであろうし、アナログな10進法だけでも過去退行的な独善の狭い世界観から出れなくなってしまう。その双方を兼ね備え、かつそれらを超えている20進法的発想を、知識としてではなく智恵として身につける事ができたなら、未来へ通じる道が開けるはずである。なおこの後で見る事になるが13の音程と組み合わされて、マヤの神聖暦ツォルキンの260パターンを構成するのも20の紋章である。この20の紋章はマヤの石に刻まれている紋章をポップにクリンナップしたドリームスペルのものだが、日本では混乱と煩雑さを避けるために私もこれを用いる事にする。またこのあと見る事になる20日が1か月にあたる18ヶ月のマヤの農耕暦にも20という単位が用いられている。
思い返せば正12面体の点の数は20、正20面体の面の数も20であった。正20面体と20の関係をその表面積からも見てみよう。1辺aの正5角形の面積は(5/3)a2だから、1辺1の正5角形の面積は5/3である。また正12面体は12の正5角形からなる。したがって1辺が1の正12面体の表面積は(5/3)×12=20である。また自然対数eの3乗もまたほぼ20(20.085496…)になる。数学的に見ても20はヒルベルトがユークリッド幾何を構成するのに用いた公理の数だし、連続する3角数の下1桁は20個ごとに循環する。正8角形の対角線の総数も20だし、4の正4面体数も20である。電子の半径はプランク長のほぼ10の20乗倍であるし、タンパク質は20種類のアミノ酸からできている。またシリウスは光度比にして私たちの太陽の20倍の光を発射している。
もっと身近に考えてみても、人間の全ての指の数は20本だし、日本で成人に達する年齢は20歳である。またイギリスの古い貨幣単位での1ポンドは20シリングだ。20年間海王星軌道の内側にいた冥王星もようやくその外へと抜け、20世紀はもうすぐ終わってしまう。しかしそれでも将棋の駒が20枚同士で戦うのも、普通のタバコが20本入りなのも、原稿用紙が20×20の400字詰めなのも当分変わらないだろう。
マヤの計時法と長期暦
マヤの暦は様々な周期が組み合わさっているため、一見複雑そうで取っつきにくい。しかしその仕組みを理解すると、その合理性とホロニックな構造の美しさが見て取れるに違いない。はまず最初に「長期暦」から見ていこう。長期暦とは過去のある日を起点にして数える暦である。その起点の日に関しては様々な説があるが、現在もっとも有力な説によると西暦(グレゴリオ暦)の紀元前3113年8月13日(別の有力な説としては紀元前3114年8月11日がある)となっている。この長期暦は惑星歳差運動周期として知られている約26000年の1/5すなわち約5200年弱の間続くのだが、この約5200年を1つのサイクルとして文明が興亡するという、文明周期仮説なるものも存在する。
代々のエジプト王朝(無印は紀元前)
《王朝》 《時代》 《年代》
第1〜2 初期王朝時代 3100〜2686
第3〜6 古王朝時代 2686〜2181
第7〜10 第1中間期 2181〜2133
第11〜12 中王朝時代 2133〜1786
第13〜17 第2中間期 1786〜1567
第18〜20 新王朝時代 1567〜1080
第21〜25 後期新王朝時代(第3中間期) 1080〜664
第26 サイス時代 664〜525
第27〜31 末期王朝時代 525〜332
プトレマイオス時代 332〜30
- ローマ支配時代 30〜AD642
- アラブ時代 AD642〜現在
現代エジプト学の定説によれば、今から約5200年前、すなわち紀元前3100年頃にエジプトでは第1王朝が始まったとされている。紀元前3113年という説もあるが、初代ファラオであるメネスが上下エジプトを統一して最初の王朝を作った。以後ファラオの統治は紀元前332年まで連綿と続くのだが、この期間に王朝は第31王朝までを数え、そして君主は390人に及んでいる。またブリテン島のストーンヘンジの建設は三段階に分けて建設されたことが分かっている。最新式の補正を施して行った放射線炭素測定による時代決定法によれば、このストーンヘンジの最初の建設は紀元前3000年頃に始められたであろうという結果が出た。さらにバビロニアではこの紀元前3100年頃に1対1対応の数記法と60進法が確定したという説が有力である。ほぼ紀元前3100年頃、つまり約5200年前にマヤ、エジプト、バビロニア、そしてケルトというそれぞれ地理的に離れている場所で、暦、王朝、数記法、建設が位相を揃えて開始されでいるのだ。これは単なる偶然に過ぎないと言うよりは、この時期にこれらの地域に、そして地域間に何らかの異変もしくは反転があったと想像することの方が論理的ではないだろうか。
そしてこのマヤの5200年弱の長期暦が終わる最後の日が、昨今一部で騒がれている2012年12月21日なのである。 さて何はともあれ、この長期暦は5つの計時単位からなる。その単位の基本は1日であり、それを1キンという。キンとはユカテク語で太陽または日を意味しており、またドリームスペルでは1人の人間をも表している。このキンが20集まって1ウィナルとなり、18ウィナルで1トゥンとなる。そして20トゥンが1カトゥンになり、20カトゥンで1バクトゥンになっているのである。そしてこのバクトゥンが13集まると1872000日となるが、これが前述の長期暦の1周期なのである。
この13バクトゥン1872000日を1年の日数である365.2422日で割ると、5200年弱と表現していた期間が実は5125年余りであることが分かる。またトゥンのところだけが20進法にしたがっていない理由は、地球の1年の日数に近づけるためであったとも言われるが、本当のところは分かっていない。ただこの360日は中国でもエジプトでもバビロニアでも用いていた。ここには1年365日とのより深い関係があるような気がしてならない。
13カトゥン =マヤ短期計算法全体日数 (20×20×18×13=93600日)約256年
13バクトゥン=マヤ長期計算法全体日数 (20×20×20×18×13=1872000日)約5125年
1キン =1日 -
1ウィナル =20キン 20日 -
1トゥン =18ウィナル 20×18 =360日 約1年
1カトゥン =20トゥン 20×18×20 =7200日 約20年
1バクトゥン =20カトゥン 20×18×20×20 =144000日 約394年
1ビクトゥン =20バクトゥン 20×18×20×20×20 =2880000日 約7885年
1カラブトゥン =20ビクトゥン 20×18×20×20×20×20 =57600000日 約157703年
1キンチルトゥン =20カラブトゥン 20×18×20×20×20×20×20 =1152000000日 約3154071年
上表の上から5段までが長期暦に用いる5つの計時単位である。また短期暦は93600日、約256年のサイクルであるが、この周期はちょうど産業革命以後であり、経済システムと時間の機械化が増大してきたタイムスパンである。また256年が28の数と同じであることも注目に値する。そしてその先の単位もまたマヤの計時法の中には存在する。上表の6段目は1ビクトゥンで約7885年、7段目は1カラブトゥンで約15万7703年、8段目は1キンチルトゥンで約315万4071年である。このような長い単位のサイクルでマヤ人は一体何を見ていたのであろう。紀元前3113年から経過した日数を刻印してある大きな石碑を考古学者はステラと呼んでいる。ホンジョラスにあるキリグアの「ステラD」には4億1168万3935年前と8億7360万年前の日付が刻み込まれている。また「ステラF」には11億9360万年前の日付が記されている。さらにはメカム文字という象形文字は256億年前の日付が、そしてムルクマル文字に至っては10兆2400億年前の日付が残されている。リニアルな時間感覚だけではもはやナンセンスとしてしか認識できないだろう。
なお下左表は上の360で1つよじれた20進法とは異なり、単純な20進法の数値である。分かりやすいように間にスペースを入れてみた。この数値から10進法の位取り及び2進法が見て取れるだろうか。この20の13乗が後で見る819日暦を連想させる数値であることにも注意。また比較しやすいように、トゥンのところで1つだけよじれているマヤの計時法をその右隣に入れておいた。このマヤの計時システムに現われている数は、10進法ホロンではあるが5芒星やペンローズの敷詰めタイルなどの構成角度の36度、72度、144度の数字と等しい。(2章「正4面体の2角と黄金分割比」参照。)時間方向に対しても何らかの黄金比を形成し得るタイムポイントもしくは結束点の存在を予感させる。なおホロン構造を有するということは倍音システムとしての共鳴が起こると解釈していいのではないだろうか。
<20進法に見る2進法と10進法> <マヤの計時単位における20進法>
200 = 1
201 = 2 0
202 = 4 00
203 = 8 000
204 = 16 0000
205 = 32 00000
206 = 64 000000
207 = 128 0000000
208 = 256 00000000
209 = 512 000000000
2010=1024 0000000000 1キン
1ウィナル
1トゥン
1カトゥン
1バクトゥン
1ビクトゥン
1カラブトゥン
1キンチルトゥン
=1日
=20日
=360日
=7200日
=144000日
=2880000日
=57600000日
=1152000000日
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