数名はまた、猫の形をした魔女である像を崇拝していたと告白した。それは赤や灰色、黒、まだらであった。しばしば像を崇拝するために、尾っぽの下をキスすることが要求された。しばしばその猫には、焼かれた赤子の脂が塗られた。テンプル騎士団は倒れたテンプル騎士の勇気を伝える魔術として、テンプル騎士の死体の灰を食べることを要求された。
-John J. Robinson, Dungeon, Fire and Sword(1991)
これはHOLY GRAIL(聖杯)と同じ福音時代のシリア製のGoblet(金属あるいはガラス製の台付き杯)で高さは4インチ(1インチは約2.54センチ)。イエスが最後の晩餐で使用した本物の聖杯ではないかと考えられていますが?。ギリシャ語で刻まれた言葉は「What are here for? Be merry」。
ニューヨークのメトロポリタン美術館には、1950年に美術館が入手したアンティオキアの聖杯がある。1910年、アラブ人がシリアのアンティオキア近くに井戸を掘っていたところ、この遺物を発見した。外側のカップは金メッキされたリーフで装飾された銀細工のレプッセーであり、その内側に装飾のない7.5×6.5インチの銀カップが入っている。装飾細工は葡萄のつると鳥、動物が絡み合い、12人の男性が座っている。合計で240個の装飾が刻まれている。様式はローマ様式であり、3世紀以降の金属細工、彫刻である。容量は2.5クォート。博物館にある儀式に使う杯としては、最も古い4世紀のものである。以前は、内側のカップは最後の晩餐でイエスが使用した聖杯であるとの主張が広く行われていたが、現在では博物館側は、これらの主張は「ありえない」としている。これは美しい作品であり、1931年のルーブル美術館で行われたビザンティウム美術展、そして1933-34年に行われたシカゴでの万博で高らかに聖杯として展示された。1979年には、メトロポリタン美術館の「Age of Spirituality:Late Antique and Early Christian Art, 3rd to 7th century」に展示された。この杯は特別な物品として、『The Biblical Archaeologist(1942)』、『American Journal of Archaeology』、『American Ecclesiastical Review(1961)』の主題となった。数多くのヨーロッパやアメリカの専門家が、この杯に対する徹底的な調査を行い、何百年間もの間埋められていた、間違いなく4世紀のものであると確認した。
- Frank C. Tribbe, "The Holy Grail Mystery Solved"