誘惑に打ち克つ唯一の方法はその誘惑に負けることである<古代バビロニアの諺より>
2009/6/24
管理人は死にそうなほど多忙なため(単に要領が悪いだけの話かも?)当分の間更新はできません。おそらく9月くらいまで。どうせ更新できないのならHPは開けといて,というメールが着ましたのでそのままにしておきます。以下の記事はセラピストの治療を受けている方はご遠慮ください。
右が元イルミナティ11位階Mothers-of-DarknessのCISCO WHEELER女史,左が召使のSHERRY.シスコさんはロスチャイルド家のマドンナであった。2008年1月ポートランドにて 。
(撮影は小石泉牧師)
Ciscoさんの曽祖父米国18代大統領ユリシーズ・グラント
ルシファーの花嫁参照
7月4日はアメリカ独立記念日とされているが一ドル紙幣に示されているように本当の日にちは5月1日である。これから描写するのは,高位の悪魔主義者らによるある極秘集会の様子である。
それは元イルミナティ最高位の13位階で,キリスト教徒になっていたが消されてしまった。
John Todd。裏切りは死を意味する。Ciscoさんも命を狙われていることは変わらない。
彼(ジョン・トッド)の体験は1955年に遡る。この集会は年に二回行なわれるもので,ロスチャイルド家はじめマザー・ファミリーのすべてが顔をそろえる。
その時玉座についていたグランド・マザーはコリンズ家の者だった。
コリンズ家が表舞台に出てくることは,まずない。というのは,彼らはロスチャイルド家やロックフェラー家以上のオカルト・パワーを持っているからだ。
もちろん,コリンズ家も金儲けのために為替取引などそれなりの経済活動はする。.......さて,グランド・マザーのコリンズは黒い衣装を身に纏い,黒檀と金で出来た月型の玉座にいる。玉座は足でペダルを踏むと自動的に回転する。彼女の後ろにはグランド・カウンセル(総評議会)の13人(注:世界最高の意志決定機関である13人ドルイドカウンセルのこと)が坐っている。
この時の最高位はグランド・マザーにあり,この時のグランド・マザーを務めたコリンズ家の女性は,50代半ばでと思われ,声は深く尊大,体格は小柄で,大変な圧迫感を持っていた。彼女は玉座にあって,おびただしい数の宝石で身を飾っていた。
初めになされたことの一つは,彼女の足下に小さな黄金の煉瓦(れんが)を置くことだった。彼女の子とおぼしき少年が二人(一人はトム・コリンズで後にイルミナティにより射殺された)玉座の近くにいた。格の面でも権力の面でも高位の者だけが玉座に近づくことができるのだから,この光景はコリンズ家の二人の少年が大きな力を持っていたことを示している。
その少年らが書類を配布する。そこにはこれから起こることが書き込まれた”予定表”が載っていた。これに基づいて盛んに論議が交和され,悪魔の統一世界政府実現に向けて過去六ヶ月間に世界で起こったこと,近い将来に起こされる”計画”が話し合われた
また計画通りに運ばなかった事柄も話されたし,モーゼの十戒を収めた約櫃(やくひつ)についてアフリカのどこに隠されているかが討議され,約櫃を模した儀式が行われた。そうしたあと,代々の悪魔主義血族から選ばれた七人の子が白い衣装で連れてこられ,グランド・マザーであるコリンズの前に引き出された。子供らは彼女の前にひれ伏して祈った。
彼女は蛇を巻きつけた笏(しゃく)を上下に振るって床を打ち,志願した子供を一人一人承認していく。すると承認された七人の子のために新たに七人が〜一人につき一人が〜生贄に供され,承認された子らの名が,生贄となった子らの血を使って鷲ペンで記録される。子供らは神を冒涜する言葉を与えられる。(注:ヨハネの黙示録17章3節参照〜そこで私は一人の女が紺色の獣の背に坐っているのを見た。その獣は神を冒涜する数々の名前が体中に書かれていて,七つの頭と十本の角とを持っていた)グランド・マザーは玉座を回転させ,「13人ドルイドカウンセル」の方を向いて宣言した。
「これが明日の世代,選ばれし少数の者 」。
13人は貴賓席での白装束姿のロスチャイルド,ロックフェラー,チャールズ公に目配せし三人は大きくうなずき微笑む。その後ハロウインの前日 のように人肉スープと酵素たっぷりの血のワインで儀式は終わる。ビル・クリントンなどもこうやって「明日の選ばれし少数の者」になっているのです。
オカルトでは10月31日のその祭りは「サムハイン」と呼ばれている。ハロウィーンの日に,ドルイド僧と信者たちは,城から城,農奴から農奴へ”トリック オア トリート”と言いながら渡り歩く。
ドルイド僧たちが城で要求する”トリート”とはその城の王妃か他の女性の生贄である。
”トリート”がドルイド僧の気にいると,彼らは,人間の脂肪で作った蝋燭が灯されている「ジャック オ ランターン」を置いて行く。
それは悪霊によってその城の内部の人間がその夜殺されるのを防ぐというものである。
ドルイド僧の要求が彼らの気に入ったもので答えられないと,Hex(Hexagram)が入り口のドアに書かれる。これが”トリック”であって,その夜,サタンと彼の悪霊たちがその城の誰かを恐怖の内に殺すのである。アメリカから最近帰ってきた人の話では,最近,ハロウィーンの日に子供が多数殺されるので,次第にやめられているという。(注:生贄儀式はハロウィーンの前日に行なわれる。通常は女性が生贄になる。生贄になることは大変栄誉あることで,儀式の後はスープとしてふるまわれ,血のワインとともにこの人肉スープにありつける人々は表の顔はエリートの中のエリートで富も名誉もある人々である,それも桁外れに。)Jack o'Lantern。Trick or Treatとは、お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ,という意味ではないのです。Cisco Wheeler女史によるとイルミナティの論理は「狂気の論理以外の何物でもない」とのことです。
この写真は「悪魔の13血流」というフリッツスプリングマイヤー氏からのものですが2008年1月オレゴン州シェリダンの刑務所にいたとき本人に面会し転載の許可を得たものです。上は1993年ビバリーヒルズで行われたイルミナティのハロウイン前日の儀式で生贄となったのは13血流デューク家の大富豪ドリス・デューク
PS:私はゲームの達人,OUT OF EDENのブログ記事でロスチャイルド家 のことを多く書いてきましたが創業者が成功した秘訣はただ一つ「下手にでるときは徹底的に下手にでる」ということです。これを知らないと必ず失敗します。自分の目標を達成するまでは嘘をついても構わないということです。これから世の中で起きることは半端ではないでしょう。しかしそれもすべて仕組まれたものです。変化に対応する能力を身につけられれば何も畏れることはありません。会社でもそうでしょ。嫌な上司に対してはあくまで下手にでて飲み屋では第三者にその上司を誉めること。誉められて怒る人間はいませんしそのそりが合わない上司から「どうだ今晩あたり一杯」と必ず声がかかります。その上司に復讐したければ自分が上司になることです。本当の男とは嫌なことに「ノー」と言える人間ですがまず世間の法律を知り上に述べた「徹底的に下手にでる.....」ことを覚えておくといいでしょう。頭にきたら自我を抑えればすべて丸く治められるのですよ。だけどDemocracyとはDemon+Cracyという悪魔の支配する意味 ですから相手によっては自我など抑えていては殺されますよ。
窓の外はイスラエル市内
天皇家の紋章参照 。
ここでアムセルムロスチャイルドがヘッセン・カッセル伯爵一族から当時の金で500万ドルを掠め取ったかが記事になっています。
http://s03.megalodon.jp/2009-0127-2231-40/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/330.html
Four Bushes profiting from Wars.Four Bushes arming BOTH Side.Behind them there was and there is a Shadow of Rothschild.敵対する相手と戦争させ双方に金を出し儲ける構図がそこにはある。対立物の統一は進化であり,弁証法的進歩において重要な役割を演じるから,対立物の戦争およびそれらの統一こそへーゲルの中心思想と考えることができる。それは正・反・合からなる。資本主義(Thesis)+共産主義(Anti-Thesis)=世界統一政府(a Defact SynThesis)
それゆえにロスチャイルド家の刎頚の代理人jacob Schiffがボルシェビキ革命 に当時の金で2000万ドル使った理由です。Schiff亡き後デヴィッド・ロックフェラーは後任の代理人に任命された。日本ではロックフェラー支配下にあるカルト が代理人となっている。
カルトに賛辞を捧げる売国奴たち参照 。
その他にも同和問題,池田大作会長がローマクラブの名誉会員であったり日本国民は今でも狂気と正気の狭間(はざま)を歩いている現実がある。
以下はCIAの前身OSSの秘密文書から
『日本は社会的ハイテンシオン国家である。ゆえに,緊急や危機場面での情緒の不安定は,抑制の利かない乱暴で,野獣のような残忍な日本の軍隊はアジアの国々の平和な民を失わせた。それは,健全な自己主張も何もない日本という病める社会を象徴している。1605年の徳川幕府にも見られるものである。1923年にいたっては関東での大震災での狂気に満ちた暴動に見られる。
日本における「集団的ヒステリー」は米国太平洋研究所における極東研究所のE・Herbert Normanによって書かれた本によって明らかになった 。それによると多くの日本人の静かさの裏に隠されたノィローゼ的,熱病的な激しい感情が明かされることを想像する上で何もフロイト学派である必要はない。日本人の社会的行動規範の第一の特徴は極度に抑制されたものである。何かにつけ自己保身のためカモフラージュしてしまう行動から伺い知ることが出来る。心理戦争を仕掛ける上で,群集に恐怖感を植えつけるだけでなく,統制のとれた状態から国家より個人の生存のみを重視するやじうま的群集というヒステリックな社会状況が肝心である 。
........今こそ日本本土に対し心理戦争を仕掛けるべきである。これによって日本人の間にフラストレーシオンの輪が確立し価値観にもつながる。すでに,日本のラジオ放送から伺える充分な証拠として,政府の操作はこのフラストレーシオンをチャネリング(達人注:大本営発表)していることである。戦時中サイパン,沖縄が陥落した際,二つの内閣は崩壊した。裏にあるものは(大本営発表)拡大するフラストレーシオンに対して希望を与えるものであった。日本人が終わりなき世界というものよりも,絶対確実なものに置き換えられることによって騙され続けていたことである。
日本人のモラルのバロメーター(判断基準)として鈴木首相の国民にあてた演説がある。沖縄侵略後の小磯内閣崩壊後,直面しつつあった危機を葬り去ろうとした。これは国民にすでにヒステリーの種がまかれていたことを表す。これによって我々は二つのパニック的な状況を日本人大衆の狂ったようなヒステリーをいかにして現実のものとするかであるが,これらは長期的展望に立って自然の力という物理的な戦争による破壊(達人注:人工地震のこと)によって成し遂げなければならない。このような心理戦争キャンぺーンの目的は科学的な爆弾投下(注:原爆)だけではなく,彼ら日本民族の絶滅である。
N・H Heck(US Coast Geodetic Survey次長)によると地震は爆発物によって仕掛けることが可能であるのか?という点である。これはしかるべき時に,前もって地震が起きるべく時限装置であり,その引き金をただ引けばよい。一定の時間と場所で爆発させる(注:地震を引き起こす)為には正確を期すもので,巨大地震を引き起こすためにはどこに仕掛けるかを知る必要がある。いつ,どこでこのExplosive Message(人工地震)を実行するかは難しい点である。マニラ,上海,バタビアの基地はその引き金を引くためにある。小規模地震を繰り返し,大地震につなげていくマニラ,沖縄からはその引き金の射程圏である。
どこにこの巨大地震を仕掛けるかであるが,カリフォルニア大學のP・Byerly教授は時と場所を考慮する範囲を縮小するべきであるとしている。氏はL・H Adams博士への手紙でターゲットの五マイル以内に一年以内に必ず破裂する爆発物が必要あると述べている。これらはPalmer Physical Laboratoryによって試験は行なわれ実証されている。ここで高度な爆発物を仕掛けた人工地震が研究された。これはファンタジーの世界から科学的なものへと人工地震が可能であることが実証された。これによる心理戦争によってパニックに陥れることが可能である。
もし日本での戦略的地域で人工地震を起こさせるべく我々に同調してくれる科学者を配置しているともし知ったとしたら,日本国民はパニック的ヒステリーになるであろう。これらの計画は日本政府への踏み絵である。地下産業という存在は通常の爆弾投下から機械,およびそれに携わるワーカーを保護するものである。このような人工地震によって生きたまま生き埋めになることは簡単に想像できる。巨大水力発電所のダム崩壊による国中の洪水は実物戦争よりパニック的ヒステリー状態を作り出す。
日本攻撃の目的
より否定的なヒステリー状況という流れをかもし出すため,国のリーダーは誰も信じられなく,個人の生存のみに関心を持たせること。この心理戦争キャンペーンは勿論実際の攻撃とともに行なわれる。これによって心理戦争の効果であるパニック状況が増すのである。
その方法
日本人のもともと持つ恐怖心を煽ることによって達成される。すでにフラストレーシオンの輪の多くのサインは見られる。それは何かが壊れるという感覚である。徳川幕府から続く緊張でもある。
媒介として
社会的ヒステリーとパニックを日本人に起こす要因として,火事と地震があげられる。経済的圧迫がある時期,これらは社会的混乱を引き起こす効果がある。火事も勿論必要だが,地震の効果に比べたら比較にならない。
状況
日本のすぐ地下層には不安定な地震層が多い。それは考えられない破壊をもたらす。もし引き金を引くなら,地殻変動的なものになる。地震層は数百万人の命を奪うことになる。この地震層に大小様々な爆発物を埋め込むことによってその距離も正確に割り出されている。最近の原爆によって人工地震は勢いづき,一層人工地震にはずみがつくことになる。もし地下深く原爆が仕掛けられるなら,放射能は現れない。この原爆およびさらなる大規模な爆発物は原爆による放射能によりもたらされた日本人の地震と言う恐怖感を増幅させることになる。
使われるべき装置
雑誌:全てのメディアに挿入される日本人科学者によるある種の暗号により痛ましい地震は解読可能である。原爆使用による人工地震のフィジビリティ研究はすでに終了した。ある日本人地震学者の地震は起きるという偽造文書による協力もある。暗号はラジオによっても知らされる。沖縄の基地から中波によって直接日本本土へ送られる。日本のラジオ放送を邪魔するものであるが,それによって起こるべき人工大地震を事前に知ることが出来る。特に日本政府が地下産業で働くワーカーを保護,避難させるためのものである。翻訳終わり。
これが神戸大震災,今回の新潟地震,および事前に人工地震を知ったむきが北野建設やPS三菱を事前に仕込み売り逃げた裏事情であります。
国のリーダー(首相,大臣)を徹底的に糾弾しある時は死に追い込む。これは国のリーダーは誰も信じられないという不安感をかもし出すには充分である。一日88人が自殺をしていくことに端緒に現れている。そうしている某民族がだれであるか他言を要しまい』
更新できない間,OUT OF EDENは終了しました をじっくりお読みください。何かが見えてくるはずです。
例えば海外のジャーナリストが生物兵器を告発していますが リンクにある拙稿生物兵器 をお読みになれば慌てることはありません。
Rebuilding America's Defences:Strategy,Forces and Resources for a New Century (1992年発行)の主役達。 People involved in the 2000 PNAC report (from top left): Vice President Cheney, Florida Governor Jeb Bush, Defense Secretary Rumsfeld, Deputy Defense Secretary Paul Wolfowitz, Cheney Chief of Staff I. Lewis Libby, Undersecretary of State John Bolton, Undersecretary of Defense Dov Zakheim, and author Eliot Cohen. [Source: Public domain]
ワシントンがアルカイダに資金提供していたことを暴いた 英国の友人クリストファーストーリー氏と管理人。これによって偽テロは不可能になったがカリフォルニアを財政破綻に追い込んだ後は..........彼と私のみが知っている。恐らくMicro Nuke(サムソナイト爆弾)が地下深く埋め込まれているはずだ。今すぐカリフォル二アから脱出するべきだ。数年以内に24の州が壊滅的な悲劇に襲われる可能性も否定できない。そうなればFEMA の登場となる。
US is funding AL-QAEDA
「その日,ダビデの家とエルサレムの住民のために,罪と穢(けが)れを洗い清める一つの泉が開かれる...........剣よ,起きよ,わたしの羊飼いに立ち向かえ わたしの同
僚であった男たちに立ち向かえと万軍の主は言われる。
羊飼いを撃て,羊の群れは散らされるがよい......。この地のどこでもこうなる,と主は言われる。三分の二は死に絶え,三分の一が残る。この三分の一を私は火に入れ 銀を精錬するように精錬し金を試すように試す。彼がわが名を呼べば,わたしは彼に答え「彼こそわたしの民」と言い 彼は,「主こそわたしの神」と答えるであろう,と<ゼカリア書第13章>。つまりヤハウエというイスラエルの神の名の正義のもとに神は殺せと命じ絶対的封建主義的王国を造る意味なのです。
見よ,泥棒たちの証拠書類
FEMA Concentration Campは残念ながら存在します。数えられない位記事を書いてきました。この目で確かめようと2008年1月オレゴン州ポートランドのCoffee Creekでのほぼ完成したCAMPも命からがら見てきましたがちゃんと囚人護送用の鉄道もありました。恐ろしいことです。まるで悪夢を見ているようでしたがこれが現実です。またUNPolice(国連警察)が取り締まりをしている現場にも遭遇しました。これが何を意味するのかもう今さら説明はしません。ある意味ではマヤ暦の終わる2012年12月21日の前後3週間でポールシフト(極移動)でも起こりこの世が終わりを告げてくれればいい,なんて時々思ったりもします。
50
2009/6/16
われら役者は影法師,皆様方のお目がもし,お気に召さずばただ夢を,見たと思ってお許しを。つたない芝居でありますが,夢にすぎないものですが,皆様方が大目に見,おとがめなくば身のはげみ。
パック<夏の夜の夢>
人間生まれてくる時に泣くのはな....阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからだ。シェークスピア<リア王 >より
ある阿呆がいたのです,まだら服をきた阿呆が。やつは寝そべって日向ぼっこをしながら,運命の女神をののしっていました。やがてポケットから日時計をとりだすと,光の失せた目でそれを眺めながら,吐いた言葉はまさに賢者の言葉でした。
「今は十時である」とやつははじめました。「こうしてわれわれは世の中の移り変わりを知ることができるのだ。一時間前は九時であった。一時間後は十一時であろう」かくのごとく時々刻々我々は熟していく。しかしまた時々刻々われわれは腐っていく,そこにこそ問題がある」
シェークスピア「お気に召すまま」より
明日,また明日,また明日と,時は小きざみな足取りで一日一日を歩み,ついには歴史の最後の一瞬にたどり着く,昨日とという日はすべて愚かな人間が塵と化す死への道を照らしてきた。消えろ,消えろ,つかの間の燈火(ともしび)。人生は歩き回る影法師,あわれな役者だ,舞台の上でおおげさにみえをきっても,出場が終われば消えてしまう。わめきたてる響きと怒りはすさまじいが,意味は何ひとつありはしない。シェ−クスピア<マクベス>より
.......After death, The undiscovered country,from whose bourn No traveller returns..........
........死後の世界は未知の国だ,旅立ったものは一人として戻ったためしがない...<ハムレット>
(翻訳は「東大パチンコ愛好会会長」の小田島雄志氏による)
神はいない?偉人達の言葉
「それからあの賢く抜け目のない男が現れた,神々への恐れを最初に発明した男が......。彼は一つの物語を,とても魅惑的な教えを案出し,いつわりの伝説のベールで真理を隠した。彼は恐ろしい神々の住まいを語る,回転する天球の,雷鳴が轟き稲妻の恐ろしい閃きが目をくらませるところ.......。こうして人々の周りに恐れの縄を張り巡らした。崇高なところに住む神々で彼らを取り囲み,呪文で魅了し,ひるませてーーーーそして無法が法と秩序に変わったのだ」<クリティアス>
彼はプラトンの曽祖父であるが,詩人であり,人民を「説得する」ために,すなわち脅迫して服従させるために宗教を作り出した賢くもずるい男を讃える(管理人注:讃えられているのは弁証法の父ヘラクレイトスのこと)。クリティアスの見解では,宗教とは偉大で賢明な政治家の堂々たるうそに他ならない,と。(カール・ポパー)
偉人達の妻にまつわるお話
別の男に妻を盗まれた場合、一番の復讐はその男に妻をキープさせておくことだ。 (サッチャ・ギトリー)
女というものはいつ請求書を出そうかといつもそれしか頭にない(アーネスト・へミングウエイ)
男の顔は領収書,女の顔は請求書<藤本義一>
女は男の属する会社と結婚し男の失業とともにすべて終わる<管理人>
タイ語でどうにもならないという言葉があります。「タム・アライ・メダーイ」と。大洪水などでどうにもならない時はどうにもならないのです。また好きなタイの諺があります。「ナームマー,プラーキンモット,ナームロットモットキンプラー」。「雨季には魚が蟻を食べ,乾季には蟻が魚を食べる」という意味です。タイの僧侶に聞いた話です。名もない市井の人にも語りつくせない人生があるように,また,晩節を汚す人もいれば死を選ぶ人もいる。勝手にやってちょうだいよ。私は最後まで人生を楽しんで生き抜く覚悟です。そう,不足もなければ,余剰もなく,必要なだけがそこにあり,必要なだけ使うという人生。これ最高なり 。(足るを知らないため必要以上に求めるから晩節を汚すことになるのです)
もし,今あなたが苦しい絶望的な生活を余儀なくされているとしたら「神に感謝しなさい」。そういうチャンスを与えてくれたことを。かつての私がそうでした。そしてそこから抜けでるエネルギーを神は必ず与えてくれます。後は運命の女神との戦いが始まるわけです。女神は生きるという闘争心のない人間には見向きもしません。女神は「人間万事塞翁が丙午 」のようなことをするので後で感謝することもあります。そのためには毎日『徳を積む』のがよいでしょう。エサの無い時期の雀(すずめ)にエサをあげることだってそうですよ(笑)。雀の恩返しって本当にあるんですよ。
われら役者は影法師,皆様方のお目がもし,お気に召さずばただ夢を,見たと思ってお許しを。つたない芝居でありますが,夢にすぎないものですが,皆様方が大目に見,おとがめなくば身のはげみ。パック<夏の夜の夢>
↑ 人間万事塞翁が丙午とは?
スラムに流れ込む人たち
悠久のインド・コルカタ(旧カルカッタ)
アジア最大のスラム街インドのムンバイ 。
問題はこのスラム街からもはじかれてしまう人たちがいるということです。カースト制度は憲法で廃止されていますがその思考原理を解明しないといくら手助けをしても無駄になります。
以下の写真は上記管理人の許可を得ております。
スラムの先に高層建築物が見える。いわば,丸の内と銀座の中間にスラムがあるという感じです。
このブログの最初で書きましたバングラデッシュのNGOであるグラミン銀行ですがNHKでもやっていましたね。貧乏人は金利100〜200%でも借りられないのに20%で貸し,しかも不良債権は殆どなく利益をあげているのですが日本のサラ金よりも金利が高いわけです。日本ではパチンコで負けたのでサラ金で借りまくるとかなにか日本という国に住むゴイム(獣)たちは刹那主義で生きているんでしょうか。スピノザは言っています。「もしあなたの住む国が忌まわしいものと感じるならばそんな国は消えてなくなったほうがいい」と。私は思います。そんなゴイムよ早く死んでくれ,と。言っていいのか分かりませんがH・Gウエルズの本などを完全に読むと「世界統一政府」というのはなにか「シャングリラ」をつくることではないかと最近考えています。なぜかそういう風に考えてしまいます。今日は用事で沼津まで行ったのですが小田急線で人身事故があったとニュースが流れていました。死にたきゃどんどん死になさい! あたしゃ生き残るよ。電車に飛び込む勇気なんてないからね。そして人生をとことん楽しむ 。 人は生かされているなんて嘘だよ,やっぱ。地べたに這いつくばって生きているんだ。
前の記事で映画「ライムライト」で道化師のカバレロ(チャップリン)が自殺をはかったバレリーナのテレーズに言ったでしょ。『人生に必要なものは勇気と想像力と少々のお金だ。生き,苦しみ,楽しむんだ。生きてゆくことは美しく素晴らしい。 死と同じく生も避けられない 。宇宙にある力が,地球を動かし木を育てる。君の中にあるのと同じ力だ。その力を使う勇気と意思を持つんだ』と。
フェミニズムとはヘンリー・メイコウによるとイルミナティによって仕掛けられたものだそうですがやはりそう思います。美人,とくに絶対的な美人であった当時の宮沢りえさん(お母さんはドブス)がヘアーヌードしたらすべてヘアー解禁になっちゃった。りえさんが法律なんですね。結婚してすぐ浮気なんてする人は男女の本質を知らないんでしょう。「片翼だけの天使」というソープランドの女性と結婚した作家の本がありますけどそういう女性は浮気なんてしませんよ。
小学館文庫
片翼だけの天使
生島 治郎【著】
小学館 (1998/03/01 出版)
488p / 15cm / A6判
ISBN: 9784094022612
NDC分類: 913.6
価格: ¥760 (税込)
特攻隊くずれのディック・ミネさんは生前言っていました。「何千人の女とやってもみな同じ。一人の女を愛した方がいい」とね。
苦しみを知らず、また苦しみの生起するもとをも知らず、
また苦しみのすべて残りなく滅びるところをも、
また苦しみの消滅に達する道をも知らない人々、 ---
かれらは心の解脱を欠き、また智慧の解脱を欠く。
かれらは(輪廻を)終滅させることができない。
かれらは実に生と老いとを受ける。
しかるに、苦しみを知り、また苦しみの生起するもとを知り、
また苦しみのすべて残りなく滅びるところを知り、
また苦しみの消滅に達する道を知った人々、 ---
かれらは心の解脱を具現し、また智慧の解脱を具現する。
かれらは(輪廻を)終滅させることができる。
かれらは生と老いとを受けることがない。
Suttanipaata 724-727
明らかな知恵によって四つの尊い真理を見るときに,この人は迷える生存の妄執を破り摧く道を明らかに知る。
風によって吹き上げられた塵が雨によって静まるように,ひとが明らかな知恵によって見るときに,諸々の欲望の思いが静まる。
Udanavarga XII 1-2
涅槃(解脱)について:
もろもろの現象は無常である。
生じたり滅したりする性質をもっている。
生じてはまた滅する。
それらのものが静まれば安楽である。
DN II, 157 (Mahaaparinibbaana-s.) ; Jaataka 1, 392
安らぎ(涅槃)は虚妄ならざるものである。諸々の聖者はそれを真理であると知る。かれらは実に真理をさとるが故に、快を貪ることなく平安に帰しているのである。
Suttanipaata 758 (
出典はここから )
人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)
中国の北の方に占いの上手な老人が住んでいました。さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
ある時どういうわけか、その老人の馬が北の胡の国のほうに逃げていってしまいました。この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。
「このことが禍(わざわい)にならないとも限らないよ。」
しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
1年が経ったころ胡の人たちが城塞に攻め入ってきました。城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くは戦いで死んでしまいました。しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。
この話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ )」に書かれています。
「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは日本で言う人間(にんげん)の事ではなく、世間(せけん)という意味です。「塞翁」というのは、城塞に住んでいる「翁(おきな)=老人」という意味です。総合すると、「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」という事です。
例えは沢山ありますが,ソニー創業者の一人井深大氏は東芝の入社試験に落ちています。入っていれば今のソニーはなかったはずです。人生って面白いね。
道化とは? つまり道化の涙は血の涙ということだろう。
『あらゆる劇は"世界の究極の意味を探る試みであると言える。その場合に、一つのやり方は、人間を超えた絶対的な目、つまり神の目を想定し、その目で見れば世界は隅々まで見えるのだと考えることである"。
"もう一つのやり方は、絶対的な目の存在を認め、しかもそれを人間のものと考えることである"。"我々は歴史の流れの中にある法則性ないし秩序を認め、歴史の目で見れば世界の意味が分るだろうと考えるのである。つまり、人間は歴史に究極の意味の認識を委ねるのであって、いわば歴史が神の代りをするのだと言える"。
"道化の精神はこれら二つのやり方のどちらもとらない"。人間を超えた絶対的な目も、歴史の法則性も否定する。"世界の究極の意味を現在この場で見てしまおうというのだ。道化の立場から見れば、過去と現在と未来との間には何の相違もないことになる。誰が王になろうと、誰が権力闘争から脱落しようと、同じことだというわけだ。人間とは要するに、自らの意志とは無関係にこの世に生まれ、欲望に動かされて生き、何の理由もなくやがて死ぬものなのだ"。
"道化とは完全な認識を得ようとする人間のことだ"。神にもっとも近づいた時のあり方だが、"しかし、人間は神ではない。賢明な道化はそのことを知っている。だから道化にできるのは、あたかも自らが神であるかのように、あたかも自らが世界の究極の意味を知っているかのように振舞うことだけである。 あらゆる道化につきまとう演技性はこうして生まれてくるのではないか。フェステやタッチストーンは、あるいはハムレットやフォールスタフは、愚者ないし狂人を演じているにちがいないが、彼等はまた神をも演じているのである" 。(喜志哲雄「シェイクスピアの道化」)』
参考:スタニスラフスキーの演技論
現在の新宿2丁目はかつての赤線地帯である。パンパンくずれの梅毒もちの女の掃き溜めであったこの2丁目も作家にかかると見違える女になる。
『青春の門・自立篇で早稲田大学へ入ったばかりの信介は,ある日校門の前にいた2年生の緒方に出会い,物語は始まる。緒方は演劇を専攻し信介は,はじめて新宿2丁目の「かおる」を知る。学生は金がない時,かおるのもとへ本を持参して金を借り,バイトが終わると借りた金と引き換えに本を返してもらう。
いつもかおるの部屋は,貧乏学生の本でうまっていた。悲しい真理を知りつくしている哲学者的「かおる」と楽しい真理しか知らない学生との交流を描いている。
緒方は信介に言う。夜になると面白いぞ あっちでもこっちでも女達の例の声がきこえてな。あれは客に早く行かせるための演技にすぎんがね。
「スタ二スラフスキーの演技論 ]では,まず自分が感情移入して その役と状況に没入してしまわなきゃならん。
だがここは演技で没入しちまったら意味がないだろ。自分はあくまでも醒めていて,客だけを興奮させなきゃならんのだからな。
夢中にならず真に迫る ,という困難な命題が彼女達には課せられているわけだ』
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2009/6/11
絵は森本哲郎氏の「僕の旅の手帳」から(角川書店)
もし幸運にも,若者の頃,パリで暮らすことができたなら,その後の人生をどこですごそうとも,パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。
ある友へ
アーネスト・へミングウエイ
1950年
「私は雨の中を歩いていった。通りを下ってアンリ四世校と古いサン・テティエンヌ・デュ・モン教会の前をすぎ,風の吹き渡るパンテオン広場を通り抜けてから風雨を避けて右手に折れる。そこからようやくサン・ミシェル大通りの風のあたらない側に出たら,そこをなおも下ってクリュニー博物館の前を通り,サン・ジェルマン大通りを渡っていくと,サン・ミシェル広場の,通い慣れた,気持ちのいいカフェにたどり着く。そこは暖かくて,清潔で,心なごむ,快適なカフェだった。
私は着古したレインコートをコート掛けにかけて乾かし,くたびれて色褪せたフェルト帽を長椅子の上の帽子掛けにかけてからカフェ・オ・レを頼んだ。ウエイターがそれを運んでくると,上着のポケットからノートをとりだし,鉛筆も用意して,書き始めた」
アーネスト・へミングウエイ
移動祝祭日より(高見浩訳)
日はまた昇る かつての芥川賞「太陽の季節」の文体,内容はこの本より感化され,性的な部分の表現は武田泰淳の「異型の者」からと思われる。しかし「異型の者」はタイミングよく絶版。冒頭のはじめに書きましたが日本では実証的な学問は進歩しないで,へーゲルはこういった,それをある人がこういったというふうに,特定の個人に対し権威ずけが行われ,それが自己形成の<完了>を阻害してきました。現在も全く同じです。つまり相手が何処の馬の骨か分かるまで,また,たとえ分かったとしても親しくなるには大変な労力を必要とします。例えば私事で恐縮ですが1990年のある日の午後,丸の内の立ち飲みやでチューハイを一杯やっていると隣にいた英国人とすぐ打ち解けて話をしましたが彼は英国の一流新聞の東京支局長で名刺はくれるし自宅の電話番号まで入っているのです。このような友人関係は「Alcoholic Aquaintance」といって「飲み友達」の意味ですが英国のパブなどでは一般的のようです。会った瞬間からすぐ飲み友だちになれるのは日本人では無理のようです。12歳の国民と言われてから久しくその上杓子定規で一歩も進化していないようだ。国は国で大本営発表 をやっていますね。一番各個人にとって大切なのは変化に対応できる能力を身につけることです。他人なんてどうでもいいんですよ。あなたが不幸になれば喜ぶ連中ですからね。ところで天才とは必ず不幸な生い立ちをするものです。
「Kennington Road 2nd Fl.oor room287」
チャーリー・チャップリンはここで父と母ルーシーと義兄のシドニーと一緒に生まれ育った。父はボードビリアン 母はもと舞台歌手 歌手といっても後ろのほうで歌う歌手であった。客はチップをはずむかわり父は毎日浴びるように飲むのが芸人としてのしきたりであった。父はアル中となり働くことが困難になった。母は最期の財産である中古のミシンでかろうじて裁縫によって生計を立てていた。
しかし家賃の支払いにも事欠きついに,ミシンが無常にも大家によって没収された日,チャップリンが学校から帰ると門の前で,女の子がさけんでいる。Your mother's gone insane.あんたんちのお母さん気が狂った.......気が狂った。
それが嘘ではないことはすぐに確認できた。 その後チャップリンは米国で成功し母も引き取り看護人付きの邸宅をあたえたが,元の母に戻ることは二度となかった。一度チャップリンは生まれ育った故郷のKennington Roadにある3Pownall Terraceの古びたアパートを訪れ外から感慨深げにニ階の287号室を眺めながら,回想する。母が病院で自分に言ったことをーーーもしあの時午後の暖かいティーとクッキイがあったら,今でも元気だったのに。チャップリンの目に涙があふれた。
あの頃起こったことは夢で,今の生活が現実なんだ。チャップリンは街の灯など無声映画を最後にトーキーへの転換を模索していた。そして最高傑作の「Limelight」が完成した。
アパートの設定は昔懐かしい故郷の家だ。ガス自殺を図った一階の女性を救い出し自分の部屋で介抱する。自分はもう売れない過去のコメディアン「カバレロ」。彼女は一流劇場のバレリーナ しかしショックで歩くことが出来なかった。偶然自殺未遂を救ったテレーズにチャップリンはいいます。
「人生に必要なものは勇気と想像力と少々のお金だ。生き,苦しみ,楽しむんだ。生きてゆくことは美しく素晴らしい。 死と同じく生も避けられない。宇宙にある力が,地球を動かし木を育てる。君の中にあるのと同じ力だ。その力を使う勇気と意思を持つんだ。 おやすみ テレーズ .................その後テレーズは回復し劇場でバレーのプリマをつとめる。テレーズはネビルというピアニストから愛を告白される。「彼(カルベロ)の心,優しさ,悲しさーHis soul,sweetness,sadness−私をそれから離させないわ。とテレーズは答える。
アパートのドアーの裏で酔いどれていたカバレロは二人の会話を耳にはさみ ある日突然姿を消してしまう。テレーズとネビルの二人はやっとカバレロをみつけ 舞台で競演する。カバレロは最後に心臓麻痺に襲われる。テレーズの踊りがはじまる。テレーズはなにも知らず踊り続ける。 テレーズは何処? 彼女の踊るところを見たい。ライムライトの音楽が流れる中,カバレロはテレーズの踊りをみながら死んでゆきます。
..............チャップリンは生涯4度結婚しています。そして4度めのオーナはチャップリンを最後まで見届けた。波乱万丈の人生はスイスのレマン湖をみおろす静かな邸宅で心安らかにあくまでも穏やかにオーナの手を最後まで握ったままその一生を閉じた。
『ベルエポックのパリ。一人の天才少女は, 神の命じるままパリのベルヴィルの歩道に生み落とされた。
少女の名はエディット・ピアフ。親戚の売春宿にあずけられたピアフはある日盲目になる。娼婦たちはノルマンディの修道院 聖女テレーズのところでピアフとともに,祈りを捧げた。奇跡は起こった。1921年8月25日 聖ルイの祝日,ピアフの視力は回復した。
しばらくするとピアフは父とともに毎日街でシャンソンを歌った。(ピアフ独特のOシルコンプレックスはこの街で生まれた) ピアフは詩人のジャンコクトウに巡り会い教養を身につける。
そして華々しくデビューする。すべては順調であった。イブモンタンやシャルルアズナブールも育てた。「バラ色の人生」から「愛の賛歌」への移行寸前,ニューヨークで恋人をまちわびるピアフに訃報が届いた。恋人のボクシングミドル級チャンピオン マルセル・セダンがニューヨークへむかう途中 機は墜落した。
ピアフは公演中観客を前にして倒れた。 パリへ帰ったピアフを待っていたのは,オランピア劇場での長期公演であった。オランピアで歌うピアフの「愛の賛歌」は神がその日を待ち望んでいたかのように残酷な試練を与え,かつてピアフが身ごもった子さえ殺してしまうという悲痛を与え そのかわり「情熱」というプレゼントをし愛の賛歌は完成した。観客は泣き慟哭し幕がおりてもしばらく立ち上がれなかったという。
自動車事故,自殺未遂,発狂,酒におぼれた日々,麻薬中毒,入院。 ピアフは死にもの狂いで「愛」を貫き歌った。マルセルの死後マルセルの長男を引き取り,我が子同然に可愛がった。
現在ピアフ博物館の館長をしている。ピアフは1963年10月 47歳で亡くなる一年前テオ・サラボと結婚し何曲か自宅で録音したが,死を目前にしたピアフの声はもう,あの時の声ではなかった。
パリの新聞が「ピアフの死」を伝えるとジャンコクトウは後を追うように逝った』
僕がタイから帰ってきてから久しぶりにパリへいった。1999年パリのオルセー美術館でマラルメ没後百周年を記念してマラルメ展が開かれていた。ひょんなことからE・T氏と知り合いになりパリ郊外の静かな自宅に招かれた。ポール・ニザン(1905−1940)の孫で僕が二ザンの書いた「アデン・アラビア」を読んでいたからなのでしょう。
その晩二人は歴史,中東,言葉と現実の乖離,欧州文明などを夜更けまで話し合った。1976年T氏の書いた「最後の転落」や最近の「帝国以後」では僕はもっぱら聞き役であった。フランス人の夕食は長い。さすが話すことも文化なら食べることも文化の国である。僕はあまりの至福と贅沢な瞬間に眩暈を感じ,T氏の顔をじっとみつめていた。少し酩酊状態になった僕のフランス語をまるでブルターニュ訛りだとT氏は大げさに哂った。
朝の太陽が西から美しく昇るころ,マラルメ・ランボー・べルレーヌに話が及んだ。最後はコントル・ペトリ(フランス語のアルファベットを並び替える下ネタ話)でシラクを二人でこっぴどくやっつけた。気がつくと酔っ払ったT氏は椅子に座ったまま,後方にどどっと倒れこんだ。
巷に雨の降るごとくわが心にも雨のふる
Il pleure dans mon coeur Comme il pleut sur la ville
この短い珠玉の詩は「言葉なき恋歌」とする冒頭に描かれている。全体は<忘れさりし短編詩><ベルギーの風景><水彩画>でなっている3部作で,ランボーとの旅の思い出をつずったものです。
酩酊したベルレーヌはランボーにピストルの引き金を引き,2年間のモンスの獄中の間にこの詩を詠った。一方ランボーは「俺はすべてのことが厭になった」と嘆き手元の原稿を全て焼き払った。
サンマルタン運河。6号油絵(管理人所蔵)
ポール・ヴェルレーヌ「秋の歌」より
chanson d’automne par Paul Verlaine
秋風の
ヴィォロンの
節ながき啜り泣き
もの憂きかなしみに
わがこころ
傷つくる
時の鐘
鳴りも出ずれば
せつなくも胸せまり
思いぞ出ずる
来し方に
涙は湧く
落ち葉ならぬ
身をばやる
われも,
かなたこなた
吹きまくれ
逆風よ
(堀口大學訳)
秋の日の
ヴィォロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かえて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもいでや
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らう
落ち葉かな
(上田敏訳:題名・落ち葉)
秋のヴィォロンの
その啜り泣き
単調な物憂さよ
私のこころを
傷つける
蒼く息苦しくも
また,
刻を告げる
その調べよ
私は思い出す
なつかしき日々を
楽しき日々を
私はいま去って逝く
あの意地悪な風に
誘われ
泣き濡れて
どうか
告げておくれ
まるで
枯れ葉が
舞うように
刻の終わりを
鐘が告げる
(管理人訳)
解説・ランボーとの同性愛の末の拳銃発砲事件で獄中ヴェルレーヌがカトリックに転向して書いた宗教詩にSAGESSE(叡智)などもある。
なおこの作品はボードレイルの秋の歌(Chant d’automne)を強く意識した作品でもある。
ギヨーム・アポリネール
Guillaume Apollinaire
1880〜1918
ミラボー橋
ミラボー橋の下セーヌは流れる
僕らの愛と変らずに
想い出せば
悲痛の後の喜びよ
黄昏が来たりて 鐘は刻を告げる
日々は過ぎ行き 僕は一人ぽっち
手を取り合い 瞳みつめ
腕を組みあい 橋の下
セーヌは流れる
永久の微笑みも 流れるまま
消えてゆく
黄昏が来たりて 鐘は刻を告げる
日々は過ぎ去り 僕は一人ぽっち
愛は流れゆき 水のごとく
過ぎし日の
愛はまぼろし
黄昏が来たりて 鐘が刻を告げる
時は過ぎ行き 僕は一人ぽっち
黄昏は来たりて 鐘が刻を告げる
時は過ぎ行き 週が去っても
あの頃はもう 戻らない
ミラボー橋の下 セーヌは流れる
時は去り 僕は一人ぽっち
「管理人訳」
Le pont Mirabeau
Sous le pont Mirabeau coule la seine
Et nos amours
faut−il qu’il m’en souvienne
La joie venait toujours apres la peine
Vienne la nuit sonne l’heure
les jours s’en vont je demeure
Les mains dans les mains
restons face a face
Tandis que sous le pont
de nos bras passe
Des eternels regards l’onde si lasse
Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure
L’amour s’en va comme cette eau courant
L’amour s’en va comme le vie est lent
Et comme l’Esperance est violente
Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure
Passent les jours et passent les semaine
Ni temps passe
Ni les amours reviennent
Sous le pont Mirabeau coule la Seine
Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure.
アポリネールはポーランド系移民。20歳の時巴里へ来る。
ピカソのアトリエで27歳の時22歳の画家のマリー・ローランサンと出会う。
しかしひょんなことから二人の愛は破局する。ローランサンと離別してから5年後病に倒れ終焉の時を迎えた。枕元にはローランサンが描いた「アポリネールと友達」の
絵が捧げられていた。蝋燭の焔が静かに消え入るようにアポリネールはローランサンの真の愛を知らぬまま静かに息を引き取った。アポリネールの詩はまた句読点がないことでも知られる。
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