小学館の学習雑誌のうち、「小学5年生」と「小学6年生」が廃刊になるそうです。
ニュースでは随分大きく取り上げられ、私とほぼ同世代か、少し上のコメンテーターからは「残念だ」とか「時代の波にのれなかったか」など、ありきたりな発言が聞かれましたが、かつて読者だった私としては、「そんなこと言ってる貴方は、「小学六年生」まで購読してましたか?」と聞きたくなります。
なぜなら、私が「六年生」を読んでいたとき、周りの友だちはほとんどが「リボン」「なかよし」などの漫画雑誌か、早熟な子なら、「平凡」「明星」などの芸能誌、「non−no」などのファッション誌を読んでいたからです。
もちろん、彼女たちも、多くは小学校入学のときには「小学一年生」を買ってもらったのでしょうし、低学年の間はそれを読んでいたのかもしれませんが、「六年生」まで読んでいた人は少なくとも周りにはいませんでした。
当時、親しくしていた友だちから、「MOMOが読んでるのは「小学六年生」、はっきりいって幼稚すぎて話が合わない」と直接言われたこともあります。「小学六年生」が悪いわけではなく、6年生になっても、そういう「お利口さん」雑誌を何の抵抗もなく受け入れ、ファッションにも芸能にもさして関心のない私に対する批判だったのでしょう。
ですから、コメンテーターがしたり顔で「最近の小学生はニーズが多様化していますからね」なんて言っているのを見ると、「何寝ぼけてるの?30年前からそうでしたけど?」と言いたくなります。
ドラえもんなどの人気漫画は学習雑誌から誕生しましたが、そうした児童向けではなく、もっと複雑で、読みごたえのある漫画はやはり漫画専門誌に叶うはずがなく…児童向けでも、「学習雑誌」の制約があって、あまり過激なギャグ漫画を載せるわけにはいかないわけで、だからこそ、子どもたちは次第に同じ出版社の「コロコロコミックス」に惹かれていったのです。
では、学習雑誌としてはどうかというと、きわめて中途半端…年齢があがるにつれ、塾や通信教育を利用する子どもが増えますし、そもそも読者である子どもたちの需要があまり高くないので、作り手もそれほど力を入れていないように見えます。
概して企画は単発であり、今月は「歴史おもしろ事典」の付録がついていたけれど、次の月は「算数の苦手克服マシーン!」…教材の形式にも目的にも連続性がなく、「江戸時代の…」のあと、必ずしも「明治時代の…」は来ないのです。
塾などを利用していなかった私は、懸賞ハガキなどで折に触れ、「前の教材の続きを作って下さい」と書いていましたが、レアな意見として無視されていたのでしょう。
つまり、多くの子どもにとって、学習雑誌は「最初に親に与えられる無難な雑誌」ではあっても、漫画や芸能に特化している他の雑誌に比べると内容は中途半端で魅力に欠け、「敢えて自分から選ぼうとは思わない」、「役に立たない」雑誌であったのだと思います。
廃刊に驚くよりも、むしろまだ存続していたことに驚きを感じます。
…と、こんなに批判的ですが、私自身は小学校を卒業してから、「中一コース」の購読を始め、高校3年生用の「大学受験Vコース」まで購読を続けました。
これは、一人っ子で情報収集力もその意欲にも乏しい私にとって、総合誌が手軽で便利だったからです。最先端のファッションや音楽が載っていなくても「今の流行り」は大体掴める…私はそれでよかったし、「流行り」系はそれ以上追いかけたいとは思いませんでした。
学習の企画は相変わらずパッとしませんでしたが、高校3年生のときは某大手予備校との提携企画がいくつかあって、重宝しました。
大学に通っている先輩に話を聞いてみようという企画に応募したら、今勤めている大学の1年生(つまり、私の1学年上)の人から勉強の仕方などいろいろアドバイスを受けることもできました。
高校2年生から大学2年生ぐらいまでは、自ら「コース記者」「アドバイザー」も勤め、誌面の編集にも意見を出したり、情報提供したりしました。いわば、「恩返し」ですね。
年齢や環境に応じた情報を得たいとき、今ならネットが使えますが、プロが編集した情報誌にはそれなりの価値があります。
NANAはドイツにいたとき、私の両親が送ってくれた幼児雑誌を読んでいたので、帰国後も「浦島太郎」にはなりませんでした。NANAは今、「GO!GO!吹奏楽」という季刊雑誌を読んでいますが、あれこれ必要な情報が載っていて初心者には役に立つようです。いつか、それでは物足りなくなったとき、卒業すればよい…
いろんな情報が少しずつ載っている総合誌にも、独自の存在意義はあります。その意味で、廃刊は残念だなあと私は思います。

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