♪かな〜しくて、悲しくて、とてもや〜りきれ〜ない♪
このところ、つい口ずさんでしまいます。とうとう、「ママ、最近、その歌ばっかりやん」とNANAに呆れられてしまいました。
加藤和彦さんの訃報は、いろんな意味でショックでした。
私は1960年代後半の生まれです。だから、加藤さんの歌は、一世代前のものです。けれど、私が生まれたころから小学校に入るまで、つまり、私が最も長い時間、家で母と過ごした時期に流行っていた曲です。
私の母はよくラジオを聞きながら、家事をしていました。ラジカセを手に入れてからは、気に入った曲が流れるとカセットテープに録って、繰り返し聞いていました。
母は演歌を好みませんでした。ラジカセから流れてくるのはフォーク…だから、私が最初に接した音楽は60〜70年代フォークであり、その旋律、リズムはしっかりと私の身体に刻み込まれているように思います。
決してフォーク世代ではないのに、その時代の音楽は、まるで子もりうたのように、私にとって妙に心地よい…もし母がビートルズにはまっていたら、ビートルズの音楽が私の原点になっていたでしょう。ビートルズが来日したのは、私が生まれた年ですからね。
数年来うつ病を患っておられた、と報じられていました。創作上の悩みを抱えていた、とも…
ふと、10年前に亡くなられた桂枝雀さんを思い出しました。
齢六十を過ぎてなお、妥協することなく、あるべき理想像を追い求め、追い求め…まさに、芸に殉じたような…
訃報から2日後、NANAのバイオリンの先生がレッスンのとき、一言だけ、「ええ人やったんやけどなあ…」とおっしゃったそうです。加藤さんと一緒に仕事しておられた人だから、まだ気持ちの整理がつかなかったのでしょう。
北山修さんも、昔話をしながら老後をともに過ごすことを楽しみにしていたのに、とコメントしておられました。北山さんは精神科医でもありますから、こういう形での別れはさぞ無念だったでしょう。
若い頃と同じペースで、いや、むしろ、よりハイペースで、完璧に仕事をこなす姿は素敵だけれど、周りは、そんなカッコイイ姿だけを見たいわけじゃない…
自分のからだも思いどおり動かず、人のこころも思うように掴めなくなって(実は、若い頃も、本当は掴んでいなかったのかもしれませんが!)、いっぱい悩んで、そこから、また違う何かが生まれたかもしれない…それは新しい形の芸術かもしれないけれど、今まで気づかなかったような、小市民的な幸せかもしれないわけで…
いずれにせよ、凡人としては、悲しくてやりきれない気がします。

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