2009/6/22
教育サービス?過保護? 特別支援教育・その他の教育
初めての試験が終わり、同じ時期に、初めてのノート点検もあって、いろんな問題が「目に見える」形で現れてきました。
中学入学以来、「動かざること山のごとく、静かなること林のごとく」でやってきた(といえば、格好いいですが、実態は単に「余裕がなかった」)我が家も、今後のためには、そろそろ本格的に動いたほうがよさそうで…
学校側もそういう意識を持っているのか、先週末に、ある調査を行いました。
質問は、各種悩み事…学校が楽しくない、勉強のやり方が分からない、家庭の悩みがある、異性が気になるなど、かなり繊細な部分に突っ込んだ内容のものです。何に使うのかと思ったら、今週は早速、その資料を使って個人面談があったようでした。
「一人15分やけど、オレ、長引きそうやし、最後にしてもらうわ」とNANA。
「そうやね、多分、先生もそのつもりでいはるんちゃう?よう聞いてもらいや」
「いや、オレの場合、聞いてもらって解決するわけやないから」?!
こういうところ、大人というか、何というか…
で、先生はというと、面談の席で、「なるべく(学校へ)来てね」とおっしゃったそうで、これまた、何というか…
どうやら学校には、「登校を促す」という持ち札しかないように見えます。これは、行き着くところ、「家庭訪問+連れ出し」?はたまた、「落ちていくヤツは仕方ないから、切り捨て」?!
どちらも、私としては、いただけない…
生徒の変化を求めるだけでなく(ましてや、促しに応じない生徒を切り捨てるのでもなく)、学校側からの歩み寄りも要る、つまり、学校側でも「登校しやすい」環境、「居心地のよい」環境を作る努力をしなければならない、と思うわけです。
別に、学校をNANA向けに変えようというわけじゃありませんし、学校の何かが変われば、直ちにあらゆる不登校児がいなくなるわけでもありません。しかし、当然のことながら、いくら「いい学校」でも全く問題がないわけじゃない、今まで「気づかなかった」こと、「気づいていても、変えられなかった」こと、どんな些細なことでも、変えてもみたらいいんじゃないか、思うのです。
「気づき」には生徒や保護者の声が必要ですし、その声に耳を傾ける、謙虚な態度も必要です。学校だけでは実現できないこともあるでしょうから、保護者や地域の協力を仰ぐ必要も出てくるでしょう。学校は教師の「聖域」ではなくなり、「自由裁量」の範囲は狭くなる危険もあります。それでも、教師だけで環境の改善を図るには限界があります。
教師の目では「当たり前」と見逃してしまう問題…
たとえば、提出物や期日に関する情報の周知方法は教科ごとでバラバラです。文書を配布する科目もあれば、授業中口頭でのみ指示する科目もあります。提出時期はほぼ似通っていますが、その時期に一覧表が出るわけではなく…授業中にボーッとしていて聞き漏らした生徒は「自業自得」なのかもしれませんが、欠席して聞く機会のなかった生徒は知る術がありません。
もちろん、欠席した場合は、自分で担当者に確認するなり、友だちに見せてもらうなりすればよいわけで…従来、小学校以外では、そのように考えられてきた気がします。
けれど、別の考え方もあります。欠席というのは、いつでも、誰にでもあり得るわけですから、「友人の好意」に頼らなくても欠席分の情報が入手できるシステムが必要かもしれない…
NANAの中学入学後、そうしたシステムの不備による不都合を痛感しています。単に親としての不満だけでなく、大学でさえ、そうしたシステムを備えつつあるのに、という驚きも…大学では、かつて試験やレポートに関する情報は、掲示板に一覧表が張り出されるだけでしたが、今はいつでも、どこからでもネットで確認できます。しかも、IDを入力すれば、自分の登録している科目だけの情報も入手できます。
もちろん、授業中、口頭で指示される例もありますが、年度始めに提示されるシラバスはここ数年で驚くほど記載される情報が増えていますし、多くの授業では資料および課題がWEBで配信され、欠席したり、メモをし忘れたり(資料を紛失したり!)しても、必要な情報が確認できるようになっています。
私はというと、学校のシステムのほかに、10年前から、担当ゼミのホームページを設置していました。3年前からは、更新しやすいブログ形式に切り替え、毎週、情報を提供するようにしています。いわば、学級通信ですね。
また、大人数の講義でも、毎回の授業資料のほか、試験範囲などの重要な情報は文書化し、いつでもWEBで確認できるようにしています。
大学教育における、こうした「手取り足取り」のサポートに、私はどちらかというと否定的でした。今も、全面的に肯定しているわけではありません。大学は自分で学ぶところだからです。
ただ、何もかも「自分で考えろ」と突き放すのではなく、「何をすればよいか自分で考えられる」力を養うために必要なサポートは提供すべきだろうと考えています。生徒や学生の年齢が下がるにつれ、サポートの範囲は広がり、より細やかな内容になるのではないか、特に新入生に対しては、自分が思っている以上に「分かってもらえない」ものだと考えて、対応するようにしています。
そのような考えに至る契機となったのは「先生、どうしたらいいか分からない!」という生の声ですが、NANAを育てる前の私なら、その声に耳を傾ける気がなかったかもしれません。
昨日は日曜参観…
先生に申し入れするには恰好の機会です。事前に「自作の一覧表」などを用意し、先生に確認してもらうつもりでいました。
やるとなったら「疾きこと風のごとく」…ホントかな!?
ところが、参観後の懇談会で、他の家庭が我が家以上に提出物を把握していないことが判明…もともと申し入れ自体、我が子だけではなく、学級、いや学年全体を視野に入れてのものでしたが、これほどひどいとは思いませんでした。「まだ、うちはマシなほうかも」と、何となく躊躇してしまいました。
帰宅後、「でもさ、一覧表ぐらいは見てもらってもよかったんちゃう?」とTOTOに言われ、「そうだなぁ」と反省。
どうも、学校という空間に行くと、気持ちが萎えてしまうというか…そのせいか、今朝は朝から体調不良です。確か2週間前も行事後に同じような症状が出て…これは、「中学校アレルギー」ですね、きっと。
やれやれ、スクールカウンセラーにも会わなきゃいけないのに、やれやれ…
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中学入学以来、「動かざること山のごとく、静かなること林のごとく」でやってきた(といえば、格好いいですが、実態は単に「余裕がなかった」)我が家も、今後のためには、そろそろ本格的に動いたほうがよさそうで…
学校側もそういう意識を持っているのか、先週末に、ある調査を行いました。
質問は、各種悩み事…学校が楽しくない、勉強のやり方が分からない、家庭の悩みがある、異性が気になるなど、かなり繊細な部分に突っ込んだ内容のものです。何に使うのかと思ったら、今週は早速、その資料を使って個人面談があったようでした。
「一人15分やけど、オレ、長引きそうやし、最後にしてもらうわ」とNANA。
「そうやね、多分、先生もそのつもりでいはるんちゃう?よう聞いてもらいや」
「いや、オレの場合、聞いてもらって解決するわけやないから」?!
こういうところ、大人というか、何というか…
で、先生はというと、面談の席で、「なるべく(学校へ)来てね」とおっしゃったそうで、これまた、何というか…
どうやら学校には、「登校を促す」という持ち札しかないように見えます。これは、行き着くところ、「家庭訪問+連れ出し」?はたまた、「落ちていくヤツは仕方ないから、切り捨て」?!
どちらも、私としては、いただけない…
生徒の変化を求めるだけでなく(ましてや、促しに応じない生徒を切り捨てるのでもなく)、学校側からの歩み寄りも要る、つまり、学校側でも「登校しやすい」環境、「居心地のよい」環境を作る努力をしなければならない、と思うわけです。
別に、学校をNANA向けに変えようというわけじゃありませんし、学校の何かが変われば、直ちにあらゆる不登校児がいなくなるわけでもありません。しかし、当然のことながら、いくら「いい学校」でも全く問題がないわけじゃない、今まで「気づかなかった」こと、「気づいていても、変えられなかった」こと、どんな些細なことでも、変えてもみたらいいんじゃないか、思うのです。
「気づき」には生徒や保護者の声が必要ですし、その声に耳を傾ける、謙虚な態度も必要です。学校だけでは実現できないこともあるでしょうから、保護者や地域の協力を仰ぐ必要も出てくるでしょう。学校は教師の「聖域」ではなくなり、「自由裁量」の範囲は狭くなる危険もあります。それでも、教師だけで環境の改善を図るには限界があります。
教師の目では「当たり前」と見逃してしまう問題…
たとえば、提出物や期日に関する情報の周知方法は教科ごとでバラバラです。文書を配布する科目もあれば、授業中口頭でのみ指示する科目もあります。提出時期はほぼ似通っていますが、その時期に一覧表が出るわけではなく…授業中にボーッとしていて聞き漏らした生徒は「自業自得」なのかもしれませんが、欠席して聞く機会のなかった生徒は知る術がありません。
もちろん、欠席した場合は、自分で担当者に確認するなり、友だちに見せてもらうなりすればよいわけで…従来、小学校以外では、そのように考えられてきた気がします。
けれど、別の考え方もあります。欠席というのは、いつでも、誰にでもあり得るわけですから、「友人の好意」に頼らなくても欠席分の情報が入手できるシステムが必要かもしれない…
NANAの中学入学後、そうしたシステムの不備による不都合を痛感しています。単に親としての不満だけでなく、大学でさえ、そうしたシステムを備えつつあるのに、という驚きも…大学では、かつて試験やレポートに関する情報は、掲示板に一覧表が張り出されるだけでしたが、今はいつでも、どこからでもネットで確認できます。しかも、IDを入力すれば、自分の登録している科目だけの情報も入手できます。
もちろん、授業中、口頭で指示される例もありますが、年度始めに提示されるシラバスはここ数年で驚くほど記載される情報が増えていますし、多くの授業では資料および課題がWEBで配信され、欠席したり、メモをし忘れたり(資料を紛失したり!)しても、必要な情報が確認できるようになっています。
私はというと、学校のシステムのほかに、10年前から、担当ゼミのホームページを設置していました。3年前からは、更新しやすいブログ形式に切り替え、毎週、情報を提供するようにしています。いわば、学級通信ですね。
また、大人数の講義でも、毎回の授業資料のほか、試験範囲などの重要な情報は文書化し、いつでもWEBで確認できるようにしています。
大学教育における、こうした「手取り足取り」のサポートに、私はどちらかというと否定的でした。今も、全面的に肯定しているわけではありません。大学は自分で学ぶところだからです。
ただ、何もかも「自分で考えろ」と突き放すのではなく、「何をすればよいか自分で考えられる」力を養うために必要なサポートは提供すべきだろうと考えています。生徒や学生の年齢が下がるにつれ、サポートの範囲は広がり、より細やかな内容になるのではないか、特に新入生に対しては、自分が思っている以上に「分かってもらえない」ものだと考えて、対応するようにしています。
そのような考えに至る契機となったのは「先生、どうしたらいいか分からない!」という生の声ですが、NANAを育てる前の私なら、その声に耳を傾ける気がなかったかもしれません。
昨日は日曜参観…
先生に申し入れするには恰好の機会です。事前に「自作の一覧表」などを用意し、先生に確認してもらうつもりでいました。
やるとなったら「疾きこと風のごとく」…ホントかな!?
ところが、参観後の懇談会で、他の家庭が我が家以上に提出物を把握していないことが判明…もともと申し入れ自体、我が子だけではなく、学級、いや学年全体を視野に入れてのものでしたが、これほどひどいとは思いませんでした。「まだ、うちはマシなほうかも」と、何となく躊躇してしまいました。
帰宅後、「でもさ、一覧表ぐらいは見てもらってもよかったんちゃう?」とTOTOに言われ、「そうだなぁ」と反省。
どうも、学校という空間に行くと、気持ちが萎えてしまうというか…そのせいか、今朝は朝から体調不良です。確か2週間前も行事後に同じような症状が出て…これは、「中学校アレルギー」ですね、きっと。
やれやれ、スクールカウンセラーにも会わなきゃいけないのに、やれやれ…
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