「ノート提出せなあかんねん」とNANAが言いました。
定期試験が目前に迫った、ある日のことです。
定期的に、ノートの点検があることは知っていました。学期初めに、各教科の先生が「成績評価の内訳」を配って下さったからです。テストの点数だけでなく、日ごろの授業態度も評価されることに驚きはありませんでしたが、評価項目の一つとしてノート点検があり、かなりのウェイトが置かれていることには軽いカルチャーショックを覚えました。さらに、多くの教科で「ノートの作成法」が決まっており、その方式に従わなければならないことにも、違和感がありました。
だってね、ノートですよ…
ノートは、自分の記憶のためにとるものです。あとになって、授業内容を思い出せるようなノートでなければなりません。でも、どの程度の記載があれば思い出せるのかは人それぞれです。
また、数学や英語では、ノートに練習問題を解くこともあるでしょう。これは、あとで見返すことがないとはいえませんが(「この問題の解き方どうだったかな」というときに見ますからね!)、どちらかというと、「今」用、つまり、その授業時のノートです。
さらに、ノートは自分の知識を整理するために使います。授業中詰め込んだ知識を、いつでも取り出せるように、まとめておかなければなりません。英語や古典の予習ノートもこの類でしょうか。これも、どういう形式が見やすいかは、好みが分かれるでしょう。
ノートというのは、本来、自分の使い勝手のよいように作るものです。そうでないと、市販の「まとめノート(穴埋め式)」を使うのと同じことになってしまいます。
中学入学にあたり、NANAには、今流行りの「東大生ノート」の本を買って見せました。「こういうふうにとりなさい」ではなく、「参考にしなさい」のつもりで…東大生に限らず、他人のノートを見る機会なんて、ないですからね。「好み」の問題とはいうものの、最初は「好み」が分かりません。生のノートを見れば、真似をするなり、アレンジするなり、具体的なイメージが湧くでしょう。
ちなみに、私は、授業中、あまりノートをとらないタイプでした。小学6年生のとき、社会のノートの提出が求められましたが、ほぼ白紙に落書きだけの状態だったので、先生に叱られました。でも、生意気な私は、「ノートをとる代わり、私は先生の口元を見てしっかり聞き逃さないように聞いているんだから、いいじゃない」と思っていました。実際、そのころは、ノートなんてとらなくても、授業で習ったことはすぐに知識として定着していましたしね。
中学に入ると、さすがに、板書がしっかりしている科目については、一応、ノートに写すようになりました。でも、どちらかというと、必要事項を教科書に直接書き込むほうが多かったように思います。「情報の一元化」です。英語の訳など、本文をいちいちノートに写して訳をつけるより、教科書に書き込むほうが合理的だと思っていました。教科書に載っている問題については、答えも教科書へ…いわば、私製「教科書ガイド」です。あとは、教科書などに藁半紙(今は死語でしょうか)の表紙をつけ、覚えるべきことはそこに書き込みました。整然としたノートよりも、私には、使い勝手がよかったのです。
そんな私からすれば、ノートの記載を成績評価項目の一つにすることが、あまりよく理解できません。
ノート初心者である中学生のノートを点検し、「こういうところを手直しすれば、もっと見やすくなるんじゃない?」と助言するならともかく、「ノートはこの形式によるべし」「形式を満たしていないから、0点」なんていうのはナンセンスです。
ただ、そんなことは百も承知であっても、「成績評価の対象にするぞ」とでも言わなければ、生徒のモチベーションが上がらないのかもしれません。成績を餌にしてでも、ノートをとらせたい…最近の中学校は、なんて親切なんでしょう!
「パターナリズムの極みやな」とTOTOが苦笑します。
餌であれ何であれ、評価をするとなると、採点基準が要ります。昨今は、そうしたものも開示しなければなりません。
NANAのノートに対する評価を見ると、実に細かい評価項目が挙がっています。板書を写しているか、板書以外のことをメモしているか、自主勉強ができているか…各項目ABCで採点するようでした。先生も大変ですね。
さて、評価項目にも挙がっている「自主勉強」…私の美学では、板書を書き写すノートとは別に作りたいところです、内容にもよりますが。
「自主勉強って何するの?」と尋ねたところ、「よう分からん」とNANA。
確かにね、英語や数学の自主勉強なら、問題を解くとか、単語を練習するとか、イメージが湧きます。でも、理科や社会となると、謎です。
「学校で習ったことをまとめておけば?」「一回、授業中にまとめているのに?同じこと書くの?」
ふむふむ、一理ありますな…
「調べ学習するんやと思うけど、習ったことと関係ないとあかんかなぁ」
まぁ、常識的にはそうでしょうね。でも、今習っているのは、植物のこと、地理のこと…「調べ学習」のモチベーションが全くあがりません。かろうじて、植物がらみでは、「裸子植物がジュラ期に出てきて、そこから被子植物が進化して…」という進化ネタで切り抜けましたが。
しかしまぁ、こういう疑問も、生のノートを見せてくれりゃあ、イメージが湧いて、解消するだろうに、親切なんだかどうだか…
ついでにいうと、「板書」も「メモ」も「時々抜けている」という評価でしたが、これ、欠席により抜けている分が入っているのかどうか、よく分かりません。厳密にいうと、欠席により抜けている分は、「板書の書き写し」などの評価対象から抜かないといけないんじゃないかと思いますが、それは友だちに見せてもらうなりして補うべき?いや、それは「自主勉強」のカテゴリー?
やっぱり、あまり親切ではない気も…

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