2009/6/14

試験は城攻め!?  NANAとのつきあい方

NANAの中学では、中間試験が行われました。

その昔、私が学生だったころは、試験だからといって親が何かアドバイスをくれるでなく、「手伝いはいいよ」などの特別扱いも、ましてや、テレビの音量を下げるといった配慮もなく、まぁ、その代わり、「勉強しいや」とうっとうしいことを言われることもなく…
当然、時間割など親が知るはずもなく(興味も全くなく)、ただ午前中で終わるため、お弁当は不要という、それだけが母親にとっての最重要情報で、そういう事情さえなければ、テストの日程すら知らないのではないかと思われたほど…
という自分の体験からすれば、考えられないほど、息子の試験に振り回された我が家。明らかに、私の信条には反するのですが、「ヘルプ!」のサインを出している人を見捨てるわけにもいきません。

NANAに教えるのは、主として、自称「初学者教育が得意」なTOTOです(実際、職場でも、TOTOの教え方は「分かりやすい」「やさしい」「親切」と評判がよいのです)。元「受験専門、敏腕(!?)家庭教師」、今も「やる気のある学生を鍛える」のが得意(=初学者教育には向かない)と言われるMOMOは、口を挟むたびにNANAを「うー」と唸らせますので、×印のついたマスクでもつけて、黙って見守るしかありません。
しかしまぁ、少しぐらい何か言わなきゃ、ということで…

題して、「高得点を目指さない(正確には「目指せない」ですが、試験ではポジティブ思考が重要なので、敢えて「目指さない」)場合の試験対策」?!

試験の極意その1「どんな試験でも、第一問は『あなたの氏名を書きなさい』」
名前を書き忘れがちなNANAに、繰り返し教えたことです。あらゆる試験で、もっとも大事なことです。

試験の極意その2「解答欄はとにかく全て埋めるべし」
採点者からすれば、大変迷惑な話ですが…部分点を狙うのです。チリも積もれば山となります。
だから、英語では、「わからない単語はローマ字でもいいから書くべし」
例えば、「中国出身です」という英作文で、Chinaが書けないなら“Chugoku”でいいから、一文完成させたほうがいい、採点項目としては、構文と綴りの正確さは別の可能性があるから、部分点でももらえる、というものです。白紙で出すよりマシ…
似たようなことで、「過去形」の活用が分からないときは、動詞の前に“did”をつける、というのもあります。どちらも、受験指導していたとき、どうにも単語の綴りや動詞の活用が覚えられなかった子に「最後の手段」として教えた技(?)です。
数学でも、「解答が出せなくても、途中の式は書き残すべし」…途中までの道筋は合っているかもしれませんからね。

試験の極意その3「最後まで気を抜くべからず」
英語のピリオド、国語の句読点、アルファベットの大文字小文字、理由を聞く問題では「〜だから。」、「何が?」と聞かれたら、名詞か「〜のこと」…細かいことですが、部分加点の逆、部分減点を防ぐためです。

試験の極意その4「出題者や採点者の気持ちになるべし」
当たり前のことですが、問題には作成者がいるわけです。入試はともかく、学内の試験は作成メンバーが分かります。普段の言動から、性格も分かります。普段の言動から、問題の傾向が予想できる場合も少なくありません。
また、採点者からすれば、読みにくい答案ほど嫌なものはありませんので、「丁寧な、大きめの字ではっきり書く」「消しゴムはきれいに使う」ことは、好印象を与えます。見ず知らずの人に、ちょっと緊張した手紙を書くときのような気持ちでのぞめば、もしかしたら、少しぐらい「おまけ」があるかも…!?

そして…
試験の極意その5「いきなり問題に飛びつくべからず」
昔、私が受験した私立高校では、例年、数学の1問目に、やたらと時間や手間のかかる計算問題が出ていました。何も考えずに1問目から取り組むと、単純な(実は単純じゃないんですが)計算問題数問に時間を使いすぎたことに焦り、パニックになってしまう…そんな効果を狙ったかのような、いやらしい出題でした。
同じく英語も、最後に地図の問題が出ていました。「何番目の道を右に曲がってまっすぐ行って…」という英文の指示にそって地図をたどり、指定された場所の記号を答えるもので、時間をかけ、落ち着いて解けば何でもない問題なのですが、時間のない状態では頭がこんがらがってしまう…いかにも、「振り落とす」ための試験でした。
塾に通っていれば、先生がテクニックを指導するでしょうし、通っていなくても、私のように、ちょっといやらしいところのある子は、「その手には乗らない」と見抜くのですが、そうでない子は翻弄され、実力が出せないまま終わってしまいます。
全体を見て、さっと解けそうな問題、解けそうで、かつ配点の大きそうな問題から解いていく、厄介な問題は後回しにする、解けないと判断したら、あきらめて他の問題に集中するなど…その人の能力、得意不得意、その日の調子によって、具体的にどういう方策をとるかは異なりますので、一律に「こうすべき」という基準がたてられないのが難しいところですが、NANAのように「試験時間が全然足りない」タイプであれば、得点を稼げそうな問題を中心に、60〜70点満点のつもりで、解くべき問題を最初に選ぶのがよいでしょうね。

とまぁ、こんな話をしても、「効率性」「合理性」や「合目的性」よりも「オレのしたいこと」を優先するNANAには、「ふぅん、分かった、けど、オレは気になるから、最初から解いていくわ」などと一蹴されてしまいます。
案の定、「時間足らんかった、答え分かってたけど、書く時間がなかった」とぼやくNANA。
やっぱりね、だけど、この時がチャンスです。
この「ちょっとだけ後悔」の瞬間を逃さず、けれど、責めたり追い詰めたりせずに、NANAが「なるほど」と受け入れそうな一言を…

「NANA、試験は城攻めや。どこから攻めるか、相手の計略にひっかからず、守りの手薄なところに、戦力を集中させて一気に…試験を受けるとき、NANAは軍師や。山本勘助なんや」
「なるほど、城攻めかあ…先生に勝って、首をとらなあかんのやなぁ」

う、うん…
私の意図は一応伝わった…と考えておきましょう…!?
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2009/6/14  19:38

投稿者:MOMO

私も、小さいころからずっと、試験時間は「余るもの」と思っていて、「足りない」なんてことはなかったんですね。大学の試験は70分ですが、30分経ったら退出できるシステムで、私は大抵、20分前ぐらいには出ていました。入試でも「時間前退出可」のところがあって、最終日で疲れていたため、さっさと答案を出して帰ったことがあります。
だから、NANAが「足りない」と言う度に、大変驚きます。「何してたん?」「わからんかったん?」「読むのに時間がかかったん?」「考えこんだん?」「集中力きれたん?」と矢継ぎ早に聞きそうになるのを、ぐっとこらえるのですが、「分かってる問題を落とした」とあっては、「あぁ、なんて、もったいないことを・・・」と。点数が低くなるのはともかく、「理解している」ことを先生に認識してもらえない(教師の側からすれば、理解できているかどうかが分からない)のは何とも・・・

私は数学が苦手で、中学時代でも、他の科目より平均点が10〜15点ほど低め、いわゆる「足をひっぱる」科目でした(高校になると、勉強意欲も完全になくなって、もう話にならないほど「格差」が広がりました)。件の高校入試でも、「英数国の3科目よりも、英数国理社の5科目のほうが数学の割合が低くなる」と5科目試験のところを探し、当日は、「数学は足きりをクリアできればよい。あとは、残り4科目で稼ぐ」という計略を(笑)・・・こういう「いやらしさ」があるせいで、まだ学校社会にいるんでしょうねぇ。

2009/6/14  19:03

投稿者:pega

「最初に問題を全部読みなさい」とは、よく言われましたね^^ でも、私は守ったことなし^^;
でも、面倒と感じたら、飛ばしてました。それは理屈ではなく、私がただの「めんどくさがり」だからなんですが。

だけど、時間が足りなくなった経験はないんですよね…(考えこまずに飛ばすからかな)。時間が足りなくなるのは、それだけ一生懸命ってことなのかなあ。

あと、英語で部分点ねらい。受験でやりました。合格した看護学校、部分点がなければ、私は0点でしたよ、きっと。受かったから、きっと部分点くれたんだろうなあと思っています^^ つづりが間違えようが「伝えようとしている気持ち」があればいいのだ、などと思っていました。ホント、苦手だったんです、英語。

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