2012/2/5
やりきった… NANAとその家族
思えば、私は子どものころから大変臆病で、いつも「石橋を叩いて渡る」タイプでした。
いや、大学時代の友人に言わせれば、「石橋を叩いて、割れなければハンマーでガンガン叩いて、それでも割れなければようやく渡る、もし割れたら『ほらね、割れるんだから渡らなくて正解だった』と言い放つ」タイプでした。
高校入試のとき、私が最も恐れていたのは「志望校選択ミスによる不合格」…一斉試験をし、成績順で志望校を選べる制度にしてほしいと、本気で望んでいました。
今、住んでいる町の公立高校の入試制度は、それに近いのですが、とにかく、自分が偏差値の高い学校に出願して不合格となって行き場がなく、自分と同じかむしろ低い成績の人がそれより偏差値の低い学校に出願して合格になるなんて耐えられない、第一志望の高校に落ちても次の高校に受けとめてもらえる制度ならなあ、と悩んでいたのです。
そんな私の志望校は当然、本命、すべりどめともに、成績からすればやや低めでした。担任から「ホントにいいのか。ランクあげられるぞ」と何度も聞かれましたが、頑なに変えませんでした。
すべりどめの私立高校に合格し、さあ公立の受験という時になって、私の志望校のプールが50メートルのプールであることを知りました。偏差値がもう一ランク低い高校も50メートル、逆に一ランク上げ、地域のトップ校に行けば25メートルプールであることが分かりました。
バカバカしい話ですが、水泳が非常に苦手な私にとってプールの大きさはかなり重要でした。
担任から「すべりどめに通ったし、公立の志望はどうする?」と聞かれたとき、初めて「迷っています」と答えたので、急遽、三者面談が行われて、あっさり志望校を変えることになりました。
ランクを上げることに、成績的には問題がありませんでしたが、もしプールの大きさが同じだったら、元の志望のまま、安全な道を選んだだろうと思います。
大学受験は高校と異なり、その気になれば複数受験できますから、幾分、気楽でした。
親からは「浪人はダメ、下宿も原則ダメ、ただし何校受けてもよい」と言われていましたし、どうしても法学部に行きたかったので、関西の私大ばかり、5つ受けました。
これまた担任から「こんなところまで受ける必要はない」と言われましたが、とにかく、偏差値の上から下まで受け、「どこにも行けない」事態を防ぎました。
唯一冒険したのが大学院受験でした。
しかし、これもバブル景気の頂点の時期、大学院の試験は9月にありましたから、落ちてから就職活動しても何とかなるだろうという見込みがありました。
「進学するなら、無駄だろう」と指導教授から散々言われたけれど、教職課程も最後まで履修し、受験勉強中に2週間の教育実習に行きました。バイトしたお金で、ワープロやコンピュータを習い、語学学習教材を買いました。
万全の備えをして受験しました。院入試は3月にも実施されていましたが、親からは「9月でダメなら即就活」と言われていましたし、私もそのつもりでした。
進学もできず、職もない事態だけは避けたかったのです。
というわけで、私からすれば、今回のNANAの進路選択は、非常に危ない橋で…こんなにリスクが高く、勝算のない勝負は正直、生まれて初めてでした。
40年余生きてきて多少大人になった私は、母親として、最終的に「やってみなさい」とは言いましたが、この無謀な賭けに内心ドキドキし、ダメだったときの対応ばかり考えていました。
あれこれ情報収集し、とにかく「受け皿」になりそうな学校を探すと、次はNANAへの対応が気になって仕方ない…
「本人の気のすむように」という気持ちで決断した受験でしたが、本人の真摯な取り組みを目の当たりにすると、「落ちてもいい」なんて口が裂けても言えません。
でも、客観的には明らかに不利な勝負です。
悩んだ末、「とにかく本人の悔いが残らないよう、やりきらせることを目標にしよう」と決めました。
ギリギリになって楽器を買ったのも、そのためです。
昨日と今日の2日間、本人が「力を出せなかった」とぼとぼ、肩を落として帰宅したらどうしようと心配しました。
最も心配した初日は大きな誤算もなくクリアしましたが、二日目の今日は出かけるときから忘れ物があって引き返したり、車が道を間違えたりとトラブル続き。
とどめは抽選で「まさかの一番くじ」をひき、本人としては「普段より下手」な演奏に終わったようで心配しましたが、思いのほか、晴れやかな顔で帰宅しました。
やりきった、いい顔…
お世話になった先生方にはメールでなく、電話で「手応え」を報告すると話してくれました。成長しましたね。
今夜は久しぶりに、のんびり過ごしたい…のですが、私はこれから1週間、入試業務に忙殺されます。
でもまぁ、出勤前にいい顔を確認できてよかった…
4
いや、大学時代の友人に言わせれば、「石橋を叩いて、割れなければハンマーでガンガン叩いて、それでも割れなければようやく渡る、もし割れたら『ほらね、割れるんだから渡らなくて正解だった』と言い放つ」タイプでした。
高校入試のとき、私が最も恐れていたのは「志望校選択ミスによる不合格」…一斉試験をし、成績順で志望校を選べる制度にしてほしいと、本気で望んでいました。
今、住んでいる町の公立高校の入試制度は、それに近いのですが、とにかく、自分が偏差値の高い学校に出願して不合格となって行き場がなく、自分と同じかむしろ低い成績の人がそれより偏差値の低い学校に出願して合格になるなんて耐えられない、第一志望の高校に落ちても次の高校に受けとめてもらえる制度ならなあ、と悩んでいたのです。
そんな私の志望校は当然、本命、すべりどめともに、成績からすればやや低めでした。担任から「ホントにいいのか。ランクあげられるぞ」と何度も聞かれましたが、頑なに変えませんでした。
すべりどめの私立高校に合格し、さあ公立の受験という時になって、私の志望校のプールが50メートルのプールであることを知りました。偏差値がもう一ランク低い高校も50メートル、逆に一ランク上げ、地域のトップ校に行けば25メートルプールであることが分かりました。
バカバカしい話ですが、水泳が非常に苦手な私にとってプールの大きさはかなり重要でした。
担任から「すべりどめに通ったし、公立の志望はどうする?」と聞かれたとき、初めて「迷っています」と答えたので、急遽、三者面談が行われて、あっさり志望校を変えることになりました。
ランクを上げることに、成績的には問題がありませんでしたが、もしプールの大きさが同じだったら、元の志望のまま、安全な道を選んだだろうと思います。
大学受験は高校と異なり、その気になれば複数受験できますから、幾分、気楽でした。
親からは「浪人はダメ、下宿も原則ダメ、ただし何校受けてもよい」と言われていましたし、どうしても法学部に行きたかったので、関西の私大ばかり、5つ受けました。
これまた担任から「こんなところまで受ける必要はない」と言われましたが、とにかく、偏差値の上から下まで受け、「どこにも行けない」事態を防ぎました。
唯一冒険したのが大学院受験でした。
しかし、これもバブル景気の頂点の時期、大学院の試験は9月にありましたから、落ちてから就職活動しても何とかなるだろうという見込みがありました。
「進学するなら、無駄だろう」と指導教授から散々言われたけれど、教職課程も最後まで履修し、受験勉強中に2週間の教育実習に行きました。バイトしたお金で、ワープロやコンピュータを習い、語学学習教材を買いました。
万全の備えをして受験しました。院入試は3月にも実施されていましたが、親からは「9月でダメなら即就活」と言われていましたし、私もそのつもりでした。
進学もできず、職もない事態だけは避けたかったのです。
というわけで、私からすれば、今回のNANAの進路選択は、非常に危ない橋で…こんなにリスクが高く、勝算のない勝負は正直、生まれて初めてでした。
40年余生きてきて多少大人になった私は、母親として、最終的に「やってみなさい」とは言いましたが、この無謀な賭けに内心ドキドキし、ダメだったときの対応ばかり考えていました。
あれこれ情報収集し、とにかく「受け皿」になりそうな学校を探すと、次はNANAへの対応が気になって仕方ない…
「本人の気のすむように」という気持ちで決断した受験でしたが、本人の真摯な取り組みを目の当たりにすると、「落ちてもいい」なんて口が裂けても言えません。
でも、客観的には明らかに不利な勝負です。
悩んだ末、「とにかく本人の悔いが残らないよう、やりきらせることを目標にしよう」と決めました。
ギリギリになって楽器を買ったのも、そのためです。
昨日と今日の2日間、本人が「力を出せなかった」とぼとぼ、肩を落として帰宅したらどうしようと心配しました。
最も心配した初日は大きな誤算もなくクリアしましたが、二日目の今日は出かけるときから忘れ物があって引き返したり、車が道を間違えたりとトラブル続き。
とどめは抽選で「まさかの一番くじ」をひき、本人としては「普段より下手」な演奏に終わったようで心配しましたが、思いのほか、晴れやかな顔で帰宅しました。
やりきった、いい顔…
お世話になった先生方にはメールでなく、電話で「手応え」を報告すると話してくれました。成長しましたね。
今夜は久しぶりに、のんびり過ごしたい…のですが、私はこれから1週間、入試業務に忙殺されます。
でもまぁ、出勤前にいい顔を確認できてよかった…
4
2012/2/7 21:47
投稿者:MOMO
2012/2/7 20:00
投稿者:えみりー
MOMOさん、お疲れさまでした。
このところの記事で、うちの娘の受験シーズンを思い出しました。なかなか私はどーんと構えた親にはなれなくて、ちょっとしたことでおたおたしていましたよ。本人の問題だ、と思ってみても、心配の種はつきませんしね。すうの受験は2年後です。きっと私はもっとあたふたしていまうんだろうな、と思っています。
このところの記事で、うちの娘の受験シーズンを思い出しました。なかなか私はどーんと構えた親にはなれなくて、ちょっとしたことでおたおたしていましたよ。本人の問題だ、と思ってみても、心配の種はつきませんしね。すうの受験は2年後です。きっと私はもっとあたふたしていまうんだろうな、と思っています。
2012/2/6 18:23
投稿者:MOMO
ホントに、親は生きた心地がしませんね。
私は、初日、偶然仕事がオフだったので、NANAが帰宅するまで、ケアレスミス(恐ろしく多い!)していないか、ピアノはミスなく弾けただろうか、お昼はきちんと食べただろうか(せっかくお弁当作ろうと思ってたのに「食べる気がしないから、カロリーメイトがいい」と言われ、「せめておにぎりだけでも」と1つだけ入れました。結局、食べていませんでしたが!)、お茶の栓がきちんと閉まっていただろうか(栓が閉まってなくて鞄の中がビショビショってことが何度か…)、とあれこれ気になって…あまりに緊張して、何故か昼寝してしまいました(笑)。
お互い、よい春が来るといいですね。
私は、初日、偶然仕事がオフだったので、NANAが帰宅するまで、ケアレスミス(恐ろしく多い!)していないか、ピアノはミスなく弾けただろうか、お昼はきちんと食べただろうか(せっかくお弁当作ろうと思ってたのに「食べる気がしないから、カロリーメイトがいい」と言われ、「せめておにぎりだけでも」と1つだけ入れました。結局、食べていませんでしたが!)、お茶の栓がきちんと閉まっていただろうか(栓が閉まってなくて鞄の中がビショビショってことが何度か…)、とあれこれ気になって…あまりに緊張して、何故か昼寝してしまいました(笑)。
お互い、よい春が来るといいですね。
2012/2/5 22:46
投稿者:KAKO
お久しぶりです。
NANA君、無事受験を終えられたのですね。本当にお疲れ様でした。やりきったというお顔は、成長の証ですね。
我が家は長男が就活、次男が大学受験本番突入です。仕事、親のこともあり、心配の種だらけの毎日です。
私はMOMOさんタイプでしたが、次男はかなり強気・・・失敗したときの受け皿がなく、生きた心地がしないのは大変な本人よりむしろ親の私かもしれません。
早く春がきてほしいですね。
NANA君、無事受験を終えられたのですね。本当にお疲れ様でした。やりきったというお顔は、成長の証ですね。
我が家は長男が就活、次男が大学受験本番突入です。仕事、親のこともあり、心配の種だらけの毎日です。
私はMOMOさんタイプでしたが、次男はかなり強気・・・失敗したときの受け皿がなく、生きた心地がしないのは大変な本人よりむしろ親の私かもしれません。
早く春がきてほしいですね。
2012/2/5 18:09
投稿者:MOMO
ありがとうございます。
ホントに、このインフルエンザの嵐の中、無事に受験できたことだけでもよし、音楽通論やピアノでは努力の甲斐あって、それなりに力も発揮できたことが何よりだと思います。
結果はまぁ・・・あまり期待しないでおきましょう。
ホントに、このインフルエンザの嵐の中、無事に受験できたことだけでもよし、音楽通論やピアノでは努力の甲斐あって、それなりに力も発揮できたことが何よりだと思います。
結果はまぁ・・・あまり期待しないでおきましょう。
2012/2/5 15:46
投稿者:pega
お疲れ様でした^^
とりあえず、インフルエンザにもかからず、本人が一生後悔するような失敗もなく、受験が終わって良かったです^^
とりあえず、インフルエンザにもかからず、本人が一生後悔するような失敗もなく、受験が終わって良かったです^^


転ぶときは、すって〜んと転んで、悔しくて泣いて、自力で立ち上がって…そうしないと、次につながらない気がしています。…してはいますが、やっぱり、見たくはないですけどね。