2009/11/13

そこが君のいいところ  

朝練に参加するようになって3日。任意の練習なので、出席者は全部員の3分の1程度らしいですが、NANAがその3分の1に入っていることは驚きであり、でも何となく納得できる面もあり…

昔から、「みんなでやろう!」などの働きかけや誘導にはなかなか乗らないし、機嫌よく取り組んでいても、ちょっとしたことで、くじけてしまうタイプですが、一度、何かの拍子で火がつくと、燃え尽きるまでボウボウ燃え、宇宙のはてまで飛んでいきそうな人ですからね。
それだけボウボウ燃えていても、躓くと、大雨に遭ったかのようにピタリと鎮火してしまうのですが、また何かの拍子で再燃すると、ボウボウ…
小学校で陸上部に入ったばかりのころは一日中走っていましたが、今は一日中、頭の中で楽器を奏でているようで、いずれにせよ、ボウボウ期には、他のことには気も力もまわりません。朝練のせいで、帰宅後すぐ寝てしまうことも…月末には定期テストがありますが、この分では宿題をこなすのが精一杯でしょう。
ま、この「一点集中の深掘り」がNANAの弱点であり、長所でもあるわけで…

長所といえば…
先日、担任の先生から「子どもさんのいいところを教えて下さい」というプリントが届きました。中学校の「道徳」の授業で「いいとこ探し」をするそうです。
「いいとこ探し」、これまでも何度か授業で取り上げられました。
理想としては、いろんな子の「いいとこ探し」から「みんな違ってみんないい」という結論を確認できればいいのでしょうが、一回きりの取り組みとして授業で取り上げる場合、なかなかそう上手くはいきません。いや、表面上はきれいにまとまっているんですけどね、子どもたちが「あぁ、気づかなかったけど、あの子にはこんな長所があるんだなあ」と納得するには至っておらず、どちらかというと、授業で何か探さないといけないから、当たり障りのない「いいとこ」を挙げておく、という感じで…

「いいとこ探し」のプリントに何を書き込もうかと考えていると、NANAが「あぁ、嫌な想像してしまった…」。
NANAによると…
NANAの「いいとこ」は「一つのことに熱中できる」ことと先生が紹介する→クラスのやんちゃな男の子が「熱中できるというと…とくに…?」と声をあげる→クラスの子が口々に「バードウォッチング!」と言って笑う!?!
被害妄想もいいとこですが、そうとも言いきれない…実際に、これまで、そういう展開が何度もあったからです。「いいとこ探し」を何度取り上げたって、これじゃあ意味がありません。
結局、NANAが「何も書かなくてよい」と強く言ったので、プリントは提出しませんでした。

でも、私はもともと「一つのことに熱中できる」なんて書く気はありませんでした。
NANAの「いいとこ」は…
「一度嫌がらせをされても、その後、『いいとこ』が見つかると、あっさり相手を許す」ところ、「どんなに嫌いな相手でも、『いいとこ』は認める」ところです。
保育所時代から、日頃、どんなに嫌がらせされていても、次に少しでもやさしくされると、「最近、あいつはいい奴になったんや」、上手に歌を歌っている姿を見ると、「あいつは悪い奴なんややけど、歌はホントに上手いなぁ」。
裏切られるたび、「やっぱり悪いやつだった。あいつ、絶対許さへん」と泣いて怒るけれど、しばらくすると、「あいつ、最近、よくなってきたんやで」。
そういうふうに、前の悪い印象にとらわれず、ニュートラルに物事を見るのは、難しいことです。
ちょっぴり損をするかもしれませんけど、人生、そのぐらいがちょうどいいとも思います。

そういえば、先日、NANAのクラスで、後期の委員や係が決まりましたが、NANAはまた理科係…
理科の教科係は他の教科に比べて格段に仕事か多く、複雑です。しかも、少しでもミスをすると、「役立たず」などと先生から叱られます。
何も知らず、ただ理科が好きというだけで理科担当になったNANAですが、前期は本当に苦労しました。教科係の仕事がらみで行きしぶりを起こしたり、欠席したことも数回…だから、新しい係が決まる日をTOTOも私も心待ちにしていたのですが、「理科係には誰も、なりたい人がいなかったし」とNANA。
「いや、だからって、なにも、NANAがしなくても…」と私。TOTOも、「無人島に取り残されて、沖合にやっと船が見えたのに、すっと目の前を通りすぎてしまったような気分や」と歎いていました。
でもね、これもNANAのいいところなんです、きっと…
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2009/11/9

朝練に行く・・・らしい・・・  NANA in 中学校

新体制になった吹奏楽部は、なかなか大変な船出のようでして、本番のたびに、「こんなんじゃ、あかん!」「金賞どころか、銀賞も無理や!」と顧問の先生から叱られています。
踏まれれば踏まれるほど・・・という昔の根性物語は流行らず、基本的には打たれ弱い子どもが多い今日この頃、その代表格ともいえるNANAですから、こう毎回、ダメ出しされていては、モチベーションも維持できないんじゃないか・・・と思いきや、「オレ、A組(いわば、1軍です)に入るし!」「オレ、絶対、金賞狙うし!」と妙にボウボウ燃えています。

どうやら、最近、顧問の先生から「ええふうに伸びてきてるな」「ええ音出てる」「音程もいい」など、ほめてもらっているようです。
それがまぁ、うれしくて、うれしくてたまらない様子・・・聞いているこちらも、思わず笑ってしまうほど、「あのなぁ、今日なぁ、先生がなぁ・・・」と鼻をふくらませながら、うれしそうに報告してくれます。全体に対して厳しい言葉が飛んでいるだけに、「でも、オレは褒められてる」というのも、気分がよいのかもしれません。ベテランの先生だけに、そういうところ、全てお見通しのような気もするんですけどね。

顧問の先生は、音楽の教科担任でもあります。
先日、授業で合奏をしたとき、NANAのグループに対して、「あんたら、男子グループで、しかも中学1年やのに、上手いことでけたなぁ・・・あ、なんや、NANAか。あんたは音程もええけど、リズム感も抜群やな」と先生がおっしゃったそうです。
「へ?リズム感!?」と私。
NANAは、小さいころから、恐ろしくリズム感の悪い人でして・・・バイオリン教室では、音符の勉強として「リズム」も習っていましたが、「タンタンタタタンタ〜ンタタンウン」なんてのが、全くできませんでした。バイオリンで新しい曲に入ると、決まって、メトロノームや手拍子に合わせて譜読み、ならぬ、リズム読みをしていました。だから、NANAがベースを担当すると聞いたときは、「え〜っ!?NANAがリズムを刻むの?!」と驚いたほどでした。
それは本人も自覚していて、「いやぁ、オレはリズム感悪いんやけど、たまたま、上手くいって・・・結構複雑なリズムやったのに、失敗せんかったんや」と照れていました。
でもね、先生の言葉の最後の部分、これが音楽の授業1時間を超えて、部活にも、さらには中学生活全体にも効いているわけです。褒め言葉って、すごいですね。

土曜日は、3年生の引退式でした。
NANAは、前日、パートの仲間と一緒に、引退する先輩へのプレゼントを買いに行きました。
引退式でそれを渡したところ、先輩からは1人1人への手書きメッセージとお菓子が渡されました。
NANAへのメッセージの冒頭は、「君は休みすぎ」というキツイお言葉。でも、中を読んでいくと、「きっと、君はできる人だと信じているから、がんばれ」と。NANAは、そのメッセージを楽譜のファイルに入れました。
引退式では、男子の先輩が「1年の男子が6人も入ってきたことがうれしかった」とあいさつしたのだそうです。「その1人1人のことを言っていきます」と言ったものの、日頃無口な人なので、言葉が詰まってしまい、「やっぱり、NANAのことだけ言います」。NANAは、その先輩に憧れて入部したようなので、うれしかったでしょうね。

さて、この週末、日曜日も一日中クタクタになるほど練習してきたNANA。
帰宅して言うことにゃ、「オレ、バイオリンのレッスン時間を少しずらしてもらおうかな」。
バイオリンのレッスンは、小学校のときから変わらず、月曜日の17時からです。そのため、月曜日の部活には出られません。それは、顧問の先生にも、他の部員にも了承を得ていることですが、「やっぱり、A組に入るには、もっと練習しないと」。
へぇ・・・そう・・・まぁ、バイオリンの先生に相談してみなきゃね。
「それから、朝練も出るわ」
えぇっ?!朝練ですか?!?
危機的な状況を何とかしようと、数日前から任意の朝練が始まったらしいことは知っていました。毎朝、正規の通学時間でさえ、間に合うかどうか怪しいのに、朝練だなんて、ありえない・・・
しかも、朝練となると、毎朝、7時すぎには弁当が完成していなければならないわけで・・・これも、私にはありえない・・・

なかなか熱しにくいけれど、ひとたび熱くなると、火の玉と化してしまうNANA・・・
しばらくは、見守るしかありません。
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2009/11/1

漢方の薬  

昨日来、風邪で(多分!?)寝込んでいるMOMOです。
高熱でうなされているわけじゃないけれど、鼻水やくしゃみがとまらず、37度後半をキープしている微熱のせいか、どうも身体がだるい…だから、身体を横にしているものの、寝てばかりいられませんから、本を読んだり、携帯で文章を書いたりしています。

薬も服用しています。マオウトウに見切りをつけ、小青竜湯に切り替えて、少しはマシになりましたが、まだすっきりせず、むしろ熱が上がり始めたので、先ほど、普通の風邪薬を服用しました。
「君、いつも葛根湯は効かへんて言うてるやん。前も結局、西洋医学に頼ってたやん。早く飲めばよかったのに」とTOTOに笑われました。
もっともです。

私の母は30年ほど前から「葛根湯」信仰を強め、「クシュンといったら葛根湯」「肩が凝ったら葛根湯」など、何かと葛根湯を勧めるのですが、私は「葛根湯で治った」体験がほとんどありません。
でも、母に言わせれば、「それは飲む時期が遅い」からで、「葛根湯は風邪のひきはじめ」しか効かない、実際に自分は「飲んだら、ピタリと治る」…のだそうです。
以前、友人とこの話題で盛り上がりましたが、この友人いわく、「葛根湯は効く人には効くらしい。そういう人は葛根湯信仰が強く、やたらと勧めてくる。しかし、自分には効かない」。
そうなんです。これは、何というか、服用のタイミングなどではなく、体質の問題じゃないかと私は思うのです。

私は小さいころ、虚弱とまでは言えないものの、扁桃腺が腫れやすく、しばしば高熱を出しました。その度に、母は病院に連れていき、処方された薬を私に飲ませました。
兄弟が多ければ、「ちょっと寝とき」で済むところが、一人っ子だったものですから(おまけに、弟は生後数時間で命を落としていましたから)、まさに「クシュンといえば、病院」という状態でした。
葛根湯が効かない友人も一人っ子で、小さいころは頻繁に病院へ通っていたそうです。
病院で処方されるのは、抗生物質の入った医薬品です。抗生物質に頼りすぎる、という日本の医療が、今、友人や私のような人を生み出したのかもしれません。

そんなふうに考えるのは、ドイツで暮らしたとき、薬、特に抗生物質には頼らない医療を経験したからです。
ドイツでは具合が悪くなると、まずお茶を飲みます。薬局やスーパーには、各種効能を掲げたお茶が並んでいます。
NANAが熱を出したとき、往診してくれたお医者さん(ドイツでは往診が基本です。近所だからと背負って連れていったら、「病人を動かすな」と叱られました)は診察だけで「お茶をのませなさい」。薬は出してくれませんでした。人間には自然治癒力がある、薬はよほどのことがない限り必要ない、というのが理由でした。ひどい熱が出たときも、解熱剤は使うな、とビタミン剤のようなものを処方しただけでした。
理念は素晴らしいし、実際、ドイツ人はお茶で回復しているようなのですが、いかんせん、日本の医療で育ったNANAには力がなく…あまりに熱が続くので、最後に、しぶしぶ抗生物質が処方されたところ、ようやく治りました。

今回、TOTOは「頭痛がする」とマオウトウを飲み、翌日にはすっきりしたようでした。
「君、体力充実してなかったんちゃう?」とTOTO。お疲れTOTOには言われたくないわ…
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2009/11/1

学習雑誌の廃刊  

小学館の学習雑誌のうち、「小学5年生」と「小学6年生」が廃刊になるそうです。

ニュースでは随分大きく取り上げられ、私とほぼ同世代か、少し上のコメンテーターからは「残念だ」とか「時代の波にのれなかったか」など、ありきたりな発言が聞かれましたが、かつて読者だった私としては、「そんなこと言ってる貴方は、「小学六年生」まで購読してましたか?」と聞きたくなります。
なぜなら、私が「六年生」を読んでいたとき、周りの友だちはほとんどが「リボン」「なかよし」などの漫画雑誌か、早熟な子なら、「平凡」「明星」などの芸能誌、「non−no」などのファッション誌を読んでいたからです。

もちろん、彼女たちも、多くは小学校入学のときには「小学一年生」を買ってもらったのでしょうし、低学年の間はそれを読んでいたのかもしれませんが、「六年生」まで読んでいた人は少なくとも周りにはいませんでした。
当時、親しくしていた友だちから、「MOMOが読んでるのは「小学六年生」、はっきりいって幼稚すぎて話が合わない」と直接言われたこともあります。「小学六年生」が悪いわけではなく、6年生になっても、そういう「お利口さん」雑誌を何の抵抗もなく受け入れ、ファッションにも芸能にもさして関心のない私に対する批判だったのでしょう。

ですから、コメンテーターがしたり顔で「最近の小学生はニーズが多様化していますからね」なんて言っているのを見ると、「何寝ぼけてるの?30年前からそうでしたけど?」と言いたくなります。
ドラえもんなどの人気漫画は学習雑誌から誕生しましたが、そうした児童向けではなく、もっと複雑で、読みごたえのある漫画はやはり漫画専門誌に叶うはずがなく…児童向けでも、「学習雑誌」の制約があって、あまり過激なギャグ漫画を載せるわけにはいかないわけで、だからこそ、子どもたちは次第に同じ出版社の「コロコロコミックス」に惹かれていったのです。

では、学習雑誌としてはどうかというと、きわめて中途半端…年齢があがるにつれ、塾や通信教育を利用する子どもが増えますし、そもそも読者である子どもたちの需要があまり高くないので、作り手もそれほど力を入れていないように見えます。
概して企画は単発であり、今月は「歴史おもしろ事典」の付録がついていたけれど、次の月は「算数の苦手克服マシーン!」…教材の形式にも目的にも連続性がなく、「江戸時代の…」のあと、必ずしも「明治時代の…」は来ないのです。
塾などを利用していなかった私は、懸賞ハガキなどで折に触れ、「前の教材の続きを作って下さい」と書いていましたが、レアな意見として無視されていたのでしょう。

つまり、多くの子どもにとって、学習雑誌は「最初に親に与えられる無難な雑誌」ではあっても、漫画や芸能に特化している他の雑誌に比べると内容は中途半端で魅力に欠け、「敢えて自分から選ぼうとは思わない」、「役に立たない」雑誌であったのだと思います。
廃刊に驚くよりも、むしろまだ存続していたことに驚きを感じます。

…と、こんなに批判的ですが、私自身は小学校を卒業してから、「中一コース」の購読を始め、高校3年生用の「大学受験Vコース」まで購読を続けました。
これは、一人っ子で情報収集力もその意欲にも乏しい私にとって、総合誌が手軽で便利だったからです。最先端のファッションや音楽が載っていなくても「今の流行り」は大体掴める…私はそれでよかったし、「流行り」系はそれ以上追いかけたいとは思いませんでした。
学習の企画は相変わらずパッとしませんでしたが、高校3年生のときは某大手予備校との提携企画がいくつかあって、重宝しました。
大学に通っている先輩に話を聞いてみようという企画に応募したら、今勤めている大学の1年生(つまり、私の1学年上)の人から勉強の仕方などいろいろアドバイスを受けることもできました。
高校2年生から大学2年生ぐらいまでは、自ら「コース記者」「アドバイザー」も勤め、誌面の編集にも意見を出したり、情報提供したりしました。いわば、「恩返し」ですね。

年齢や環境に応じた情報を得たいとき、今ならネットが使えますが、プロが編集した情報誌にはそれなりの価値があります。
NANAはドイツにいたとき、私の両親が送ってくれた幼児雑誌を読んでいたので、帰国後も「浦島太郎」にはなりませんでした。NANAは今、「GO!GO!吹奏楽」という季刊雑誌を読んでいますが、あれこれ必要な情報が載っていて初心者には役に立つようです。いつか、それでは物足りなくなったとき、卒業すればよい…
いろんな情報が少しずつ載っている総合誌にも、独自の存在意義はあります。その意味で、廃刊は残念だなあと私は思います。
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2009/10/31

関心・意欲・態度  特別支援教育・その他の教育

月曜日に発病したため、今週1週間は欠席となってしまったNANA・・・熱が下がっても登校しなくてよい(登校が許されない)ので、うれしそうです。

もっとも、「休むと、あとが大変」なのが中学生活です。
欠席理由のいかんを問わず、「休んだときの板書やプリントは友だちに見せてもらって、穴埋めしておく」のが暗黙のルールらしく(要するに、その分が抜けていると、ノートチェックで、「板書の書き写しが不十分」「プリントができていない」などの評価を受ける、ということ!)・・・欠席時の学習を自習で補うというのは、集団教育である以上やむを得ないと思いますが、ノートなどの穴埋めに関してはやや違和感があります。欠席時の学習は自分のやり方で補えばすむことであり、それとは別に「形を整える」ことにいかほどの意味があるのか、と・・・これは、NANAが中学校に入って以来、何度か書いていることであり、さらにいえば、小学校時代でも、「誰の目にも明らかに見える形」しか評価しない(評価できない)教育のゆがみを実感していたのですが。
それに、これは先生が全く想定していないことかも(少なくとも建前は!)しれませんが、ノートを見せてもらえるような友だちがいない子もいるんじゃないでしょうか!?

ということで、本来ならば、「誰かにノート、コピーさせてもらう?」というべきところなのかもしれませんが、そういうナンセンスなことにつきあう必要はないので(ノートには、「欠席につき板書の書き写し不可。したがって、自主学習」とはっきり、大きく書いて、自習分を書けばいい)、この期間に「普段、十分できていないこと」に取り組むことにしました。
中学校の課題の積み残し(ノート作りだとか、プリントやワークブックのやり残しだとか)を片付けるほかは、自由研究の作品をコンクールに出すために加筆修正する、教科書とは直接関係のない教材を使って英語や数学の勉強をする(最近の教科書は、TOTOや私からすれば、体系立っていなくて非常に使いづらく、それをもとに教えるのは大変!)・・・

自由研究の作品は夏休み明け、理科の先生に提出したものの、どうやら学校からコンクールには出してもらえなかったようなので(「出すぐらい、出してやればいいのに」とか、「ダメなら、どこがダメだったのかぐらい教えてやればいいのに」とか、言いたいことは山のようにありますが、NANAが我慢しているので、親も我慢します)、学芸員さんのアドバイスを参考に修正し、データを書き加えたものを個人でコンクールに出すこととしました。
とはいえ、普段は部活や学校の課題をこなすのが精一杯です。自由研究に関するサイトで調べると、どうやら、自然科学観察コンクールというものが10月末締切で、もっともNANAの研究に合っていることが分かりました。そこで、熱が下がってから、データの入力と加筆をし、昨日の夕方、つまり、締切の1日前に投函しました。
正直、賞がとれるとは思いませんが、「自分の作品をコンクールに出す」ことを目標にしているのだから、とにかく出せればよいのです。昨日、私が仕事から戻ると、留守番をしていたNANAはパソコンの前に座っていて・・・「どうしたん?」「ツバメの研究、見ててん」。自分の作品を眺めていたようでした。やれるだけのことはやった、という満足感を味わっていたのでしょう。


さて・・・
先日、NANAの学校で成績表が交付されました。中学校に入って初めての成績表です。もちろん、お世辞にも「よい成績」とはいえません。けれど、「A」「B」「C」の項目評価にも、「1〜5」の科目別評価にも、私たちはあまり信頼を置いていませんから、関心がありません。「B」や「3」という真ん中評価は限りなく広く、親として持っている「印象」とはかなりずれています(よいほうにも、悪いほうにも)。そして、それは仕方のないことです。なぜなら、先生方は「数字に現れたもの」をもとに評価しているからです。
たとえば、NANAのように処理速度が遅く、テスト問題を時間内にこなせない場合、やり残した問題が「応用」であれば「応用」がゼロ、「基礎」であれば「基礎」がゼロになるわけで・・・いや、これは「推測」じゃないですよ。実際、NANAに返却されたテスト用紙には、「知識」「資料の読み取り」など項目別に採点結果が記載されていますからね。

もっとも不可解なのは「関心・意欲・態度」・・・
そんなものを評価の対象にすること自体、馬鹿げているのですけれどね。ある事柄に関心を持っているか否かは、見た目では分かりません。手を挙げて発言しても、教科書に書いてあることをそのまま述べている子もいるでしょうし、ぼーっとしているように見えても、頭の中では科学の不思議を考えている子もいるでしょう。敢えていえば、何かの問題を提示したときの目の輝きが違いますが、最近の子なら、「関心がなくても関心を持っているように見せる」技術ぐらい持っているかもしれません。
NANAの「科学的関心」は「B」です。
へぇ・・・「科学的関心 B」の人が、成績に無関係でも観察を続け、コンクールのために、とレポートを何度も書き直しますか。片道1時間半もかけて、暇さえあれば、博物館に通いますか。これだけもってしても、信頼に値しない・・・

ただ、「欠席 12」の数字に、どれだけNANAが頑張ったかがよく現れています。あんなに「しんどい」と言っていたのに、結局、半期で12日間しか休んでいないのですからね。途中登校も記録上は3・・・35日休み、途中登校も多かった5年生のときより、はるかに、いいペースです。だから、家ではいっぱい、ほめました。

今日、NANAは、午後から部活動に復帰しました。
部活動でも「関心・意欲・態度」はけっして高い評価を得ていないでしょうが、あのNANAが休みの日の午後からわざわざ行くのです。他の子なら、いざ知らず・・・教師なら、そこを評価すべきだと思うなぁ、私は。

・・・と、だらだら書いている私は、今日、出席予定だった勉強会を欠席しました。
それこそ、「関心・意欲」は大いにあったのですが、いかんせん、くしゃみ・咳・鼻水がとまらないのです。昨日までは「マオウトウ」効果か、はたまた気合いか、何とか凌いで仕事をこなしてきたのですが、昨日の夜から、ガタガタと崩れ、今朝はもうティッシュが離せないし、目も涙目です。
タイミングがタイミングなだけに、インフルエンザかと気になるのですが、今のところ、熱も微熱程度で「鼻かぜのひどいやつ」のような・・・TOTOは「マオウトウ」を一度飲んだらすぐ効いたらしいのに、効能書きに不信感を持った私は「態度」が悪かったのでしょうか!?!
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2009/10/29


NANAのインフルエンザは幸い重症化することなく、快方へ向かいつつあります。
問題はTOTOと私…
今のところ、TOTOのほうはこれといって症状は出ていませんが、私のほうは昨日の夕方から咳が出ています。
なんか、ヤバイ…

こんなこともあろうかと、NANAが発熱した日に、麻黄湯をネット注文しておきました。
もともと、KAZUははさんから、葛根湯でインフルエンザを凌いだ人の話や現在、自らも麻黄湯でインフルエンザ対策している話を聞いたときは、「うちの母といい、葛根湯信仰は根強いなあ」「へぇ…マオウトウねぇ…名前からして効きそうやな」と半信半疑。

えっ?なんで効きそうな名前かって?
だって、響きだけなら「魔王」だから…!?
同名の焼酎が思い浮かんだ…わけじゃありません。
最近、NANAが音楽の時間にシューベルトの「魔王」を聴いたので、我が家は「魔王」ブームなんです。あの曲は、中学の音楽の授業で必ず聴きますが、強烈なインパクトがありますよね。NANAは、出だし部分を鼻歌で歌ってます。私が中学生のころは、♪お父さん、お父さん、見えないの〜!♪ってとこを口ずさんでいましたが…

話を戻して…
とにかく半信半疑だったわけですが、あれこれ調べていると、リレンザなどと同じような効能があるらしい…新聞でも「重症でなければ、医療機関に行かず、自宅で麻黄湯を飲んで…」という医師のコメントが紹介されていました。
備えあれば憂いなし…
ということで、遅ればせながら、麻黄湯をすぐに注文したのです。

咳がとまらないので、届いたばかりの麻黄湯を早速服用…しようとして、んんん?
効能書きのところにあがっている「症状」が妙に限定的というか、条件が厳しいというか…
「体力充実して、かぜのひきはじめで、さむけがして発熱・頭痛があり、せきが出て身体のふしぶしが痛く汗が出ていないものの次の諸症:感冒、鼻かぜ、気管支炎、鼻づまり」
「風邪のひきはじめ」だとか、「寒気や節々の痛み」だとかはいいとして、「体力充実して」や「汗をかいていない」となると、一体誰に効き目があるのか、そもそも風邪薬飲む時点で「体力充実」はないんじゃないか、と。

商売柄、つい「これって効かへんときの言い訳ちゃうん!」と疑ってしまうわけですが、他に頼れるものもありませんから、とにもかくにも信じて服用しなければ!
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2009/10/28

インフルエンザがやってきた!  NANAとその家族

インフルエンザが流行っています。多くの学校で、学級閉鎖や学年閉鎖の措置がとられていますが、一向に収まる気配がありません。
一人患者が出ただけで、或いは当該学校に出なくても近隣地域で患者が出ただけで休校措置をとり、感染が確認されるや厳重な隔離・消毒措置をとっていた(それにより、不合理な差別さえ生じていた)初夏のころに比べ、患者数も重症化例も格段に多い…にも関わらず、行政にも国民にも全体的には今一つ危機感がないのは、不思議な気がします。

さて…
学年閉鎖がなされるほど次々と周りが倒れる中、奇跡的に元気だったNANAですが、とうとうウィルスに捕まりました。
一昨日の朝、ひどい咳と微熱があったので、学校を休ませ、近所の主治医に連れていきました。しかし、まだインフルエンザかどうかの判定は出来ないと言われ(たらしい…うかつなことに「もう中学生だから診察室は一人で」と私は待合室にいたのですが、NANAは「先生のいうこと、あまりちゃんと聞き取れなかった」!?)、薬だけもらって帰りました。
昼過ぎから熱が上がり、「これは間違いないな、どうしよう、別の病院に連れていくか(主治医の開業時間は午前中だけなのです)、明日まで待つか」と思案していると、KAZUははさんから電話。
「夜開いてる病院に連れていったら?判定がはっきり出なくても、流行ってることを言ったら、リレンザとか処方してくれるらしい。リレンザは早く投与しないと効かないらしいし、早いほうがええんちゃう?長引くと困るやん」

そうなんですよね。
もちろん、インフルエンザはある程度、覚悟していました。
TOTOも私も不特定多数の人に会う仕事です。先週の水曜日には、私の小クラスの受講生がインフルエンザにかかりました。TOTOも、エレベーターで乗り合わせた学生さんが直後からインフルエンザで欠席した、と話していました。
NANAの学校でも、まだインフルエンザによる欠席者がちらほら…地域の小学校でも学級閉鎖が出ています。
これはもう、時間の問題だな、と…

しかし、これは共働き家庭なら、どこも同じ悩みを抱えているのですが、子どもが倒れたときに、誰が看るのかは大変悩ましい…
普段なら、実家に預けるところですが、TOTOの母は80近く、私の両親も70という年ですから、感染すると、厄介です。もう中学生ですから、普通の風邪なら、「仕事中、ちょっと寝ておいてね」で済むでしょうが、インフルエンザに関しては少し怖い…
お子さんがインフルエンザにかかったばかりの同僚からも、「熱が出てすぐに病院でリレンザ投与してもらったら、熱はすぐおさまったよ」との情報を得ていました。

「そやな、どこか夜開いてるとこに連れていくわ」と電話を切ったのが夕方6時ごろ。
NANAに話をすると、「嫌や、明日の朝に行く。薬はどうするのさ?もう一つ飲むの?」と超不機嫌。
しんどくて動きたくないのと、慣れた先生がよいのと、とにかく何も変えたくないのと…ま、予想どおりの展開です。
購読している新聞の夕刊には、患者でいっぱいの病院待合室の写真が載っていました。熱が高くても意識がしっかりしていて、食欲があるなら、長時間待合室で過ごすより、家で寝ていたほうがよい、との医師のコメントが載っていました。
そういえば、KAZUははさんも「帰りは10時ぐらいになるのを覚悟せなあかんで」と言っていたっけ…
「まあ、いいか、家で…」という結論になりました。

昨日、主治医のところへ連れていくと、「典型的な症状というほどじゃないが、状況からすれば、多分、インフルエンザだろう」。
へ?判定は?
「症状が重いならともかく、今の状況で痛い思いさせて、わざわざ調べる必要はない」
熱も7度台後半から8度台前半だし、意識ははっきりしているし、リレンザなどを使うまでもない、ということらしく…いかにも、周りに流されない主治医らしい判断です。
「それより、尿検査の記録つけときなさい。今は大丈夫だが、将来腎臓の具合が悪くなったとき、記録が役に立つから」
はぁ…でも、先生、今の医療を見ている限り、そんな記録にまで遡ってくれる、丁寧な診察はあまり期待できない気がしますが…

深刻なのは、私たちへの感染可能性でして…
一時期とは異なり、家族に患者が出ても出勤停止とはなりませんが、私たちが倒れたら、仕事は?万一、同時に倒れたら、NANAの看病は?
マスクを着用し、手洗いはしっかり…TOTOはさらに家中に除菌スプレーを撒き、除菌クロスで拭きまくっていますが、狭い家で一緒にいるのですから、どこまで効果があるのやら…

一週間は看病しながらの自転車操業です。
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2009/10/27

悲しくてやりきれない  このサイトについて:ご挨拶

♪かな〜しくて、悲しくて、とてもや〜りきれ〜ない♪
このところ、つい口ずさんでしまいます。とうとう、「ママ、最近、その歌ばっかりやん」とNANAに呆れられてしまいました。

加藤和彦さんの訃報は、いろんな意味でショックでした。

私は1960年代後半の生まれです。だから、加藤さんの歌は、一世代前のものです。けれど、私が生まれたころから小学校に入るまで、つまり、私が最も長い時間、家で母と過ごした時期に流行っていた曲です。

私の母はよくラジオを聞きながら、家事をしていました。ラジカセを手に入れてからは、気に入った曲が流れるとカセットテープに録って、繰り返し聞いていました。
母は演歌を好みませんでした。ラジカセから流れてくるのはフォーク…だから、私が最初に接した音楽は60〜70年代フォークであり、その旋律、リズムはしっかりと私の身体に刻み込まれているように思います。
決してフォーク世代ではないのに、その時代の音楽は、まるで子もりうたのように、私にとって妙に心地よい…もし母がビートルズにはまっていたら、ビートルズの音楽が私の原点になっていたでしょう。ビートルズが来日したのは、私が生まれた年ですからね。

数年来うつ病を患っておられた、と報じられていました。創作上の悩みを抱えていた、とも…
ふと、10年前に亡くなられた桂枝雀さんを思い出しました。
齢六十を過ぎてなお、妥協することなく、あるべき理想像を追い求め、追い求め…まさに、芸に殉じたような…

訃報から2日後、NANAのバイオリンの先生がレッスンのとき、一言だけ、「ええ人やったんやけどなあ…」とおっしゃったそうです。加藤さんと一緒に仕事しておられた人だから、まだ気持ちの整理がつかなかったのでしょう。
北山修さんも、昔話をしながら老後をともに過ごすことを楽しみにしていたのに、とコメントしておられました。北山さんは精神科医でもありますから、こういう形での別れはさぞ無念だったでしょう。

若い頃と同じペースで、いや、むしろ、よりハイペースで、完璧に仕事をこなす姿は素敵だけれど、周りは、そんなカッコイイ姿だけを見たいわけじゃない…
自分のからだも思いどおり動かず、人のこころも思うように掴めなくなって(実は、若い頃も、本当は掴んでいなかったのかもしれませんが!)、いっぱい悩んで、そこから、また違う何かが生まれたかもしれない…それは新しい形の芸術かもしれないけれど、今まで気づかなかったような、小市民的な幸せかもしれないわけで…

いずれにせよ、凡人としては、悲しくてやりきれない気がします。
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2009/10/17

ホームグラウンド  NANAとお出かけ

NANAの学年が、インフルエンザでお休みとなりました。
前日の段階で学級閉鎖の一歩手前でしたので、「あぁ、あと1人なのになぁ」とぼやきながら登校したNANAでしたが、その日、学年閉鎖が決まって午後からの授業が休みとなり・・・
「ひゃあ、もしNANAがインフルエンザにかかったら、どうしようか・・・おじいちゃん、おばあちゃんに預けるわけにもいかないし、仕事も・・・いや、そもそも、私ら職場に行ってええんやろか」と深刻な親の傍らで、「やっほーい!」と歓声をあげるNANA。幸いにして、元気です。

当初、部活動は停止にならず、夕方から部活動だけ参加する、という話になっていましたが(それ自体、変な話なのですが)、どうやら学年閉鎖前には元気だった生徒にも感染が広がっているらしく、「1年生は部活動も停止」となりました。

・・・ということで、今日は、久しぶりに部活動のない土曜日です。
参加をあきらめていた野鳥観察会に行こうか・・・とも考えましたが、観察会は大阪で行われます。感染拡大防止のための学年閉鎖中ですから、遠出は自粛したほうがよいかもしれません。
じゃあ、近場で個人的に野鳥を見に行くことにしようかと考えていたとき、NANAがふと、「K大にいこうかな」。
K大博物館・・・何カ月ぶりでしょう。もしかしたら、昨年の夏以来かもしれません。少なくとも、中学校に入ってからは、一度も行っていません。土曜日はどうしても部活が入りますからね。夏休みもほとんど部活で動けませんでした。
春の異動で、スタッフもずいぶん入れ替わったことでしょう。NANAの顔なじみの人たちは、どれほど残っているのやら・・・それに、もはや「子ども」ではなくなったNANAが、「子ども向け」の企画で歓迎されるのかどうか・・・

不安もありましたが、せっかくの機会なので、昼からK大に向かいました。
入口に自転車を置くとき、「あぁ、この音、K大の音や、懐かしいなぁ」とNANA。K大博物館では、なぜか、電車のホームに流れているような音が聞こえるのです。
ガラスごしに中を覗き込み、「あ・・・」と叫んだNANAは、いつものように、さっさと私を置いて、中へ入ってしまいました。どうやら、知り合いがいたようでした。

K大博物館では、私はなるべくNANAから離れています。NANAだけを置いて、買い物に行き、閉館時間に迎えにいくこともしばしばです。
ただ、今日は久しぶりですから、もしかしたら、すぐに帰りたくなるかもしれない・・・
で、私も中に入り、展示を見たり、講演を聞いたりして過ごしました。
「アルジェリア」のこと、「京のお土居」のこと・・・普段、全く関心を持っていない話でしたから、勉強になりました。

NANAは、おじいちゃん先生O先生(なんと、館長になっておられました)、カバのお兄さんなど、いつもの人たちにあいさつしたり、おしゃべりしたり、忙しそうでした。
帰り際には、これまた顔見知りの受付の女性に、「大きくなったねぇ、中学生になったんだって?小さいときから来てくれてるから、何か感動やわ」と声をかけられていました。
「あぁ、面白かったぁ・・・やっぱり、いいなぁ、K大は・・・」とNANA。最近、大阪の博物館にばかり行っていましたが、久しぶりのK大博物館に大満足の様子でした。まさに、「ホームグラウンド」なんでしょうね。

昨日は、休みを利用してソフトボール部の練習に参加しようと小学校を訪ねたNANAでしたが、「学年閉鎖中だからダメ」と断られ、しょんぼりしていました。感染拡大を防止する以上、当然の措置であり、とめなかった私たち親がうかつでした。
K大の心地よさで、何とか埋め合わせになった・・・かな・・・
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2009/10/11

「一人」は苦手?!  TOTOとMOMOの仕事・子育て

昨日から、出張で東京に泊まっています。日曜日と月曜日の2日間、朝から夕方まで学会があるからです。
月曜日の夜に帰る予定です。連休に仕事で不在なんて、ホントに役立たずの母親ですが、学会は毎年、この連休を利用して開催されるので、仕方ありません。

NANAが保育所のとき、一度、学会と運動会が重なりました。乳児室から移行した年で、生まれて初めての運動会でした。しかも、翌年には家族でドイツに行くことが決まっていたので、その保育所での最後の運動会になる可能性がありました。帰国後、同じ保育所に戻れる保証はありませんからね。
悩んだ揚げ句、学会を休みました。後日、いろんな人から「このあいだ、運動会だったんだって?」と言われました。「子どもの運動会で、学会を休んだらしい」とちょっとした話題になっていたようです。やれやれ…

父母懇談会や入試などの仕事で出張する場合は、同じ仕事をする人が皆、同じホテルに泊まり、食事も一緒のことが多いのですが、学会出張は基本的に一人です。一人で新幹線に乗り、一人でホテルに泊まり、一人で食事をし…もちろん、学会当日は、会場で会った友人と昼食や夕食をとりますけどね。

知り合いには、「一人でホテルに泊まったことがない」という人が結構います。そうかもしれません。小さいころは親と、その後は友人や夫、子どもと…一人旅が好きだとか、仕事上出張が多いとか、そういう事情がない限りは、一人で行動する機会がないでしょうね。
「一人で外食は苦手」という人もいます。以前、講演などで全国を駆け回っておられる相談室の先生がそうおっしゃっていたので、驚きました。確かに、一人では入りにくい店も多い…一人でレストランに入ってきて、フルコースを楽しんでいる人を見ると、男女を問わず、「わぁ、すごい!」と感動してしまいます。

さて、私…
「一人」を初めて経験したのはいつだったか、もう忘れてしまいましたが、すっかり「一人」に慣れました。
幸いなことに、「一人」がそんなに苦痛じゃない…もともと「群れる」のが嫌い、人に合わせることも、集団の中で我を通すことにもストレスを感じますから、スケジュールを全て自分で決めるのは心地よいのです。

さすがにレストランでフルコースの勇気はないけれど、これもこだわりがないので、セルフサービス系のお店でさっさとすませるか、お店から買って帰ってホテルで食べるか…
そういえば、10年ほど前、東京で学会報告が当たっていたときは、気持ちが落ち着かないので、「ぼてぢゅう」のお好み焼きを帰ってきてホテルで食べました。「東京まで来て、ぼてぢゅう!?」と笑われた思い出があります。

昨日は夜の7時半ごろ東京入りし、湯島聖堂近くの定宿に荷物を置き、ぶらぶら聖橋を渡っていると、なんと、前から同僚が…分野が全く異なりますが、やはり、土日月と3日間学会なんだそうです。
「今から食事?ぼくは今、一人ですませてきたんやけど、付き合おうか?」
それは心強い…
2人なら、普通のお店に入れますからね。
同僚といっても大先輩、私の母と同い年の方なのですが、あれこれ楽しくお話ししながら、飲んだり食べたり…そのうえ、ご馳走になってしまいました。
せっかく、食事を終えてホテルでゆっくりと思っておられたでしょうに…いやはや、申し訳ないことです。でも、思いがけず、賑やかな夕食となりました。

あれ?やっぱり、「一人」が苦手なのかな、私…
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