2010/2/8
いい音を奏でるには…
かつて、『いつもポケットにショパン』というタイトルの少女マンガがありましたが…
NANAの制服のポケットには、いろんなものが入っています。
ジャケットの胸ポケットには、指のトレーニング器具…スポーツ用のものとは違って、握力だけでなく、指1本ずつ筋力を鍛えられるようになっています。NANAは暇さえあれば、これを取り出し、握っています。
ジャケットの内ポケットには電子チューナー…メトロノームもついています。
ズボンのポケットには、楽器を拭くためのクロス…本体を拭く大きい布と弦を拭く小さい布が入っています。
出かけるときに携帯するのは、ウォークマン。
中には、部活で取り組んでいる曲ばかりが入っています。
家で聴くのも、今は専らコンクールの課題曲…
実に、正しい(?!)吹奏楽部員ではありませんか…
昨日は、地元科学センターの野鳥観察会のある日でした。この観察会には小学3年生から4年間連続で参加しました。
NANAは今年も行きたがっていましたが、申込み締切日までに翌月の練習予定が分かりませんでした。来週、大きな本番が入っていますから、多分、日曜日の練習が入っているだろう、ということで、断念しました。
前日になって、昨日の練習のないことが分かりました。ただ、午前中は希望者対象のフリー練習があります。
観察会のほうは講師の先生もよく知っている人ですから、ちょっとのぞきに行くこともできないわけではありませんが(そもそも河原や植物園を散策するのですから、ふらっと合流もできるのです)、「オレ、フリー練習に行くわ」。
雪がうっすら積もった、寒い冬の日曜日の朝、ブラバン少年は学校へ行きました。
何かに夢中になるのは素敵なことです。同じ志を持つ先生や仲間と青春のひとときを過ごすのです。そこから得るものは、計り知れません。
ただ、そのためには、いろんな犠牲も伴います。
NANAは、決して音楽一筋の人ではありません。NANAの七つ道具は決して上に挙げたものばかりではありません。
NANAには行きたいところがあります。野鳥観察会しかり、博物館めぐりしかり、野球観戦しかり…行き先に応じ、NANAのリュックには七つ道具が詰められます。
来週、本番のある日には、4月から楽しみにしていたヤマセミの観察会があります。本番の予定が入ってもなお、「何とかヤマセミのほうへ行けないか」と思案していましたが、当日の演目、役割が決まっていくにつれ、「あぁ、無理や…」と絶望的な声をあげました。
以後、ヤマセミの話はしませんが、心の中にはずっと何かが引っ掛かっているでしょう。
「先生がな、音はいいって褒めてくれる」とNANAが言いました。「音は…てことは、音程とかはアカンってことなんやけど」
ま、そうなんやろね…
「音楽の時間、アルトリコーダー吹いたらな、いつも、『あんた、ほんまに上手いなあ』『リズムもええ、強弱もええ』って言われるねん。オレ、弦より木管に行くべきやったかなあ」
ははは、すごい自信やな…
顧問の先生は音楽の先生でもあります。授業を通してモチベーションをあげて下さっているのでしょう。
残念ながら、NANAに音楽の才能があると感じたことは皆無ですが、もし先生がおっしゃるような「いい音」を奏でている(瞬間がある)としたら、それは、少なくとも、小さいときからバイオリンを習っていたからではありません。
NANAはもともと音楽が好きで、バイオリンの音色が好きで、少しも上達はしないけれど、約8年間のレッスンを通して様々な音楽と出会い…それは、もちろん、NANAの基礎体力になっているはずです。
だけど、それだけじゃなく…
例えば、駅や線路で飽きることなく眺めた電車、電車に乗ったときのガタゴトという揺れ(ドボルザークは、そこから名曲「ユーモレスク」を作曲したのですよね)、
例えば、野鳥観察のときに聞いた鳥のさえずり、水鳥の羽音、動物園でモルモットを抱き上げたときの温もり、博物館で巨大な恐竜骨格を見たときの驚き、イルカの軽やかな動き、あるいは、落語会の出囃子…
そうしたもの全てがNANAの音を作っているんじゃないか、と私は思うのです。
吹奏楽部に入ったとき、先輩ママさんから、「部活に夢中になるから、もう鳥が見たいなんて言わないよ」と言われ、「はぁん、暇つぶしに鳥を見てると思われていたんだな」と不愉快になりましたが、確かに、実際、部活中心の生活になってしまいました。
けれど、1月の週末は部活がありませんでしたから、久々に野鳥を見に行ったり、博物館に行ったり、NANAらしく過ごしました。先週末は、大阪の博物館で報告をこなし、帰り道、「あぁ、楽しかった。やっぱり来年も来たいなあ」と話していました。
部活だけ、音楽だけに没頭しないから出せる音もある、だから、土日は出来るだけ、練習を入れないで欲しいなぁ…
0
NANAの制服のポケットには、いろんなものが入っています。
ジャケットの胸ポケットには、指のトレーニング器具…スポーツ用のものとは違って、握力だけでなく、指1本ずつ筋力を鍛えられるようになっています。NANAは暇さえあれば、これを取り出し、握っています。
ジャケットの内ポケットには電子チューナー…メトロノームもついています。
ズボンのポケットには、楽器を拭くためのクロス…本体を拭く大きい布と弦を拭く小さい布が入っています。
出かけるときに携帯するのは、ウォークマン。
中には、部活で取り組んでいる曲ばかりが入っています。
家で聴くのも、今は専らコンクールの課題曲…
実に、正しい(?!)吹奏楽部員ではありませんか…
昨日は、地元科学センターの野鳥観察会のある日でした。この観察会には小学3年生から4年間連続で参加しました。
NANAは今年も行きたがっていましたが、申込み締切日までに翌月の練習予定が分かりませんでした。来週、大きな本番が入っていますから、多分、日曜日の練習が入っているだろう、ということで、断念しました。
前日になって、昨日の練習のないことが分かりました。ただ、午前中は希望者対象のフリー練習があります。
観察会のほうは講師の先生もよく知っている人ですから、ちょっとのぞきに行くこともできないわけではありませんが(そもそも河原や植物園を散策するのですから、ふらっと合流もできるのです)、「オレ、フリー練習に行くわ」。
雪がうっすら積もった、寒い冬の日曜日の朝、ブラバン少年は学校へ行きました。
何かに夢中になるのは素敵なことです。同じ志を持つ先生や仲間と青春のひとときを過ごすのです。そこから得るものは、計り知れません。
ただ、そのためには、いろんな犠牲も伴います。
NANAは、決して音楽一筋の人ではありません。NANAの七つ道具は決して上に挙げたものばかりではありません。
NANAには行きたいところがあります。野鳥観察会しかり、博物館めぐりしかり、野球観戦しかり…行き先に応じ、NANAのリュックには七つ道具が詰められます。
来週、本番のある日には、4月から楽しみにしていたヤマセミの観察会があります。本番の予定が入ってもなお、「何とかヤマセミのほうへ行けないか」と思案していましたが、当日の演目、役割が決まっていくにつれ、「あぁ、無理や…」と絶望的な声をあげました。
以後、ヤマセミの話はしませんが、心の中にはずっと何かが引っ掛かっているでしょう。
「先生がな、音はいいって褒めてくれる」とNANAが言いました。「音は…てことは、音程とかはアカンってことなんやけど」
ま、そうなんやろね…
「音楽の時間、アルトリコーダー吹いたらな、いつも、『あんた、ほんまに上手いなあ』『リズムもええ、強弱もええ』って言われるねん。オレ、弦より木管に行くべきやったかなあ」
ははは、すごい自信やな…
顧問の先生は音楽の先生でもあります。授業を通してモチベーションをあげて下さっているのでしょう。
残念ながら、NANAに音楽の才能があると感じたことは皆無ですが、もし先生がおっしゃるような「いい音」を奏でている(瞬間がある)としたら、それは、少なくとも、小さいときからバイオリンを習っていたからではありません。
NANAはもともと音楽が好きで、バイオリンの音色が好きで、少しも上達はしないけれど、約8年間のレッスンを通して様々な音楽と出会い…それは、もちろん、NANAの基礎体力になっているはずです。
だけど、それだけじゃなく…
例えば、駅や線路で飽きることなく眺めた電車、電車に乗ったときのガタゴトという揺れ(ドボルザークは、そこから名曲「ユーモレスク」を作曲したのですよね)、
例えば、野鳥観察のときに聞いた鳥のさえずり、水鳥の羽音、動物園でモルモットを抱き上げたときの温もり、博物館で巨大な恐竜骨格を見たときの驚き、イルカの軽やかな動き、あるいは、落語会の出囃子…
そうしたもの全てがNANAの音を作っているんじゃないか、と私は思うのです。
吹奏楽部に入ったとき、先輩ママさんから、「部活に夢中になるから、もう鳥が見たいなんて言わないよ」と言われ、「はぁん、暇つぶしに鳥を見てると思われていたんだな」と不愉快になりましたが、確かに、実際、部活中心の生活になってしまいました。
けれど、1月の週末は部活がありませんでしたから、久々に野鳥を見に行ったり、博物館に行ったり、NANAらしく過ごしました。先週末は、大阪の博物館で報告をこなし、帰り道、「あぁ、楽しかった。やっぱり来年も来たいなあ」と話していました。
部活だけ、音楽だけに没頭しないから出せる音もある、だから、土日は出来るだけ、練習を入れないで欲しいなぁ…
0
2010/2/5
退院1カ月! NANAとその家族
今日で退院1カ月、この1ヵ月間はあっという間だった気がします。
相変わらず、リハビリは週2〜3回のペース・・・先日、「授業が終わったので、これから先は予定が変わります」とリハビリの先生に言ったら、すかさず、「週2回は来られます?」と聞かれました。
「はぁ、週2回は・・・」と答えると、「最低ラインですからね、週2回」。
えぇ〜、でも週1回の人も結構いるよ?
「退院したばかりの人の最低ラインです」とリハビリの先生。「あの〜、退院して結構経つと思うんですけどぉ〜」と言ってみたら、ニヤッと笑って、「そうですね、でも、日常生活での大変さを考えてみてください」。
うぅん、それを言われると・・・
いや、そんなに支障はないんですよ。
ただ・・・
歩くとき、まだヒョコヒョコと足を引きずったような歩き方になります。
膝が伸びきらないせいです。ケガした右脚がちょっと短めになるのです。膝を伸ばそうとすれば、一瞬は伸びるんですけど、維持ができません。
だから、右脚に重心をかけることができません。少しずつ、右脚に重心を移すという練習をしていますが、すぐに膝が曲がり、崩れ落ちそうになります。
だから、階段の昇り降りの際、足を交互に出すことはできません。一歩ずつですから、時間がかかります。「ええい、何とかなるだろう!」と交互に出してみることがあるのですが、見事に転びそうになります。
そして、座った状態から立ち上がるとき、何かを掴まないといけません。電車やバスの長椅子で真ん中の座席に座ると、少し早めに立ち上がらないといけません。それも、まず、背もたれに手をかけて、手で支えながら、吊皮を掴む・・・退院してから身につけた技術です。
普段は、基本がデスクワークですから、あまり支障を感じません。大変なのは通勤とリハビリのための通院のときぐらいで・・・
ただ、この2日間は入試監督業務だったので、ちょっと大変でした。大半の時間は座っていられるんですけど、教室間の移動だとか、問題や解答用紙の配付・回収、試験中手を挙げた受験生への対応などがあって、意外と負担がかかります。
昨日は往復、電車・バス・徒歩だったので、帰宅したとたん、元気なほうの脚がダウンし、そのまま布団へ直行しました。今日は、元気なほうの脚に湿布薬を貼って出勤、入試監督の後にもう一仕事して、夕方、帰宅するときにはタクシーを使いました(手当てがとんでしまいますが、動けなくなるよりはマシです)。
というわけで、なかなか元通りにならないので、焦りがあるのですが・・・
リハビリ室では相変わらず、「出来の悪い患者」として、先生方を手こずらせています。
自分なりにがんばっているつもりですけれど、はた目からはあまりがんばっているように見えないようだし、実際、成果もあがっていない・・・久々に「出来の悪い生徒」の気分になっています。
先生はというと、普段の私のような対応・・・
すごくがんばっている人を指して、「ほら、がんばってるでしょう?どう思います?」と言われても・・・「すごいと思う」という小学生のような答えしかできません。
もともとスポーツやってた人と比較されても、「基礎体力が違うし。出来が違うもん」としか思えない・・・
嫌な筋トレメニューばかり示されたら、「あぁん、こんなんばっかり嫌やぁ〜」と思うし、「ちゃんと、家でもやって下さいよ」と言われたら、「それなりにやってるしぃ〜、でも、成果が出てないだけやしぃ〜」と開き直ってしまいます。
教師として、母として、大変、参考になります、はい・・・
0
相変わらず、リハビリは週2〜3回のペース・・・先日、「授業が終わったので、これから先は予定が変わります」とリハビリの先生に言ったら、すかさず、「週2回は来られます?」と聞かれました。
「はぁ、週2回は・・・」と答えると、「最低ラインですからね、週2回」。
えぇ〜、でも週1回の人も結構いるよ?
「退院したばかりの人の最低ラインです」とリハビリの先生。「あの〜、退院して結構経つと思うんですけどぉ〜」と言ってみたら、ニヤッと笑って、「そうですね、でも、日常生活での大変さを考えてみてください」。
うぅん、それを言われると・・・
いや、そんなに支障はないんですよ。
ただ・・・
歩くとき、まだヒョコヒョコと足を引きずったような歩き方になります。
膝が伸びきらないせいです。ケガした右脚がちょっと短めになるのです。膝を伸ばそうとすれば、一瞬は伸びるんですけど、維持ができません。
だから、右脚に重心をかけることができません。少しずつ、右脚に重心を移すという練習をしていますが、すぐに膝が曲がり、崩れ落ちそうになります。
だから、階段の昇り降りの際、足を交互に出すことはできません。一歩ずつですから、時間がかかります。「ええい、何とかなるだろう!」と交互に出してみることがあるのですが、見事に転びそうになります。
そして、座った状態から立ち上がるとき、何かを掴まないといけません。電車やバスの長椅子で真ん中の座席に座ると、少し早めに立ち上がらないといけません。それも、まず、背もたれに手をかけて、手で支えながら、吊皮を掴む・・・退院してから身につけた技術です。
普段は、基本がデスクワークですから、あまり支障を感じません。大変なのは通勤とリハビリのための通院のときぐらいで・・・
ただ、この2日間は入試監督業務だったので、ちょっと大変でした。大半の時間は座っていられるんですけど、教室間の移動だとか、問題や解答用紙の配付・回収、試験中手を挙げた受験生への対応などがあって、意外と負担がかかります。
昨日は往復、電車・バス・徒歩だったので、帰宅したとたん、元気なほうの脚がダウンし、そのまま布団へ直行しました。今日は、元気なほうの脚に湿布薬を貼って出勤、入試監督の後にもう一仕事して、夕方、帰宅するときにはタクシーを使いました(手当てがとんでしまいますが、動けなくなるよりはマシです)。
というわけで、なかなか元通りにならないので、焦りがあるのですが・・・
リハビリ室では相変わらず、「出来の悪い患者」として、先生方を手こずらせています。
自分なりにがんばっているつもりですけれど、はた目からはあまりがんばっているように見えないようだし、実際、成果もあがっていない・・・久々に「出来の悪い生徒」の気分になっています。
先生はというと、普段の私のような対応・・・
すごくがんばっている人を指して、「ほら、がんばってるでしょう?どう思います?」と言われても・・・「すごいと思う」という小学生のような答えしかできません。
もともとスポーツやってた人と比較されても、「基礎体力が違うし。出来が違うもん」としか思えない・・・
嫌な筋トレメニューばかり示されたら、「あぁん、こんなんばっかり嫌やぁ〜」と思うし、「ちゃんと、家でもやって下さいよ」と言われたら、「それなりにやってるしぃ〜、でも、成果が出てないだけやしぃ〜」と開き直ってしまいます。
教師として、母として、大変、参考になります、はい・・・
0
2010/1/28
スティッチづくし!? NANAとその家族
今週は、月、水、金と1日おきにリハビリが入っています。
退院できるかが微妙だったころ、退院にこだわる私に、TOTOが「病院にいて時々自宅へ帰るか、自宅にいて病院に通うか、あまり違いはないんじゃない?」と言ったのですが、まさに、それを実感する今日このごろ…入院中は毎日1時間のリハビリでしたが、退院後は1回1時間半、最近は1回2時間を超えるのが常態となってきました。
他のことなら、「同じ値段で時間が長いなんて、おトクやん!」と考える私ですが、こればかりは、ね…
リハビリの先生からは毎度、「ちゃんと家でやって下さいね」とたくさんの課題を言い渡されているのですが、最近は、「ホント、これだけはお願いしますよ」と懇願される始末…もう全く信用がありません。
別にサボってるわけじゃないのですが、一日の始まりや日中に筋トレをすると、あとが疲れる、かといって、一日の終わりにやろうとすると、疲れてて出来ない…!?!
治療に専念できた入院中と、普通に仕事をこなさなければならない今…入院中も仕事はしていましたし、逆に退院後は多少配慮してもらい、私自身も、多少選別してはいますが、それでも、やっぱり違います。
それに、入院中は「とにかく歩けるように」「とにかく早く退院しなきゃ…」という気持ちが強く、リハビリに対しても、それなりのモチベーションは維持できたのですが、退院し、仕事に復帰している今、不自由はあっても、まぁ、何とかなっています。
例えば、何も持たない状態での立ち座りができないと、不便ですけれど、電車に乗るときは端っこに座るようにすれば支障はありません。だから、立ち座りの苛酷な練習になかなか取り組めないわけです。
このところ、リハビリの先生の様子を見ていると、私の回復状況は医学的には極めて順調なのに、機能面では標準から著しく外れているようで…何だかリハビリの終わりが見えない状態になっていますから、さすがの私も、ヤバイと思い始めました。
だからといって、心を入れ換える…わけではないのが私なんですが、先日はリハビリから職場に向かうまでに、ちょっと寄り道して買い物をしました。
普段、「女性らしさ」がなく、夫や息子からは「オッサン」扱いを受けている私ですが、唯一、「女性らしい」(!?)のはキャラクター好きなところで…さすがに、サンリオショップは卒業しましたが、キディランドやディズニーストアなどは大好きです。
立ち寄ったショッピングモールで、思わず、携帯用シールやICカード用シールなど、スティッチグッズをいくつか買ってしまいました。
小さいころ、可愛い鉛筆が欲しいのに、緑色や小豆色の鉛筆か、お店の宣伝入りのボールペンばかり与えられた反動でしょうか。あるいは、そのとき、少しでも自分仕様にと、無地の文房具にシールを貼って楽しんだせいでしょうか。
何の飾りもないものには、何か手を加えたくなります。
学生時代は六法…判例付六法を分解して、法律ごとに表紙をつけ(表紙は、シャツを購入した際に入っている、白い厚紙)、そこにイラストを描きました。とても可愛い六法が出来上がりました。今でも、自分の六法にはお気に入りのシールを貼ってしまいます。
今回、入院したとき、高校時代の友だちがお見舞いに、スティッチのティッシュカバーと小物入れを持ってきてくれました。
「何か、ここ、MOMOらしくないなぁ。これで、MOMOらしくなったやん」と言われて、「そうか!」と気づきました。パニックで、そこまで気がまわらなかったけど、なるほど、私が生活する場としては殺風景、だから、居心地も悪い…
ちょっと自分仕様にしてみたら、ベッド周りが楽しい空間になりました。ついでに、松葉杖にもスティッチのポーチをつけてみたら、診察券なども入れられて便利だし、松葉杖にも愛着がわきます。
リハビリ中、外した装具を入れておくために、ペコちゃんの袋を使ったら、無粋な装具が何だか可愛くなりました。
楽しくないときは、楽しくなるように工夫するのが一番!
えっ?それより、リハビリしろって?
ごもっとも…じゃあ、次はリハビリが楽しくなる工夫を?!
0
退院できるかが微妙だったころ、退院にこだわる私に、TOTOが「病院にいて時々自宅へ帰るか、自宅にいて病院に通うか、あまり違いはないんじゃない?」と言ったのですが、まさに、それを実感する今日このごろ…入院中は毎日1時間のリハビリでしたが、退院後は1回1時間半、最近は1回2時間を超えるのが常態となってきました。
他のことなら、「同じ値段で時間が長いなんて、おトクやん!」と考える私ですが、こればかりは、ね…
リハビリの先生からは毎度、「ちゃんと家でやって下さいね」とたくさんの課題を言い渡されているのですが、最近は、「ホント、これだけはお願いしますよ」と懇願される始末…もう全く信用がありません。
別にサボってるわけじゃないのですが、一日の始まりや日中に筋トレをすると、あとが疲れる、かといって、一日の終わりにやろうとすると、疲れてて出来ない…!?!
治療に専念できた入院中と、普通に仕事をこなさなければならない今…入院中も仕事はしていましたし、逆に退院後は多少配慮してもらい、私自身も、多少選別してはいますが、それでも、やっぱり違います。
それに、入院中は「とにかく歩けるように」「とにかく早く退院しなきゃ…」という気持ちが強く、リハビリに対しても、それなりのモチベーションは維持できたのですが、退院し、仕事に復帰している今、不自由はあっても、まぁ、何とかなっています。
例えば、何も持たない状態での立ち座りができないと、不便ですけれど、電車に乗るときは端っこに座るようにすれば支障はありません。だから、立ち座りの苛酷な練習になかなか取り組めないわけです。
このところ、リハビリの先生の様子を見ていると、私の回復状況は医学的には極めて順調なのに、機能面では標準から著しく外れているようで…何だかリハビリの終わりが見えない状態になっていますから、さすがの私も、ヤバイと思い始めました。
だからといって、心を入れ換える…わけではないのが私なんですが、先日はリハビリから職場に向かうまでに、ちょっと寄り道して買い物をしました。
普段、「女性らしさ」がなく、夫や息子からは「オッサン」扱いを受けている私ですが、唯一、「女性らしい」(!?)のはキャラクター好きなところで…さすがに、サンリオショップは卒業しましたが、キディランドやディズニーストアなどは大好きです。
立ち寄ったショッピングモールで、思わず、携帯用シールやICカード用シールなど、スティッチグッズをいくつか買ってしまいました。
小さいころ、可愛い鉛筆が欲しいのに、緑色や小豆色の鉛筆か、お店の宣伝入りのボールペンばかり与えられた反動でしょうか。あるいは、そのとき、少しでも自分仕様にと、無地の文房具にシールを貼って楽しんだせいでしょうか。
何の飾りもないものには、何か手を加えたくなります。
学生時代は六法…判例付六法を分解して、法律ごとに表紙をつけ(表紙は、シャツを購入した際に入っている、白い厚紙)、そこにイラストを描きました。とても可愛い六法が出来上がりました。今でも、自分の六法にはお気に入りのシールを貼ってしまいます。
今回、入院したとき、高校時代の友だちがお見舞いに、スティッチのティッシュカバーと小物入れを持ってきてくれました。
「何か、ここ、MOMOらしくないなぁ。これで、MOMOらしくなったやん」と言われて、「そうか!」と気づきました。パニックで、そこまで気がまわらなかったけど、なるほど、私が生活する場としては殺風景、だから、居心地も悪い…
ちょっと自分仕様にしてみたら、ベッド周りが楽しい空間になりました。ついでに、松葉杖にもスティッチのポーチをつけてみたら、診察券なども入れられて便利だし、松葉杖にも愛着がわきます。
リハビリ中、外した装具を入れておくために、ペコちゃんの袋を使ったら、無粋な装具が何だか可愛くなりました。
楽しくないときは、楽しくなるように工夫するのが一番!
えっ?それより、リハビリしろって?
ごもっとも…じゃあ、次はリハビリが楽しくなる工夫を?!

0
2010/1/23
部活のない日曜日 NANAとのつきあい方
今月は珍しく、日曜日にNANAの部活がありません。小学生のころは、週末、家でのんびりしたり、博物館に行ったり、野鳥観察に行ったり…平日の学校での疲れをとることができました。
ところが、今は、土日が部活で潰れてしまいます。
もちろん、嫌なら部活を休むなり、やめるなりすればよいのですが、部活自体は楽しいらしく、平日より軽い足どりで出かけます。
じゃあ万々歳かというと、そう単純なものではなく…いくら楽しくても、土日に平日の疲れをとることができないのは大変なのです。当然、月曜日の朝は、グッタリ疲れた状態でスタートすることになります。それが毎週積み重なると…ひずみは、平日の生活(部活以外の!)に出るわけです。
しかも、NANAには、部活以外にしたいことがいっぱいあります。
土日に部活のない友達が「〇〇行ってきたよ」「〇〇と遊んだよ」なんていうと、うらやましくて仕方ない…つい「あ、そう」とつれない返事をしてしまい、喧嘩になることもあるようです。
博物館からのお知らせが来ても、「どうせ、行かれへんし…」とため息。時々、禁断症状が出るのか、図鑑をむさぼるように読んでいることもあります。
もう少し緩めの部活だったら…と思うものの、今の部活だからこそ続いているのだし、本人は部活についてもやる気満々なのだから、難しいところです。
今日の部活は珍しく、午前の練習だけで終わり。明日の日曜日もお休みです。
しかし、今日からはTOTOは出張、私も今日は昼から夕方まで仕事が入っています。
と、「じゃあ、K大に行ってくるわ」とNANA。K大に行く前には、大好きなラーメン屋で昼ごはんを食べる、というおまけつきです。
「一人で大丈夫?」とTOTOは心配そうでしたが、中学生ですし、これまで何度も行っていますからね。
案の定、特にトラブルなく、ラーメン大盛りを食べ、K大博物館でいっぱい遊んできたようでした。
自由な週末、いいね…
さて、そんなNANAのもとに、知り合いの学芸員さんからメールが届きました。今月末の博物館友の会総会で研究報告しないかとのお誘いでした。去年、ポスター報告をしたのと同じ企画…あれから1年経ったのですね。
日程としては奇跡的に参加可能なのですが、問題は報告の準備をする暇がない(というより、報告する予定が全くなかった)こと…去年もお誘いをいただきましたが、入れ違いで、自分から報告を申し込んでいましたからね。そして、博物館は遠いので、一人で行くのは難しいということです。
NANAは随分悩んでいましたが、引き受けることにしました。私は、リハビリを兼ねて付き添うことに…ちょっと冒険ではありますが、あと1週間ありますし、電車で座っての移動が大半ですから、何とかなるでしょう。
手はじめに、明日、天気と私の調子がよければ、短時間、近場での野鳥観察に付き合う予定です。
リハビリのため、毎日1時間は歩くように言われていますから、野鳥観察は最適かも…
0
ところが、今は、土日が部活で潰れてしまいます。
もちろん、嫌なら部活を休むなり、やめるなりすればよいのですが、部活自体は楽しいらしく、平日より軽い足どりで出かけます。
じゃあ万々歳かというと、そう単純なものではなく…いくら楽しくても、土日に平日の疲れをとることができないのは大変なのです。当然、月曜日の朝は、グッタリ疲れた状態でスタートすることになります。それが毎週積み重なると…ひずみは、平日の生活(部活以外の!)に出るわけです。
しかも、NANAには、部活以外にしたいことがいっぱいあります。
土日に部活のない友達が「〇〇行ってきたよ」「〇〇と遊んだよ」なんていうと、うらやましくて仕方ない…つい「あ、そう」とつれない返事をしてしまい、喧嘩になることもあるようです。
博物館からのお知らせが来ても、「どうせ、行かれへんし…」とため息。時々、禁断症状が出るのか、図鑑をむさぼるように読んでいることもあります。
もう少し緩めの部活だったら…と思うものの、今の部活だからこそ続いているのだし、本人は部活についてもやる気満々なのだから、難しいところです。
今日の部活は珍しく、午前の練習だけで終わり。明日の日曜日もお休みです。
しかし、今日からはTOTOは出張、私も今日は昼から夕方まで仕事が入っています。
と、「じゃあ、K大に行ってくるわ」とNANA。K大に行く前には、大好きなラーメン屋で昼ごはんを食べる、というおまけつきです。
「一人で大丈夫?」とTOTOは心配そうでしたが、中学生ですし、これまで何度も行っていますからね。
案の定、特にトラブルなく、ラーメン大盛りを食べ、K大博物館でいっぱい遊んできたようでした。
自由な週末、いいね…
さて、そんなNANAのもとに、知り合いの学芸員さんからメールが届きました。今月末の博物館友の会総会で研究報告しないかとのお誘いでした。去年、ポスター報告をしたのと同じ企画…あれから1年経ったのですね。
日程としては奇跡的に参加可能なのですが、問題は報告の準備をする暇がない(というより、報告する予定が全くなかった)こと…去年もお誘いをいただきましたが、入れ違いで、自分から報告を申し込んでいましたからね。そして、博物館は遠いので、一人で行くのは難しいということです。
NANAは随分悩んでいましたが、引き受けることにしました。私は、リハビリを兼ねて付き添うことに…ちょっと冒険ではありますが、あと1週間ありますし、電車で座っての移動が大半ですから、何とかなるでしょう。
手はじめに、明日、天気と私の調子がよければ、短時間、近場での野鳥観察に付き合う予定です。
リハビリのため、毎日1時間は歩くように言われていますから、野鳥観察は最適かも…
0
2010/1/20
恐怖心 NANAとその家族
一昨日、昨日と連続してリハビリがありました。
病院には予め「リハビリに来ることができる曜日・時間帯」を知らせてありますから、講義や会議の予定がない週はじめに集中するのは仕方ないのですが、まるで入院時に逆戻りしたような、連日のリハビリには、いささかビックリで、グッタリです。
このところ、集中的に行っているのは筋力アップ…
特に、太ももの内側の筋肉を鍛えています。今、椅子に座った状態で、膝から下の部分を水平に持ち上げ、数秒間、その状態を維持することが課題です。筋力に乏しい脚でも、さすがにケガをする前はできていましたが、今は膝下の部分を持ち上げることすらできません。
リハビリ室では、大半の時間、寝転んで、脚を上げ下げする運動をしています。地味ですが、100回越えると、脚が痛くなります。
昨日、そう訴えると、「筋肉痛です。筋肉が動いてるってことで喜ばしいことです。あとは成果が出れば…」と先生。
成果ねぇ…力を入れても微動だにしない膝下を見ていると、持ち上がるとは思えないし、何かもう、持ち上がらなくてもやっていけそうな気になってしまいます。
主治医の先生からは「ケガしたほうの脚で片足立ち20秒が最低基準。骨そしょう症の高齢者にもやってもらってるしね」。これも、途方もなく遠い目標に思えてきます。
そもそも、いろいろ提示されるメニューも、生来の運動音痴に筋力低下が重なったせいか、こなせないものが多く…
膝の運動のため、ボールを足の下に置き、座った状態でボールを前後に転がす運動は、ボールが上手く操れず、試しに元気な足でやってみても、やはりボールがあちこちに転がってしまい、没…
横向けに寝転んで、下の脚を垂直に上へ持ち上げ、太ももの内側を鍛える運動は脚が微動だにしないので、無理…「それなら、高齢者向けメニューで」と膝の間にボールを挟んで押し潰す運動に切り替えてもらっても、ボールは丸い形のままです。
担当の若い先生は毎度、う〜んと首をひねり、あれこれ別メニューを考えたり、年長の先生に相談したり…
昨日は、ついに年長の(といっても、私より若いですが!)先生が直接、「ちょっと見ていいですか」と来られました。「今週もう1回リハビリを」と言われましたが、週の後半は仕事が詰まっているので、次回は来週の月曜日になりました。
やれやれ…ですが、1週間、家でやるべきメニューはテンコ盛り。「いっぱいですね」と言ったら、「そりゃね、標準が5のところの2ですからね、重力に逆らえないんですから」と担当の先生。
はぁ、そうですが…
筋トレがなかなか進まないので、金具が入った固定装具を外し、後ろがバネになっている、柔らかな装具に変えることになりました。膝のあたりが不安定になる分、支えようとする筋力が養われる、というわけですが、当然、転倒のリスクも高くります。
「松葉杖を使いたい」と私。
あんなに嫌だった松葉杖ですが、今は頼れるパートナー…固定装具が外れた今、いきなり、杖なしで外を歩く自信がありません。でも、杖を使うと、先生方が期待する効果は半減するわけで…
話し合いの結果、しばらく遠出には松葉杖を併用することになりましたが、「恐怖心をとらないとね」と先生。
ハイジ世代としては、「あぁ、クララと一緒だな」と…なかなか立てないクララに、「クララはもう立てるのよ、それなのに…クララの意気地なし…クララなんて嫌い!」などとハイジが厳しい言葉を投げつけ、それをきっかけにクララが立つ、というアニメ「アルプスの少女ハイジ」の名シーンを思い出したのでした。
確かに、ケガをしてから、転ぶことが極度に怖くなりました。転んだ瞬間のことが何度も頭によみがえり、「もう二度と小走りなんてしない」と思うほどです(今は物理的にできませんが)。
お正月、家族とスポーツ番組を見ていても、「転ぶんじゃないか、ケガするんじゃないか」と思うと、ドキドキして集中できませんでした。NANAが走るのも、怖くて仕方なく、「大丈夫、ママみたいに鈍臭くないから」と言われても、ドキドキします。
私でさえこんなだから、大事故や災害などの被害者はどんなに恐怖を感じているだろうと想像します。
阪神淡路大震災から15年経ちましたが、身体に感じた「揺れ」の恐怖、瓦礫の中に閉じ込められた恐怖は決して消えないでしょう。飛行機事故や列車事故では、その交通機関を利用できなくなった、という話をよく聞きます。原爆に遭った人が、以前、写真のフラッシュや雷鳴に恐怖を覚える、と話しておられたことも…私のとは比べものにならない、一生、抱えていく恐怖心なのでしょう。
ともあれ、私の恐怖心を払拭するにも、もうしばらくかかりそうです。筋力アップも、ね。
0
病院には予め「リハビリに来ることができる曜日・時間帯」を知らせてありますから、講義や会議の予定がない週はじめに集中するのは仕方ないのですが、まるで入院時に逆戻りしたような、連日のリハビリには、いささかビックリで、グッタリです。
このところ、集中的に行っているのは筋力アップ…
特に、太ももの内側の筋肉を鍛えています。今、椅子に座った状態で、膝から下の部分を水平に持ち上げ、数秒間、その状態を維持することが課題です。筋力に乏しい脚でも、さすがにケガをする前はできていましたが、今は膝下の部分を持ち上げることすらできません。
リハビリ室では、大半の時間、寝転んで、脚を上げ下げする運動をしています。地味ですが、100回越えると、脚が痛くなります。
昨日、そう訴えると、「筋肉痛です。筋肉が動いてるってことで喜ばしいことです。あとは成果が出れば…」と先生。
成果ねぇ…力を入れても微動だにしない膝下を見ていると、持ち上がるとは思えないし、何かもう、持ち上がらなくてもやっていけそうな気になってしまいます。
主治医の先生からは「ケガしたほうの脚で片足立ち20秒が最低基準。骨そしょう症の高齢者にもやってもらってるしね」。これも、途方もなく遠い目標に思えてきます。
そもそも、いろいろ提示されるメニューも、生来の運動音痴に筋力低下が重なったせいか、こなせないものが多く…
膝の運動のため、ボールを足の下に置き、座った状態でボールを前後に転がす運動は、ボールが上手く操れず、試しに元気な足でやってみても、やはりボールがあちこちに転がってしまい、没…
横向けに寝転んで、下の脚を垂直に上へ持ち上げ、太ももの内側を鍛える運動は脚が微動だにしないので、無理…「それなら、高齢者向けメニューで」と膝の間にボールを挟んで押し潰す運動に切り替えてもらっても、ボールは丸い形のままです。
担当の若い先生は毎度、う〜んと首をひねり、あれこれ別メニューを考えたり、年長の先生に相談したり…
昨日は、ついに年長の(といっても、私より若いですが!)先生が直接、「ちょっと見ていいですか」と来られました。「今週もう1回リハビリを」と言われましたが、週の後半は仕事が詰まっているので、次回は来週の月曜日になりました。
やれやれ…ですが、1週間、家でやるべきメニューはテンコ盛り。「いっぱいですね」と言ったら、「そりゃね、標準が5のところの2ですからね、重力に逆らえないんですから」と担当の先生。
はぁ、そうですが…
筋トレがなかなか進まないので、金具が入った固定装具を外し、後ろがバネになっている、柔らかな装具に変えることになりました。膝のあたりが不安定になる分、支えようとする筋力が養われる、というわけですが、当然、転倒のリスクも高くります。
「松葉杖を使いたい」と私。
あんなに嫌だった松葉杖ですが、今は頼れるパートナー…固定装具が外れた今、いきなり、杖なしで外を歩く自信がありません。でも、杖を使うと、先生方が期待する効果は半減するわけで…
話し合いの結果、しばらく遠出には松葉杖を併用することになりましたが、「恐怖心をとらないとね」と先生。
ハイジ世代としては、「あぁ、クララと一緒だな」と…なかなか立てないクララに、「クララはもう立てるのよ、それなのに…クララの意気地なし…クララなんて嫌い!」などとハイジが厳しい言葉を投げつけ、それをきっかけにクララが立つ、というアニメ「アルプスの少女ハイジ」の名シーンを思い出したのでした。
確かに、ケガをしてから、転ぶことが極度に怖くなりました。転んだ瞬間のことが何度も頭によみがえり、「もう二度と小走りなんてしない」と思うほどです(今は物理的にできませんが)。
お正月、家族とスポーツ番組を見ていても、「転ぶんじゃないか、ケガするんじゃないか」と思うと、ドキドキして集中できませんでした。NANAが走るのも、怖くて仕方なく、「大丈夫、ママみたいに鈍臭くないから」と言われても、ドキドキします。
私でさえこんなだから、大事故や災害などの被害者はどんなに恐怖を感じているだろうと想像します。
阪神淡路大震災から15年経ちましたが、身体に感じた「揺れ」の恐怖、瓦礫の中に閉じ込められた恐怖は決して消えないでしょう。飛行機事故や列車事故では、その交通機関を利用できなくなった、という話をよく聞きます。原爆に遭った人が、以前、写真のフラッシュや雷鳴に恐怖を覚える、と話しておられたことも…私のとは比べものにならない、一生、抱えていく恐怖心なのでしょう。
ともあれ、私の恐怖心を払拭するにも、もうしばらくかかりそうです。筋力アップも、ね。
0
2010/1/12
自尊感情を高めるには… 特別支援教育・その他の教育
NANAの部活の顧問が綴っておられるブログ記事の中に、「勝ち癖をつけて」という一文がありました。
いわく、今年の部員には自信のない人が多い、それは勉強が苦手など、これまで失敗体験が多かったせいかもしれないが、発想を切り替えて、勝ち癖をつけ、プラス思考になりなさい、と。
なるほど、その通りだなぁと思いますし、私自身、家でも職場でも「『オレ(わたし)はアホやから…』『どうせアカンから…』は禁句、まず一生懸命やってみぃ。アカンかったら、どうすれば、自分の能力が活かせるか考えてみぃ」というのが口癖です(やはり、基本が「イケイケドンドン」タイプ!)が、それを専ら個人の努力だけに委ねてはいけないなぁ、と最近つくづく思うのです。
この1ヶ月間、私は、リハビリという形で、「運動」という自分の苦手と向き合うことになりました。
学生時代に悩まされた「体育」の授業…大学を出てからは、極力、関わらないようにしてきました。もちろん、保育所の運動会だとか、学生さんとの親睦だとか、何かと「運動」は付き纏ってきましたが、上手にごまかしたり、避けたりしてきました。
たとえ「勝ち負けは関係ない。親睦だよ」と言われても、運動会や球技大会の度、クラスメートに嘲笑され、罵倒された忌まわしい記憶、味わった屈辱感や劣等感は消えることがなく…とにかく、「運動」に関しては不愉快な思い出しかありませんでしたから、他人から見れば、不自然なほどに拒否し続けてきました。
そんな私が、リハビリという形で、再び「運動」せざるを得なくなったのですから、そのストレスたるや…
「リハビリ、大変でしょう」と多くの人に言われますが、何となく「大変さ」の質が違う気がしています。「痛いのに膝を曲げなきゃいけない」とか、そういう怪我に直接関係する「大変さ」のほかに(というか、それ以上に)、もっと基本的な、おそらく、多くの人にとって「しんどいけど、出来ないわけじゃない」ストレッチや筋トレが「大変」なのです。
そもそも、怪我に関係なく、これまで、前屈は床に手がついたことなどなく、スクワットや腹筋、腕立て伏せはまともにできず、片足立ちも覚束ない…自慢じゃないけど、筋金入りの運動音痴です。
だから、リハビリの空間で要求されることは苦手なこと、出来ないことだらけです。
かつて「体育」の授業がそうでした。しかし、学校というのは「体育」だけじゃありませんから、まだ救われました。さかあがりができなくて馬鹿にされても、「ふん、エラソーに言っても、漢字読めないくせに!」なんてね…そう思うことで、不登校にもならずに乗り切れたし、学校の先生にも「体育以外の教科では認めてもらっている」と思っていたから、「体育」の時間さえ終われば、低下しきった自尊感情も回復したのです。
でも、リハビリの空間では、いいとこなしです。自尊感情は下がりっぱなし…もう大人だし、先生も丁寧に接して下さるし、できなくても笑ってごまかす術を身につけましたから、通院拒否にはなりませんけどね。
苦手なことだらけで、成功体験が少ないと、自尊感情は下がる一方です。いくら「自信をもて」「やればできる」といわれても、「いいところを伸ばせ」といわれても、自分の「いいところ」が全く役立たないフィールドでは、どうしようもありません。
そこで、先生など周りの人間の出番です。
何のことはない、ささいな進歩でも適切なところで適切に誉める…これが大事だろうと思うのです。
今回、リハビリで唯一誉められたのは、膝の曲がりがよい、ということでした。これは、もともと関節が柔らかい(むしろ、緩い)という体質の問題でしたが、膝の曲げ伸ばしは難関の一つでしたから、何となく、うれしい気分でした。
もっとも、「曲げる」のように、「力を抜き、重力に逆らわない」のはいいとしても、「伸ばす」のように「重力に逆らって力を入れる」ほうは全くダメで、現在、最大の課題となっているのですが…おまけに、調子に乗って曲げたせいか、今日の診察で、主治医から、「ちょっと骨がズレてきてますよ、まだ固まってないから、あまり曲げないでね」と言われる始末。
それでもね…
この年になって、自分の半分ほどの年の先生に誉められても、やっぱりうれしいのです。単純なものです。
さて、今日は退院後初めてのリハビリでしたが、結果は散々…退院時より機能が後退しているし、筋力は著しく落ちていて、「あのね、標準が5としたら、今、MOMOさんの右足は2です。0から5の6段階の2、結構、深刻ですよ」と言われました。
週1回ペースでいくかと思われたリハビリは、案の定、「明後日、来て下さい」。
そんな「自尊感情、下がり放題」の中でも、何回かに一度、「そう、そんな感じでいいよ」と先生からOKが出ると、ちょっとだけ、ほんの一瞬ですが、うれしくなるわけで…
プラス思考に切り替えるには、本人の意識改革だけでなく、周りの助力も必要だなと痛感する今日このごろ…
ちなみに、NANA部活の先生は、誉め上手、乗せ上手。それは、あのNANAが、これほどどっぷり部活にはまっていることからも、明らかです。
0
いわく、今年の部員には自信のない人が多い、それは勉強が苦手など、これまで失敗体験が多かったせいかもしれないが、発想を切り替えて、勝ち癖をつけ、プラス思考になりなさい、と。
なるほど、その通りだなぁと思いますし、私自身、家でも職場でも「『オレ(わたし)はアホやから…』『どうせアカンから…』は禁句、まず一生懸命やってみぃ。アカンかったら、どうすれば、自分の能力が活かせるか考えてみぃ」というのが口癖です(やはり、基本が「イケイケドンドン」タイプ!)が、それを専ら個人の努力だけに委ねてはいけないなぁ、と最近つくづく思うのです。
この1ヶ月間、私は、リハビリという形で、「運動」という自分の苦手と向き合うことになりました。
学生時代に悩まされた「体育」の授業…大学を出てからは、極力、関わらないようにしてきました。もちろん、保育所の運動会だとか、学生さんとの親睦だとか、何かと「運動」は付き纏ってきましたが、上手にごまかしたり、避けたりしてきました。
たとえ「勝ち負けは関係ない。親睦だよ」と言われても、運動会や球技大会の度、クラスメートに嘲笑され、罵倒された忌まわしい記憶、味わった屈辱感や劣等感は消えることがなく…とにかく、「運動」に関しては不愉快な思い出しかありませんでしたから、他人から見れば、不自然なほどに拒否し続けてきました。
そんな私が、リハビリという形で、再び「運動」せざるを得なくなったのですから、そのストレスたるや…
「リハビリ、大変でしょう」と多くの人に言われますが、何となく「大変さ」の質が違う気がしています。「痛いのに膝を曲げなきゃいけない」とか、そういう怪我に直接関係する「大変さ」のほかに(というか、それ以上に)、もっと基本的な、おそらく、多くの人にとって「しんどいけど、出来ないわけじゃない」ストレッチや筋トレが「大変」なのです。
そもそも、怪我に関係なく、これまで、前屈は床に手がついたことなどなく、スクワットや腹筋、腕立て伏せはまともにできず、片足立ちも覚束ない…自慢じゃないけど、筋金入りの運動音痴です。
だから、リハビリの空間で要求されることは苦手なこと、出来ないことだらけです。
かつて「体育」の授業がそうでした。しかし、学校というのは「体育」だけじゃありませんから、まだ救われました。さかあがりができなくて馬鹿にされても、「ふん、エラソーに言っても、漢字読めないくせに!」なんてね…そう思うことで、不登校にもならずに乗り切れたし、学校の先生にも「体育以外の教科では認めてもらっている」と思っていたから、「体育」の時間さえ終われば、低下しきった自尊感情も回復したのです。
でも、リハビリの空間では、いいとこなしです。自尊感情は下がりっぱなし…もう大人だし、先生も丁寧に接して下さるし、できなくても笑ってごまかす術を身につけましたから、通院拒否にはなりませんけどね。
苦手なことだらけで、成功体験が少ないと、自尊感情は下がる一方です。いくら「自信をもて」「やればできる」といわれても、「いいところを伸ばせ」といわれても、自分の「いいところ」が全く役立たないフィールドでは、どうしようもありません。
そこで、先生など周りの人間の出番です。
何のことはない、ささいな進歩でも適切なところで適切に誉める…これが大事だろうと思うのです。
今回、リハビリで唯一誉められたのは、膝の曲がりがよい、ということでした。これは、もともと関節が柔らかい(むしろ、緩い)という体質の問題でしたが、膝の曲げ伸ばしは難関の一つでしたから、何となく、うれしい気分でした。
もっとも、「曲げる」のように、「力を抜き、重力に逆らわない」のはいいとしても、「伸ばす」のように「重力に逆らって力を入れる」ほうは全くダメで、現在、最大の課題となっているのですが…おまけに、調子に乗って曲げたせいか、今日の診察で、主治医から、「ちょっと骨がズレてきてますよ、まだ固まってないから、あまり曲げないでね」と言われる始末。
それでもね…
この年になって、自分の半分ほどの年の先生に誉められても、やっぱりうれしいのです。単純なものです。
さて、今日は退院後初めてのリハビリでしたが、結果は散々…退院時より機能が後退しているし、筋力は著しく落ちていて、「あのね、標準が5としたら、今、MOMOさんの右足は2です。0から5の6段階の2、結構、深刻ですよ」と言われました。
週1回ペースでいくかと思われたリハビリは、案の定、「明後日、来て下さい」。
そんな「自尊感情、下がり放題」の中でも、何回かに一度、「そう、そんな感じでいいよ」と先生からOKが出ると、ちょっとだけ、ほんの一瞬ですが、うれしくなるわけで…
プラス思考に切り替えるには、本人の意識改革だけでなく、周りの助力も必要だなと痛感する今日このごろ…
ちなみに、NANA部活の先生は、誉め上手、乗せ上手。それは、あのNANAが、これほどどっぷり部活にはまっていることからも、明らかです。
0
2010/1/11
6年目に入ります このサイトについて:ご挨拶
5年前の1月11日、ふと思い立ってブログを立ち上げました。
当時、発達障害に関してあれこれ関係資料を集め、読みあさりましたが、挙がっている事例はどれもピッタリくるような、こないような…当然、対処法もピッタリくるような、こないような…
むしろ、ネット上で、当事者やその家族が綴っている日記に「あぁ、そう、うちも同じ…」というものを見つけることが多く、それは同時に「やっぱり、これは成長の過程で自然に解消される問題ではなく、障害として一生向き合わなければならない問題なのだ」と確認する作業でもあったのですが、そんな感傷的な気分は吹っ飛ぶほど、日常は疾風怒涛の状態で、藁にもすがるような想いで、先輩たちの記録を読んだことを思い出します。
ブログを立ち上げたのは少しでも我が家のデータを提供したい、との想いからでした。診断名は同じでも、人によって現れ方が異なるという発達障害…もし、NANAと同じタイプの子がいたら、そして同じトラブルを抱えていたら、TOTOや私、学校の先生方の対応、それが成功したか失敗したかはも含め、試行錯誤の過程を公表することには意味があるだろうと思いました。
しかし、それは必然的に、NANAや関係者のプライバシーに踏み込むことになります。
トラブルやそれへの対応の記録がどれだけ有用かは理解しています。実際、このサイトを設置してから、どれほどの人が「うちの子はNANAくんに似ています」との声を寄せて下さったことでしょう。その声に励まされ、多くの記事を書いてきました。
しかし、自分以外の人間、つまり、他人の情報については、慎重に扱わなければなりません。
日々の暮らしの中から素材を厳選し、表現に配慮し…しかし、決して当たり障りのない、つまり、誰の益にも害にもならない、自己満足の「日記」にはならないように、と心がけ、何とか5年間続けてきました。
開設当初に比べれば、更新頻度は著しく低くなり、NANAが主役の記事も激減しましたが、これからも、自分のペースで、更新していくつもりです。
昨日までのアクセス数は31390、AOLダイアリー時代の分(168340)を加えると、5年間で、199730となります。約20万ですね。
6年目に突入した「小さなハンス」、今後とも、よろしくお願いいたします。
3
当時、発達障害に関してあれこれ関係資料を集め、読みあさりましたが、挙がっている事例はどれもピッタリくるような、こないような…当然、対処法もピッタリくるような、こないような…
むしろ、ネット上で、当事者やその家族が綴っている日記に「あぁ、そう、うちも同じ…」というものを見つけることが多く、それは同時に「やっぱり、これは成長の過程で自然に解消される問題ではなく、障害として一生向き合わなければならない問題なのだ」と確認する作業でもあったのですが、そんな感傷的な気分は吹っ飛ぶほど、日常は疾風怒涛の状態で、藁にもすがるような想いで、先輩たちの記録を読んだことを思い出します。
ブログを立ち上げたのは少しでも我が家のデータを提供したい、との想いからでした。診断名は同じでも、人によって現れ方が異なるという発達障害…もし、NANAと同じタイプの子がいたら、そして同じトラブルを抱えていたら、TOTOや私、学校の先生方の対応、それが成功したか失敗したかはも含め、試行錯誤の過程を公表することには意味があるだろうと思いました。
しかし、それは必然的に、NANAや関係者のプライバシーに踏み込むことになります。
トラブルやそれへの対応の記録がどれだけ有用かは理解しています。実際、このサイトを設置してから、どれほどの人が「うちの子はNANAくんに似ています」との声を寄せて下さったことでしょう。その声に励まされ、多くの記事を書いてきました。
しかし、自分以外の人間、つまり、他人の情報については、慎重に扱わなければなりません。
日々の暮らしの中から素材を厳選し、表現に配慮し…しかし、決して当たり障りのない、つまり、誰の益にも害にもならない、自己満足の「日記」にはならないように、と心がけ、何とか5年間続けてきました。
開設当初に比べれば、更新頻度は著しく低くなり、NANAが主役の記事も激減しましたが、これからも、自分のペースで、更新していくつもりです。
昨日までのアクセス数は31390、AOLダイアリー時代の分(168340)を加えると、5年間で、199730となります。約20万ですね。
6年目に突入した「小さなハンス」、今後とも、よろしくお願いいたします。
3
2010/1/10
細くなった脚 TOTOとMOMOの仕事・子育て
脚が細くなった…
なんて書くと、ダイエットの自慢のようですが、そうではありません。右足の太ももやふくらはぎの筋肉が見事に、ごっそり削げ落ちてしまったのです。
太ももの周りでは、約10センチほど細くなっています。
「うわぁ、おばあさんの脚みたい」とTOTO。「すごいな、もともと筋肉がないのに、もっとなくなってる」とNANA。
ほんまやね…
噂には聞いていましたが、こんな短期間で、これほど細くなるとは…手術前からリハビリを開始していたのに、しかも、手術の1週間後からは歩き始めているのに、です。
まぁ、ちょっと転んだだけで簡単に骨が折れるのですから、何があっても不思議はないのかもしれませんけどね。
退院の2日後から、職場に復帰しました。
細くなった脚ですが、固定装具の力を借りて、予想以上にしっかりと私の身体を支えてくれています。
初日は、片道1時間余の校地への出講も、そのための電車の乗り継ぎも、無事にこなしました。90分立って講義することもできました。
翌日は、終日、キャンパス内をあちこち移動し、帰りにはタクシーを使わずに駅まで歩き、電車を使って帰りました。通常15分ぐらいで歩ける距離を30分かけましたが。
失われた筋力を取り戻すには「使う」のが一番…
担当医やリハビリの先生にも「どんどん歩くように」と言われていますから、できるだけ歩くようにしています。といっても、長い距離をいくには、まだ松葉杖に頼らなければなりません。どうしても、元気なほうの脚に負担が集中しがちですし、不自然な歩き方ですから、時間もかかり、異常なほど体力を消耗します。
不思議なもので、仕事中はあまりしんどさを感じません。しかし、帰宅後、腰を下ろし、固定装具を取り外した瞬間、どっと疲れが出ます。
昨日は2日ぶりに終日、自宅で過ごしました。午前中は仕事をしたり、家事をしたりしていましたが、夕方ごろから(この「遅さ」がまた、年を感じさせるのですが!)、急に調子が悪くなり…まるで、アクティブな2日間の反動のようでした。
細くなった分、さすがに脚の耐久性も落ちているのでしょう。それを元気なほうの脚を含め、全身でフォローしているものだから、全体の調子も崩れてしまうのでしょう。
筋力を取り戻すには、筋トレ…
仕事と週末からの連休が重なり、リハビリの間隔がいきなり1週間あいてしまうので、担当の先生から、退院時、しつこいほどに自主筋トレメニューを言い付けられたのですが、仕事のある日は仕事で精一杯、ない日はその疲れで…と、なかなかこなせません。
そもそも、この運動音痴の私に「1日2回、脚あげ(脚を真っすぐ伸ばした状態で床に付けずに上げ下ろしする)片足10回×10セット、仰向けバージョンと横向きバージョンで…」なんてね、無理です。入院したばかりのときは、元気なほうの脚でも10回の脚あげに青息吐息だったのですから。今も、悪いほうの脚は連続10回の上げ下ろし自体、難しい…というか、できません(ま、できないからこそのリハビリなのですが!)。ただ、「大丈夫です!」と豪語して退院しただけに、週明け早々のリハビリが怖いですが(宿題忘れの子どもの心境です)…
退院さえすれば、すっかり元どおり…と思っていたわけではないですが、時間さえかければ、それなりに何でもこなせるだろう、と思っていました。
実際、その場では比較的支障なくこなせるのですが、身体はきちんと相応の「休養」を求めます。
これは想定外…思うようにはかどらなくてイライラしますが、改めて細くなった脚を見ると、「仕方ないな、まだ、こんなだもの…」と納得します。こんな細さになりながらも、健気に頑張っている右脚を撫でてやりたい気持ちにもなります。
しばらくは、右脚と相談しながらの暮らしです。
0
なんて書くと、ダイエットの自慢のようですが、そうではありません。右足の太ももやふくらはぎの筋肉が見事に、ごっそり削げ落ちてしまったのです。
太ももの周りでは、約10センチほど細くなっています。
「うわぁ、おばあさんの脚みたい」とTOTO。「すごいな、もともと筋肉がないのに、もっとなくなってる」とNANA。
ほんまやね…
噂には聞いていましたが、こんな短期間で、これほど細くなるとは…手術前からリハビリを開始していたのに、しかも、手術の1週間後からは歩き始めているのに、です。
まぁ、ちょっと転んだだけで簡単に骨が折れるのですから、何があっても不思議はないのかもしれませんけどね。
退院の2日後から、職場に復帰しました。
細くなった脚ですが、固定装具の力を借りて、予想以上にしっかりと私の身体を支えてくれています。
初日は、片道1時間余の校地への出講も、そのための電車の乗り継ぎも、無事にこなしました。90分立って講義することもできました。
翌日は、終日、キャンパス内をあちこち移動し、帰りにはタクシーを使わずに駅まで歩き、電車を使って帰りました。通常15分ぐらいで歩ける距離を30分かけましたが。
失われた筋力を取り戻すには「使う」のが一番…
担当医やリハビリの先生にも「どんどん歩くように」と言われていますから、できるだけ歩くようにしています。といっても、長い距離をいくには、まだ松葉杖に頼らなければなりません。どうしても、元気なほうの脚に負担が集中しがちですし、不自然な歩き方ですから、時間もかかり、異常なほど体力を消耗します。
不思議なもので、仕事中はあまりしんどさを感じません。しかし、帰宅後、腰を下ろし、固定装具を取り外した瞬間、どっと疲れが出ます。
昨日は2日ぶりに終日、自宅で過ごしました。午前中は仕事をしたり、家事をしたりしていましたが、夕方ごろから(この「遅さ」がまた、年を感じさせるのですが!)、急に調子が悪くなり…まるで、アクティブな2日間の反動のようでした。
細くなった分、さすがに脚の耐久性も落ちているのでしょう。それを元気なほうの脚を含め、全身でフォローしているものだから、全体の調子も崩れてしまうのでしょう。
筋力を取り戻すには、筋トレ…
仕事と週末からの連休が重なり、リハビリの間隔がいきなり1週間あいてしまうので、担当の先生から、退院時、しつこいほどに自主筋トレメニューを言い付けられたのですが、仕事のある日は仕事で精一杯、ない日はその疲れで…と、なかなかこなせません。
そもそも、この運動音痴の私に「1日2回、脚あげ(脚を真っすぐ伸ばした状態で床に付けずに上げ下ろしする)片足10回×10セット、仰向けバージョンと横向きバージョンで…」なんてね、無理です。入院したばかりのときは、元気なほうの脚でも10回の脚あげに青息吐息だったのですから。今も、悪いほうの脚は連続10回の上げ下ろし自体、難しい…というか、できません(ま、できないからこそのリハビリなのですが!)。ただ、「大丈夫です!」と豪語して退院しただけに、週明け早々のリハビリが怖いですが(宿題忘れの子どもの心境です)…
退院さえすれば、すっかり元どおり…と思っていたわけではないですが、時間さえかければ、それなりに何でもこなせるだろう、と思っていました。
実際、その場では比較的支障なくこなせるのですが、身体はきちんと相応の「休養」を求めます。
これは想定外…思うようにはかどらなくてイライラしますが、改めて細くなった脚を見ると、「仕方ないな、まだ、こんなだもの…」と納得します。こんな細さになりながらも、健気に頑張っている右脚を撫でてやりたい気持ちにもなります。
しばらくは、右脚と相談しながらの暮らしです。
0
2010/1/5
入院生活終了! NANAとその家族
今日の昼、予定どおり、退院することになりました。前回の例があるので、大どんでん返しがあるかもしれないと覚悟していましたが、さすがに当日のそれはないでしょう。
入院してちょうど4週間が経ちました。荷物をまとめてみたら、結構多くてビックリ…このところ、自宅へ戻るたびに少しずつ持ち帰っていましたが、一部はまた病院へ持ってきたりしていたので、総量はあまり変わっていないのかもしれません。
私は痩せ型で、運動能力も人並み外れて低く(!)、「元気はつらつ」という感じではないため、華奢に見られがちなのですが、これまで、病気らしい病気をしたことがありません。
風邪などの病気で仕事を休むことも滅多になく…ただ昨年、珍しく何度かあったのは、今回の転倒事故の前兆だったのかもしれませんけど。
入院は出産後の1週間が最長、そもそも入院自体、妊娠中に風邪をこじらせて3日ほど入院したのと出産時の2回だけ…あとは、小さいころ、母親が長期入院した折に体調を崩し、母親のベッドの横で数日寝かせてもらったことがありますが、これは「母恋いし」病の治癒のためのもので、入院とはいえません。
もちろん、手術の経験もなく…出産時も、予定日をかなり過ぎ、「いよいよ帝王切開で」と同意書にサインした直後から陣痛が始まりましたから、すんでのところで回避しました。盲腸の手術も、経験していません。
そんなわけで、今回、手術はするわ、入院は長いわ、初めてづくし…小児科に付き添う以外で、病院に行ったのも何年ぶりかという状態ですから、完全に、未知の世界でした。
入院生活もゴールですので、初めての長期入院から学んだことを…
いきなり「入院」と言われても、私を含め、一般には、「はて、何を用意すれば…」という感じです。
もちろん、最低限の持ち物リストは病院からいただけるのですが、それ以外で、今回、重宝したのは、ウェットティッシュ、液体ハミガキ、保温できる水筒…
松葉杖で移動しますから、水筒は取手つきでないと、持ち歩けません。同様に、松葉杖で両手がふさがってしまいますから、口に含んで移動できる、液体ハミガキが便利でした。いずれも、「松葉杖を使う」という特殊な条件での話ですが。
一般的なものとしては、普段から愛用しているパウダーシート…汗をかいたとき、これで拭うと、あとがサラサラして気持ちよいのですが、これも役立ちました。入院中は毎日、シャワーが使えるわけではありませんからね。
同じ理由で、身体が自由に動かないときは洗顔も大変です。看護師さんに申し出れば、朝、蒸しタオルを配って下さるのですが、私はどうも蒸しタオルのモワッとした感触が好きではありません。
だから、市販の「化粧水に浸したコットン」があると、便利だと思います。乾燥しがちな病室で、保湿の役割も果たします。私は、安価な化粧水を多めに使い、ティッシュで拭き取っていましたけどね。
浴用タオルとしても使いやすい、ガーゼタオルは、吸水性に優れ、薄手なので乾きが早い…普段の出張や旅行でも愛用していますが、入院生活でも活用しました。
母が、ガーゼ地のバスタオルを持ってきてくれましたが、これも使い勝手がよかったです。かさ張りませんからね。
今回、入院中の患者さんが実によく召し上がることに驚きました。整形外科だったせいもあるのか、皆さん、非常に元気で、食欲旺盛…
時間がありますから、たくさん間食もされます。お見舞いでお菓子などをもらいますしね。「手元にあると、食べてしまう」とおっしゃる人が多く、間食の習慣のない私はただただ圧倒されていました。中には、賞味期限の迫った食べ物の処理に追われている人も…お見舞いに食べ物を持っていくなら、日持ちのするものがよいなぁ、と思いました。
生花のお見舞いも…きれいで、うれしいのですが、そもそも花瓶を持っているとは限らないうえに、水の入れ替えが大変です。
私は、申し訳ないなぁと思いつつ、いただいたお花をすぐに看護師さんに託し、ナースステーションで飾ってもらうようにしました。そのほうが皆に楽しんでもらえますしね。
入院生活では、様々な世代、職業の人と知り合います。
皆、入院しているわけですから、どこか悪いところがある…症状の軽重はあれ、それは同じなんですね。違うのは、怪我や病気を苦にして引きこもってしまうか、そうでないか、です。
今一つ、入院生活から抜け出したいという想いの強さも、人それぞれです。もちろん、ずっと入院していたい、なんて人はいないでしょうが、入院生活は上げ膳据え膳、洗面から入浴まで介助してもらえます。その代わり、プライバシーはなく、常に他人の管理下にあるのですが…
怪我や病気の程度が異なりますから一概に言えませんけれど、やはり、怪我や病気を仕方ないものとして受け止め、入院生活でもできるだけ自分のペースを維持し、治療に前向きな人の回復は早いなぁと思いました。
さて…
退院と言っても、筋力がないから固定装具は付けたまま、リハビリにも頻繁に通わなければならず、拠点が自宅に移ったに過ぎません。むしろ、これからのほうが大変かもしれません。
それでも、素直に、退院はうれしい…今晩は何を食べようかなぁ…
0
入院してちょうど4週間が経ちました。荷物をまとめてみたら、結構多くてビックリ…このところ、自宅へ戻るたびに少しずつ持ち帰っていましたが、一部はまた病院へ持ってきたりしていたので、総量はあまり変わっていないのかもしれません。
私は痩せ型で、運動能力も人並み外れて低く(!)、「元気はつらつ」という感じではないため、華奢に見られがちなのですが、これまで、病気らしい病気をしたことがありません。
風邪などの病気で仕事を休むことも滅多になく…ただ昨年、珍しく何度かあったのは、今回の転倒事故の前兆だったのかもしれませんけど。
入院は出産後の1週間が最長、そもそも入院自体、妊娠中に風邪をこじらせて3日ほど入院したのと出産時の2回だけ…あとは、小さいころ、母親が長期入院した折に体調を崩し、母親のベッドの横で数日寝かせてもらったことがありますが、これは「母恋いし」病の治癒のためのもので、入院とはいえません。
もちろん、手術の経験もなく…出産時も、予定日をかなり過ぎ、「いよいよ帝王切開で」と同意書にサインした直後から陣痛が始まりましたから、すんでのところで回避しました。盲腸の手術も、経験していません。
そんなわけで、今回、手術はするわ、入院は長いわ、初めてづくし…小児科に付き添う以外で、病院に行ったのも何年ぶりかという状態ですから、完全に、未知の世界でした。
入院生活もゴールですので、初めての長期入院から学んだことを…
いきなり「入院」と言われても、私を含め、一般には、「はて、何を用意すれば…」という感じです。
もちろん、最低限の持ち物リストは病院からいただけるのですが、それ以外で、今回、重宝したのは、ウェットティッシュ、液体ハミガキ、保温できる水筒…
松葉杖で移動しますから、水筒は取手つきでないと、持ち歩けません。同様に、松葉杖で両手がふさがってしまいますから、口に含んで移動できる、液体ハミガキが便利でした。いずれも、「松葉杖を使う」という特殊な条件での話ですが。
一般的なものとしては、普段から愛用しているパウダーシート…汗をかいたとき、これで拭うと、あとがサラサラして気持ちよいのですが、これも役立ちました。入院中は毎日、シャワーが使えるわけではありませんからね。
同じ理由で、身体が自由に動かないときは洗顔も大変です。看護師さんに申し出れば、朝、蒸しタオルを配って下さるのですが、私はどうも蒸しタオルのモワッとした感触が好きではありません。
だから、市販の「化粧水に浸したコットン」があると、便利だと思います。乾燥しがちな病室で、保湿の役割も果たします。私は、安価な化粧水を多めに使い、ティッシュで拭き取っていましたけどね。
浴用タオルとしても使いやすい、ガーゼタオルは、吸水性に優れ、薄手なので乾きが早い…普段の出張や旅行でも愛用していますが、入院生活でも活用しました。
母が、ガーゼ地のバスタオルを持ってきてくれましたが、これも使い勝手がよかったです。かさ張りませんからね。
今回、入院中の患者さんが実によく召し上がることに驚きました。整形外科だったせいもあるのか、皆さん、非常に元気で、食欲旺盛…
時間がありますから、たくさん間食もされます。お見舞いでお菓子などをもらいますしね。「手元にあると、食べてしまう」とおっしゃる人が多く、間食の習慣のない私はただただ圧倒されていました。中には、賞味期限の迫った食べ物の処理に追われている人も…お見舞いに食べ物を持っていくなら、日持ちのするものがよいなぁ、と思いました。
生花のお見舞いも…きれいで、うれしいのですが、そもそも花瓶を持っているとは限らないうえに、水の入れ替えが大変です。
私は、申し訳ないなぁと思いつつ、いただいたお花をすぐに看護師さんに託し、ナースステーションで飾ってもらうようにしました。そのほうが皆に楽しんでもらえますしね。
入院生活では、様々な世代、職業の人と知り合います。
皆、入院しているわけですから、どこか悪いところがある…症状の軽重はあれ、それは同じなんですね。違うのは、怪我や病気を苦にして引きこもってしまうか、そうでないか、です。
今一つ、入院生活から抜け出したいという想いの強さも、人それぞれです。もちろん、ずっと入院していたい、なんて人はいないでしょうが、入院生活は上げ膳据え膳、洗面から入浴まで介助してもらえます。その代わり、プライバシーはなく、常に他人の管理下にあるのですが…
怪我や病気の程度が異なりますから一概に言えませんけれど、やはり、怪我や病気を仕方ないものとして受け止め、入院生活でもできるだけ自分のペースを維持し、治療に前向きな人の回復は早いなぁと思いました。
さて…
退院と言っても、筋力がないから固定装具は付けたまま、リハビリにも頻繁に通わなければならず、拠点が自宅に移ったに過ぎません。むしろ、これからのほうが大変かもしれません。
それでも、素直に、退院はうれしい…今晩は何を食べようかなぁ…
0
2010/1/4
まどさん 最近の報道から思うこと
正月3が日は、丸々ゆっくり家で過ごしたくて、今日の朝一番に病院へ戻ることにしました。
といっても、何か特別なことをするわけではなく、仕事をしたり、NANAとおしゃべりしたり、テレビを見たり…
しかし、正月とはいえ、大したテレビ番組はなく、似たようなタレントが似たようなことをして騒いでいるだけで、本当につまらない…一体、いつから、こんなに、テレビがつまらなくなったのか、あるいは、私が「つまらない」と感じる年代になったのかもしれませんが。
昨日は新しい大河ドラマを見て、おしまい…にするつもりでしたが、大河ドラマ後に放送される番組の宣伝に目が釘づけになりました。
詩人まどみちおさんの特集番組でした。
ご存知の方が多いと思いますが、まどさんは童謡「ぞうさん」や「やぎさん ゆうびん」「いちねんせいになったら」などの詩を作った人です。
私が小学1年生のときの国語の教科書には、「ぶらんこ」と「犬があるく」という2編の詩が載っていました。
「ぶらんこ」は可愛い詩で、確か、「かぜがぶらんこにのっていたら 花びらがのせてって来たので いっしょにのりました 花びらが もういいよっておりていったので かぜはひとりでのっていました」というものでした。
「犬があるく」のほうは面白い詩で、犬が4本の足で歩くけれど、どういう順番で動かしているのか、どんなに見ていても分からない、1本ずつ音色の違う鈴をつけたら分かるかな、という内容でした。
どちらも私のお気に入りで、とりわけ、「ぶらんこ」はそらんじるほど、好きな詩でした。ほどなくして、「まどみちお」という名前を童謡の作詞者のところに見つけ…「あぁ、このうたも、あのうたも『ぶらんこ』の人が作ったのか…」とうれしくなったことを覚えています。
20年ほど前、まどさんの全詩集が売り出されました。
当時、大学院生だった私は、学校帰りに立ち寄った書店で実物を見るなり、どうしても欲しくなりました。大阪駅にある、大きな書店でしたが、店頭には1冊しかありませんでしたし、この機会を逃すと、手に入れられなくなる気がしました。
財布の中には、ギリギリ買えるぐらいのお金が入っていました。定期券があるので、お金がなくても家までは帰れる、と思い切って購入…財布には100円余しか残っていなかったけれど、帰り道は、とても幸せな気分でした。
同じぐらいに、童謡「さっちゃん」で有名な阪田寛夫さんが『まどさん』という本を書かれました。
まどさんに関するテレビ番組も放送されました。
まどさんの飄々とした姿、発せられる言葉…お茶目で、ユーモラスで、品があって、詩から想像していたとおりだったので、うれしくなってしまいました。
まどさんは、昨年11月で100歳になられました。
私の父方の祖父と同い年です。祖父は戦後まもなく、40代でなくなってしまいましたけれどね。そして、私が高校時代、まるで友人か何かのように夢中になった、太宰治さんとも同い年です。
そう考えると、何だか不思議な気持ちになります。
100歳になっても、茶目っ気いっぱい、不思議なことが大好きで、心がとてもやわらかで、繊細なまどさん…
けれど、戦時中にたった2編、戦争協力詩を書いてしまったことをずっと悔いているまどさん…
少年のような目で虫を見つめるまどさん、涙に映った虹を描くまどさん…
昨日の夜、家にいたおかげで、素敵な番組を見ることができました。
やるじゃん、NHK!
1
といっても、何か特別なことをするわけではなく、仕事をしたり、NANAとおしゃべりしたり、テレビを見たり…
しかし、正月とはいえ、大したテレビ番組はなく、似たようなタレントが似たようなことをして騒いでいるだけで、本当につまらない…一体、いつから、こんなに、テレビがつまらなくなったのか、あるいは、私が「つまらない」と感じる年代になったのかもしれませんが。
昨日は新しい大河ドラマを見て、おしまい…にするつもりでしたが、大河ドラマ後に放送される番組の宣伝に目が釘づけになりました。
詩人まどみちおさんの特集番組でした。
ご存知の方が多いと思いますが、まどさんは童謡「ぞうさん」や「やぎさん ゆうびん」「いちねんせいになったら」などの詩を作った人です。
私が小学1年生のときの国語の教科書には、「ぶらんこ」と「犬があるく」という2編の詩が載っていました。
「ぶらんこ」は可愛い詩で、確か、「かぜがぶらんこにのっていたら 花びらがのせてって来たので いっしょにのりました 花びらが もういいよっておりていったので かぜはひとりでのっていました」というものでした。
「犬があるく」のほうは面白い詩で、犬が4本の足で歩くけれど、どういう順番で動かしているのか、どんなに見ていても分からない、1本ずつ音色の違う鈴をつけたら分かるかな、という内容でした。
どちらも私のお気に入りで、とりわけ、「ぶらんこ」はそらんじるほど、好きな詩でした。ほどなくして、「まどみちお」という名前を童謡の作詞者のところに見つけ…「あぁ、このうたも、あのうたも『ぶらんこ』の人が作ったのか…」とうれしくなったことを覚えています。
20年ほど前、まどさんの全詩集が売り出されました。
当時、大学院生だった私は、学校帰りに立ち寄った書店で実物を見るなり、どうしても欲しくなりました。大阪駅にある、大きな書店でしたが、店頭には1冊しかありませんでしたし、この機会を逃すと、手に入れられなくなる気がしました。
財布の中には、ギリギリ買えるぐらいのお金が入っていました。定期券があるので、お金がなくても家までは帰れる、と思い切って購入…財布には100円余しか残っていなかったけれど、帰り道は、とても幸せな気分でした。
同じぐらいに、童謡「さっちゃん」で有名な阪田寛夫さんが『まどさん』という本を書かれました。
まどさんに関するテレビ番組も放送されました。
まどさんの飄々とした姿、発せられる言葉…お茶目で、ユーモラスで、品があって、詩から想像していたとおりだったので、うれしくなってしまいました。
まどさんは、昨年11月で100歳になられました。
私の父方の祖父と同い年です。祖父は戦後まもなく、40代でなくなってしまいましたけれどね。そして、私が高校時代、まるで友人か何かのように夢中になった、太宰治さんとも同い年です。
そう考えると、何だか不思議な気持ちになります。
100歳になっても、茶目っ気いっぱい、不思議なことが大好きで、心がとてもやわらかで、繊細なまどさん…
けれど、戦時中にたった2編、戦争協力詩を書いてしまったことをずっと悔いているまどさん…
少年のような目で虫を見つめるまどさん、涙に映った虹を描くまどさん…
昨日の夜、家にいたおかげで、素敵な番組を見ることができました。
やるじゃん、NHK!
1

