リベンジもしくはリスタート、ドダイ、最後はリハビリに。
野良などと斜に構えた言葉を使わせてもらえれば、野良はやはり野良でしかなく、どんなに守られ続けたまま一生を終える家猫に焦がれても結局無理をきたして破綻するのがオチだった。どうせ根っからのよそ者なのだからと更にブルースを気取り、元家出少女をナメるなと再び放浪慣れ自分を誇示しようとしても足元を見れば、もう勢いだけでストーリーにもなった19や20歳じゃないのだし、それこそ今度は逆にそのアンチヒロイン気分が足元を救われ、更なる最終的な破綻を煽りかねない危うさに気付いてしまうほど、自覚を持ってしまう歳になっていた。10代で家出してから、同じことをまた繰り返したらこの10年何も学ばずことを認めることになる。
焦がれてやっと、生まれて初めて実現した同棲生活は、自らの発狂、という事態で一部の崩壊を突きつけた。幻想は所詮、幻想に過ぎず、不向きだと分かっていながら小さな幸福とやらを望んだ結局女の私がいじらしい。よかれ、と感じて行動した事が全て裏返しだと判明した情けなさ・みじめさはもうこんな卑しい思いだけはすまい、という真逆の決意だけを燃え上がらせて、結局今すぐ何もできないとわかって折れ続けて、寛大であり続ける心だけを鍛錬しようとする。共同スペースしかないこの部屋で、最終的に追いやられた台所はコンロ前の簡易書斎セット。ヘッドフォンで遠く愛を唄うフィッシュマンズを聴きながら、ソレしか知らないのだという様にスタンドの下本をむさぼり読んで、折れそうなプライドに泣き崩れた。
それ程までに苦しむ様なら、苦しむ程価値のある事でもないのに、いっそプイッとまた昔の様にでていけば、何とか従来の私と、プライドとやらがすぐ回復するか知れないが、それを10年生きた20代も後半の私が引き止める。ゼータク言えた身分じゃないものの、もうあの「アングラの巣窟」と言われた暮らしには二度と戻りたくはないし、やはり現状は、あくまで自己の鍛錬の場だと思い込みたい。糧になると考えたかった。
ロクなOL経験もないのに、意外だと周りに驚かれる私の速筆・ブラインドタッチはこの無駄な手遊びの修行の成果だ。PC前に横座る足が痺れて感覚が無くなってもそんなことどうでもよく夢中でキーボードを叩き続ける時間が戻れば、一部は折れずに済むかも知れない。手遊びを、ストリッパーのまな板ショー並みにエンタテイメントに昇華できれば、折れずに済むどころか不動の太い幹が直立するだろうか。
ウサギは淋しくて死ぬ。わたしは淋しいと頭がおかしくなってしまう。
その相手を一個人や酒や都合良く使い捨てされる仕事に求めても無駄だととうの昔にわかっているのに。
あんなに好きっていったのに!あんなに話してって、もっともっと、わたしのことを、教えてって言ったじゃない!!面白い人間だ、女だって一体誰が言ったの?誰が聞いたの?教えて欲しいならどこまでも、わたしが面白いならどうとでも!羽根むしりとったあとで飛ばないのはおもしろくないってそれじゃぁ最初から触れるな!見るな!聞くな!不良だ、頭おかしいって調子に乗せたの誰だよ!あげるだけあげておいて、ちょっと常軌を逸したら、それだけでまた叩き潰すの。一体わたしの何がおもしろいの?
世間では有名人が立て続けに約数名、あげるだけあがらせられといて、それ見たことかと叩き潰されている。この人達をその後どうしようというのか。ナーバスになり過ぎかとは思うが、もはや他人事とは思えなかった。(つづく)