共働きで私が鍵っ子であることを、寂しくないように、と母はある日猫を飼った。ナォンと甘える声を出す麗しい生き物会いたさに急いで帰宅すると、応接間のテーブルにおやつとピンクのハート柄がなんとも、80年代なノートが置いてある。最初のページを開くと母の字で「お母さんとマキと、毎日交換日記をしましょう。」と書いてあった。どこでそんな親子関係の円滑方法を学んだのか、とにかくおかげで両親が不在の時間も、全く寂しいと思ったことはない様に思う。
向かいは著名な神社である鶴橋の、この一階の部屋からは、好き好きに生きる野良猫がたむろしているのが見える。よく肥え太り、なつきもせず憎たらしいことこの上ないが、ああやっぱり私は猫塚に戻ってきた、縁があるのはこんな土地だニャー、と野良の進路を阻止するのが目下の楽しみだ。
「みやげにきずしを買ったから、昼飯にどうぞ。余れば野良に上げて欲しい。」といつものノートを書いて、今頃ぬゅっちゃぬゅっちゃと以前そうしてきずしを食った野良のような顔をしてノートを読んだ本人は食っているのかと思って笑う。13年一緒に暮らしたパル(シャム猫な)のようにうまそうに飯を食うので、ノートを読む当人には、極力飯を作りたかった。当人は、ノートと飯で、なんとか私が不在の時も、寂しいと感じないでいられているだろうか。
野良猫塚だらけの淡路という土地に8年暮らし、単車が放火されて夢だった西区江戸堀に越し、大騒ぎしたが優雅な南向きベランダ10階のマンションをたった1年半であっさり引き払った。更に南下し、今は再び猫塚のあるこの鶴橋で暮らす。10階も、そのあと夢に見た50階の高層マンションも、もういらない。一階、向かいは神社で憎たらしいことこの上ない野良が表を闊歩する小さい部屋で、うまそうに飯を食う麗しい生き物の為に毎日、返事があるのかないのか、交換日記にもならないノートを書き続ける。