カウント・ベイシー楽団、シナトラボーカルバージョンの「FLY ME TO THE MOON」が大好きだ。バラード過ぎず、アッパーにシナトラは歌い上げて中盤、トランペットで一気にテンションは爆発する。最近CDをやっと借りて来て外出時もずっとMP3で聴きっぱなしだった。 ツンタタツンタタ、ツンタタタンタン・・・・、のっけのシンバル微かな響きで玄関を出、下りのエレベータを待つ。乗った頃にごきげんなシナトラの歌声、一階エントランスへ飛び出し、オートロックのドアが開錠される頃には丁度、金管楽器で大盛り上がり、勢いで外へ飛び出すトレンチコートにマフラー、粋なブーツの私は、まるで古き良きN・Y、50年代あたりの映画の主人公の様だ。今からこの女に、どんなドラマが待ち受けてるのかと脳裏に浮かぶキャスティングテロップを見ながら思う。
最近あまり眠れない。昨夜も遅くまで飲んだのに、7時過ぎには目覚めて、10時からのモーニング・ショーを一人観に行く、その寒い朝。顔はむくんだままなのに。
刻々と状況は変化する。当たり前だが去年末と比べて状況は違うに決まってる。年末だから、きっと昨年どうだったか、などとセンチな事を考えているのだろう。水は流れる。去年、いやそれどころかひと月前の私のポリシーはもう私のポリシーでなくて当然だ。会社を2年前に辞めて、随分奔放にやって来た。別の生き物になりたかった。辞めたハクを付ける為にも、別の生き物になろうとした。留まりたくない、誰に執着も、愛着も抱かない、申し訳ないけどこの私が世界でぶっちゃけ、一番大事よ、だからこんなの大事じゃない皆そうかもしれないけれどなどと声をあげずに、ほざいてみてあげく、びくびく様子を伺ったりしていた。そのうち、目的をどこに置いているのか、自分でもわからなくなっていた事には気付いたが。卑しくあれ、欲の塊であれ、攻撃こそが、仕方無くも私の最大の防御。
センチで年末の私はスーパー帰りに考えてみる。もしかして2年毎位かしらん?私の人生のルートが変更して行くのは?そういえば二年前も突風が吹いた、そんで今はこうして、別種の厳しくかつ、穏やかな風が・・。何を隠そう、スーパーの袋の中身は雑煮の具材だ、毎年正月は、どこかのイベントへ出かけないと気が済まなかったのに。更に言うなら、私はひとところに今、とても留まりたがっている。いつもどこかに行きたかったのに。
心の癖は個性などでない、とどこか自覚していながら、どうしても誰かに面倒見て欲しい願望が抜けず、迷惑こそ魅力だと、バカバカしい煽り方をしてみなくはなく、その評価にも有頂天にされ、なにおう、私あんたに気に入られたいがタメに、こんなんやってるんちゃうのよ、と、どないやねんお前!的飲みの日々。
正味、ひどい言い方をするなら今後の生き方の青写真が狂った、とまで言えよう。どこか別の生き物で、他の場所に移動し続けようとしたのに、かつ、ジャガーもドゥカティにも乗りたかったのに。今はお雑煮が大事だ。しまった、ジャガーに乗れなくなる!!と、思った所でもう遅い。多分私はどちらかと言えば正直なタチだから、もう無理は無理、完全雑煮>ジャガー。
外の世界を一生知らない、ウチの死んだシャム猫パルの様な奴が本音は羨ましかった。実はあこがれていたのですよ、パールちゃん。無理してのら猫の仲間にいれてもらおうとしたけれど、パールちゃん、私は今あんたの様になりたいと本気でゴロナン言いますよ。
そう思ってからは、一人の時間も前より楽しい。意識の飛ぶほど酔わなくても、すんなりウチへ帰るもの。帰る頃には、トランペット爆発して、頭の中では私の前をエンド・ロールが過ぎてゆく。
水は流れる。何故か今はロスト・イン・トランスレーションのサントラばかり聴いている。しかもその中の、ジザメリばかりを。まるで蜂蜜のよう、まるでハチミツのよう。
流れたあげく、留まりたくなった。ハチミツのよう、ハチミツのよう。この大騒ぎの一年も。
Derasine did frower. 勝手な期待はしないけど、花になれなかったらまた流れる。
お雑煮はもう完璧だから。