6月
ド変態ブサイクキモイあほちゃうかどこまでが快楽屈辱リーマンよ
火曜
暑い。先月より24度、5度と上昇の一方だった大阪の最高気温は、ついに七月中旬並みの30度に届いてしまった。しかも無駄に日が延びて、仮病の私は部屋に一人、クラブで貰った花束と、無駄に残された初期のプレイステーションとセガサターンの処置に困る。
死んだ男の残した物は、漫画にセル画にラジコン釣具CDビデオLD画材同人誌、養殖していたクワガタに、ペットショップからの売上と樹液、あれほど愛していた猫に、リーバイスの508、やっすいエレキに白磁のストラトキャスター、大量の手紙、忍ばせたコンドーム、怨みつらみの日記、よくわからない工具、何時の間にかドラクエサントラからテクノとデスメタル、数本のトロフィーと、ナルシスト丸出しの写真だった。
ゲームのソフトはまんだらけとBOOKOFFでさばけても、もうこの型番のゲーム機なんて、在庫過多もいい所。私はゲームに全く興味がないのだし。
立派な花もいけてあげなくちゃならないが、そんな大きな花束をいける花瓶がウチには無い。かといって捨てるには忍びないから、この暑さに、花もプレステも、しおれて屑になればベターだ。目覚めたらそうなってくれているのを期待して、二日酔いの私は又無理な眠りに落ちる。
11日 梅雨入り
上の階は最後に昇天スペシャルフィンガーオプションが付くらしい(憶測)中国式エステ店の下のごく普通のマッサージ店で足底マッサー60分コースを受けたら、手持ちの金が四千円しか残っていない。豪遊といかない一人の夜は、だらだらと街の喧騒を尻目に中央区からから西区まで、約一時間かけて徒歩帰宅するのが常になっている。もう馴染みになってしまった近所の、ALL300円スタンドエビスで1、2杯、ひっかけてこうとのれんをくぐるも、何やら今夜はえらく店じまいが早いらしく、ヨソの馴染みも考えなくはなかったが、他店に行けば一人でも四千円はすぐオーバーだなと危惧し、結局はコンビニのモルツで済ます。「福井でごじゃります!!!」近畿のお天気野郎、福井のオヤジは数日前に亡くなって、今日から近畿は梅雨となった。
何か腑に落ちないのをどうにか落としてしまえとばかり、爪に派手なサテングリーンを塗り込めるも、その色自体、腑に落ちない。湿気てる夜は仕方が無い。まぁおとなしくしておこうと今更チンタラ日記を打ったりしているが。この文章も、これまた腑に落ちない。
10日 時の記念日
通っているフラメンコギター教室のホムペが完成したと聞き、早速覗く。覗いてみて初めて知ったが業界では著名な先生だった。スパニッシュを習ってはいても、私は深沢七郎とジプシー・キングス位しか知らないのだった。練習曲の試聴コーナーがある。レベル初級、中級、上級・・と続くが、何と私が今習っているのは最上級曲だと又そこで初めて知る。まだ通い初めて一年にも満たないが、ピアノの基礎があったせいか、はたまたフォークをかじったからか・・と一人早い進歩に悦に入る夜だ。まぁかなりおっそーいテンポで弾いてはいるけれど。これじゃぁフラメンコ・ダンサーも盆踊りになるやん、位の。しかしフラメンコギターというものは、かなり奏法が忙しい。左手は当然の事ながら、右手ではラスゲヤード、ゴルペ、アポヤンドにアルアイレ等々全指駆使、それにつけて常に片足でリズムを取らなければならないから、もうそれはエレキを弾いてメロごとにエフェクターを踏む比じゃぁ、ない。しかも速い。スパニッシュは全て速弾きだった。もう全身ギターである。何度練習中に混乱と錯乱のあまり、ギターを放り投げそうになった事か。
このまま上達して行けば、デスメタルですら、朝飯前になってしまうのではとデスメタルバンドスカウトを恐れてもいる。いっそデスとスパニッシュクロスオーバーとか。
そ、それは「フラメンコ曽根崎心中」とか「スーパー歌舞伎」の様な融合なのか!?宇崎竜童と阿川泰子が結婚したみたいな?
12日 三上寛ライブ
泥酔。
18日 市民プール初体験
疲労。
25日 南正人ライブ&お泊り
楽しかったけど内容は書けない。「バリ島やと?!こっちは西区じゃ!!」と健気に対抗意識の夢を見る。
26日 京大西部講堂 ライブイベント「放」
長い、暑い。
7/3〜7/5 沖縄伊江島ダイブツアー決定
だから急いで日記更新してるの。
7/16,17 敦賀無人島水島海水浴&ダイブ決定
いっそがしいわ!
5月29日(日)
木管楽器の音が何層にも絡み、倍音となって窓から届く。目覚めかけの頭には空耳めいたその音が、まだ夢をみたままの様な気にさせ、どうも起きる気分になれない。
向かいには中学校があった。ブラスバンド部の朝錬だろう。 船の、汽笛によく似ていた。初めて借りたアパートの窓から見下ろす、琵琶湖を横切る小型船の。18の丁度今頃の季節、死んだ男は、まだ死んではいなかった。
江戸堀二丁目。全くの偶然だったが、引越し先は宮武外骨ゆかりの地であった。マンションすぐ下の角に、宮武外骨ゆかりの地、との碑が建っている。10代の頃、ファンであった。なんでも滑稽新聞編集発行がこのあたりらしい。コレは、もしかすると何か運命なのかしらん、と平成の滑稽新聞編集・発行を思案するもどうせ浮かぶタイトルは、「大滑稽新聞」やら「鵜滑稽新聞」やらで、ああ私は故人に一体何を学んだの。
雨の中傘を差し、リーマンが一人、その碑を見つめていた。新聞を一緒に作れるとは思えない。
6月30日
生玉神社夏祭りの前哨戦、夏大祓式は確か今日夕方からだった筈だ。浴衣姿もチラホラと、しかしその時分、仕事の私はずっと地下一階でごろ寝だった。2月に御祓いを受けた為に、その夏大祓式用の人形が生玉さんより郵送されてきた。自分と、数人の家族にそれを回し、名前を書かせ、手で撫でさせ・・・・。年に二度、自分の罪穢れを祓う為の式だった。出席はできなかったが、きっと私の送った人数分の人形は、とうに火にくべられ、今ごろ灰も綺麗に掃除されている事だろう。年に二度などではとても追いつかない程罪穢れ、いえば日々私などヨゴレだが、不要なモノは、朽ちさすに限る。人形に、死んだ男の名を記そうと思った。今更御免な行為だったが、何か憑き物が落ちりゃナ、と思った。但し書きの、「記入は本人が行う」とのくだりを読んでやめた。もう何年にもなるのに、こだわってはばからんのは、自分自身の方だった。
火曜 夕方
二日酔いでもさすがに腹が減り、近所の蕎麦屋で天ざるを頼む。値が少々張るだけの味はする蕎麦と天ぷらを交互に頬張りながら、フト、引越し時に世話になったリサイクルショップの事を思い出した。食い物を咀嚼させたまま、携帯を取り出し、メモリダイヤルに入れてあるソコに電話をかける。
「あ、もしもし?ちょっと買取り希望の品がありまして・・・、ええ、内容は多少の雑貨と服と、あとね、初期型のプレステとセガサターンがあるんですが・・・・・。」
かんしゃい地方に、バイウぜぇんしぇんが北上し・・・。福井のオヤジは何を残したろうか。
「ええ、値段つかなくても結構なんで、引き取りだけでも。住所は西区江戸堀・・・・」
何を遺すにしろ、朽ちてしまった方が気は楽だ。