ビル屋上給水塔のモアイ像古代を想え西区江戸堀
(4.14.木)
越して数日目、夜歩いた帰りに見上げたビルに、何とモアイ像が点滅していた。屋上に、赤く光るモアイ像がよ。何会社のビルか知らぬが、VOW(まだでてるの?)ネタになるかと携帯で画像を映そうとしても、うまく写らなかった。
4月中旬
寂しきはドア開け眼前迫るビル吾も夜景の一部となりて
帰宅時間は割に遅い。今まで小一時間だった通勤時間がほぼ半分にはなったものの、1日の大半を仕事先で過ごすから、へとへとになれども我に返る夜更け、閉め忘れたカーテンの向こうには、以前焦がれ続けた一面の夜景があった。
高級マンションの最上階、とまではいかないが、単身向けにしてはやや高級な、そして最上階のひとつ下界のこの部屋より広がるビル群は、米粒程小さく、宝石の様に地上に広がりはせず、ごく間近に、目線の高さでこの城に迫る。
今ハヤリのしりあがりやカンクロ的語彙で言うならば、まさにソレは、今の私にとって“リヤル”な夜景だった。
深夜12時まで開いている近所のスーパーL○FEにて仕込んだ酒とアテと嗜みつつ、ゆっくりとその夜景に自分を回復させてゆくダンディな日課も、いよいよサマにはなったろうか。誰に訴えるでも無く、努力の賜物と私は独りごちてみる。
朝、出勤前に例のモアイ像に目を凝らしたら、何の事はない、それは只の給水塔だった。白い給水塔に、夜間光るライトがつけられていたのだ。多少がっくりきたが、にしても給水塔が光った所で仕方無い訳だし、あの光り方はどう考えても意図してモアイの目風に仕立て上げたモノと思える。粋な社長(なのか?)もいたものだ。
10日
桜満開の頃転居せり靭公園飛行場の過去
(10)
たかが単身の引越しに、男連中五人も従えて作業はものの30分。それは住人への、「一体奴等の中で誰が住むというのだ?!」的目くらまし効果を発揮し、赤帽への一万のみで出費は済んだ。四月も十日、桜舞い散る頃に私は西区へ越して来た。おおよその作業が済んだ昼前、コンビニで酒とアテを買い込み花見がてら靭公園。今後も世話になるであろうシバタ丁稚数名と別れ、夕方その中の一人とha-gakure、54−71他のライブへ行くが、疲労が一気に出たのかライブハウストイレで延々嘔吐する。コレは駄目だと帰宅するも、その後も止まらず、胃の中を全て空にしても吐き気がする為、えげつない程の腹痛に襲われる。深夜、やっと回復したものの、もう何か別の生き物に変身するんじゃないのかというあのうめき苦しみはもう経験したくない。が、盲腸や出産の痛み苦しみはその位なのだろうか。それとももっと凄いのだろうか?針の山の苦しみは?脱皮の苦しみは?北斗のケンシロウの苦しみは?ケンシロウにひでぶされる奴の苦しみは?
近所には遠方から買い付けにくる人もいるらしい即完売、行列のパン屋がある。ウィンドウから焼きたての可愛らしいパンが並ぶのが見える。あたたかなパンの匂いは、この土地一体を覆う幸せな雰囲気の象徴の様だった。セレブでコンサバな奥様に混じって待ち時間を耐え、そして多分もう二度と来ないだろうと(食い物の行列が嫌いな為)あらゆるパンをまとめ買い。帰宅後食べてみて別段大した物でないなと思いつつも、しばらくは、そのあたたかなパンのにおいにまみれていたいのだ。
翌週
先週に引き続き、シバタ丁稚(メンバー一名入れ替わり)に旧マンション引き渡し前の清掃を手伝わす。入居当初からえげつなく汚れていたこの部屋の、更に私が入居してからのヨゴレがプラスされた凄まじいこびりつきを数時間でリフォームした。連中には何かうまいモノを食わしてやろうと、近所の穴場カレー屋を案内するが、無くなっていた為、仕方無く飲み屋。飲み屋なので奢らないのだ!「鬼じゃのう、マキは。」・・・・その話を聞いた飲み仲間はグラスを傾けポツリと言う。
直腸に腕が入るの鍛へればTバック愛用せし若社長「パンスト美人」と言はれ果ており
(4.8)
5月
通
り行く絶叫右翼街宣車吾トイレ掃除に余念無し
(上旬)
昨今の揉め事で右翼がにわか活気づいている。やっと出番が回って来たとばかり、毎日曜、アジなのか顕示なのか余念が無い。そしてウチの近所には中国領事館があるのだ。買い物に出た昼間、通り過ぎた街宣車からは塗りたてのペンキ臭がぷんぷんした。領事館前のL○FEに買い物に来る客は皆品がいい。しかし私が花冷えを防ごうと、羽織る上着は気高い鷹のスカジャンだった。それこそ、領事館前に立ちはだかる多数の警官に目を付けられやしないだろうか。保守性で言うならば、どちらかと言えば確かに右寄りだ。今日び、右も左も無いだろうが。
G.W
前半
実家。(と言っていいのかどうか)溢れ返る不用品を整理。数年前にほぼ処分し終えた私の荷物を更に完璧に処分。アルバムや文集の類は焼却し、服や本の類は売り払った。これでもう、この家には未練も証拠も無くなったと胸がすいた。相変わらず、広すぎる一軒家で三匹のロシアンブルーは駆け回り、父は己の境遇に悪態を付き、母は見られていない所で愚痴をこぼすが、いい加減、病人がいるからと律儀に接するのも馬鹿らしくなり、一石を投じる事にする。無罪の猫達を残し、疲れ切ってそこを後にした。
南正人氏、春一番出演の為これまたイベント出演だった熊本よりはるばるやって来た。某サイト管理人の家へ宿泊しにきたのだ。以前、大阪のライブで仲良くなった氏に某サイト管理人の家の話をし、「奴の家はこの近所で広いから、ナミさん泊まりに来てもいいですよ。」と住人の承諾を得ないまま直訴したら、ホントに来た。キッカケづくりの立役者として当然同席。ナミさんのマネージャーの様な、相方の様な立場のマキコさんと四人で深夜まで話をした。かなり面白い内容だったが公表は控えておく。あ、でも昔の日本はユダヤから流れてきた人が・・・ちゅう話はええかな。まあそれも面倒だから書かんけど。
翌日の春一番は、層々たる顔ぶれだったが、個人的に気合いの入りまくったこのイベント(今年で最後とか、高田渡氏亡くなられた為)の中で飄々と数曲唄って帰るナミさんが一番良かったと思っている。しかし客の年齢層は高かった。
後半
以前伊藤若沖展を観に行った京都国立博物館へ今度は同時代の蘇我蕭白展を観に行く。
性格も対照的な二人だが、その画調も対照的で、成る程無頼を気取った蕭白の筆は、うねり、狂い、墨がもう、ベタベタで、破壊的だった。個人的には、ユルーく、狂って行く若沖の画が好みではあるが、この蕭白の画も、人となりも、無頼を気取りたいという努力の賜物であろうかと。基本はしっかり会得しているプロなのだ。以前、円山応挙ブームがあったが、未だ江戸の日本画ブームは続いている様で、京都国立博物館はめったに無い程の盛況っぷりだったらしい。でも、ブーム云々関係無くこの時代の日本画が一番面白いのでは無いかと素直に思う。ガロとか全部こっから来てるんじゃないのっていう位。
蕭白の屏風に描かれた虎(らしきもの)の顔が、腐りかけの野良猫の様だったのもショッキングだったが、若沖にしろ蕭白にしろどうもおかしいのは、犬の画だった。まだ実物を見たことがなければおかしいのも判る。しかし、犬なんて巷にゴロゴロいた筈で、同じくゴロゴロしていたトリやネコやネズミなんてよくまあ、写実的に描けている。何故、犬だけが二人共うまく描けないのか?犬というよりその生き物は、コアラと座敷わらしのアイノコの様で、何かどうも愛着が持てない。
昔、遠近法が無かったのと同様に、犬の描き方もなかったのだろうか?まあどうでもいいけれど。
中旬以降
新居の近所には、プラネタリウム、月末からゴッホ展開催の美術館の他、ウマイ飯屋飲み屋がこれでもかと充実している。ビジネス街という場所柄、平日の11時までの店が大半なので私はご近所マップを独自に作成、休みの日や早く帰宅できた日などシラミ潰しにそれらの店を回り、1店舗1店舗罰丸三角花丸の評価を付けて行くのに多忙だった。
グルメでも無く、割と飯にもこだわらない方の私をコレほどまでに引きつける要因はやはりビジネスマン向け、という所が大きい。決して若者や、OLが喜びそうな薄っぺらいオシャレに走らず、かと言ってこの辺りのビジネスマンは舌も肥え、審美眼もあり、サイフのヒモも適度に固い。いわばイナセなオヤジのメッカなのだ。(言い過ぎか。)
適度に安く、居心地も良く、更に美味しく、ほろ酔っても明日の為に11時には店じまい。汚くない立ち飲み屋が充実してる事からもこの辺りの適度な上品さがよく分かる。汚い立ち飲み屋も落ち着くが、今の私に取ってはこの位のオトナっぷりが琴線に触れる。当分ヨソでは呑む気もしないのだった。飲み屋の良し悪しを見分けるのには、自信があった。かいつまんで言えば、私は粋なおっさんなのだ。
と、女性の為の施設も充実しているのだ。ある日曜日、朝からエステに出向いてまつげパーマとやらを初体験した。キャンペーンで千円やったし。自慢だが私の睫毛は異様に長い。蝿を溶かして食いそうな程長い。余裕で2センチはあるので、マスカラで補強しようモノならボールペンを乗せられる程だ。
そんな私がまつげパーマをしてみたら、エステティシャンしゃんもその長さに驚いていたが、仕上がりに私も驚いた。ビューラーでもよく持ち上がらなかったクソ長い毛が、くるんと上を向いていて、視野が広がった。今まで睫毛が邪魔をして、実は前がよく見えていなかった事に生まれて初めて気付いた。近視ももしや、そのせいなのか?!少し、瞼が軽くなった様でもあった。人間何でも経験してみるものだ。今の私は、すっぴんでも常にびっくりした目になっている。
月末にはこの目でゴッホの画を見つめるのだ。常に、びっくりした目で。
多分、当分ココに住むし、おそらく大阪でココが一番好きなのは変わらないだろう。単車もおじゃんの現在は、もっぱら水色をした自転車で近所の探索ばかりする。今は憧れのドゥカティで遠出するより、細いタイヤの一角獣でキリの様に、柳田國男的に、この土地を掘り下げてみたかった。
春隠居骨のよく鳴り西区幻想
(5.16.月)