12月2日
鬱陶しい。12月は鬱陶しい。3年前に購入して、くたびれ切ったヒールをなんとか履き続けているし、毎日毎日こしひかりを研いで炊き、おかずをなんとか拵えて明日の弁当の用意をする。そんな事をしているから益々鬱陶しいのだろうが、疲れ切っっていたとしても、明日のメシの支度を欠かさないのは、そこまで私の貧乏性は根深いのかと感慨深いモノがある。もうあんな生活はこりごりだという恐怖感がそうもさせるのだろうが。靴一足、新調した処でもうさして、痛くもないだろうに。
十三では安っぽいサンタコスプレの客引きが目に付く様になった。リーマンもだらしなさこの上なくなる季節到来だ。以前は12月というと楽しみがイッパイだと楽しい季節であったけれど、もう何十回と師走の度イベントを捻くり出しているからいい加減、恒例行事に飽きが来た。毎日毎日こしひかりを研ぐ徒労感とそう変わらないかも知れない。花街はカキイレ時だと必死になり、リーマンは接待接待、でもタクシーは儲からない。あとは、阪急の最終電車にゲロと酒臭さが染み付くだけ。私全部やったわ。
今年下半期を費やした、「be found dead」の上映会が終了した。十三に通い詰めたから、もうしばらく十三はいいやと思っていながらも、通うギター教室は十三なのだ。
「リズム感があるから、大丈夫、大丈夫。」フラメンコの先生は、褒めて生徒を伸ばすタイプなのかそれともそこしか褒め処がないからか、しきりに私のリズム感を強調したが、リズム感さえあれば弾きこなせるモノでもないだろう。何か関節が外れているのではないかと思わせる先生のスパニッシュ超絶技巧に、私はリズムだけで拮抗できると言うのか。
ご多分に漏れず、私も今月は予定でイッパイなのだが、そうでなくとも散々飲み歩いているからせめて一人の時間はひっそり過ごそうと、なかなかできずにいるコレマタ鬱陶しい日記の更新などをしているのだけれど、今思うと散々外で遊び呆けたバランスを取ろうと、毎日欠かさず地味にこしひかりを研いでいるのかも知れなかった。そんな事を地道に頑張っていたら、いつか高い所に住めるとでもいうかの様に。
散々色んな事があったし、あるし、友人・知人は良かれ悪かれ色んな事になって行く。嫉妬羨望優越感もろもろ、抱え込んで逃げる先はこしひかり。研いでいる時は、外部と無縁の傍観者でいられるのだって、コレは、20代の未婚者のセリフじゃあ、ないわよ。
「ケチな客程注文が多い。」身に染みている独自のセオリーを反芻しながら、相変わらずの栄町商店街で、野良猫を追いかけると、振り返った野良は、ぶさいくだった。研ナオコの様なつくりの猫もいるものだナと感心。外気と共にテンションも降下。
ぶさいくな猫もいるモノで、頭の中でぐるぐる回るスパニッシュの狂おしい響、取り敢えずの1コンパス12拍のリズムで、師走に私は米を研ぐ。