yoshi著/Dear Friend&DEEP LOVEについて。
以下激しく個人的意見が多々あるので、嫌な方は申し訳ありませんがお引取り下さいませ。
尚、これより先読まれた方による「気に喰わない」等の反論は受け付けておりませんが、「私はこう思う」等のコメントでしたら誠意を持ってそれにお答えしようと思いますので、皆様のご意見も聞きたく思います。
ファンの方が居たら大変申し訳ないが、しの子はこの「yoshi」とやらが
大嫌いである。
何が文学作品だ、と。
一応ね、周りに流されての考えはいけないと思って代表作であるDEEP LOVEを読みましたよ。
アユだとかホストだとかパオだとか(←言うわりに詳しいな/笑)
なんつーのかな…。
表現も簡単な単語ばっかりだし、何より会話が多すぎる。
というか、会話以外の文章が短ぇ。
ヤってばっかいる。
必ず身近な人が死と直面する。
簡単だから読みやすい。
↓
伝わりやすい。
↓
イイ作品。
って方程式が出来ちゃってない?
売れた、話題になった、だからイイ作品。…ってワケじゃないと思うんだけど…。
てゆーかね?最近の傾向として「泣けた=イイ作品」ってなってない?
全米が涙した、とかさァ(笑)
聞いたところによると、人間が「感動」という意味で一番伝わりやすいのが「泣く」事らしい。
「泣いた」映画を見ると「感動したー」って言えるように。
それは、良いんだけども。
yoshiの作品読んでて逆な気がするんだよね、どうも。
「感動」させたいから「泣ける」ようにする。
みたいな。
だから、そんな簡単に「死」を題材に書けるんだよ。
本当に感動する内容って、事実として悲しい事を書かなくても伝わるんじゃない?
Dear FriendにしろDEEP LOVEにしろ、死ななくたってイイ話にする事は出来ると思う。
…と、書いてて思った。
アタシはyoshiが嫌いというか、ほいほいと主人公に死を絡ませてくる発想が嫌いなんだな、と。
で、何でこの記事を書いたかと言うと。
先程友達と楽しくメールしてて、次のメールを待ってる時にきたメルマガに
『yoshi話題作!Dear Friendの主演を務める〜云々』
って書いてあって
(#^ω^)イラッ
としたから(爆)
ここまでツラツラ書きましたが、この記事は決してyoshiの作品が好きな方に対してのバッシングではありません。
しの子個人による、一つの考え方です。