意見の対立がありました。
相手の意見を聞いたり、自分の意見を言ったりしながら
「ああそうか、この人は、私とは違った意見もたくさんあるんだよ」ということを身をもって教えてくれているんだなあと思えました。(これまでは、「何いってんのよ!と怒りながら聞いていたかな?)
そして、きちんと反論してくれてわかりやすいし、ありがたいなあと思えました。(これまでは、「思い通りにならないからって怒らないでよ」と私も怒っていました。)
どんな行動をとるか選択できる場所=この世界 にいられることがありがたいしうれしいのでした。
自分の満足のいく行動をとるには、自分を見る、しっかりとした大きな目が必要です。
自分の無意識的な思考回路と感情回路を見る目
意識的な場所に無意識的回路を取り出して
(修理のために蓋をあける行動に似ています)
回路を認識して、ああ、こうなっているのねと認め
(こんなバカな回路と非難しないで、必要だったんだね、苦労して作ったねとあははと笑ってあげてください)回路をどんなふうに修正したいかわくわく考える。
日々のそんな作業が必要です。
そんな具体的な作業がどうしたらできるのか
とっても興味があります。
その具体的作業をみつけだそう!
それは、体操選手の練習前の入念なストレッチに似ているようです。

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