旧約聖書人物列伝
「アブラハム」
創世記
12:1 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて
/わたしが示す地に行きなさい。
12:2 わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名
を高める/祝福の源となるように。
12:3 あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは
呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」
12:4 アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブ
ラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。
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ヘブライ人への手紙
11:8 信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことにな
る土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知ら
ずに出発したのです。
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1)アブラムを取り巻く人たち
創世記11:26 テラが七十歳になったとき、アブラム、ナホル、ハランが
生まれた。
11:27 テラの系図は次のとおりである。テラにはアブラム、ナホル、ハ
ランが生まれた。ハランにはロトが生まれた。
11:28 ハランは父のテラより先に、故郷カルデアのウルで死んだ。
ここにアブラムの父テラのことが出てきます。
テラは70歳でアブラム・ナホル・ハランの三人の子供の父親になります。
いったい一年間で三人の子供の父になるとはどういうことなのでしょう
か。アブラムは妻サライと結婚し、ふたりで一緒に父との旅に同行しま
す。しかし、テラの妻については言及がありません。推測ですが、テラ
は家庭のことでいろいろ問題を持っていたのではないかと言う人がいま
す。
父親ハランを失ったロトにとってアブラムは信頼できるやさしい心のお
じさんだったに違いありません。
妻のサライは子供を生むことができない人だったので、当時の社会では
本当に冷たい視線や仕打ちを受けていた可能性があります。
つまり、ここに登場するアブラハムを取り巻く人たちは、どこかに寂し
さを抱え、どこかで社会に落ち着けないような気持を持っていた人たち
でした。
最初これらの人たちはカルデアのウルという土地に住んでいました。ウ
ルという土地は現在のイラクの南部の都市で、月を礼拝する宗教が盛ん
な所でした。アブラムは父とロト、そして妻のサライと一緒にウルから
ハランに旅立ち、そこで父親が死ぬまでの間留まりました。つまり父親
に対してアブラムは責任を果たしたことになります。また、甥のロトに
対しても、妻サライに対してもきちんと責任を果たし、精一杯彼らの祝
福のために生きようとしている人であることがわかります。
彼らが住んだハランとは、シリア地方、現トルコ領の中にある町です。
2)行くところを知らずして
使徒言行録7章のステファノの説教の記事によれば、ウルにいた頃、すで
にアブラムに対して神がそこから出ていくようにと声をかけていること
がわかります。つまり、この旅は父親が積極的に決めたことというより、
むしろ、アブラムが父親を巻き込み、妻と甥のロトを連れてハランまで
移動したのかもしれません。
ハランまでの旅では「アブラハムの優しさ」が顕著です。父が死ぬまで
ハランに留まったということを考えると、父に寄り添うために、自分の
最終目的地への旅を保留した可能性があります。ロトを連れていったこ
ともまた、とても素晴らしい優しさだと思います。ハランでの父の死を
受けて、神様の約束を再確認し、いよいよ彼自身の旅が始まります。
創世記12:4 アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。
アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。
ここでは、人への配慮とか、逃げ出すとか、そういう思惑の全くない旅
が書かれています。つまり、アブラムはこのハランである程度成功者と
して名をなしていましたから、別に生活のために他所の土地へ移動する
必要はありませんでした。ウルからハランまでは、もしかすると、父親
の問題などがあって、移動が人間的な理由でも必要だったのかもしれま
せん。
アブラムは主の言葉に従って、出発を決意し、そして、神の約束を信じ
て、自力での決断としてハランから約束な地に向けて出かけました。こ
のあと、ロトとも別れることになりますので、ますますアブラムの自立
的な、自分の決断による旅が明確になっていきます。
3)約束を信じているが、天幕での生活
使徒言行録
神はアブラハムを、彼の父が死んだ後、ハランから今あなたがたの住ん
でいる土地にお移しになりましたが、
7:5 そこでは財産を何もお与えになりませんでした、一歩の幅の土地さ
えも。しかし、そのとき、まだ子供のいなかったアブラハムに対して、
『いつかその土地を所有地として与え、死後には子孫たちに相続させる』
と約束なさったのです。
ヘブライ人への手紙
11:9 信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、
同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕
屋に住みました。
アブラハムは優しい人ですが、失敗もありました。自分の妻のことを「妹
だ」と言って騙したり、息子の誕生が待ちきれず、ハガルによってイシ
ュマイルを生んだり、弱点はありました。妻も信仰深いわけではありま
せんでした。また、資産として大邸宅を建てるわけでもなく、テント生
活を続けました。ウルの時代、ハランの時代には、家も財産もありまし
た。今はずっとテントで移動生活です。しかし、神の祝福の約束を信じ、
約束の提供者である神を信じ、常に希望を抱き、前向きに進んで行きま
した。人に対しての誠実に生きました。
パウロはこうまとめました。
ローマ4:17 「わたしはあなたを多くの民の父と定めた」と書いてあると
おりです。死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させ
る神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。
4:18 彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、
「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、多くの民
の父となりました。
4:19 そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えてお
り、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱ま
りはしませんでした。
4:20 彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰
によって強められ、神を賛美しました。
4:21 神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信してい
たのです。
思い通りにいかない人生、約束があるので前向きにはなれるけれど、実
現まで待たされることの多い人生、アブラムはそういう中で神の祝福の
約束を心に信じて生活したのです。
彼の信仰は弱らず、約束を疑わず、神を賛美しながら前に進みました。
これから何が起こるか知らされていない、わからないのが人生です。で
も、最終的には神に知られていることで安心なのです。神が計画を持っ
ておられると信じて日々を過ごせることが幸いなのです。
4)アブラムの信仰、自立的な旅への歩み
私たちも、神に語られ、自分で前途を決めなければならないことがあり
ます。その際に人に相談しても反対されるような気持になり、悶々とし
て、結局、決断できず、前にも後ろにも行けないような気持になり、信
仰生活が面倒に感じてしまうことがあります。逆に、なりふり構わず無
鉄砲に決断し前に向かうことが最善だと考えている人もいるかもしれま
せん。
優柔不断も無鉄砲もアブラハムの決断の仕方とは違います。
彼はいわば神の約束に圧倒され、信じました。
アブラムと一行の移動は、現代人の考える旅行よりもはるかに時間がか
かっており、自分の財産を使いながら、そこに滞在し、関係を持ち、進
んで行ったので、誠実さ、勤勉さ、勇気、そして信頼される生き方を積
み上げていく必要がありました。
アブラムは焦ることなく、淡々と日常を行き、先に進んだだけなのです。
何も見せびらかすものなどありません。神が真実なお方だということだ
けが彼の確信でした。神はアブラムをアブラハムと改名しました。「高
貴な父」、から、「多くの国民の父」という名前になりました。サライ
は「私の王女」からサラ「諸国民の母」となりました。17章参照。
その祝福はイサクに引き継がれ、子々孫々にわたって引き継がれていま
した。そして、私達にも届いたのです。
25:7 アブラハムの生涯は百七十五年であった。
25:8 アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖
の列に加えられた。
アブラハムは「神を信じた」人であり、信じたように生きた人、信じた
通り従った人でした。75歳から175歳まで。「満ち足りて」という言葉が
最後の言葉として印象的です。
祝福がありますように。
関根一夫


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