精神画像(イメージング・ストーリー)
今日から 女神と伴に 新しい旅が始まります。其れは 神と伴に 未来を創造する事です。
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精神画像(イメージング・ストーリー)
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今日から 悠悠自適(ノン-コントロール・ライフ)を開始。 自然(神)の 描写の中を 観自在菩薩で歩きます。・・・ もう 此処から先は 誰も 歩いてはいない道。
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2009/11/22
「転輪聖王・チャクラヴァルティン」
未来創造
転輪聖王・チャクラヴァルティン
21・11・22
愈愈本日は、1年に一回だけ行われる「新嘗祭」の日である。今日から、明日に掛けて、夜通しで今年の新嘗祭が、天皇家や石上神宮で行われる。其の新嘗祭の日が、戦後の昭和23年に「勤労感謝の日」と名前が変えられ、今日に至っている。
・「勤労感謝の日(きんろうかんしゃのひ)」は、日本の国民の祝日の1日である。日付は11月23日。国民の祝日に関する法律(祝日法)では「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」ことを趣旨としている。1948年(昭和23年)公布・施行の祝日法で制定された。
・ 概要 [編集]
戦前の新嘗祭(にいなめさい; しんじょうさい)の日付をそのまま「勤労感謝の日」に改めたものである。新嘗祭は1872年(明治4年)までは旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた。1873年に太陽暦(グレゴリオ暦)が導入されたが、そのままでは新嘗祭が翌年1月になって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととした。それが1873年では11月23日だった。しかし、翌1874年からは11月23日に固定して行われるようになった。11月23日という日付自体に深い意味はなく、たまたま日本が太陽暦を導入した年(1873年)の11月の2回目の卯の日が11月23日だっただけのことである。
・11月移動論 [編集]
2007年5月、当時の与党内で勤労感謝の日を体育の日と合わせて11月上旬に移動し、文化の日および国民の休日と合わせて5〜9連休にする「秋の大型連休」構想が浮上した。
・ 他国の類似の祝日 [編集]
感謝祭(Thanksgiving)は、勤労感謝の日とほぼ同時期である11月第4木曜日に米国で祝う感謝祭であるが、時期や趣旨が似ているのは偶然である。戦前日本の新嘗祭とも特段の関係はない。生産を祝う点では感謝祭に通じるが、勤労への感謝については米国で9月第1月曜日に祝う「勤労の日」 (Labor Day) に通じる。また Labor Day は日本のメーデーと趣旨が似ている。勤労感謝の日が制定された1948年に日本はまだ米軍の占領下にあったが、占領軍は国家神道と結びついた新嘗祭を危険視した。当時力をもっていた占領軍の左派勢力は、米国の Labor Day と Thanksgiving Day を併せた Labor Thanksgiving Day という祝日を考案し、これを和訳したのが「勤労感謝の日」である。したがってこの戦後の祝日は、戦前日本と米国の祝日の要素を密かに併せもつ一種異様なハイブリッドであると言える[要出典]。ただし、日本版感謝祭と言えるものはむしろ神嘗祭の方であり、新嘗祭は新米を食するなど一年の慰労(勤労感謝)の側面も元来併せ持っている。いずれにせよ、文化の違う米国の習慣と単純に一致するものではない。 ―引用終了― ウィキペディア辞典
是に拠ると、新嘗祭の儀式は、「卯の日」に行われなければ成らない理・ことに成っている。だから、11月17日のメッセージに現れた、時計の仕組みの中に棲む聖霊が、ウサギの姿だったのだろうか。其れに、「卯の日」は、他にも「餅つきの日」「田植えの日」で、稲や米に関係が有る事に成っている。
時間では、ウィキペディア辞典には 次の様に載っている。
・・卯の刻は夜明けの6時を中心とする約2時間。 夜明けの6時(朝6時)を正卯(しょうぼう)ということがある。 卯の方は東の方角である。「卯」は『 史記』律書によると「茂」(ぼう:しげるの意味)または『漢書』律暦志による 。・・・
昨夜は、12時に宿舎に帰って、シャワーを浴びてベッドに入って目を閉じていると、白い紙の様な物が敷かれている上に、一足の白い運動靴が置かれているのが映されて来た。そして、其の運動靴が消えると、白い紙の様な物の上に、靴の両足の踵の部分が、黒い模様として残っている。其の模様は人間の指紋の様な物であった。
私は、其の踵の模様を見て、お釋迦さんの佛足の踵に刻まれている、紋様だと想った。
参考HP「佛足」
http://w-diet.com/55buddaha2.html
「道場(タオ-ステージ)3」
http://green.ap.teacup.com/20060818/1121.html
此の参考HPの説明に拠ると、釋迦牟尼佛の佛足の裏の模様は、中が「法輪」で、下が「後光」の印であるとの事。是だと、昨夜現れたのは、法輪か後光のどちらかの意味を持つのであろう。其れとも、「ブッダ・仏陀」其の者の、着地を意味しているのであろうか。だとすれば、足が揃ったので、ブッダが再び歩き出す事を、意味しているのかも知れない。
其れに、中国の老子の言葉にも「千里の道も 足下から」と有るので、両足の足跡が印されたのは、大事な意味が有るのだろう。
「佛の足」
http://star.ap.teacup.com/170606/510.html
其のマークが「法輪」の方であれば、「ヴィシュヌ神」が右手で回している「法輪」の意味であり、左手に持っている螺旋の渦の象徴である「法螺貝」の働きが、機能し始めるとの意味にも受け取れる。
そして、今朝のメッセージの映像には、左側の方から、白い制服を着た、小学生ぐらいから中学生ぐらいの男子生徒が、自然を背景にして、2列に並んで歩いて来るのが映されて来た。そして、其の2列の先頭には、其々に黒い制服を着た教官が立って歩いて居た。
其の映像の意味は、現在の「商業主義」である、相対世界の学習の学校に代わり、精神世界・絶対界である学習の場が、用意されるとの意味ではないだろうか。
其れは、自分の人生の大事な持ち時間を、単なる金儲けの為に使うのではなく、「神・自然」と共に在る喜びを、感じる為に使うと言う事である。其れに、今朝白い服を来て居た子供達は、全員男子生徒の様だったので、男性には、其の学びが大事であるとの理・ことではないだろうか。
学習の「習・シュウ」の漢字は、「白+羽」の組み合わせで、字義は「何も知らない真っ白な雛鳥が 親の羽ばたく姿を見て 真似をする ならう」の意味である。だから、生徒は、全員上下とも白い制服を着て居たのであろう。そして、指導者の方が2人とも全身黒の制服だったのは、「玄人・くろうと・プロフェッショナル」である理・ことを、意味しているのではないだろうか。
次のメッセージの映像は、私の意識が安房川の右岸側に在って、手に魚を突く銛・もりを持って、川の中に魚を獲る為に泳いで行った。処が、魚が居ても、銛のゴムが弱いので、魚を突く事が出来ず岸に上がった。そして、岸から川を見ると、元気な少年が、銛を持って魚を追い掛けて泳いで居る姿が見えた。
其の映像は、少年には自然の中で獲物を追い掛ける事が、成長段階には一番必要であるとの理・ことではないだろうか。
そして、私の銛のゴムが弱くて、魚を突く事が出来なかった場面の意味は、大人は、子供に魚を突く事を教える他に、銛やゴム等の道具を開発したり、誰でも手に入れ易い様にする役目が、有るとの事ではないだろうか。
今朝の映像が、いま人気が高まっているゴルフの世界ではなく、自然の川であった事に意味が有るのだろう。
何故なら、ゴルフの世界は森を破壊して、農薬を使う世界である。だが、泳いで魚を追い掛けて捕まえる世界は、上流に自然が有り、清い水が流れていなければ出来ない世界である。だから、ゴルフの世界と、川で魚を追い掛ける事は、環境的には丸っきり反対の世界なのである。
今朝の映像の最後には、リムジンの様な大きな車に、東京の「建入ひとみさん」と、大阪の「多田政宏氏」が後部座席に乗って、右側から遣って来て、私の前で停車した。其の車の後部座席には、2人だけが乗っており、建入ひとみさんは右側に、多田政宏氏は左側に乗って居り、多田政宏氏の方が先に降りて来た。
其の映像の意味は、「建入ひとみさん」と「多田政宏氏」が、新しい時代の企画を携えて、私の所に来るとの意味ではないだろうか。そして、大きな車の後部座席に座って居たのは、運転手付きである事を意味し、大きな車は資金の目途も立っている理・ことを意味しているのであろう。
其の様に考えると、神の世界では段取りが出来て、現実世界に動きが現れるとの事ではないだろうか。其れが、ヴィシュヌ神が慈悲心を持って復活し、法輪を回転させるとの事なのであろう。
今朝、私は其れ等の事柄を考えていて、四神の北方の守護神である「玄武」の黒い大蛇の存在と、中央の「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の関係が、私には分離出来ないでいた。何故かと言うと、私の背後に、其の黒い大蛇が「素戔鳴尊・すさのおのみこと」の働きとして、着いている感じがするからである。
だからと謂って、私の身体が玄武の亀であって、其れに黒い大蛇が巻き付いている感じは無いのである。若し、私の身体が亀であり、黒い大蛇が巻き付いているのであれば、其れは、背中に7頭のコブラが守護をしている「釈迦(ヴィシュヌ神)」の形態と同じであり、北方と中央の場・座が分離してはいない事に成る。
しかし、其れでは、四方に神が存在する理・ことには成らない。何故なら、四神は守護神であるから、中央に護るべき存在がなければ成らないからである。
私は、今日まで、其の理・こと余り考えて来なかったので、中央に何が存在するのかの認識が弱いのであろう。だから、玄武と、中に存在する意識体の分離が、上手く行かないのである。
「四方神」の配置は、「北・黒・北極星・玄武(足の長い亀・黒い大蛇)・夜・宇宙」「東・青・水・青龍・智慧」「南・赤(あか・朱)・太陽・朱雀・光・熱」「西・白・道路・白虎・経済」である。そして、中央には「金龍(麒麟)」が、存在している事に成っている。
其の、金龍に付いては、ウィキペディア辞典には、次の様に載っている。
「金龍」中国では瑞獣の出現を記念して改元を行うことがあるが、黄竜が出現したというので「黄龍」と改元されたこともあった。日本でも黄竜はめでたい獣とされ、宇多天皇(887年即位)のときに黄竜が出現したといわれている。
黄竜は皇帝の権威を象徴する竜とされたが、後に麒麟と置き換えられたり、同一視されるようになった
黄竜(こうりゅう、おうりゅう、ホワンロンは、中国の伝承や五行思想に現れる黄色の竜。
四神の中心的存在、または、四神の長とも呼ばれている。四神が東西南北の守護獣なのに対し、中央を守るとされる。五行説で黄は土行であり、土行に割り当てられた方角は中央である。別名は勾陣(こうちん)。
中国では瑞獣の出現を記念して改元を行うことがあるが、黄竜が出現したというので「黄龍」と改元されたこともあった。日本でも黄竜はめでたい獣とされ、宇多天皇(887年即位)のときに黄竜が出現したといわれている。
黄竜は皇帝の権威を象徴する竜とされたが、後に麒麟と置き換えられたり、同一視されるようになった。 ―引用終了―
此の説明に拠ると、金龍は「中央・黄・土・金龍・皇帝・権威」と成る。是で、私も玄武と「皇帝・すめらのみこと」の分離・区別が付いた。何故其れが、是まで出来ていないかを考えると、「玄武」に中国の「玄武(玄天上帝)」の存在が、重なっていたからであろう。だから、是まで私の意識には、「玄武」=「皇帝」との概念が詰まっていたのである。
是で、私の意識が少しすっきりした感じがする。其れに、金龍が「土」であれば、日本語の「ねぐら」に、「塒」が当てられているので、何やらほっとする事が出来る。何故なら、「塒」の文字は「土+時」の組み合わせで、自然豊かな屋久島の農家で生まれ育った私には、故郷の環境その侭のイメージだからである。
しかし、本来の「中央・黄・土・金龍・皇帝・権威」の意味は、金龍だけが地上に治まる意味での「土」なのであろう。何故なら、他の四神は宇宙のシステム・働きを意味しており、金龍だけが、現実に地上に存在する「皇帝・王」に関係するからである。
「金龍」で、私に思い出されるのは、1985年の夏、京都府亀岡市の「湯の花温泉憩いの家」に宿泊していて、其の夜に胴周り1mくらいの黄金の龍が、畳に爪を立てながら、私の体に巻き着いて来て、体の中に侵入し、全てが侵入し終わったら、今度は両手の掌から、光りと成って上空へ飛び出して行った事で有る。
若しかしたら、其の黄金の龍が「王・皇帝」の働きに関係が有るのかも知れない。其れに、其の「憩い家」は、出口王仁三郎が建てた大本教の本部の近くでもある。そして其の大本教の本部が有る敷地は、明智光秀の居城の「丹波亀岡城」の跡であるとの事である。
其れに「玄武」に付いては、以前に次の様な事が有った。
・・1987年1月19日に、四国88ヶ所を10回以上も回っていると言う那須氏と、奈良市の「大倭あじさい邑」の会館に泊まっていると、未明に那須氏が騒ぎ出したので理由を聞くと、会館の広間に置いて有るピアノが亀に成っていて、其れに龍が巻き付いているのが見えると云う。
私には、其の姿は見えなかったが、奈良には玄武が画かれた高松塚古墳も有るし、大倭あじさい邑の「矢追日聖氏」は、地球の未来を託された人でもあるので、それらの出来事も何等不思議には感じなかったのである。其の会館の横にも、溜め池が有るので龍は住み易かったのであろう。・・・
「四方神と中心の存在」
http://star.ap.teacup.com/170606/865.html
私の、今朝のメッセージの映像には、これ等の事柄が映し出されて来たが、今日の夕方から明日に掛けて行われる、皇室や石上神宮で何が起きるのであろうか。昔の様に、「御祖神・みおやかみ」が降臨して、神霊との交信が有るのだろうか。有ったとしても、外部には知らされる事は無いのであろう。何故なら、其れが現在の憲法下での「政・まつりごと」だからである。
私の見る映像が、全て現実に成ると言う譯・わけではない。何故なら、夢の場面と、実際の現場は似ているが、違う処が多いからである。其れは、私が現実として捉えている現場が国内だけであり、外国の事情には疎いからである。其れにも関わらず、外国の神霊が、「御霊の思頼・みたまのふゆ」として参加して来ているのは、私に自分達の事を知らせたいからであろう。
私のメッセージには、地球全体の是から先の事や、過去世の霊魂の体験情報が混ざり合って出て来るので、解り難い処が有るのだろう。早く世界中の民族が、自分の先祖との新嘗祭の儀式を復活して、霊界を静かにさせて欲しいものである。しかし、人類が、滅亡に向ってひた走りに走っている現在の実情からすると、先祖の霊が、何とかして欲しいと云って来る状況は、当分は変わる気配は無い様である。
希望としては、今朝「ブッダ・仏陀」の足の踵の印しが、地上に記された事である。是で、大法輪が回され、事象が動き、マイトレーヤ(弥勒)・メシア(キリスト)が誕生して、人間の無明・罪が掃われるのであれば、私の努力も報われると言うものである。
平成21年11月22日
礒邉自適
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投稿者: 礒邉自適
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